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離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


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第二十六話 「うるさいミレイユ」

朝から晩まで陽射しが容赦なく照りつける薬草畑で、アデリアは額の汗を手の甲で拭いもせずに走り回っていた。


「こちらのローズマリーはもう少し日陰に移動した方がいいわ。根が焼ける」

「ミレイユ、冬用の保存食リストは?」

「孤児院の子どもたちに配る薬用キャンディ、もう三箱は必要ね」


銀金色の髪を無造作に束ね、袖を肘までまくった作業着姿。

普段の優雅なドレス姿とはまるで別人のように動き回る彼女を、領民たちは目を輝かせて見守っている。


「聖姫様が直接畑に出てくださるなんて……!」

「去年より今年の方が収穫が三割増えるって、本当かしら?」


その喧騒の少し離れた木陰で、カリオンは腕を組んで黙って見ていた。

黒い外套を羽織ったまま、まるで影のように静かに。側近のヴァレンティナが小声で囁く。


「……陛下、もう三時間も立ちっぱなしですよ?せめて椅子をお持ちします」

「いや、いい」


カリオンは短く答えて、再び視線をアデリアに戻す。彼女は今、年老いた農夫に膝をついて何かを説明していた。


「この土は鉄分が多すぎるから、来年は豆科の植物を先に植えて土壌を整えましょう。そうすれば小麦の収量が……」


老農夫は涙を浮かべて何度も頭を下げている。カリオンは息を吐いた。

(……またあんな風に、地に膝をついてまで民に語りかけている。もう何度見たことか……)

ヴァレンティナがまた小声で続ける。


「領地の収穫予測を改めて計算し直しました。……アデリア様の指導が入った途端、去年比で三六%増です」

「三六%」

「はい。しかもこれは保守値。実数はもっと伸びる可能性が」

「……帝国の穀倉地帯ですら、よくて一五%だ」


カリオンは目を細めた。

(この規模の領地で、三六%……?)

そのとき、アデリアがこちらに気づいたらしい。


「あ、陛下!」


彼女は慌てて立ち上がり、土のついた手をスカートで拭いながら駆け寄ってきた。


「ずっと立ちっぱなしでしたのね!申し訳ありません、気づかなくて……」

「いや、構わん」


カリオンは無意識に手を伸ばしかけ、

彼女の頬に土がついているのに気づいて、指先でそっと払った。アデリアがぱっと赤くなる。


「ど、どうしました?」

「……土がついていた」


瞬間、近くにいたミレイユが


「きゃあああっ!」


と小さな悲鳴を上げて飛び跳ねた。


「姫様の頬を!皇帝陛下が!触ったあああ!」

「うるさいミレイユ、静かにしなさい!」

「でもでもでも!」


周囲の領民たちが一斉にざわつき始める。カリオンは咳払いをして、平静を装った。


「……で、収穫祭の準備は?」

「はい!ほぼ終わりました。明日は領民みんなで楽しめるように、子どもたち中心の出し物も」

「薬は?」

「冬用の風邪薬と、孤児院用の栄養剤は今夜中に完成します」

「食糧庫の補充は?」

「来月の分まで確保できました。陛下が前回お持ちくださった帝国産の保存塩が、とても役に立ちまして」


完璧だった。質問を投げれば投げるほど、彼女は淀みなく答えを返す。

しかもそのどれもが、現場を知り尽くした者でなければ出てこない内容だった。カリオンは、思わず本音を漏らしていた。


「……君がいれば、帝国はもっと強くなるな」


小さな声だったが、アデリアはしっかりと聞き取った。


「え……?」

「いや」


カリオンは慌てて目を逸らす。頬が熱い。

自分でも驚くほど熱い。ヴァレンティナが横で、にやにやしながら誰にも聞こえない小声で呟いた。

(陛下、嬉しそうですね……)

夕陽が薬草畑を赤く染める中、アデリアは不思議そうに首を傾げながらも、いつもの穏やかな笑顔で言った。


「明日も、どうぞゆっくりしていってくださいね、陛下」


その笑顔に、カリオンはもう、完全に囚われていた。


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