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リラは次の日の朝、アヴィの船を見に行くために城を抜け出した。

城から出て桟橋まで行く道は緩やかな下り坂になっている。


桟橋に着いて1キロ先の乗船場を見る。

船が大きいので乗船場まで岸からかなり距離がある。

歩いてだいたい10分ほどかかる。


リラは今日はこっそり船内を探検するつもりだった。

人目を気にしながら、乗船場まで早歩きで進む。


シュタットに行けば他にも港があると思うが、見ず知らずのところに行くより一度目にしたところのほう船内を探査しやすい。


リラは目の前ので停泊中の船を見上げる。

船体の中央部にタラップがある。


(何度見ても豪華だわ…こっそり乗り込むのはやっぱり無理そうね。)


(アヴィがこの客船を私に見せた理由はなにかしら?身分を遠回しに明かしてくれたのかしら。)


(あの船を所持できるなんて…グリュック王国の高位貴族の次男とか三男辺りでアーベント王太子のお抱えの商人ってところかしら?)




「おねえさん!船が気になる?」


停泊中の船のタラップからボブウルフカットのブラウンの髪に同色の色付きメガネがトレードマークのアヴィが下りてきた。


「びっくりした!そうよね、アヴィの船だもんね。」

「あなたが下りてきても不思議はないわね。」



「中を見においでよ。」

アヴィがタラップから下りてきて、リラに手を差し出す。

(今日はなんだかいつもより強引な感じね。)


(でもチャンスかも、せっかくここまで来たし目的の船内の探査もできるし…ちょっと見てみようかな。)


アヴィに手を引かれて、タラップを上がる。


「グリュックに来たら、ターミナルに搭乗橋があるんだけどここはないから階段が多くてごめんね。」


船内に足を踏み入れたが、船が大きいので停泊中でもほとんど揺れを感じない。


船の床には赤い絨毯が敷かれている。


真っ直ぐ一直線に通路があって左右に客室のドアがある。


(すごいわ、船体が大きいから中に入って直線距離で見ると先が見えないぐらいだわ。)

アヴィの案内に付いていく。


途中いくつか左右にも通路があった。


すれ違うスタッフがアヴィを見ると、立ち止まって頭を下げる。


中程まで進むと、昇降機のようなもので最上階まで上がった。


昇降機の扉が開くと、目の前に重厚感のある扉がある。

最上階は廊下にベージュの絨毯が全面に敷かれている。


左を見ると、長い廊下が続いていて突き当りにプールが設置させれているのが、ガラスの扉越しに見えた。


右の方を見ると、廊下の突き当りに開放感のあるデッキに屋根の付いているダイニングホールが見える。


アヴィがシャツのポケットからカードを出してタッチして扉を解錠した。


頑丈そうな見た目の扉が自動で開く。



台襟が高めで喉元のボタンが2つある白のシャツに、黒のトラウザーズと同色のジャケットを着用した男が出迎える。


「おかえりなさいませ。」

男が腹の前で、両手を重ねてお辞儀をした。


「彼は、ぼくの世話係みたいなものだ。」

アヴィがリラに男を紹介する。


「バルドと申します、お見知りおきを。」

バルドはリラに丁寧いに頭を下げた。


リラは、カテーシーをした。

「わたく…私は、リラと申します。バルドさまどうぞよろしくお願いします。」



「おねえさん、リラって言うの?」

アヴィがリラの名前を聞き返す。


(そうだった…偽名を言いたくなくて、アヴィには名乗ってなかったわ。)

(でも王女だとは思わないわよね。)


アヴィが、リラを覗き込み微かに笑った。

「フフ…リラって名前、トゥアキスの王女と同じ名前だよね。」


(大丈夫よね……偶然で押し切ろう!アヴィには、できれば本名を伝えたかったし。)


「そうね、偶然かしら。」


「ふーん。」

アヴィがジト目でリラを見たがリラは気づかなかった。そのまま、すぐにバルドの方を向いて命じる。


「バルド、飲み物は勝手にこっちでするからここはいいよ。」

「かしこまりました。」

バルドが一礼して去ってからリラは部屋の中を見回す。


部屋の正面に大きな窓が左右にあって、緑みの灰色を基調として、そこに白の細かな模様の刺繍を施してあるドレープカーテンと、レース素材のカーテンが取り付けてある。


窓の奥には海が一望できるバルコニーが設置されている。


右手前に応接用のセットがあって、その奥に廊下で見た開放感のあるダイニングデッキに抜ける扉がある。


左手前にお手洗いとバスルームと、扉がある。


左奥にキッチンとカウンターがあり、大きめの冷蔵庫がある。


カウンターの横に、外の廊下から見えたプールに抜ける扉があった。

リラは部屋の中をそれとなく観察する。


アヴィがリラの隣にきて笑顔で尋ねた。


「リラって呼んでいい?」


リラは嬉しくなって笑顔で返事をした。

「もちろんよ。」


リラの嬉しそうな笑顔と、返事を聞いてアヴィも笑顔になった。




アヴィがカウンターに入って、後ろに設置してある冷蔵庫からピッチャーとグラスを取り出す。


一緒にマフィンとジャムとフルーツをカウンターに出す。



アヴィがカウンターの中から手招きする。



「リラ、こっちにおいで。」

名前呼びになって、アヴィの口調が急に親しげな感じに変わった。


「そこに座って。」

アヴィがカウンターの対面にある椅子を手のひらで差した。


リラが、アヴィに勧められた通りカウンターに備え付けてある座面が高めの椅子に腰を掛ける。


「どうぞ。」


アヴィが冷えたお茶をグラスに注いで出してくれた。


リラはお礼を言って、口を付ける。


「美味しいわ、香ばしくて。」


(懐かしい気分になるのも変だけど……麦茶に近い味で美味しいわ。)


アヴィが目を細める。


「フルーツを使った甘いお酒もお酒作れるけど、それは夜に来たときにしようね。」


「お酒?トゥアキスは20歳までお酒は飲んじゃいけないことになっているの。」


「じゃ、リラの20歳の誕生日にはここでお祝いしようね、ぼくが作るから。」


「そうね、よろしく。」

リラは笑顔で答えた。


(リップ・サービスでも先の話をしてくれるのは嬉しいものね。)

冷たいお茶を飲みながら部屋の中をそれとなく見る。


(この豪華客船の内装は、すごいわ。さすが電気の通っている国は違うわね。前世の記憶がなかったらびっくりしていたわ。)


「リラ、この船を見てもあんまり驚かないよね。」


アヴィは乗船した時から、リラを観察するような目を向けていた。


「そうかな…すごく圧倒されているわ。」



対面越しだったのを、カウンターを回り込んでアヴィがリラの隣にきた。


「どう?この船でぼくの国に来たくなったんじゃない?」

アヴィがリラの横の椅子に腰掛けた。


「そうね、こんな素敵な船でグリュック王国に行けたら毎日楽しそうだわ。」



アヴィが、フルーツを盛り合わせたガラスの大きな器を二人の間に寄せた。


「朝食べたけど、甘くて美味しいからどうぞ。」


(巨峰…みたいに大きくて色も紫で美味しそう。)


リラは一瞬ノアール王子のところのガゼボで見たフルーツタワーを思い出した。


「ほら、皮を剥いて…」


アヴィがぶどうの実を一つ取って、リラに手渡して

手元に布巾を置いてくれる。



リラが皮を剥いて果実を口に含む。

「甘くて美味しい!」


リラはアヴィがぶどうの皮を剥いているのを見て、手元の布巾をアヴィの元に置く。


「アヴィも食べるの?布巾をどうぞ。」


「はい、口を開けて。」


「え……?」


(え…?)


「ほら、早くしないと果汁がぼくの腕まで垂れるよ。」

アヴィがぶどうを指で摘んでリラの口元に持ってきた。

「そんな……」

「早く、早く。」


(ど、どうしたら〜!)


「リラ、早く。」

アヴィの声が命令しなれた人の声音に変わり、リラは従ってしまう。


(恥ずかしい……)


リラは恥ずかしいので目をつぶって口を開けた。


(あれ…まだ?早くして欲しい…恥ずかしいから長く感じるのかな…)


なかなかぶどうが口の中に入ってこないのでリラが目を開けると、アヴィがリラをじっと見詰めていた。


(え、何…こんな口を開けっ放しの顔を見ていたの?恥ずかしいんだけど…)


リラと視線が合うと、アヴィは一瞬だけ目を伏せてリラの口元にぶどうを持ってきて喋り出した。



「ほら、リラはトゥアキスの王女と同じ名前なんだから、王女さまっぽくもっとこうやって食べさせてもらっていいんじゃない?王女さまってそういうことしてもらってるんでしょ?」


アヴィが、そう言いながらリラの口の中にぶどうを入れた。


(アヴィが変な誤解をしているわ、解いておかなきゃ!)

リラはぶどうを急いで咀嚼して飲み込んだ。



「私はこんな恥ずかしいこと、してもらってないわよ!」


「お……王女さまだって。」


(私って言っちゃた…アヴィ気付いてないかな?)

ちらっと横のアヴィを見る。



「そうなの?ま、いいや。ぼくにもちょうだい。」


アヴィが上半身ごと椅子を回して、リラの方へ向いた。


「え?」


「アヴィ王子ということで、ほら。」

アヴィが口を開けて待っていた。


「は、恥ずかしいから……そういう遊びは……」


「リラはさっき、ぼくの手から食べたよね〜?」



(これは、やらなきゃ終わらないやつだわ。)



リラはぶどうの実を2つ取って、2個とも皮ごとアヴィの口に放り込んだ。


「あ、皮を剥いてない〜。」

「しかも、2個って……」


「アヴィ王子は、それで十分です!私に恥ずかしい思いをさせた罰です。」


アヴィが口をもごもごさせて、頑張って咀嚼していた。

「皮はちょっと渋いんだよな。」


「ふふふ……皮も残さず食べてよ。」

リラが、笑いながらいたずらっぽく睨んだ。


アヴィがぶどうを嚥下してから言った。

「リラ王女殿下は、罰を与えない人かと思ったのに〜。」


「え?」


「こっちの話だよ。」

「リラ、ぼくの船でグリュックにおいでよ。」


「そうね、アヴィとなら楽しそうだし本気で考えようかな。」


「心配しなくていいよ、ぼくが身元保証人になってあげるからさ。」

「ぼくに言っておくこはとない?」

アヴィがいつもの軽い調子で聞いてくる。


(王女だと言ってしまう?……身元保証人になってもらうなら言わなきゃいけないけど……いいえ、まだ時期じゃないわ。)



「アヴィのメガネが気になるわ。」

「ぼくのメガネ?」

「メガネしたことなくて……」

「じゃ、メガネの奥のぼくの瞳の色を当ててみて。」

「アヴィの色付きのメガネが邪魔で難しそうね。」

「当たったら、同じの作ってプレゼントするよ。」


リラはアヴィの瞳を見るために少し顔を近付けた。

リラが真剣にメガネ越しにアヴィの瞳を見つめる。



不意に、アヴィの指がリラの前髪を掻き分ける。


「リラ、いつ見てもキレイな色の目だね。」



あっという間に、アヴィと目と目の距離が30センチほどに詰められた。


(近いわ!)


リラは咄嗟に後ろにのけ反った。


「危なっ…」

アヴィは左手はカウンターに付けたまま、少し腰を浮かし素早く右手をリラの後頭部に回して、手のひらで包み込むように支える。


「そんなに勢い付けて後ろに下がると、壁に頭をぶつけちゃうよ。」

ブラウンのレンズの向こうの瞳が、甘くて優しげなのを見てリラは真っ赤になった。


(色は見えないけど、目の表情は見えたわ!)


リラの右にカウンターがあり、左にアヴィの腕がある。

囲われているような体制に、男性に免疫がないリラは頬が赤くなる。

リラのレッドダイヤモンドのような瞳が潤む。


「かわいいね、リラ。」

アヴィがさらに距離を詰めてくる気配がする。


(これ以上は、危険な気がする……私の息が止まりそうだわ!)


「アヴィ……は、恥ずかしいからこれ以上は、許して。」

リラはアヴィーの胸元を弱々しく両手で押した。


「じゃあ、ここまでで。」

アヴィが、リラの顔に近付く。


(さっきより近いわ…ここまでってなに?……終わりってことじゃないの?)


リラが強く目をつぶる。


アヴィがリラの前髪を、右手の手のひらでよけておでこを出した。


おでこと頬に軽く口付ける。

軽いリップ音がリラの耳元で聞こえた。


「さて、城まで送ろうかな。」

「ここはぼくのプライベート空間だから、歯止めが効かないしね。」


アヴィは、リラが可哀想なほど真っ赤になっているのを満足気に見て席を立つ。


ついでにグラスのお茶を一気に飲み干して、リラに手を差し出す。


リラがアヴィの手を取るのをためらった。


警戒しながら上目遣いでアヴィを見る。


よく見ると前髪の隙間からリラの目が見える。


「かわいいな……」


「ほら…リラ、手を早く。」


「いいの?ぼくは、ここにずっといてもらってもいいけど。」

「それはだめ!」

リラがすぐにアヴィの手を取った。


そのまま上機嫌のアヴィのエスコートでリラは下船した。











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