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リラの紙を持つ手が震える。
アヴィがリラの反応を見たくて、リラの前髪を掻き分ける。
リラがアヴィの手を払う。
「あなた……名前の偽造しちゃだめよ!」
「は?」
「いくら、アーベント王太子殿下と距離が近くてもこれはだめよ。」
「………」
アヴィの口がポカンと空いた。
5分経って戻ってきたミーアが、リラの持っている念書にサインがきちんと記入されているか確認するため凝視した。
「ひいいいいいいい。」
ミーアは腰が抜けた。
ミーアは、先ほどアヴィを商人だと思って、かなり上から物を言った記憶があるので顔面蒼白だった。
リラはミーアの狼狽ぶりを見て事を荒立てないよう注意をした。
「ミーア、今ね私がアヴィに注意したから。ここだけの話よ。」
リラはアヴィがサインを無断使用したと決めつけていた。
これ以上放っておくと、ろくな事にならないと判断したアヴィが念書を持つリラの手を握って言った。
「リラ、黙っていてごめん。」
アヴィが、カツラと眼鏡をリラの目の前で外してカツラで押えつけていた髪を軽く手で梳く。
瑠璃色の爽やかなマッシュショートと、鮮やかな紫味の青いタンザナイトのような瞳がリラの目の前に現れた。
「アヴィが……アーベント王太子殿下?」
「え…ウソでしょう?」
アヴィの眼鏡越しではない、タンザナイトの色味の瞳がリラを捉える。
「わたくし…全く気付かず……失礼なことを……」
(アヴィが…アーベント王太子だったなんて…あれ、私失礼なことをいっぱいしてしまったわ……)
(ぶどうを皮ごと口に突っ込んだしまったし、さっきも部屋まで抱えて運んでもらったわ……)
「どうしたら……」
リラはパニックになっていた。
「リラ、リラ落ち着こう。リラは先ほど私を好きだと言った。覚えているよね?」
アヴィがリラの両手を握った。
「それは、アヴィが……」
「同じ私だ…だがグリュック王国の王太子である私のほうがリラを守れるし安全に連れて帰れる。」
「侍女のミーアも、グリュックに一緒においで。」
ミーアはアーベント王太子の顔を知らなかったので、サインを見たときの衝撃の方が大きかったが、リラがアヴィをアーベント王太子だと認めたことでミーアも目立たないように驚いていた。
しかし、アーベント王太子が自分のことにも気を配ってくれていることを知り、驚きより感謝の気持ちが上回った。
「アーベント王太子殿下…なんて心の広い方でしょうか!リラさまが安心して過ごせるならグリュック王国にお供させていただきます。」
リラは落ち着きを取り戻したことで、グリュック王国の王太子に婚約者がいることを思い出した。
「アーベント王太子殿下に申し上げます。」
「なんだ?」
アーベントが、改まった口調のリラに警戒する。
「お国に有力貴族の婚約者がおられるはずです。」
アーベントがほっとした。
「そんなことか、そんなものは噂だ。私は承諾していない。それよりアヴィと呼んでくれ。」
「私の愛称だ。」
リラは驚いた。
「わたくし、最初から愛称で呼ばされていたのですか?」
「そういうことだな。」
アーベントがリラの二の腕を掴んで引き寄せて抱きしめた。
「リラ、ダンスは?」
「嗜み程度です。」
「そうか、近いうちに是非一緒に踊ろう。」
(それは、婚約パーティーでということかしら?)
「四方八方、全て丸く収まるように、私の方もシナリオを書いてあちらさんにも踊ってもらおうかな。」
アーベントが、腕の中で大人しくしているリラの両頬を両手で挟み込み、おでこにキスを落とす。
そのまま、眉間から鼻梁を通って鼻頭までキスをして、両頬にも小鳥のようなキスをする。
「かわいい、早く国に連れて帰りたい。」
アヴィの口調で話して、リラの反応をちらっと見る。
リラは真っ赤になって石のように固まっていた。
その横で、ミーアが眉を釣り上げていた。
「アーベント王太子殿下、リラさまから離れてください!」
「ミーア、念書を君に預けよう。」
「私のサイン入りだ。ほら、これで君の心配するようなことにはならないよ。」
ミーアは餌をもらった犬のように大人しくなり、番犬の役目を果たさなかった。




