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夕食の時間帯にリラとミーアは扉を開けて部屋の前を確認する。
部屋の前にぽつんとワゴンが置いてあった。
二人はワゴンの上に置いてあったスープを見て、しかめっ面をした。
(これ、いつまで続くのよ。)
(というより、いつ持ってきてるのかしら?)
夕食にはリラの買ってきたパンを食べた。
(栄養価も考えてドライフルーツとかも用意しようかしら。)
(それに洗濯どうしよう…いくらなんでも着替えもそんなに持ってきてないし、自分でするとしても洗濯洗剤とかもいるわね…よかったわ前世の知識があって。さすがに洗濯はしたことなかったわ…)
(ドレスの宝石だって無尽蔵ってわけでわないし。)
客室のドアのところでコツンと音がした。
「なんの音かしら?」
「見て参ります。」
ミーアが手に紙切れを持ってベッドに腰掛けているリラのもとへ戻って来た。
「リラさま、リラさまに付けられていた影からです。」
「影って…王妃が付けていたの?」
(私が道中逃げ出さないように…かしら?)
「王妃さまと、側室のアウラさまも影を付けていたようですね。」
「お二人の付けられていた影が一旦報告のために帰国すると書いてあります。」
「フフ…律儀ね、最近の影は見張る対象に挨拶して帰国するの?」
「いえ、そうではなく…今の者はクライノートさまのお付けになられたリラさまを守るために動いていた影です。」
「え…お母さまが?知らなかったわ。」
「極秘に付けられましたから。」
リラの母クライノートは、元は伯爵令嬢で王妃の侍女をしていた。
美しいレッドダイヤモンドの瞳にプラチナホワイトの絹糸のような髪に陶器のような肌の持ち主であり、地味な装いをしていてもいつも人目を引いていた。
持参金がないので正式な婚姻の申し込みなどはなかったが、既婚男性などからのアプローチは王妃の目を盗み絶えなかった。
王妃は宝石のように美しいクライノートを殊更に寵愛し自慢げに連れて回っていた。
ところが、王妃の出産で目の届かない隙に陛下のお手付きにされてしまった。
後ろ盾のない寵姫は権力のある側室に処分されることが火を見るより明らかだ。
王妃は身籠ったクライノートを守るために、かねてよりクライノートを熱望していた王妃専属の料理長に密かに下賜した。
当時の人々が、クライノートがお手付けきになったことに王妃が嫉妬して、処分したのではと噂をするほど巧妙に隠すことに成功した。
王妃は、クライノートの子どもが男の子の場合は密かに処分するつもりでいた。
産まれたのが女の子だと知ると、政略結婚の手駒にするため必要な教育を施すよう手配し、料理長のもとで隠して育てるよう指示した。
リラは料理長とクライノートと一緒に、王妃の所有する使用人棟の最上階全体をもらって、そこでクライノートと二人でなるべく目立たないようにして生活していた。
使用人棟の最上階を占居していたので、使用人達に嫉妬されて嫌がらせを受けることもあった。
ブラオ王国から縁談の話が来たときに、王は最初に第一王女にこの縁談を振った。
だがブラオ王国の陛下と王太子にはあまり良い噂を聞かなかったため、第一王女が輿入れを拒否した。
しかしトゥアキス王国は水洗トイレの技術供与が欲しかったため、王妃の手駒として密かに生かされていたリラに白羽の矢が立ち、急きょ第三王女として王に認められこの役目を果たすことになった。
側室アウラは、第二王女である自分の娘を差し出そうとしたが、ブラオ王国の言語を習得してなかったことでリラがその役目を果たすことになった。
トゥアキス王国には、リラの大事な母と養父がいる。
絶対に自国の不利になるようなへまは許されない。
「それでお母さまの付けた影は他になんて?」
「王妃と側室が付けた影が、この間のリラさまとノアール王子殿下との睦まじい様子を見て直ぐに国に報告に戻ったということと……」
「この報告を受けた側室のアウラさまが、リラさま暗殺に舵を切る可能性があると書いてあります。」
ミーアが、影の報告書に書いてあることのほとんどをリラに報告した後、それを手渡す。
確認のために、リラも報告書を受け取って目をざっと通す。
「王妃の子飼いが成果を上げると困るということね。」
「アウラさまは、ご実家の勢力が強いですからね。」
リラは、ここ何日かのノアールからの音沙汰なしに不安を覚える。
「なにせ、私もあの海岸デートでお二人の仲睦まじさにもう大丈夫だと思いましたからね。こんな放って置かれるような状況になるなんて……どういうことでしょうかね。」
リラはベッドの座る位置を一人分横にずらして、ミーアを呼んだ。
「ミーア、こちらに座ってくれない?」
自分の隣を手のひらで指す。
「リラさまのベッドにですか?冗談は止めてください。」
「内緒の話をしたいのよ、お願い。」
小声で頼む。
しょうがないといった風にリラのベッドにあがってきた。
「なんですか、改まって。」
「ミーア、驚かないで聞いてね。」
「私、ノアール王子殿下が美しい女性と2人きりで、ガゼボで睦まじくお茶をしているところを目撃してしまったの。」
「まさか…政略とはいえ、リラさまとまだ正式に婚約もしてないのに浮気ですか?」
「浮気…というより本気なのでしょう。政略結婚のために私と顔合わせをして婚約の話をしたことも頭にないのかも…恋は盲目って本当ね。」
「それより、ノアール王子殿下がこの婚姻を受け入れないって言い出したら、ブラオ国王とライア王太子はどうするのかしら?」
ブラオ国王と王太子は業突く張りだという噂がある。
(トゥアキスの資源の発掘にひとかたならず執着しているらしいものね。)
「このまま指をくわえて見てはいないでしょう、わたくしになんらかの罪を着せて処刑して、それを大義名分にしてトゥアキスを攻めてくるぐらいのことは考えそうね。」
「まさか…王女を処刑できるだけの罪を捏造できますかね?」
「今のは例えばの話よ、そのへんはブラオ王国がどういうシナリオを描くのかこちらも気をつけて情報収集しなきゃね。」
「大国グリュック王国が目を光らせているから攻め入るなんていうことはないとは思うけど……グリュック王国は力のある平和主義国だと言われているの知ってるでしょう?」
「ええ、さすがに大国なので。」
「グリュク王国が目を光らせているから、安易に資源欲しさに攻められないのよ、それで今回縁談の話が持ち上がったのよ。」
「これが、反故になったならトゥアキスを簒奪するための合法的なシナリオを用意するんじゃないかしら。」
「婚約が成されないときは、急ぎトゥアキスに戻ればいいのではないですか?」
「それこそ、今回ダメでも大国グリュク王国の王太子のお相手にと王妃陛下が考えていたりは……」
「むしろそうなると、なおさら私は必要無いわね。王妃は第一王女をグリュック王国の王太子に差し上げたいのよ。」
「だから以前より社交界で噂を巧妙に流していらっしゃるわ、トゥアキスのホワイトローズと呼ばれる美しい姫が自分の娘のことだと。」
「それってクライノートさまの二つ名でしたね。」
「では、ブラオ王国に嫁げないならこの国にいるのは危険ですね。」
「どっちにしろ、側室アウラさまの刺客も送られてくる可能性もあるし八方塞がりね。」
「そうだわ!先程の影に、帰国した際にこの縁談は壊れそうだと情報を広めてもらいましょう。」
「アウラさまも私が役目を果たせないとなると、逆に刺客なんて寄越さず生かしておいたほうがいいでしょう。」
「確かに!かしこまりました、伝えておきます。」
「ところで、ブラオ王国から出るおつもりなんですよね?どちらに行かれるおつもりですか?」
「今考えているのは、グリュック王国よ。」
「あなたも喋れるわね?」
「話せますけど…」
「婚約のために持ってきたものを売って路銀にしましょう。」
「しかし、陸続きではありませんよ、どうやって行くのです?」
「グリュック王国の商人が出入りしているのよ、だから停泊中の船があるはず。それに乗り込むわ。」
「ノアール殿下といい雰囲気だと思ったのに、どうしちゃったんですか?」
「ノアール王子殿下を、嵐から救った方が現れたのよ。私が救ったと嘘を付いたわけではないけど、ノアール王子殿下としては騙されたと思ってらっしゃるわ、きっと。」
「お相手の方を後々に側室にしてくださっても構わないから、わたくしと婚約してくださるといいのだけど……」
「逃亡は、プランBということですね。」
「ふふふ…プランAがまだないのだけどね。」
リラは報告書をミーアに戻した。
「処分しておいて。」