伝説の英雄、ギルド職員になる
完全に趣味全開の自分の「好き好き!」を詰め込みました。
「こいつはヤベェ」とニーナは思った。
冒険者ギルドの新人職員募集の貼り紙。
それを見て応募してきたのが、無精ひげを生やしたマント姿のおっさんだったからだ。
いつ洗ったのかわからないほど汚れた顔。
汗の油でギトギトにてかった髪の毛。
泥とほこりにまみれたヨレヨレのマント。
見た目の汚さを、無精ひげがさらに拍車をかけている。
そんな見るに堪えない男が言ってきた。
「表の貼り紙を見てきたのだが」
威圧的で野太い低音ボイスに、ニーナは一瞬身構えた。
しかしすぐに気を取り直してにっこりと営業スマイルを浮かべる。
「職員の応募ですか?」
無精ひげの男はこくんと頷いた。
「ああ」
「ではあちらの待合室でお待ちください。すぐに担当の者が参りますので。履歴書はお持ちですか?」
ニーナの言葉に男は首を振る。
「持ってない」
「は?」
「履歴書とはなんだ?」
「………」
ニーナは思った。
(こいつぁヤベェどころじゃねえ。あぶねえにおいがプンプンしやがる)
身なりも汚い。
顔も洗ってない。
髭も剃ってない。
その上、履歴書とはなんだと聞いて来る。
そんな人物が応募してくるなんて前代未聞だった。
いくら職場の規制が他とは緩い冒険者ギルドとはいえ、最低限のルールはある。
「え、えーと……。履歴書をお持ちでない方はご遠慮いただきたいのですが……」
「雑用でもなんでもいい。ここで働かせてほしい」
その雑用すらきちんとできるのか不安だった。
下手をすればここの評判を落としかねない。
冒険者ギルドは世界中にいくつもあり、冒険者の支援内容によって評価が変わる。
アイテムの買い取り、魔物の素材回収、レアアイテムのデータ収集、冒険者パーティの随行……etc
評価の高い冒険者ギルドにはそれなりの冒険者が集まり、儲けもでかい。その分、職員へのボーナスも上乗せされる。
そしてその逆もまた然り。
つまり冒険者ギルドの評価が落ちれば職員の手当ても減ってしまうのだ。
それだけはなんとか避けたかった。
ニーナはいかにしてこの男を追い返そうかと考えた。
「働くにはまず履歴書を書いていただかないと……」
「履歴書とはなんだ?」
埒が明かないと思ったニーナは、奥の職員室に下がり、ギルド長のユニッグを呼んだ。
「マスター、ちょっと……」
デスクに座り、優雅に(?)足の爪を切っていた中年の男が顔を上げる。
「なんだい?」
「職員の応募があったんですけど……すごく危ない感じの人で……」
「危ない?」
「なんていうか……ヤベェにおいがプンプンするんです」
「ははは。ニーナのヤベェにおいは当たるからねえ。わかった、僕が行ってみるよ」
ユニッグはゆったりと立ち上がり、ニーナとともにフロントに出た。
そしてカウンター越しに立っている男を見て「あっ」と声を上げた。
「エ、エルラン!? エルラン・クウェーバーじゃないか!」
「マスター、知り合いなんですか?」
ニーナ含め、その場にいた多くの職員と冒険者が顔を向けた。
「いや、知り合いというかなんというか……。顔と名前を知ってる程度だよ」
「有名な人?」
「ものすごく」
ユニッグは笑いながらも目は真剣だった。
「一度、手合わせ願いたいと思っていた相手だ」
「またまたぁ。マスターが相手したら一瞬で死んじゃいますよー」
どう見ても有名な人物には思えない。
現に、さっきのユニッグの言葉で一斉に注目を集めたものの、誰一人気づかずに元の業務に戻っている。
「いいだろう、採用だ」
「へ?」
ニーナは文字通り、目が点になった。
「さ、さいよう? マスター、採用と言いましたか?」
「ああ、採用だ。明日からよろしく頼むよ」
エルランと呼ばれた男はペコリと頭を下げてその場をあとにしたのだった。
※
それから数日後。
ニーナは日に日に不機嫌になっていった。
ギルド長のユニッグが即決で採用した新人エルランが何もしないからだ。
彼にはギルドの仕事を一から教えたものの、受付カウンターに来る冒険者は皆エルランを無視してニーナに声をかけてくる。
彼の薄汚れた風貌がギルド職員らしくなく、さらには無愛想な顔のため声をかけづらいのだ。
そのため、ギルド職員の人手が足りなくて雇ったはずなのに忙しさは変わらなかった。
むしろエルランの代わりに休暇に入った同僚の分も働かなくてはならず、ニーナの負担は倍増したとも言える。
「この依頼完了したんですけど……」
「はい、薬草採集ですね。査定しますので少々お待ちを」
「このワーウルフの討伐依頼受けたいんですが……」
「受注ですね、かしこまりました。少々お待ちを」
「ねえ、このミスリルゴーレムの討伐依頼がランクCって、おかしくありませんか? 間違ってません?」
「確認しますので、少々お待ちを……」
次から次へとやってくる冒険者にニーナは悲鳴をあげた。
(ギルド長はなんでこんなヤツ採用したのよ!)
隣でただ突っ立っているだけのエルランに殺意さえ覚える。
こんなヤツとっとと首にしてもっとまともなヤツを雇えと言いたい。
しかし、そんなニーナの殺意すら打ち消すほどの出来事が起きた。
ギルドに冒険者ランクBの「狼の旅団」が現れたからだ。
この辺りでは上位クラスの腕前だが、性格に難ありと噂される集団である。
他の冒険者とのイザコザは日常茶飯事。
依頼報酬の横取りは当たり前。
一般人にも手を出す無法者。
彼らと衝突して一生分のケガを負い、冒険者を辞めざるを得なくなった者も多い。
そんな「狼の旅団」リーダー・バスカルは、ギルドの扉を開けるや受付カウンターにたたずむエルランの前に歩み寄って巨大なうろこを乱暴にカウンターに置いた。
「こいつを買い取って欲しい」
エルランは動揺するでもなく冷静な顔で尋ねた。
「なんだ、これは」
「レッドドラゴンのうろこだ」
その言葉にギルド中がざわつく。
レッドドラゴンと言えば伝説級の魔物だ。
その巨体で空を駆ければ嵐を発生させ、咆哮を聞いた者は意識を失うとされている。
常に炎に覆われたその身体を傷つけるには、熟練の魔法使いと熟練の戦士が束になってかからないと難しい。
当然、倒そうという考える者はひとりもおらず、レッドドラゴンに遭遇したらまず逃げろという教えが常識だった。
そんなレッドドラゴンのうろこが置かれたのだ。
ギルド中は騒然となった。
にわかには信じられない。
しかし「狼の旅団」ならあるいは。
彼らは素行こそ悪いが、その実力は折り紙付きだ。
もしかしたら本当かもしれない。
そんな空気が漂う中、エルランは言った。
「これはサラマンダーのうろこだな」
「あ?」
「銀貨2枚だ」
そう言ってバスカルの前に銀貨を2枚置いた。
我慢ならないのはバスカルのほうだ。
彼は差し出された銀貨を短剣で真っ二つにたたき割るなり、切っ先をエルランに向けた。
「おいおい、冗談言ってんじゃねえ。なんだ銀貨2枚って。おかしいだろうが」
しかし短剣を突きつけられてもエルランは動揺する素振りも見せず冷静に答えた。
「そうか、すまない。オレが間違ってたかもしれん。目録を確認するから少し待て」
そう言って分厚い目録を出し、サラマンダーのページを指し示した。
「いや、合ってるぞ? サラマンダーのうろこは銀貨2枚だ」
瞬間。
バスカルの短剣はエルランの喉元に突きつけられた。
「てめえ、おちょくってんのか? オレはレッドドラゴンのうろこって言ったんだ。サラマンダーのうろこじゃねえ」
ピリッとした空気に、その場の誰もが固唾を飲んで見守る。
ニーナは「あわわわ」と口元に拳を当てながら後ずさる。
今までもこういったいざこざはあった。
しかし大体は他の冒険者が仲裁に入って事なきを得ていた。
だが今回の相手はあのバスカルだ。
下手に仲裁に入ろうものなら、その冒険者にまで危害が及ぶ可能性がある。
(急いで報告しなきゃ)
すぐにギルド長を呼びに行こうとした矢先。
当のギルド長・ユニッグが姿を現わした。
「ははは、さっそくか」
「ギルド長!」
ユニッグは不穏な雰囲気などものともせず、笑いながら二人の動向を見守っていた。
「ギルド長、笑ってる場合じゃないですよ! このままじゃあの人殺されちゃいますよ!」
「まあまあ、慌てるな。あの新人が現役の頃と変わらない実力を持ってれば、危ないのはあっちのほうだ」
「現役の頃って……」
ニーナが問いかける前に、バスカルが大声をあげてその言葉をかき消した。
「いいか、もう一度聞くぞ!? これはレッドドラゴンのうろこだよなぁ!?」
「いや? サラマンダーのうろこだ」
エルランが答えた瞬間、バスカルが鋭い突きを放った。
「ひっ!」
ニーナは思わず悲鳴をあげた。
喉元に突きつけられていた短剣が突き刺さる。
殺された! と思った。
しかしエルランに突き刺さったと思っていた短剣は、宙に浮いていた。
それは弧を描くようにしてバスカルの背後に落ちた。
「あ?」
バスカルは腕を突き出したまま、空になった手を見つめている。
「え?」
ニーナも目を丸くしていた。
何が起きたのかわからない。
バスカルが短剣を突き、それがエルランの喉に突き刺さったはずである。
しかし現実はエルランの身には何も起きておらず、バスカルが突き出した短剣が宙を舞い、床に突き刺さっている。
「さすがだな」
ユニッグが苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
「ギルド長、なにが……?」
「エルランがバスカルの短剣を下から手で弾いたんだよ。超高速でな」
「弾いた?」
とても信じられない。
エルランは微動だにしていなかったように見える。
「いや、そうとしか思えない動きだった。オレですら辛うじてそう見えたってだけでな。さすがは『神速の魔神殺し』だ」
「神速の魔神殺し!?」
ニーナは素っ頓狂な声をあげた。
『神速の魔神殺し』は二十年以上前、ニーナが生まれる前の伝説の英雄の通り名である。
この世の災厄をすべて凝縮したかのような人類史上最大の敵・魔神。
咆哮すれば津波が発生し、空を飛べば竜巻が起こり、走るだけで大地が割れた。
ありとあらゆる歴戦の冒険者たちがその魔神に戦いを挑み、屠られてきた。
人類にあらがう術はない、そう思われた矢先。
一人の冒険者が魔神と戦い、勝利した。
遠目からその戦いを眺めていたS級冒険者たちは、その光景が信じられなかったと語る。
歩く災厄である魔神が、まるで赤子のようにその冒険者ひとりに翻弄されていた。
ものすごい速さで切り刻まれていく魔神。
幾千、幾万と切り刻まれる魔神を見て、S級冒険者の一人が「まるで神のような速さだ」とつぶやいたことで『神速の魔神殺し』の異名がつけられた。
しかしその魔神を倒した冒険者は、それ以降姿を消した。
報酬も何も受け取らず、いずこかへ旅立ったとされる。
「あの人があの『神速の魔神殺し』なんですか?」
「ああ、間違いない。オレもその場にいたからな。だいぶ風体は変わっているが、当時の面影はそのままだ」
その『神速の魔神殺し』と呼ばれたエルランは、バスカルに詰め寄った。
「どういうつもりだ? サラマンダーのうろこ、銀貨2枚。目録にもそう書いてあるはずだぞ?」
「な、なんだてめえ……。何をした……」
バスカルは何が起きたのかまだ理解が追いついていない様子だった。
「これはれっきとした犯罪だ」
「う、うるせえ!」
バスカルが腰にぶら下げた剣を抜き放つ。
エルランはそれを素手で弾き、宙に舞った剣をその手におさめた。
そしてその切っ先をピタッとバスカルの喉元に突きつけた。
「ギルド職員への殺人未遂も追加だな」
「な……!」
「ギルド規定第八条九項。ギルド職員は冒険者に正当な理由なく暴力を振るってはならない。ただし、安全が脅かされた場合はその限りではない」
「てめえ、何者だ?」
「ギルドの新人職員だ」
言うなり、エルランはバスカルの顔面に拳を叩きつけた。
「がはあっ!」
ただの顔面パンチではない。魔神でさえも細切れにしたその腕力による打拳である。
バスカルの顔は陥没し、彼はそのまま床に倒れ伏した。
「ひ、ひいい!」
一瞬にしてリーダーが倒された「狼の旅団」のメンバーたちは腰を抜かした。
しかしエルランの攻撃は終わらない。
カウンターを飛び越えると床に倒れ伏すバスカルの両足をかかとで叩き折り、手にした剣で衣服を細切れにした。
まさに神速である。
そして最後に頭をかすめるように床に剣を突き刺すと「狼の旅団」のメンバーに忠告した。
「おい、ギルド職員への虚偽の報告は厳罰対象だぞ? わかってるのか?」
「は、はいいい! すいません! すいません!」
メンバーは腰を抜かしながら必死に謝った。
リーダーの二の舞にはなりたくない様子で土下座までしている。
エルランはため息をついて言った。
「大丈夫だ、殺してはいない。再起は不能だろうがな。早く連れ帰って治療してやれ」
その言葉に「狼の旅団」の面々は安心しながらコクコクと頷き、バスカルを引きずるようにその場から立ち去った。
エルランの大立ち回りが終わり、しばらくギルド内は静寂に包まれた。
狂犬のようなバスカルをたった一人でのしてしまうギルド職員がいるのだ、無理もない。
皆そんな化け物じみた彼に畏怖の念を抱いている様子だった。
だが、ユニッグがパンパンと手を叩くとギルドの空気は一変した。
「さあさあ、冒険者の諸君。イレギュラーはここまでだ。通常業務に戻ってくれ」
さすがは非日常が当たり前の生活を送っている冒険者たちである。すぐに自分たちのすべきことに戻っていった。
とは言え、すぐに受付カウンターに来る者はなく掲示板に貼られた依頼書を眺めたり手配書を確認するだけで止まっている。
一気に暇になった受付カウンターで、エルランはユニッグに頭を下げた。
「ギルド長、すまない。場を取りなしてくれて。それに熟練の冒険者を一人つぶしてしまった」
「なあに、いいってことよ。ああいう輩は遅かれ早かれどこかで野垂れ死ぬだけだからな。この一件で引退できたなら命が助かってよかったんじゃねえか?」
それに──とユニッグは続ける。
「伝説の『神速の魔神殺し』の強さを間近で見れたしな」
「オレのこと知ってるのか?」
「知ってるもなにも、魔神と戦ってたとき現場にいたのさ。遠目に見てるだけだったが」
「そうか」
二人の会話を聞きながら、ニーナは興奮した面持ちでユニッグに話しかけた。
「や、や、や、やっぱり私のヤベェにおいは当たってましたね! まさか『神速の魔神殺し』様だったとは!」
「ヤベェにおい?」
エルランは困惑しながら自分の身体を嗅いだ。
「はっはっは! 気にするな! こいつのヤベェにおいってのは、見た目のことだ」
「ふふん、どうですギルド長。私の嗅覚はすごいでしょ?」
「いやまあ、お前じゃなくても見た目でヤベえ雰囲気ってのはわかるがな」
それはここ数日、誰もエルランに寄りつかなかったことでハッキリしている。
「ギルドの仕事も、神速でやってもらいてえもんだが……」
「それはすまない」
「でもなんでそんな伝説の英雄がわざわざうちで働いてるんです?」
ニーナのもっともな疑問に、エルランは一瞬言葉につまった。
「そ、それは……」
「多額の借金を抱えてるとか?」
「それなら自分で難易度の高い依頼を受けた方が早いだろうが」
ユニッグの言葉にニーナは「それもそっか」と納得した。
「ねえ、どうして?」
年齢は下だがギルドの先輩職員の問いに戸惑いながらもエルランは答えた。
「実は……」
※
仕事が終わり、ニーナはギルドを出た。
後片付けや帳簿の整理は新人のエルランに任せている。何かあってもギルド長であるユニッグが残ってくれているので問題ないだろう。
しかし意外だった。
まさか伝説の英雄『神速の魔神殺し』が子育てに奮闘していたとは。
いや、正確には孤児院の経営である。
エルランは冒険者時代に多くの戦災孤児を引き取り、子どもたちの面倒を見ていたという。
冒険者を辞めた理由もそれで、日々悪戦苦闘しながら子育てしていたらしい。
魔神を討伐したのも、子どもたちが怖くて泣き叫ぶから我慢ならなかったというとんでもない理由だった。
「魔神の相手など、あいつらの世話に比べたら楽なほうだ」
冗談とも本気ともつかない顔でそう言うものだから、ユニッグも大笑いしていた。
今では当時の孤児たちが大きくなりエルランの代わりに次々とやってくる孤児の面倒を見ている。
そしてエルランは少しでも金を稼ぐためにギルド職員に応募したのだという。
正直、高額報酬の依頼を達成したほうが実入りはいいのだが、自分に万が一があってはならないとの思いからそれは頑なに拒否しているそうだ。
「万が一なんてエルランに限ってそうそうあるもんじゃねえけどな」
ユニッグはそうつぶやいていたが、ニーナも同じ意見だった。
あのバスカルを倒したときの動きは尋常ではなかった。
S級冒険者のユニッグでさえ辛うじて見えたというほどなのだ。きっと二人が戦ったら勝つのはエルランに違いない。
「でもまあ、私にとってはギルド職員を続けてくれたほうがありがたいけど」
ギルド長ユニッグがエルランの正体を打ち明けたことで彼にも受付を頼む冒険者が増えた。いや、むしろニーナよりもエルランに話しかける冒険者のほうが圧倒的に多かった。
なにしろ伝説の英雄が対応してくれるのだ。ミーハーな冒険者が声をかけるのは当たり前である。
そんなエルランは淡々と業務をこなしていった。
顔は無表情だが、仕事は正確で早い。偉ぶらないところも人気を博した。
「それに、よく見るとイケオジだし……」
ニーナはポツリとつぶやいて、即座に首を振った。
(やだやだ! 何言ってんだろ、私)
思わず顔が火照る。
「ふう」とため息を吐きながら夜空を見上げる。
満点の星空を眺めながら、これからギルドの仕事が楽しくなりそうだなとニーナは思った。
お読みいただきありがとうございました。
前書きにも書きましたが、自分の中の「好き好き!」を詰め込んだお話でした。
最強のギルド職員というものを書きたかったんです、すいません。(なぜか謝る)




