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アヴィがアーベントだと明かされてから後、しばらく平穏な日々が続いていた。


食事はアヴィの護衛のゲーライトが運んできてくれているし、時々こっそり抜け出して桟橋に行くこともあったが、リラに不敬を働いた使用人に会うこともなかった。



リラは洗面室で、ミーアに前髪を切ってもらっていた。

「リラさまどうですか?視界が開けましたでしょう?」


「変な感じだわ。」

リラは鏡に映った自分を見た。


「今夜は、色を落とす薬草を使って洗髪しますよ。」

そう言いながら切った髪を片付けて、顔に付いた髪の毛を布で払ってくれていた。



二日前にノアールとローザの連名で、婚約パーティーの招待状が来た。


アーベントから招待状が届いたタイミングで一通りの作戦を聞かされた。



リラは10日後の婚約パーティーに出る為ための準備の一環で、前髪を切ってもらっていた。



「うまくいくといいけれど…」

「リラさまの自由のために頑張りましょう!」


扉をノックする音が聞こえた。


「誰でしょう?」

「さあ…アヴィは忙しくなるから、しばらくここに来れないと言ってたものね…」


「ちょっと見て参ります。」



ミーアが、解錠して扉を開けた。

「あなた…?」


ローザが扉の前に立っていた。


ローザは薄いブルーグリーンのワンピースを着ていた。


スクエアネックとパフスリーブの袖口に、白のフリルが縁取られて、ハイウエストで白のサテンのリボンがベルト代わりになっている。スカートの裾にステッチワークが施されている。


スカートがミモレ丈で白のシルクのソックスに黒のTストラップシューズを履いていた。

波打つ美しい艶のあるコーラルピンクの髪をハーフアップにしている。


まるで人形のようなローザにミーアは見惚れた。


「ローザといいます。リラさんと話したいのだけど…」


「少しお待ちくださいませ。」


ミーアがローザを部屋の外に待たせたまま、リラに急いで報告した。


「ローザさまと仰る方がお見えです。」


「ローザさまが?」


(人魚姫のローザさまが私になんのようなかしら?)

ミーアが声を潜めてリラに聞いた。


「あの方、人間ですか?まるで人形のような美しさですね…」


「そうね、人外の美しさよね……護衛は一緒に付いていた?お一人なら急いで中に入っていただいて。」



ミーアは指示どおりにローザを部屋に招き入れた。

リラは渋るミーアを退出させた。


リラは自らローザをリビングまで案内した。


「ごきげんよう、ローザさま。こちらへはお一人でいらしゃったのですか?」


「…………」

ローザは初めてリラの瞳を見て、目を見張った。



ローザの返事がないことでリラは思い出した。


(そうだった、声が出ないんだったわね。)


『ちょっと抜け出してきたの。』

ローザが紙にさらさらと書いて見せた。


「え…?」


(こっそり来たってこと?)


(アヴィに今度の作戦を聞いてなかったら、私に誘拐の罪を着せるつもりかと、勘ぐるところだったわ。)


アヴィからはノアールとローザも一緒に、今回の計画に加わると聞いていた。

ブラオ国王と王太子の仕掛けた罠を利用して、仕返しをするつもりだと。



ローザに3人掛けのソファに座るようにすすめる。


「お飲みものは紅茶でもよろしいですか?」


『すぐ、戻るからなにもいらない。急に来ちゃったし。』


リラが対面するように2人掛け用のソファに腰掛けた。


「ノアール王子殿下と離れてよかったのですか、ローザさま。」

『今は、大丈夫。』



(ライア王太子から、刺客を差し向けられていたと聞いたけど、もう大丈夫なのね。)


(フフフ…筆談もいいわね。この可愛らしい方が、紙に一生懸命書いているのを待つのも楽しいわ。)


リラは口元が綻んだ。


「あなた、隣国の王女なんでしょう?もしかして私を恨んでる?」


(え……?)


(あれ?喋ってる…)


リラは思わず聞いた。

「あの…人魚姫って口が聞けるの?」


ローザが目を丸くする。

「今、人魚姫……って言った?王女さまも転生者なの?」


(転生者……?私は生まれ変わってはないから転生者じゃないわよね。)


「わたくしは、転生者ではありません。ノアール王子を砂浜で見つけた時に、人魚の姿を見ました。その時、激しい頭痛に見舞われて…前世の記憶…というより…知識を思い出したのよ。」



「ローザさんは、転生者なのね。私は前世の知識を思い出しただけなの。」


(それで、筆談でコミュニケーションを思い付いたのね。)


「あなたが最初に見たのは本物のローザね、わたしが転生したのはその後よ。」


「多分、海の魔女に人間になる薬をもらって飲んだ後よ。」


「そうだったのね。」


「海の泡なんて冗談じゃないし、なんとか回避するために動いたの。」

「まさか、隣国の王女と協力プレイすることになるなんてね〜。」

「ストーリーと違ってきて、こっちは最高嬉しいけどね。」

ローザは人懐っこい笑みを浮かべた。


*******



有川真央は、今年で大学卒業だった。

一流企業にも就職の内定が出て、浮かれて飲みすぎて気付いたら、人魚のローザになっていた。

ちょうど人間に恋をして、人魚の魔女から人になる怪しい薬を飲み干したところだった。





「私が転生したということは、この薬やばかったんじゃ…」

「確か、あの魔女が夕方には人間になるって言ってたよね。」

「ヤバ…早く陸に上がらないと。」

真央には、ローザの知識がしっかりあった。

手の中に王子のものであるカフスボタンが握られていた。


がむしゃらに泳いで陸を目指す。

「わたしは元人間だからね、絶対陸で生活したいし。」

真央はやっとのことで水面から顔を出す。

「てか、喋れるじゃん。」

ちょうど目の前に桟橋があった。

桟橋には豪華客船が横付けしてある。


「この船はあの沈んだ船とは違うわね、だいぶ大きいわ。」


夕日が人魚のローザの顔を照らす。


「ヤバ…早く陸に上がらないと足が生えるよ。」

真央は腕の力で桟橋についている梯子に腕をかけ、必死に桟橋に上がる。


上がりきったところで素っ裸だと気付く。


客船から、一人の男が下りてきた。

遠くからでも分かるほどの端正な身体付きで、瑠璃色の髪は爽やかなマッシュショートで、鮮やかな紫味の青い瞳はタンザナイトのようだ。


男はクリーム色の開襟のシャツと、濃紺のトラウザーズパンツに黒の太めのベルトをして帯剣している。


真央を見つけて近付いてきた。

「お前、そのような姿でそこで何をしている?」


真央は近付いてきた男が思った以上に美しくて見惚れた。



真央は、意識の奥深くで嵐の日に救った王子を求める気持ちが残っていたが、陸で暮らせるならわざわざ王子を見つけなくてもいい、この美しい男に付いて行こうと決めた。


(ストーリー通りじゃない方がこっちも都合がいいわ。)


「お前、名は?」

男が片膝を付いて真央と視線を合わせて聞いてきた。

男のタンザナイトのような瞳に、夕日の色が混じり合い溜め息が出るほどきれいだった。


「………」

真央は男のあまりの美しさに声が出なかった。


真央は喋れない設定でいくことに決めた。


この男を前に気後れしたのもあったし、この世界のことを知らない真央にとってはいいアイディアだと思った。


「口が聞けないのか、耳が聞こえないのか…とりあえずそのままでは風紀が乱れるな。」

男が着ていた上着を脱いで、真央に頭から被せるように着せる。

その時、真央の握りしめていた手に気づき、男が手のひらを優しく開かせた。

男が真央の手のひらから、カフスボタンを摘み上げてじっくり見ている。


(それを取られたら不味い気がする。)


必死で取り返そうとするが、男はカフスボタン観察しながら、うまい具合に真央の手を躱した。


「これはブラオ王国の紋章入りカフスボタンだ。」

「悪いが抱えるぞ、城へ連れて行ってやろう。」

そう言って真央を抱えて城ヘ連れて行った。


そこでノアールと再会した。

ノアールの方は最初から真央に熱い視線を送った。


メイドたちがノアールの指示で、真央にドレスを着せてくれる。


その時、初めて鏡を見たが、真央が思わず2度見をしてしまうほどの美しさだった。


白い肌にローズクオーツのような瞳と、腰までの長さの波打つ艷やかなコーラルピンクの髪。

(これ、わたし!?)


そして、真央は筆記用具を持ってきてもらって嵐で助けたこと、自分が人魚だということをノアールにカフスボタンを証拠に紙に書いて伝えた。


(言葉もわかるし文字も書けるっていうの、転生ギフトって言うやつか〜)


(ここで、こんだけ私助けましたってネタバレしたら、ストーリー大きく変わるわね!)


(海の泡なんて冗談じゃないから、ここは命がけで生き残れるよう画策しなきゃね。)


(人魚姫の選択肢って、王子に選ばれなければ海の泡orお姉さん方が髪と引き換えにして王子の命狙う短剣持って来るんだよね。)


(うまくいってればお姉さん方も登場しないってことでいいのかな…)


(てか、王子に短剣ぶっ刺して生き残っても、絶対海で生きていくなんてイヤよ!)


(この際好みは置いといて、確実に自分に興味を持っている王子を射止めたほうがいいわね。)


(彼もイケメンだしね。)




*******


ローザは、王女の境遇をアーベントから聞かされて、逆恨みされたら嫌なので敵情視察のつもりで王女のもとへ訪れた。


自分の事など話すつもりはなかったが、王女が前世の知識があると聞いて親しみを覚え、今まで自分にあったことをすべて話してしまった。




「そうだったのね…」

リラはローザがこんなに明け透けに語るとは思わず拍子抜けした。






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