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リラはシュタットに着いた。


パン屋を探す。

できれば前回と同じお店のほうが安心して入れる。


こじんまりした店で看板に『レッカー』というお店の名前と、小麦の絵と食パンの絵柄が描いてある。


(ここだったよね。この間、入ったパン屋さん。)


店内に入ると焼き立てパンのいい匂いが漂っている。


入口にトングとトレーがおいてあり手に取る。


棚が2段になっており、調理パン、菓子パン、デニッシュパンが一段目に、食パンやフランスパンが2段目に置いてある。


リラは日持ちしそうなパンを選んだ。

ドライフルーツ入りを積極的に選ぶ。


トレー2つに、目一杯にパンを載せて精算台に置いた。



「3000ゲルトだ。」


パン屋の精算台には前回対応してくれた娘ではなく、年配の爺さんが座っていた。


リラはポケットから小さいルビーを1つ出した。


「これでもいい?」

パン屋の爺さんの目が、つり上がった。

「なんだ、この石はうちは現金のみだ。」


「でも、以前もこれでお支払いしたのですけど……」

リラは戸惑う。

ブラオ王国のお金は持ち合わせていなかった。


うろたえたリラを見て、店主が犯人を見付けたと言わんばかりに叫んだ。


「やっぱり、あんたか!」

「わしはこの店の店主だ。」

「あの時にあんたにパンを売った娘はクビにしたよ。」


「な…なぜでしょう?」

リラは前回対応してくれた感じの良い娘を思い浮かべた。

「わけのわからん石などでパンを売ったからだよ。」


「しかし、あの石は宝石です。その辺の石では…」


「本物だという証拠は?いちいち鑑定に持って行くとでも?」


「これも、この間のも本物ですわ!」

持参したドレスは王妃からの支給品だ。

リラはさすがに王妃が偽物の石をわざわざドレスに付けるよう指示するとは思えなかった。


「わからん娘だね、あんたみたいな身なりの娘が持ってくる石が本物だとでも?」


店主が胡散臭そうな顔でリラを上から下まで値踏みするような目で見る。


リラは店主の視線を不快に感じたが、反省した。


今の自分の格好は、ランドリーメイドのクリンゲルの服だった事を思い出した。


(迂闊だったわ、この方の言うとおりだわ。)


「あの……あなたの言うとおりだわ。わたくしの考えが浅はかでした。パンの購入は諦めます。」


「せめて、解雇したという娘さんの居所を教えていただけませんでしょうか?」

リラはパン屋の店主に頭を下げた。


「居場所を知ってどうする?その石を持って今度は娘にパンの代わりにお金でもねだってくるかね?」


「そんなこと!」

あまりの言い分に声が大きくなる。


「おぉ、怖いね。大きな声で脅そうってのか。」


「他のお客に迷惑だから買わないなら帰ってくれ。」

店主が犬を追い払うような仕草で手を振る。


リラは食い下がった。

「その娘さんにお詫びなりをしたいので、住まいを教えてください。」



「しつこい娘だな、自警団を呼ぶよ。」

「お願いします。」

リラはもう一度、頭を下げた。

店主が苛立ち、椅子から立ち上がる。

勢いで椅子が後ろに倒れる。

大きな音にリラは怖くなり、体がすくむ。



「店主、済まない。これで穏便に済ませてもらえないか。」


金色の短髪に、緑色の目をした軍部に所属してそうな体つきの男が、1万ゲルトを精算台に置いた。


リラが、不思議そうな顔をして男を見た。


「店に入りづらくてな、入口で話を聞いていたんだが……」

「釣りはいいから、これで前回のパン代も払えるだろう。クビにしたという娘も、もう一回雇ってやってくれ。」


「まあ、こんなにもらえるなら……」


「じゃあ、このパンも袋に詰めてくれ。」


「はい、ただいま。」

店主が手際よくパンを紙袋に詰め込んだ。

リラではなく、代金を立て替えた男に袋を手渡す。


男が袋の入ったパンを持って、リラをエスコートして店の外へ出た。


「どうぞ、またお越しください。」


店主がわざわざ店の外まで見送りにきた。



しばらく二人は無言で歩いていたが、パン屋が見えなくなったところでリラは足を止めた。


「どなたか存じませんが、助かりました。」


「ありがとうございました。」

リラは手をお腹の前に組んで、深く頭を下げた。


「けっこう、買ったんだな。」

パンの紙袋はずっしり重い。


「え?」

「あ、そうですね。4日分なんです。」


「それにしては多いな…」

男が不思議な顔をした。


リラはおかしくなった。

「フフ……ごめんなさい、助けてもらったのに笑ってしまって。」

「ずっとあなたに重たいものを、持たせたままでしたわ。……それは3人分なの。」


リラの美しいレッドダイヤモンド色の瞳が前髪の隙間から除いて細められると、男が目を見張ってとっさに目をそらした。


男が一つ咳払いをした。

「大丈夫です。パンだと思うと重いですが、岩を運んでいるとでも思えば軽く感じます。良ければ、お住まいまで運びましょう。」


「でも…」


警戒しているリラを見て男が名乗った。


「私は、ゲーライトと申します。」

「軍部の者で城に出入りもしている、信用できませんか?」



リラは先ほど助けてくれた恩もあり、名乗ってくれたゲーライトに失礼はできないと身分を明かすことにした。


「わたくしは、リラ・ズィルバーン・トゥアキスと申します。」

「運んでいただく先はヴァイス城ですの。」


ゲーライトはかつてないほど目を見開いた。


まさか王女が身分を明かすと思っていなかった。

城で働いていると言えばいい話だったし、そういう言葉が帰ってくると思って油断していた。


ゲーライトは、リラにまだ名前を教えてもらってない主にこのことを報告するのが憂鬱になった。



それを見て、リラがまた笑みを漏らした。


「軍部の方に嘘を付くわけにはいきませんものね。」


ゲーライトは、王女の風格を持つリラと先程の平民風のリラを思いだし両方を合わせ待つ目の前の女性に主が惹かれる理由を理解した。


ゲーライトは、パンを抱えてリラを護衛しながら城ヘ戻った。

門番がかつてないほど怪訝な顔で二人を見て、門を通した。
















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