第二話「どのような罪を、私が犯したというのでしょうか」
謁見室は、重苦しい沈黙に支配されていた。
普段は華やかな装飾が施された大広間だが、今朝は違う。高い天井から吊るされたシャンデリアの光が、大理石の床に冷たく反射している。
朝日すら差し込まぬ厚いカーテンが閉め切られ、燭台の火だけが無数に揺れる。
まるで葬儀のようだ、とアデリアは一瞬思った。玉座の上からユリウス国王が冷たい視線を飛ばす。
いつもより背筋を伸ばし、しかしどこか落ち着かない様子で指を組み替えながら。
その隣に、ラウラ側妃が立っている。
可憐な薄桃色のドレスに身を包み、大きな瞳に涙をいっぱい溜めて。
まるで虐げられた小鳥のようだ。そして、玉座の左右に、十数名の重臣と貴族たちが整列していた。
誰もが目を伏せ、あるいは冷ややかにこちらを見ている。アデリアは静かに一歩進み出ると、優雅に膝を折った。
「おはようございます、陛下。そして皆様」
澄んだ声が響く。
いつもの、穏やかで少し低めの、誰をも安心させる声。だが、返事はなかった。ユリウス国王が、ゆっくりと口を開いた。
「アデリア・ターヴァ」
名前をフルネームで呼ばれた瞬間、アデリアの背筋に冷たいものが走った。
「そなたの罪は、もはや見逃すわけにはいかなくなった」
「……罪、ですか?」
罪。その一言に、謁見室の空気がさらに重くなった。
アデリアはゆっくりと顔を上げた。淡い青の瞳が、静かに国王を見据える。
「どのような罪を、私が犯したというのでしょうか」
その問いに、ユリウスは一瞬だけ視線を逸らした。代わりに、ラウラが震える声で口を開く。
「わ、私……昨夜、高熱を出して倒れたんです……。それが、王妃様が差し出したお茶に、毒が……」
「毒?」
アデリアは瞬きもせず、静かに繰り返した。
「はい……!薬師団が調べた結果、致死性の毒草が混ざっていたと……!」
ラウラの声は震え、涙が頬を伝う。
まるで本物の被害者のように。
貴族たちが一斉に声を上げた。
「王妃殿下、これは言い逃れできませぬ!」
「側妃様を害そうとするなど、王家の恥です!」
「もはや王妃の資格はありません!」
騒然とする声。
だがアデリアは、誰の声も聞いていないかのように、静かに口を開いた。
「……そのお茶は、私が陛下のために調合したものですわ。側妃様が飲まれたのであれば、誰かがすり替えたのでしょう」
一瞬の静寂。ラウラが、ぎくりと肩を震わせた。ユリウスは眉をひそめた。
「……アデリア。まだ言い訳をするつもりか」
「言い訳ではございません。事実です」
「証拠はあるのか!」
「薬師団の記録を、もう一度ご確認ください。私が調合した薬草の配合表と、残りの茶葉を照合すれば、すぐにわかります」
冷静な、淀みのない声。だが、ユリウスはそれを聞こうとはしなかった。
「言い訳だ!」
「この期に及んで、まだ王妃の座にしがみつこうというのか!」
「民を惑わす魔女め!」
臣下達の罵声が飛び交う。ユリウスは、静かに手を上げてそれを制した。
「もうよい!」
国王の声が、謁見室を震わせた。
「そなたの弁明は、もはや必要ない……アデリア」
彼は、どこか疲れたような声で言った。
「そなたには、もう王妃の資格はない」
その一言で、すべてが決まった。ラウラが、一瞬ほっとしたように微笑んだ。
貴族たちが、満足げに頷き合う。アデリアは、ただ静かに、静かに、国王を見つめていた。その瞳に、怒りも、悲しみも、驚きも、映っていなかった。ただ、深い、深い諦念だけが、底なしの湖のように広がっていた。




