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シュタットまでは一本道なので迷うことはないが、早足でも30分近くかかる。
リラは城から近い店を一通り見て回ることにした。
街は通りに面した中心部に行政施設や商業施設がありその周囲に居住区があった。
昼時で飲食店への人の出入りが目立つ。
パン屋さんを見つけて、日持ちしそうなパンを2日分買う。
(次は下着なんかも購入に来ようかな。)
リラは下見して回る。
気が付いたら、人通りのある道からそれてしまっていた。
ちょうど大衆向けのバーから、酒の匂いをさせた男達が4、5人出てきた。
男の一人がリラを見て、絡んできた。
リラの腕を強く逃げられないように掴む。
その拍子にパンの紙袋が手から地面に落ちた。
「お姉さん、今から一緒に飲みに行かないかい?」
「お姉さんみたいな器量よしと、一緒に飲めると俺らも酒がうまくなるんだよね〜。」
リラが、習っていた護身術で掴まれた腕を払う。
「わたくしなど必要ないぐらいもう十分、楽しんでいらっしゃるようにお見受けいたしますわ。」
リラはきぜんとした態度で対応した。
「聞いたか?わたくしだってよ!」
男達はみんな同じような格好で生成り色のよれたシャツに作業用パンツを履き頭に布をいて後頭部で縛る。
リラは護身用に剣術をたしなんでいたが、型ありきで実践で使ったことがない。
太ももに忍ばせている護身用の短剣を服の上から触った。
(もし男たちを間違って斬ってしまったら、すぐに捕まるでしょうね、トゥアキスの王女だと言っても誰も信じないわ…逃げるが勝ちだけど。こんな男たちから逃げ切るほど体力が無い。)
(通行人もほとんどいない、どうしよう…絶望的だわ。)
男が急にリラに抱きついてきた。
至近距離に迫られ、酒の匂いが鼻に付く。
(ちょっと、私一応王女よ!こんな酔っぱらいに抱きつかれるなんて有り得ないから…こうなったら、ここで短剣を振り回して、相手が怯んだ隙に逃げ出すしかないわ!)
リラが裾をまくった。
周りの男たちがリラの太ももを見てはやし立てた。
リラは、無視をして太もものナイフホルダーから剣を抜き、抱きついていた男を威嚇した。
リラに抱きついていた男がびっくりしてリラを離した。
「おい!あぶねーだろ。」
周りで見ていた男たちが、短剣を見てざわつく。
「近付くと、斬るわよ!」
リラはその場から逃げ出すために、短剣を男たちに当たらないように振り回した。
男たちがリラから少し距離を取る。
(今のうちに逃げなきゃっ)
リラに抱きついていた男が頭に血がのぼり、血走った目でリラをにらみつけた。
「刃物持ってるのが自分だけなんて思ってんのか?」
そして腰の後ろに手を回し短刀を取り出して、リラに刃先を向けてニタリと笑う。
連れの男たちが形勢逆転したことで、はやし立てた。
「いーぞ!服を刻んでやれ。」
リラは顔面蒼白になった。
(後ろに短刀持ってたの!?)
(ちょっと脅かして逃げるつもりだったのに…)
(大変なことになったわ…)
リラは眉間にしわをよせた。
「お姉さん、こんなところでデートですか?僕の誘いは断ったのにひどいな〜。」
緊張感のまったくない明るい調子の声が聞こえた。
リラは声のする方に視線を上げた。
城で会った商人のアヴィが男達の背中側に立っていた。
アヴィは流暢なブラオ王国の言語を話していた。
リラは張り詰めた気持ちから解放された。
「あなたは、アヴィ?」
「記憶力が良くていらっしゃる、こんなしがない商人の名前を覚えていてくれるなんて感激ですね〜」
「お兄さんたち、これでお姉さんを解放してくれない?」
アヴィが短剣を持つ男の手首を瞬く間に掴んで、手のひらに小金を握らせた。
「おいおい、俺らが先に…」
アヴィに手を掴まれた男が、周りの男たちがアヴィに食って掛かろうとするのを止めた。
「いや、いいこれで俺たちは引くぞ。」
そして、連れの男たちに声を掛ける。
「ほら、もう一軒行くぞ。」
アヴィが背を向けて去って行く男たちに手を振って見送る。
「ありがと、悪いね〜。」
立ち去り際の男達の会話がリラに聞こえた。
「うわっ…お前手首が、真っ赤なあざになってるじゃねえか!」
「しっ!もういいから、飲みなおすぞ。」
(助かったわ……)
「ありがとう、アビィ助けてくれて。」
アヴィが、短剣を握りしめて固く閉じたリラの手の指を一本ずつ開いていき短剣を取り上げる。
(そういえば、強く握りこんでいて指が緊張していたわ…)
アヴィが刃をつまんで、リラに柄のほうを向けて渡した。
リラが、裾をまくり太もものナイフホルダーに短剣をしまう。
それを横目で見て、アヴィがからかうように言った。
「お外で、太もも出しちゃ駄目でしょう。」
リラは、アヴィに言われて気付いた。
王女たるもの人通りが少ない場所とはいえ、外で太ももを出すなんてあってはいけないことだった。
(そうだった…昨日から前世の人格の影響がけっこう出ているわね。)
「し、仕方なかったの!」
「……見た?」
リラは横目でアヴィの反応を確認する。
「桃のような白さでした、ごちそうさまでした。」
アヴィが眼鏡の鼻の付け根部分を指で軽く押さえる。
「アヴィ〜!比喩やめてよ、生生しく聞こえるわ。」
「それに…そこは、嘘でも見てないって言いなさいよ。恥ずかしいじゃない。」
アヴィが笑った。
「フフ……次の機会があれば、そうしましょう。」
アヴィが、パンの入った紙袋を拾って持つ。
「そういえばお姉さん、お城で仕事じゃなかったの?」
「え……と、そういえばそうね。」
「ぼくと行けば怖い思いしなくて済んだのに、一人で行くならもっと警戒しないと。」
「ええ、本当にそうね。アヴィがいてくれて本当に助かったわ。」
「今度、なにかお礼をさせてね。」
「お礼がしてもらえるんですか?得した気分ですね。」
目元は色付きのレンズでわかりにくいが、アヴィの口調が優しい。
「城に戻るんでしょう?ぼくも用事が終わって帰るところだから一緒に戻る?」
「一緒に帰るわ。」
さっきみたいなの巻き込まれると困るのでアヴィの誘いにのった。
道すがらアヴィの旅の話を聞いた。
「と、まあ…ぼくは3カ国ぐらい商品を売って回っているんだよ。」
「アヴィが回った国で一番住みやすいのはどこかしら?」
「ぼくの国は、電気も通ってるしトイレも水洗だし治安もいい方じゃないかな?」
「グリュック王国はそういえば電気が通ってるんだったわね。住みやすいの?」
「そうだね、国が豊かだから治安も他国よりはいいと思う。」
「グリュック王国は入国手続きの書類に身元保証人が必要だけどね。」
「お姉さんが来るなら、ぼくが身元保証人になろうか?」
「アヴィいろいろ教えてくれてありがとう。その時はお願いね。」
「トゥアキス王国の情報もあるの?」
「あそこには行ったことないからね、あくまで噂だけど。」
「ええ、教えて。」
「トゥアキス王国はどの国より王家の権力が強くて、いまだに政権中枢が身内で固められているし能力のあるものの取り立てもない腐ってる国だと聞いたな。」
「そう言えば、トゥアキスのホワイトローズと呼ばれる王女がいると聞いたけど、知ってる?」
(王女……第一王女のことかしら?)
アヴィがリラの瞳をじっと見つめる。
「ぼくは初めて見たけど、お姉さんのようなレッドダイヤモンド色の瞳っていうのはよくある色なの?」
「どうかしら……」
(トゥアキスにこの色は、私とお母さまだけだったかも?)
「会った時から思っていたけど……お姉さんの瞳ってキレイな色だよね。」
「ところで、そろそろ名前を教えてよ。」
ちょうど城門に着いた。
「うん…また今度会えたらね。」
(なんだろう…偽名を名乗りたくないかも…)
時刻は夕方だった。
アヴィは門番に知られているようで行きより、スムーズに通してくれた。
「アヴィ、ここまで一緒に帰ってくれてありがとう。」
「荷物も助かったわ。」
リラは途中でアヴィと別れて、急いで居館にある客室に戻った。
扉を開けると、ミーアが泣きそうな顔で待ち構えていた。
「リラさま私が戻って来て部屋がもぬけの殻なのを見て、どんなに心配したかわかりますか!?」
ミーアが走り寄ってきた。
「ごめんなさいね、ミーア。」
ミーアは可哀想なぐらい顔が疲れていた。
「今後はやめてくださいね。」
リラは胸が痛くなってミーアの手を握りしめて言った。
「二度しないと約束するわ。」
ミーアにパンの入った紙袋を渡した。
リラがちらりと部屋の隅に目をやる。
部屋の隅にワゴンがある。
ワゴンの上には、水と具のないスープが置いてあった。
(追い出そうと必死ね。)
「ミーア、あなたの方ではなにかわかった?」
「一ヶ月後に、陛下がこちらにお見えになるということと婚約パーティーの準備が進められているらしいということぐらいですかね。」
「一ヶ月後の国内向けの婚約発表にブラオ王国の陛下がお見えになるのね。」
「トゥアキス王国の王妃と第一王女殿下もこられるようです。」