表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/38

第二十四話 「もう少し長く」

 夕暮れのターヴァ領主館・中庭。

 茜色に染まる空の下、帝国の黒い馬車が静かに待機している。

 視察の全てを終えたカリオンは、最後の挨拶のためにアデリアの前に立っていた。風が二人の間を抜け、銀金色の髪と黒髪を同じように揺らす。

 アデリアは深く、丁寧に腰を折った。


「皇帝陛下。この度は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとう存じました。我が領地の粗末なところばかりをお目にかけ、申し訳ありませんでした」


 その声は穏やかで、どこまでも澄んでいた。

 カリオンは一瞬、言葉を失う。……粗末、だと?彼が今日一日見てきたものは、豊かな畑、笑顔の子どもたち、整然と動く灌漑施設、そして何より、この女性を中心に自然に回る、奇跡のような領地だった。


「粗末などとんでもない」


 低い、しかしはっきりと響く声で、彼は首を横に振った。


「私は……正直、圧倒された。ここには、帝国が目指すべき未来の欠片が、すでにあった」


 アデリアは驚いたように瞳を瞬かせる。


「そんな……陛下のお言葉は過分です。私はただ、できることを」

「できること、か」


 カリオンは小さく息を吐き、初めて、ほんの少しだけ柔らかな笑みを浮かべた。


「それを、当たり前のようにやってのける。それこそが、誰よりも尊い」


 一歩、近づく。距離が縮まるほどに、アデリアはなぜか胸がざわついた。カリオンは、決して威圧的ではなく、しかし確かに彼女だけを見据えて告げた。


「また来る」

「……え?」

「まだ、話したいことが山ほどある。君の政策、君の考え、君がこの領地をどう愛しているか……そして」


 言葉を切り、彼は一度だけ目を伏せ、すぐにまた見つめ返す。金の瞳が、夕陽を受けて燃えるように輝いた。


「君自身のこと」


 アデリアの頰が、気づかぬうちに熱を帯びる。


「わ、私ごときでよろしければ……いつでもお相手いたします」


 慌てて答える彼女に、カリオンは小さく頷いた。


「……楽しみにしている」


 馬車に乗り込む直前、彼はもう一度だけ振り返った。


「アデリア・ターヴァ」


 名前を、まるで大切な宝物を扱うように呼ぶ。


「次に会うときは、もう少し長く、君の時間をいただきたい」


 その言葉は、まるで約束のように響いた。

 馬車がゆっくりと動き出す。アデリアは、去っていく黒い馬車を見送りながら、なぜか胸の奥が熱いことに気づいた。

(……陛下は、なぜあんなに真剣な目で)

 風がまた吹いて、銀金色の髪を踊らせる。

 遠ざかる馬車の中で、カリオンは静かに目を閉じた。

 心の中で、はっきりと確信が灯る。――私は、この人を帝国に迎えたい。いや。この人を、ただの“人材”としてなど、迎えたくない。

 初めて感じる、熱く、苦しく、しかし確かな感情。その感情が何なのかまだカリオンはわからない。

 けれど、もう後戻りはできない。馬車は夕陽の中を走り、やがて地平の向こうへ消えていった。

 残されたアデリアは、胸に手を当てて小さく息を吐く。

 ……なぜだろう。陛下の最後の言葉が、頭から離れない。


「次に会うときは、もう少し長く」


 その約束が、なぜかとても嬉しくて、そして、ほんの少し、怖いような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ