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離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


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第十五話「身体が軽くなった」

 昼下がりのターヴァ領主館裏庭。

 かつては半ば廃墟同然だった石造りの薬草工房が、今は生き生きとした喧騒に満ちていた。


「姫様ー!ローズマリーが足りません!」

「乾燥ラック、もう一枚追加でお願いします!」

「こちらのすり鉢、割れちゃいましたー!」


 若者たちが汗だくで走り回り、子どもたちは薬草の束を抱えて嬉しそうに運んでいる。

 中央に立つアデリアは、白い割烹着に袖を通し、髪を高く結い上げていた。銀金色の髪が陽光を受けてまばゆく輝き、額にうっすらと汗が浮かんでいる。


「ローズマリーは東の畑にまだ残ってるわ。ミレイユ、案内してあげて」

「はーい!みんなついてきなさい!」

「乾燥ラックは倉庫の奥に古いのが三枚あったはず。すぐに持ってきて」

「了解しましたー!」


 指示は的確で、しかも優しい。誰もが「聖姫さま」と呼びながら、自然と彼女の声を聞こうと耳を澄ます。

 アデリアは大きな木箱を覗き込み、


「……これだけあれば充分ね」


 箱の中には、色とりどりの薬草や鉱石、瓶等がぎっしりと詰め込まれ、あふれんほどだ。ミレイユが目を丸くする。


「え、ええっ!?まさかこれ全部、調合するんですか!?」

「ええ。冬の流行病に備えて、解熱剤と咳止めを多めに作っておかないと」


 ミレイユは両手を合わせて拝んだ。


「姫様、神ですか!?」


 周囲の領民たちがどっと笑う。


「もうとっくに神様ですよ!」

「聖姫さまがいるだけで、病気が逃げていくって言いますもんね!」


 アデリアは頬を赤らめて、慌てて手を振った。


「そんなわけないでしょ!私はただの──って拝むのをやめて!」


 と言って、ふと動きを止める。工房の入り口で、小さな白い影がちょこんと座っていた。

 仔狐のような、ふわふわとした白い聖獣ノア。大きな青い瞳でアデリアを見つめ、ぴくりとも動かない。


「……ノア?」


 アデリアが近づくと、ノアは軽やかに跳ねて彼女の腕の中へ飛び込んできた。


「きゅう」


 小さな鳴き声とともに、ノアはアデリアの腕に鼻先をすり寄せる。その瞬間。工房にいた全員が、ふっと息を呑んだ。ほのかな白い光が、アデリアを中心にさーっと広がったのだ。薬草の香りがより鮮やかに立ち上り、疲れていた領民たちの顔から疲労の色が消えていく。


「……あれ?なんか、身体が軽くなった?」

「俺も……さっきまで肩こりで死にそうだったのに」


 アデリアは驚いてノアを見下ろした。


「あなた、まさか……」


 ノアは得意げに尻尾をぴんと立て、小さく首を傾げる。

 ミレイユが目を輝かせて叫ぶ。


「ほら!やっぱり姫様は聖女なんですって!聖獣様まで認めてるじゃないですか!」

「そ、そうよ!もう隠さなくてもいいんですよ、聖姫さま!」


 領民たちが一斉に手を合わせて拝み始める。アデリアは真っ赤になって、両手を激しく振った。


「ち、違うんです!これはノアの力が……私なんて本当に、ただの──だから拝まないでってば!」


 けれど、その言葉を最後まで言うや否や子どもたちが駆け寄ってきて、アデリアの足にぎゅっと抱きついたのだ。


「聖姫さま、ありがとう!」

「薬、楽しみにしてるからね!」


 その無垢な笑顔に、アデリアの言葉は溶けるように消えた。代わりに、彼女はそっと微笑んだ。


「……ええ。約束するわ」


 白い光がもう一度、工房全体を優しく包み込む。誰もが知っていた。この人がいる限り、ターヴァ領はもう決して枯れることはない、と。外の空はどこまでも青く、薬草の香りが風に乗ってどこまでも届いていく。奇跡は、もう始まっていた。


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