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離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


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第二十八話 「ただの夜風の感想です!」

 夜の収穫祭は最高潮を過ぎ、篝火の赤みが少しずつ弱まっていく。

 広場の喧騒から少し離れた、領主館の裏庭の石段。

 帝国からの随行者たちは、わざとらしく通行人に「夜風が気持ちいいですね」などと言いながら、固まってひそひそ話をしていた。


「……ねえ、もう確定でしょ?」


 最初に口を開いたのは、宰相補佐のヴァレンティナだった。

 普段は完璧な笑顔で帝国の政務を回している才女が、今は目をキラキラさせ顔を上気させている。どうやら少し酒に酔っているようだ。


「確定って何が?」


 騎士団長シオンがわざとらしく聞き返す。


「陛下がアデリア様に惚れてるってこと!今日のあの視線、完全に恋人の目だったもん!」

「いや、あれはまだ敬意の範囲内でしょう……」

「どこがよ!収穫祭のとき、若い村人の男性がちょっとアデリア様に近づいただけで、陛下の視線が刺さった気がしたわ!目から氷が出てる気がしたわ!」


 ヴァレンティナは両手を握りしめて興奮を抑えきれない様子だ。そこへ、諜報長ルーファスが無言で歩み寄り、静かに口を開く。


「……騒がしいぞ」

「だってルーファスさんも思ってるでしょ?陛下があんなに優しい顔するの、初めて見たって」

「……まあ、否定はしない」


 ルーファスは小さくため息をつきながら、珍しく口元を緩めた。


「王国があの女性を手放した理由が、いよいよ理解できなくなってきた。あれほどの逸材を……しかも、あれほど美しい方を」

「ですよねー!顔も頭も性格も全部完璧!帝国に来てくれたら、私の仕事が三倍はかどる自信ある!いや、三倍楽になるなー!」

「俺は……陛下があんなに人間らしい表情をするのを見るのが、なんだか新鮮でな」


 シオンが珍しく照れたように頬をかく。


「いつもは“愛の言葉など軽々しく使うな”って言ってるくせに、さっきアデリア様が“陛下のお役に立てるなら”って言った瞬間、陛下の耳が赤くなってたよな?」

「見た見た!あれはもう完全に落ちてる証拠!」

「…………落ちてる、か」


 ルーファスが遠い目をする。


「陛下が恋愛なんて、俺が生きてるうちに見れるとは思わなかった」


 三人はしばらく無言で夜空を見上げた後、ヴァレンティナがぽつりと言った。


「……でも、まだアデリア様は気づいてないみたいよね」

「ああ」

「完全に“客人としてのおもてなし”モードだった」

「陛下の気持ちが通じるまで、もう少し時間かかるかもな」


 シオンが苦笑しながら肩をすくめる。


「まあ、陛下ご自身もまだ自分の感情を自覚していないご様子だしな」

「私たち、できる限りお手伝いしなきゃ」


 ヴァレンティナがにっこり笑う。


「たとえば?」

「たとえば……明日の朝食の席で、陛下の隣にアデリア様が座るよう自然に誘導するとか?」

「それは俺も協力する」

「俺は……刷り込むように逐一ターヴァ領の情報を少しずつ流しておこうか」


 三人の声が次第に小さくなり、完全に悪巧みモードに入っていく。そのとき、石段の上から静かな声が降ってきた。


「……何を話している?」

「「「ひっ!」」」


 振り向くと、そこには黒いマントを羽織ったカリオン本人が立っていた。

 月明かりに金の瞳が妖しく光り、いつもの冷徹な皇帝の顔……だが、なぜか耳がほんのり赤い。カリオンも少し酒が回っているのだろうか。


「べ、別に何も!」

「ただの夜風の感想です!」

「……そうか」


 カリオンは一瞬疑うような目を向けたが、やがて小さくため息をついた。


「明日は早い。早く休め」

「……は、はい!」


 三人が慌てて敬礼し、逃げるように館へ戻っていく。カリオンは一人残り、夜空を見上げた。小さく自嘲気味に笑って、彼は静かに踵を返した。

 その背中が、いつもより少しだけ軽やかだったことに、誰も気づかなかった。


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