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「お前は、私達の味方になってくれるの!?」
ミーアがアヴィに詰め寄ってた。
「やめなさい、ミーア。こうなってはもう巻き込んではだめよ。」
(ブラオ国王が動き出したなら、アヴィを巻き込むわけにはいかない。)
アヴィがリラの髪をじっと見た。
「ぼくに話してくれない?」
ミーアが反応する。
「リラさま、この者はグリュック王国の商人なのでしょう。味方になってもらいましょう!」
「ぼくが信用できないなら、あなたを裏切らないという内容の念書を書いてもいいよ。」
リラがアヴィの提案に首を振る。
「わたくしは、アヴィを信用しています。もし裏切られたとしても、何か事情があったのだろうと諦めがつくわ。」
横からミーアが口をはさむ。
「駄目です!念書を取りましょう!」
「ミーア…」
(可哀想に…よっぽど、使用人の仕打ちに応えているのね……)
「トゥアキスにとっては大きな秘密を話すのです。」
ミーアが一歩も譲らない。
アヴィがそんなミーアを見てリラに言った。
「念書を書きましょう。交渉成立です。」
「ミーアさん教えてください。」
リラ抜きで話がどんどん進んで行く。
リラはミーアが気の毒になって黙って成り行きを見守ることにした。
ミーアが、アヴィに紙とペンを差し出した。
「先に話を聞かせて欲しい。」
「なんですって!?」
ミーアの目が釣り上がる。
「フフフ…ミーア、さっきも言ったけどわたくしはアヴィを信頼しているので、念書を取るようなことをするつもりないわ。アヴィには危機を二度も救ってもらっているの。わたくしの恩人よ。」
ミーアは釈然としない気持ちだったが、アヴィの側に立って説明し始めた。
「トゥアキスの『ホワイトローズ』は、リラさまのお母さまのクライノートさまのことです。」
アヴィは驚くこともなく、黙って耳を傾けていた。
「王妃が、第一王女をグリュック王国の王太子殿下に嫁がせたいがために、自分の娘だと偽りの噂を流しておいでですが。」
「ああ、ホワイトローズの噂は、近隣諸国に行き渡っているが王妃が故意に広めたものだったか…」
「歩く宝石だと……」
アヴィがリラを興味深く観察するように見た。
「リラさまは、クライノートさまに非常によく似ていらっしゃいます。リラさまの御髪は三つの頃から特殊な草で染めて色を隠しています。」
「第一王女は、髪をそれらしく染めておられますが、本物のプラチナホワイトはあのような濁った色ではありません。」
「ミーア、十分な秘密だ。」
「念書をお願いします。」
ミーアが再度ペンと紙を差し出した。
リラがアヴィの座っている真横に移動して、アビを見つめる。
「アヴィ、私のは秘密というほどではないわ。」
「このまま、ここを出て。私のことはもう放っておいていいから。」
「あなたがここにいるのがブラオ国王の影にでも知られれば、利用されるわ。」
「もしもの時は、アーベント王太子殿下に守ってもらって、私と関わらないようにするのよ。」
「お人好しもいい加減にしてください。」
ミーアがペンと紙を持って後ろで、仁王立ちしていた。
「アヴィさま!念書いただけるんですよね?」
「アヴィさまを疑うわけじゃないですが……ホワイトローズの娘がブラオにいるなんて噂が広がったら、大変なことになるんですよ。」
「そうかしら?」
アヴィもミーアに同調してうなずく。
「人魚と同程度、いや子を生せるんだ…それ以上の価値が付くよ。間違いなく攫われると思う。」
「それこそ、グリュック王国の王太子殿下にでも、守ってもらわないと恐ろしいことになります!」
ミーアが力説する。
「相手は大国の王太子殿下よ、ミーア軽々しく言っては駄目よ。」
アヴィがリラの前髪を指で掻き分けて、ピンクダイヤモンドの色味の瞳を見つめた。
「リラ王女殿下は、アーベント王太子殿下に婚姻の打診を受けたんでしょう?」
「なんで断ったのか聞いても?」
リラはこうやって瞳を直視されることが少ないので戸惑う。
「アヴィ…トゥアキスの隠された王女の私とは釣り合わないからよ。」
「それに国内の有力貴族の娘との婚姻が整いそうだと聞いたわ。」
「ぼく、アヴィのことはどう思う?」
「どう思うとは?」
アヴィの顔が近付く。
リラの頬を手の甲で撫でる。
「リラが、ぼくのことをどう思っているか教えて?」
質問の意図が分かり、リラの顔が赤くなる。
ミーアが地団駄を踏んだ。
「もう、我慢の限界です!」
「なんて、図々しい商人なのでしょう!リラさまはトゥアキスの王女ですよ。」
ミーアが二人の間に手を差し入れた。
リラがミーアを見て苦笑する。
「ミーア、ちょっとだけ2人でお喋りしていい?」
「私を追い出すのですか?」
ミーアがジロリとリラを見る。リラがたじろいだ。
「はぁ〜……5分です!」
ミーアがわざとらしい大きなため息を付いてから了承した。
「ありがとう。」
ミーアが外に出たのを確認してリラはアヴィに向き合った。
「アヴィ、あなたをどう思うかって聞いたわね。」
「今から言うことはここだけの話だし、ここを出たら忘れてね。」
アヴィが右手の指先でリラの前髪を掻き分ける。
リラはアヴィに見詰められていることがわかって恥ずかしかった。
(よかった、色付きのメガネのおかげでアヴィの瞳がしっかり見えなくて…)
「あなたといると自然体でいられるわ。それにドキドキもするし…これを好きというのかもしれない。」
「でも…」
アヴィの反対の指がリラの唇を塞いだ。
「リラ、ぼくも自然体でいるリラが好きだし、王女の風格を持っているリラのことも好きだよ。」
「一緒にぼくの国に行こう。」
「ぼくが守るから。」
(アヴィは危険を犯しても私を母国に連れて行ってくれるのね)
「返事は?」
「いい返事じゃないと、この手を退かさないよ。」
「リラ?」
リラがアヴィを見て何回も頷いた。
リラは自分の顔が、触らずとも熱を持っているのがわかった。
そして、アヴィの態度が以前と同じに戻ったのを嬉しく思った。
二人きりだったので、リラは取り繕うことなく自然体でいることにした。
「アヴィの船で出国して、アヴィの立場が悪くならない?」
「大丈夫、さっきの秘密を聞いたおかげで、面白いシナリオを思いついた。あちらさんの筋書きに沿って最後だけ書き換えようかな…」
「リラは堂々とぼくと一緒にグリュックに来れるよ。」
アヴィがペンを持って、リラ・ズィルバーン・トゥアキスを一生涯守るという文句を書いて、アヴィが自分の名前を書いた。
アヴィがリラに紙を渡した。
リラは受け取った紙に記載された名前を見て息が止まった。
アーベント・フロイデ・グリュックそう署名されていた。




