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リラは食堂を出てすぐに、メイドに声を掛けられた。
「こちらです、ご案内します。」
(あら…帰りは案内してもらえるのかしら?)
室内してくれるメイドは、白のボンネットを目深にかぶって、うつむいていた。
リラはメイドを見て、思わず笑ってしまいそうになる。
(ボンネットって…室内でかぶるものじゃないでしょうに。)
「あなた、あからさまに怪しいわね。」
あまりにも怪しい風体でリラは逆に有り難かった。
「わたくしをリラ・ズィルバーン・トゥアキスと知ってのことと思っていいのかしら?」
メイドは急に鼻をすすりだした。
「ここを通る身なりの良い女性を連れてくるように言われて……ごめんなさい。」
リラは、ボンネットを取った。
「あら、思ったよりも若い子だったのね。」
「いいわ、許してあげるからもう行きなさい。」
メイドはリラに頭を下げて去っていった。
(この道を進むと、私に用のある誰かがいるのね。)
(行かないとさっきの子が後から何かされたりするのかしら。)
リラは迷った末、進むことにした。
壁に沿って歩くと、3メートル程先で廊下は右に折れる。
暴力などはさすがにないだろうから、なにかを言われるのだろうとリラは考えた。
リラが右に曲がったところで、メイドが三人ほど待ち構えていた。
「わたくしに用がございますの?」
リラは、鷹揚に構えた。
「私たち、ローザさまをお守りするためにあなたに申し上げたいことがあります!」
そう言ったのは三人の中では一番背が高いメイドだった。
「わたくしをトゥアキスの王女と知って、夜討ち朝駆けのような真似をなさると言うなら、それ相応の覚悟があるということですのね。」
「よ…ようち?」
(あら、知らない?……前世の言い回しだったかも。)
「し、知らないなら教えて差し上げるわ。先触れもなく不意打ちのような真似をなさっているっていうことです!」
リラは、知っていて当然といった顔で説明をした。
背の高いメイドが一瞬たじろいだが、すぐに強気になった。
「覚悟って…ただローザさまのために一言忠告しておきたいだけです!」
(この子たち、よくこれで城のメイドが勤まるわね…私これでも肩書王女なんですけど。)
リラは一呼吸おいてメイドたちに告げた。
「今回は、大目に見ましょう。」
「わたくしは誰も見てないし、何も聞いていない。あなたたちは即刻この場を立ち去りなさい。」
リラは寛容さを見せることで、自分が王女だという立場を思い知らせようとした。
リラの気遣いが火に油を注ぐ。
「エラそうにっ!ノアールさまはあなたのことなんて全く興味も持たれていないのに!」
「そうよ!早く国に帰ればいいのよ。」
「ローザさまがあなたの存在に心を痛めていらっしゃるのよ!」
(せっかく見逃すと言っているのに……でもここじゃ私の権威なんて塵に等しいものね。)
(形だけの愛人になんてさせられたら、こんな時もやられっ放しになるんだわ…)
「ノアールのやつは、使用人に好かれているらしいが躾ができてないようだな。」
「リラはどう思う。」
まさかのアーベント王太子殿下のお成りにリラもメイドも目を見張った。
リラはすぐカテーシーをした。
「畏まらなくともよい。」
アーベント王太子が面白そうに笑う。
リラは姿勢を楽にした。
(トゥアキスやブラオと比較にならないほどの大国の王太子がこんな裏道みたいな袋小路の廊下になんの御用なのよ〜)
(とにかく…この常識の無いメイドたちに、この場から立ち退いてもらわなければ……どうしよう)
リラは、焦って非難めいた本音を言ってしまう。
「アーベント王太子殿下におかれましては、このようなところに足をお運びになるのはいかがなものかと……」
アーベント王太子が笑いをこらえる。
「フフ…リラ。場所が場所だけに、その言い方では君のほうがメイドを呼びつけて言いがかりをつけていたところに私が遭遇した……と誤解されるだろう。」
アーベントの不意打ちの登場に、思わず本音を言ってしまい素をさらけ出してしまったリラを見て面白がる。
メイドたちもアーベントの柔らかな雰囲気に安心したのか銘銘が苦情を言い始める。
「アーベントさま、この人はローザさまに意地悪をしているのです!」
「私たち、それをお諌めしておりました!」
ここぞとばかりにアーベント王太子に進言した。
(え…こんなくだらないことを直訴って大丈夫なの?)
(今、アーベント王太子に敬称も無かったわよ…)
(私に就いては、名前も敬称も呼んでもらえてないけど…)
リラが、あきれた目でメイドを見る。
アーベント王太子の後ろで控えていた護衛が、殺気を放ったのが分かった。
(大変だわ……)
(本当に教育されてないのね、王太子殿下に許しも得ず直訴って。)
(いえ……もしかしたらブラオでは失礼に当たらないのかも!)
(そうよ!だから私にも直接言いに来たのよ!)
リラが一人で独自の理論を展開して完結した。
背の高いメイドはリラが口をつぐんでいるのを見て、ここぞとばかりにリラを攻撃した。
「アーベントさま、この空気の読めない女に国に帰るよう言ってあげてください。」
そばかすのメイドも便乗した。
「ローザさまとノアールさまの邪魔になっていることに自分で気づいてないんですよ。」
「前髪だって長過ぎて陰気臭いです!」
(前髪は関係ないでしょう…前髪は!これでもだいぶ切ったわ。今は、まつげと同じぐらいだもの。)
リラとしては、ノアール王子と正式に婚約したら堂々と切るつもりだったのだ。
それまでは、なるべく自分がホワイトローズと称される女の血縁だと知られたくなかった。
「リラ、君はこれらをどうするつもりだい?」
アーベントが凍付くような眼差しでメイドを見た。
メイドたちがアーベントの冷ややかな態度にようやく失態に気付いた。
(そうよね…やっぱりブラオでもしてはいけない振る舞いのようだわ。)
(私がこれの後始末をするのよね…罰を与えたとしても履行させる権威なんてないのに…)
(ここは、穏便に済ませるのが賢い選択よね。)
「お前たち、お下がりなさい。」
「わたくしをリラ・ズィルバーン・トゥアキスと知ってそのような口をきいているの?」
(人違いだと言って謝って下がりなさーい)
心で念じて強く目で訴える。
「これは、トゥアキスの王女殿下は慈悲深いな。見逃すということか。」
アーベントの声音が一段低くて威圧感を放つ。
「わたくし、間違いも2度までなら寛容ですの。」
「罰は3度目からしか与えません。」
さすがに二人の空気を感じ取ったメイドがすぐさま頭を下げた。
「間違えました、人違いです!」
そのまま脱兎のごとく逃げ去った。
リラもこの機会を逃さず辞去のあいさつをする。
「では、そういうことですので。」
リラがアーベント王太子に会釈をする。
「わたくしはこれで……」
「使用人に甘いのは使用人棟で育った王女だからか。」
リラは目を見開いて、食い入るようにアーベントを見た。
「わたくしのことをお調べになったのでしょうか?わたくしなど調べても、大国の王太子殿下の興味をそそるものなど出てこなかったでしょうに。」
「探しものをしているのでな、そのついでだ。」
「トゥアキスで探しものですか?」
(なにか、新しい鉱山でも探していたのかしら…)
「…先日、やっと見つけたんだがな。」
アーベントがリラを見て目を細める。
「そうでしたか、それはようございました。」
「少し、庭園を散歩しないか?」
アーベントが手を差し出した。
「いえ、わたくしまだノアール王子殿下の婚約者候補ですのでそういったことは控えさせていただきます。御前失礼いたします。」
リラはその場を逃げ出すように退出した。




