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リラは客室に戻る途中で、客室メイドに後ろから突き飛ばされた。
勢い余ってリラは床に横座りの姿勢で両肘を付いた。
客室メイドが籠の中に回収したシーツを、くしゃくしゃにして山のように積んで歩いていた。
「どなたか知りませんが、シーツで前が見えずごめんなさいね。」
普通はワゴンを引いて回収するものだ。
明らかにわざとだがリラは先程のこともあり、事を荒立てたくないので黙ってやり過ごすことにした。
リラは足をひねったようで、すぐに起き上がることができず廊下にへたり込んでいた。
周りに何人かメイドがいたのに誰も手を貸さないし、声も掛けてこない。
リラは毅然と痛みに耐えて立ち上がろうとしたが、それを見て後ろから箒を持ったメイドが近付いた。
有ろう事かリラのドレスの裾を箒に仕込んだフックで引っ掛けてめくりあげた。
シルクの繊細なドレスがウエストの近くまで裂けた。
びっくりしてリラが振り返る。
箒を持ったメイドがつまづいたふりをして『きゃあ』とわざとらしく悲鳴をあげた。
男性使用人の何人かが、メイドの悲鳴を聞いて持ち場から飛び出してきた。
「おいおい、またこけたのかラフィーネッセ。」
男がこけた振りをしたメイドを、わざとらしく助け起こす。
それからリラを見て誰だかわからないという風に、とぼけて大きな声でからかった。
「この下着丸出しの女誰だよ、こんなところでそんなサービスいらないわ〜。」
「下着出してる女がいるの?」
その声にさらに男性使用人が何人か出てくる。
リラは押された拍子に足をひねったので、すぐに起き上がることができず、スカートが捲れ上がって下着が見えてしまっていたが、とっさのことで直せなかった。
リラは腐っても王女、トゥアキスでさえもこんな恥ずかし目を受けたことはなかった。
とどめにバケツを持ったメイドが床に水をこぼした。
「お漏らしですか〜?」
大きな声が廊下に響く。
(お尻が冷たい…)
うつむいて、ゆっくり手を床に付き足に負担がかからないように、そろそろ立ち上がる。
「早く下着変えてくださいね〜。」
周りの者がはやし立てる。
リラは片脚を引きずりながら、やっとのことで客室に戻った。
客室に戻ったミーアは、リラのあられもない姿を見て驚がくした。
「まさか、一国の王女にこんな仕打ちを…」
「抗議してまいります!」
「ミーア!落ち着いて。」
「ノアール王子殿下に直訴して参ります。」
(そうね、ミーア…直訴ってこういう時にするものよね。うちの侍女が常識のある人でよかったわ。)
「ミーア、とりあえずわたくしの足を冷やしてくれない?」
次の日の夜に、なんの先触れもなくノアール王子とローザが客室に訪ねてきた。
ミーアが二人を上座の三人掛けソファに勧める。
リラは急いでベッドから立ち上がって出迎えた。
普通は先触れがあるのだが、急に抜き打ちのように訪ねて来たのでなんのおもてなしもできなかった。
ノアール王子とローザが隣同士に座る。
ノアールが挨拶もなしに唐突に要件を切り出した。
「リラ王女殿下に、不敬を働いたものがいるとミーアどのから報告があって使用人に確認した。」
「彼らに確認したら、ローザを思う気持ちが強すぎて君に失礼をしたようなんだ。」
リラは背中がヒヤリとした。
(まさか……あれだけやっておいてお咎めなし?)
(今後、エスカレートしたらどうしたらいいの…罰を与えないなら身を守る方法がないわ!)
「どうだろう、今回は私とローザに免じて目をつぶってもらえないか?」
(そんな…)
「でも……」
リラが抵抗をしようと口を開く。
ローザがそれを察してノアールの袖を軽く引っ張る。
「君も私との関係が悪くなると困るだろう?」
ノアール王子がリラに脅しをかけてきた。
(この王子は、私がトゥアキスで使用人棟で暮らしていたから侮っているのかしら…)
扉をノックする音がした。
返事もしていないのに、扉が勝手に空いて使用人がぞろぞろと入ってきた。
「あなた方、なんですか?」
ミーアが止めるまもなくノアールとローザの座る後ろに一列に並んだ。
そして、許してもないのに急に発言しだした。
「ローザさまを思う余り、あなたが邪魔だと思って失礼なことを言ってしまいました。」
(言ったんじゃなくて、暴力を振るわれたのだけれど……)
「すみません、お漏らしのことを言ってしまったのを気にしていらっしゃるんですよね、反省しています。」
「リラ王女殿下、君が廊下で粗相をしたのは聞いたよ。」
「君の国では当たり前のことだろうがブラオ王国ではスカートの中で用を足さないのだよ、だから使用人がそれを言ったとしても咎めないで寛容な心で許してもらえないだろうか?」
「彼らも次からは気をつけるよ。」
「……承知、いたしました。」
(こちらも証拠が無い以上はこの件は、もう泣き寝入りするしかなさそうだわ。)
ノアール王子が片付いたとばかりに、早々に立ち上がりリラに一瞥もくれずローザを連れて出て行く。
その後ろをぞろぞろと使用人も付いて出ていった。




