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ノアール王子と顔合わせした3日後の夜に、リラ宛にドレスとメッセージカードが届けられた。
リラは朝食後、ノアール王子と浜辺を散歩することになった。
「リラさま、ノアール王子殿下から贈られたこちらのドレスをお召しになってお散歩いたしましょう。」
ノアール王子の贈ってくれたドレスは、薄いピンク色で生地は上質なシルクを使ってある。
ウエスト部分での切り替えではなくて、縦ラインの切り替えのみで上半身をフィットさせて、腰から裾までに膨らみをもたせてある、いわゆるプリンセスラインのドレスだった。
スカートの裾部分に銀糸で細かな刺繍が施されていて、光の当たり具合で花の模様がキラキラと光って見える。
「コルセットをしなくても、ウエストラインがきれいに出ますね。」
ドレスの後ろのファスナーを上げながらミーアが言った。
(コルセットしなくていいなんて最高ね!)
リラはピンクのプリンセスラインのドレスを着せてもらい、白のブーツと同色の日傘を準備するように指図した。
砂浜を歩くということでハイヒールではなくブーツを選択した。
「リラさま、前髪はどうしましょう?」
「……そのままでいいわ。婚約パーティーが終わるまでの辛抱ね。」
「今夜は、ようやくノアール王子殿下とディナーをご一緒できるかもしれませんね。」
「ええ。」
リラは姿見の前でくるりと回って、ドレスのフレアの広がり具合を確認した。
リラが身支度を終えて、2階のフロアからエントランスホールを見るとノアール王子が先に着いて待っていた。
ノアール王子の装いは、襟がスタンドカラーで胸元を編み上げている白のシャツと、股上部分に金の糸で草木の模様が刺繍されているベージュのトラウザーズと黒の革靴を履いていた。
(均整のとれた体つきなのが、服の上からでも分かるわね。)
リラの視線に気付いたノアール王子が、2階のフロアに向かって階段を上がってきた。
それを見てリラも階段を下りる。
2人は踊り場で立ち止まった。
「おはようございます、ノアール王子殿下。」
リラが微笑んで軽くお辞儀をする。
「我が国のドレスが、とてもよくお似合いだ。」
ノアール王子がエスコートのために手を差し出す。
「ノアール王子殿下も、とても素敵です。」
リラはノアール王子の手を取って階段を下りた。
家令や使用人達がエントランスホールで2人を見送る。
エントランスからまっすぐ進むと門がある。
ノアール王子は、道案内をしながらリラをエスコートする。
さらに道なりに進むと、城外に出るための門があり橋が架かっていて、橋を渡ると眼下に海が見えてくる。
しばらくは緩やかな下り坂で、舗装された道を進んで行く。
道の両脇には木が植えてあり、木陰の下を通るので涼しい。
ようやく目の前に砂浜が見えて、波打ち際を2人で歩く。
天気がいいので海風が気持ちよく、エメラルドグリーンの水面が美しい。
時折吹く強めの海風が傘をあおる。
リラはしっかり傘の持ち手を握りしめた。
(この間の傘は、風でどこかに飛んでいちゃったからしっかり持たなくては……)
そんなリラを見ていたノアール王子が、リラの手から傘を取り上げてリラに日が当たらないように差し掛けた。
「傘は私が差そう。」
傘を取り上げると、海風で前髪が乱れてリラの目が見える。
それを見てノアール王子が嬉しそうに目を細める。
リラがノアール王子から傘を取り戻そうと手をのばした。
「ノアール王子殿下にそのようなこと……畏れ多いですわ。」
侍女のミーアが2人のそんなやり取りを後ろから見ていて、自分が傘を差す係に名乗り上げるべきか悶々として2人の様子を伺っていた。
ノアール王子が、リラの手が届かないように傘を少し高い位置で差し掛けて言った。
「私が差しますよ。」
「でも…悪いですわ。」
リラが傘を取り戻そうとして伸ばしてきた手をかわして、そのままリラと自然に手をつなぎ、優しくほほえんだ。
「リラ王女殿下が差していると、風が吹くたびに傘があおられて傘ごと飛んでいきはしないかと私がヒヤヒヤするのでね。」
ノアール王子が声を出して笑う。
「まあ!」
それを聞いて、リラもくすくすと笑った。
「そんなふうにご覧になっていたのですね。ではノアール王子殿下のご厚意に甘えますわ。」
2人は手をつないでそのまま歩いていく。
「あら、あの貝殻をご覧になって。きれいですね。」
「失礼。」
ノアール王子が傘を一旦リラに渡して、砂浜に片膝を付いてしゃがみ込み貝殻を拾い手のひらで包んだ。
そのまま立ち上がって、後ろに控えていた護衛に目で合図した。
護衛がリラから傘を預かり差し掛ける。
ノアール王子が、貝殻を包んだ両手をリラに差し出した。
リラはノアール王子が貝殻をくれようとしていると察して、手のひらを上に向けて差し出した。
ノアール王子がリラを優しく見つめて、リラの手のひらの上に貝殻をぽとりと落とした。
リラが美しい貝殻を見詰める。
手のひらの上でかさりと動いた感触がした。
「え……。」
それは中に宿主がいた。
「きゃあああ!」
リラがバランスを崩して手のひらから貝が落ち、足元がよろける。
ノアール王子がよろけそうになったリラの腰を支えた。
くすくすと笑う声が頭上からする。
「ひどいですわ、ノアール王子殿下ったら。」
見上げるとノアール王子は、イタズラっ子の目でリラを見ていた。
「ごめん、ごめん。リラ王女殿下が可愛くてついイタズラ心が…。」
「もうしないから。」
そう言いながら、くすくす笑っていた。
ノアール王子が、リラの腰から手を離して護衛に目配せをした。
護衛が傘をノアール王子に手渡す。
ノアール王子がまた日傘を差し掛け、リラの顔に陰ができる。
「許してくれる?」
ノアール王子がリラの機嫌を伺う。
エメラルド色の瞳が、日に当たってきらめく。
リラが見とれる。
「わたくし、どうもノアール王子殿下のその目に弱いようですわ。許して差し上げます。」
上目遣いで軽くにらむ。
ノアール王子が傘を傾けて護衛の視線を遮り、リラの頭頂部に小鳥のように軽いキスを落とした。
「一ヶ月後には私の婚約者だ。よろしく、リラ王女殿下。」
ノアール王子が傾けた傘を戻してほほえむ。
リラの頬が真っ赤なのを、ミーアが日差しに当たりすぎてほっぺが日に焼けたと勘違いして一人青くなっていた。