第二十三話 「そうは考えない」
案内を終え、領主館の広間へと戻ってきた一行。
茜色の光が窓から斜めに差し込み、埃の舞う空気すら金色に染める。
レオナルドが用意させた茶と菓子が並ぶテーブルを挟み、アデリアとカリオンは向かい合って腰を下ろしていた。
側近たちは「空気を読んで」遠巻きに控えている。ヴァレンティナだけが書類を抱えて、興奮を抑えきれずに小刻みに震えているのが見えた。
静寂が数瞬だけ落ちる。先に口を開いたのは、カリオンだった。
「──あなたの指揮力と知識、そしてこの領民からの信頼」
彼はゆっくりと、しかしはっきりと告げる。
「どれを取っても、一国の要に足るものです」
アデリアは驚いたように瞬き、すぐに視線を伏せた。
「……過分なお言葉、恐縮です」
「過分ではない」
カリオンは首を振る。金の瞳が真っ直ぐ彼女を捉える。
「王国があなたを手放した理由が、理解できない」
その一言に、アデリアの肩が小さく震えた。苦笑いが、唇の端に浮かぶ。
「私は……王国では、不要とされた存在でしたから」
控えめな、どこか寂しげな声音。
けれど、その奥に隠された“受け入れた痛み”を、カリオンは見逃さなかった。彼は静かに息を吐き、肘をついたテーブルに身を乗り出す。
距離が、ほんの少し縮まる。
「少なくとも」
低い、しかし確かな声音。
「帝国は、私はそうは考えない」
アデリアは顔を上げた。金色の瞳と、淡い青の瞳が、まっすぐに交差する。カリオンは言葉を続ける。
「私は今日、ここに来て確信した。あなたは、ただの領主の娘でも、元王妃でもない。あなたは……この大陸に必要な存在だ」
アデリアの頬が、ほんのりと朱に染まる。
「……陛下」
「カリオンでいい」
突然の言葉に、アデリアは目を丸くした。
「え……?」
「ここでは、皇帝ではなく、ただの一人の男として話したい」
彼はわずかに笑みを浮かべる。それは、これまで誰にも見せたことのない、柔らかな表情だった。
「私は、あなたに興味を持った。あなたの考えを、もっと知りたい。そして……」
そこで一瞬、言葉を切り、彼は真剣な眼差しで続けた。
「あなたという人間を、もっと知りたい」
広間に、静寂が落ちる。遠くに控えていたシオンが
「ほう……」
と小さく呟き、ヴァレンティナは書類で顔を隠しながら
「きゃああああ!」
と心の中で絶叫していた。アデリアは、頬を赤くしながらも、必死に平静を保とうとする。
「……その、私でよければ、いつでもお話しします。陛下──いえ、カリオン様のお役に立てるなら」
その控えめな返答に、カリオンは満足げに頷いた。
しかし、彼の胸の奥では小さく、だが確かな熱が灯り始めていた。




