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リラは、アヴィが送ると言って聞かないので城門までの約束で一緒に戻ることにした。


城は小高い崖の上に建っているため、桟橋から城までの道のりは緩やかな登り坂が続く。


舗装されていて歩きやすいので慣れてしまえば40分くらいで戻れる。


アヴィの船に長く居過ぎたせいで、いつの間にか時間が経って、もう夕方に差し掛かっていた。


西日が二人の背中側から当たって、前方に影が伸びる。


(どうしてかしら、気を許し過ぎてしまったわ。)

(こちらからも、アヴィのことを少し探りを入れておこうかしら。)



「ね、アヴィは人魚っていると思う?」


「うーん、海は広いからいるかもしれないね。」



(人魚がいるなんて、突飛な質問を鼻で笑わないってことはローザのことを知っている?)


(ローザのことを知っていたら、王女の良くない噂も聞いているかも。)

リラは胸がつきりと傷んだ。


(でも、ノアール王子殿下の大事な人の秘密に近い話よ、アヴィが知っているかしら。)


(それにアヴィは、私と王女の名前が偶然同じだと思っているみたいだし。)



「あなたは商人でしょう?もし人魚を見つけたら権力者に高額で売ったりする?」


(ローザを知ってたら絶対しないって、言うはずだわ。)


「ぼく、しそう?」


「え?」


「リラが人魚なら、大きい水槽に飼って一日中愛でようかな。」


リラはアヴィのブラウンのレンズの奥にある瞳に、甘さが含まれたのを感じ取った。


(変な質問するんじゃなかったわ!)


「今の話はもうやめましょう!」




二人は城門に到着した。

門番に会釈して中に入る。


「アヴィ、今日は船内を見学させてくれてありがとう。刺激的で楽しかったわ。」


「またね。」

リラは笑顔で挨拶をした。


「部屋まで送るよ?」


「ここからすぐなの、ここまででいいわ。」


リラのこれ以上踏み込むなという視線を感じて、アヴィはおとなしく引き下がった。


「わかった……じゃ、またね。リラ。」


アヴィが門から出るのを確認してから、リラはポケットに忍ばせていたボンネットを出してこっそりと目深にかぶり、居館を目指して歩き出した。


使用人棟を通り過ぎ、庭園を通り過ぎて1階台所の出入り口から建物に入って2階の食堂横の台所のドアからリラの与えられた客室に繋がる廊下へ出た。



リラが居館に戻るのに1階台所の出入口を使ったのを見て、尾行していたアヴィがかなり驚いた顔をした。


「トゥアキスの王女殿下が、よくこんなところの出入口を知ってたな。」

アヴィはさすがに目立つのでここを通るのは諦めた。



夕方の台所は忙しそうで誰もリラに気にも止めなかったが、客室に戻る通路でリラに不敬を働いた使用人と出くわしてしまった。




「え、このみすぼらしいの誰よ?」

メイドがボンネットを掴む。


「ランドリーメイドじゃない?」

リラは聞き覚えのある声で、このメイドが誰だったかを思い出した。


二人のうち、一人はリラを呼び出した背の高いメイドの声だった。


「ちょっと、あなた。ここはノアール王子やローザさまが食堂に来られるとき通るのよ!」

「ランドリーメイドの入っていい場所じゃないのよ!」

怒鳴りながら、リラのボンネットを強く掴んで揺さぶる。


このメイドは攻撃的で気性が荒いとリラは思った。


ボンネットが脱げないように押さえてリラは俯きながら言った。

「すぐ出ていきます。」


リラは正体が明るみになる前に退散しようと思い、すぐに来た道を引き返そうとメイドに背中を向けて歩き出そうとした。


「待ちなさいよ!」

すると後ろから強い力で引き倒された。


どうやらボンネットを掴んで引っ張ったが、しっかり紐で結んでいたので体ごと後ろに倒されてしまったようだった。

(う、脳震盪とまではいかないけど頭がグラグラしてすぐに立てないわ。)


「なんだ凄い音がしたぞ、ラフィーネッセ。」

男が使用人控室から顔を出した。


「怪しい女がいたのよ。」


リラはラフィーネッセと聞いて身構えた。


(あの箒の女の名前……)


男がリラの髪を掴んだ。


「なんだこの女、王女と同じ髪の色だな。」


「ブラウンなんてありふれてるし、なんなら私もだよ。」

「ラフィーネッセの髪は同じ茶色でもくるくるじゃねーか。」

「こっちはほら、ストレートのロングだぞ。」

「スカート捲くってみたらいいんじゃない、王女だったらドロワーズ履いてんじゃない?この間もそうだったし。」

「確かめてみるか。」


(冗談でしょ……)


リラは這うようにして、その場から逃げ出そうとした。


後ろから強い力でスカートを引っ張られる。

「フート、さっさと破っちゃえ!」

その言葉とともに、布を引き裂く音がする。

安物の洗いざらしの生地なので、たやすく破れてしまう。


「げ、本当にドロワーズだぞ。」

フートと呼ばれた使用人は青ざめた顔をした。


「王女さまって、嫌らしい趣味をお持ちなんですね…こんなところをそんな格好で徘徊して、楽しんでらっしゃるんですか?」

背の高いメイドが小馬鹿にした口調で言った。


「性懲りもなくノアール王子に会いに来たんじゃない?」

「ちょっと、懲らしめちゃえ!」

「そのドロワーズ本当に中が開いてるかみて見ようよ、フート。」


ラフィーネッセは相手が王女でも、前回咎められなかったせいもあり調子に乗った。


「さすがにまずいって」

フートがラフィーネッセを止めた。


「ラフィーネッセ、それは私もやめた方がいいと思うわ。」

背の高いメイドもフートに加勢する。


(よかった……、今のうちにこの場から早く離れなきゃ。少し頭の揺れも治まったし。)


リラが壁に手をかけて立ち上がる。


「ほら、逃げるよ。口止めしておかないと。」

ラフィーネッセがフートをけしかける。



「まだ待てって。」

男が手を伸ばしてリラの肩を掴んだ瞬間、後ろに男が飛んだ。



アヴィが、男の襟首を掴んで後ろに投げ飛ばしていた。



どさりという荷物を投げたような鈍い音がして、何事かとリラは振り返った。




フートと呼ばれていた使用人の男が、アヴィの立っている真横で尻もちをついていた。




「ア、アヴィ……」

リラが蚊の鳴くような声で、アヴィの名を口にした。


(アヴィが来てくれるなんて……)


リラはシュタットで男に絡まれたときのことを思い出す。


(あの時も八方塞がりだった……)

(アヴィは私の恩人だわ。)



リラは安心して涙が滲み出る。

(前髪で隠れててよかった……)


アヴィがリラに微笑んだ後、使用人の方を向いた。



「君ら、城に仕える使用人と思えない品位のなさだね。」

アヴィの低くて威圧的な声にメイドの顔色が変わった。


「彼女のスカート破ったのは彼だけ?」


アヴィの支配者の風格にフートも、相手が誰だかわからなかったが腰が低くなる。


「わ、私はラフィーネッセ…彼女にやれと言われて……」

フートがアヴィと目を合わせないように、俯きながら言い訳をした。


「なによ、実行したのはフート……」

アヴィが、ラフィーネッセが言い終わる前に顎を強く掴んだ。

「い、痛い……」


「君ら三人の顔は覚えたからね。」

アヴィが、ラフィーネッセの顎から手を離した。



アヴィは、リラが壁に手を付いているのを見て横抱きをした。

リラは初めてのことに加えて、けっこうな高さがあるので怖くなってアヴィの首に腕をまわした。

アヴィが息を呑む。


アヴィは懸命に抱きついてるリラの顔を見て、憐憫の情が湧いた。


「リラごめん、遅くなったね。」


「エントランスから入ったから、ここまで来るのにちょっと時間が掛かっちゃた。」

「リラの部屋まで送るから。」


アヴィが後ろから付いてきているゲーライトに目配せをして後始末を任せた。


アヴィがリラの客室まで淀みなく歩いていく。


「アヴィ、ありがとう。」

「もう下ろして、大丈夫。」


通路で使用人とすれ違う。


はっきり見られるわけではないが、関心を引いているのを肌で感じる。


「まだ、駄目。ぼくが大丈夫だと判断したら下ろすから。」

「でも……落ち着かなくて。」

「顔を隠してたら?」

リラは諦めて、アヴィの鎖骨辺りに顔を伏せた。




客室に着いたので、リラは下ろしてもらい扉をノックした。


冷めきったスープと水入れが置いてあるだけのワゴンが扉の横の壁際に寄せてある。


アヴィがワゴンを見て、苦々しい顔をした。


ミーアが鍵を開けて扉を開ける。


「リラさま、ご無事でしたか。一人で行かれるのは危険だと…」


「この者はなんですか?」

ミーアは呆れた。

次から次に違う男性がくる。


「ミーア、ちょっと事情があって。」

「とりあえず、中に入れてくれない?」


「しかし、男性を入れるなど…」

一応抵抗する。


「侍女どの、私はグリュック王国の商人でノアール王子殿下ともお付き合いがありますからご心配のようなことはありませんよ。」


ミーアがアヴィをじっと見る。

「そんな色付きメガネで言われても説得力がありませんが、事情がお有りのようなのでどうぞ。」


アヴィを3人掛けの上座のソファに座らせてミーアにこそっと耳打ちした。


「ミーア、ここまで連れて来る予定じゃなかったのよ。昨日に続いてごめんね。」


「飲み物をお願い。」


そして、リラがアヴィの対面に座った。


スカートが破れているのがミーアに知られると面倒なので、とりあえず椅子に座って破れているところを隠した。


アヴィは、室内をざっと見渡した。

「リラ王女殿下、扉の前に護衛がいないんですか?」

「そうね、最初は付いてましたわ。」

答えたあとでハッとなる。


「アヴィ……私が王女っていつ知ったの?」


「ここは、王女殿下の客室ですからね。」


「そうよね、使用人の部屋じゃなかったわ。」


(プライベート空間に戻れてすっかり安心してしまっていたわ。)


「その、食事も先ほどのようなものが出されているのですか?」

アヴィが心配気に尋ねてきた。


王女と明かしたことで、アヴィと距離を置かねばならなくなったことを残念に思いながら、リラは心を痛めながらも態度を変えた。


「その話は、お前に必要ですか?」



アヴィが目を見張った。

「……差し出口をいたしました。」


(身分も知られてしまったし、いっそ協力を頼んでみようかしら。)


「アヴィ、わたくしが隣国に行きたい理由を言えば情報をくださるのよね。」


アヴィも相手が王女に戻ってしまったのを見て、態度を改めた。


「そういうお約束でしたからね。」


アヴィは不躾にならない程度にもう一度室内を見回す。

汚れてはいないが、ベッドのシーツがどう見ても交換されている様子がない。



「その前に、あなたの身分をこちらで勝手に推測しますので、返事はしなくていいから当たっていたらそういう反応をしてくださいね。」


「あなたはグリュック王国の高位貴族の次男か三男でアーベント王子殿下のお抱えの商人ではないかと思っているのだけど……」


アヴィの口元が緩んで、僅かに左の口角が上がったのを見てリラは正解だと思った。






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