7話
スノウはバーにいた。
「うぃーく、どうせ陽菜は俺なんか好きにならないんだよ」
なんだ。事故にでもあったのかと思って心配したじゃん。涙を返してよ。
まさかスノウ、未成年の癖に飲酒をしているの? いや、ここは異世界だから成人年齢が低いのかも?
「ユピテルさん、スノウは飲酒しているんですか?」
「スノウはジュースしか飲んでいないよ。雰囲気で酔っているんだ」
はあ!? シラフであれをやっているの!? 共感性羞恥でこちらが恥ずかしくなってくるんだけれど。
しかも、私の名前を大声で呼んでいるし! 本当に勘弁してよね!
私はスノウに向かって歩いていった。昨日は匂い消しに効くという牛乳を沢山飲んだし、お風呂に入って1時間以上も汗を流した。香水も付けているから、ニンニク臭いとは言わせないわよ。
「スノウ! 帰るよ!」
「え? なんで陽菜がここにいるの?」
スノウ、目が据わっているんだけれど。本当にアルコールを飲んでいないの?
私はバーテンダーにスノウが飲んでいるものと同じものを注文した。紫色の液体が入ったグラスを渡された。
ゴクッ。こ、これは!?
なんて美味しいブドウジュースなの。何杯でも飲めちゃう。ああ、口の中が果汁でいっぱい。幸せ〜。
人ってプラシーボ効果でここまで酔えるのね。
ユピテルさんと協力して、スノウを引きずって外へ連れ出した。ちなみにバーの支払いはユピテルさん持ちだ。
スノウの養父なので当たり前だよね。私はスノウと喧嘩中だから、一銭も出す気はないよ。
「もう、ほっといてくれよ! 陽菜に振られて、俺は生きている意味なんてないんだ!」
「スノウのバカ! なんでそんな事を言うの? ユピテルさんだって心配しているよ。ほら、見て」
そう言ってユピテルさんの方を見たら、腹を抱えて爆笑していた。私だって我慢しているのに……。仮にも養父でしょう?
「ひーー、ひーー」
笑いすぎて息が出来なくなっているし。
「まあ、少なくとも私は心配しているわ! そんな悲しいことを言わないでよ」
「う、う、陽菜〜〜。俺とやり直してくれ〜〜」
私はスノウを抱きしめた。もう、迷わない。次からはニンニクは避ける。
納豆だって大好きだけれど食べない。そう、心に決めた。
「ユピテルさん、スノウのことを見つけてくれてありがとうございました」
「いいんだよ。バーのオーナーから苦情がきていて迎えに行っただけだから」
そうだったんだ。苦情が来るってどれくらいいたんだろう? 考えるのも恐ろしいな。
私は酔っ払うスノウの肩を抱いて宿まで戻った。宿に着くと、ベッドの上にスノウを放り投げた。すると、スノウは赤ちゃんのような寝顔で眠りだした。
かわいい。このスノウも描いておくか。
「ん、ここはどこだ?」
絵を描いていたらスノウが起きてきた。私は、慌ててスケッチブックを仕舞った。
「スノウおはよう。よく眠れた?」
「陽菜、なんでここに……?」
スノウは都合よく記憶喪失になっていた。
「バーで倒れていて、ユピテルさんから迎えに来てくれって言われたんだ」
私は嘘を吐いた。嘘は嫌いだけれど、この嘘はいいの。だって、私がスノウの立場なら悶死ものだわ……。
「そうだったんだな。陽菜、昨日は酷いことを言ってごめんな……」
プラシーボ効果が抜けていないのか、スノウは若干涙目になっていた。
「ううん。私も叩いちゃってごめんなさい。ニンニク臭が消えるまで隠れていたかったの。好きな人に嫌われたら嫌だから……」
私はスノウの美しい顔を叩いてしまった。腫れていなくて良かった。
「もっと言葉に気をつけるよ。陽菜のことが好き過ぎて、からかいたくなってしまうんだ」
なんて小学生的な思考なの。え? スノウ、本気で言っているの? 見た目が大人の小学生にしか見えなくなっちゃったんだけれど。私の幼稚園の従兄弟の方がもっと紳士だよ。
「そういうのは、やめたほうがいいよ。女の子は優しい人の方が好きだから」
スノウのためにあえて辛辣な言葉を投げかけた。
スノウには外見だけじゃなくて、中身も最高なスーパーダーリンになって欲しいからね。
「わかった……。直すように善処するよ……」
善処するって……。汚職まみれの政治家の台詞と同じじゃない。絶対に直らないやつ。私が変えてみせるわ。スノウを大人にするのよ。
***
「スノウ、シルバーアクセサリー制作をしない?」
私は数日間考えていたことを口にした。これがうまくいけば、スノウの生活が楽になるわ。
「シルバーアクセサリーってなんだ?」
私はノートにイラストを描いて説明してあげた。スノウはそれを見ると興奮していた。良かった。どうやら乗り気になったらしい。
「一緒に作ろうよ」
「じゃあ、明日材料を買いに行こうぜ」
明日シルバーアクセサリーの材料を買いに行くことになった。
「どうせなら別の街に行ってみないか?」
「え!? 他の街にも行けるの?」
他の街には美味しい食べ物があるかもしれない。楽しみだな〜。
「ちょっと遠いけどな。街から馬車に乗って行くんだ」
馬車を使うなんて、だいぶ遠いところにあるんだな。
大きな街かもしれない! 楽しみだな。
「スノウ、そういえば、初キッスはニンニクの味だったね……」
私はキスをやり直したかった。あれが初めてとか、とんだ黒歴史だわ。
私は、レモンの皮を噛んでいる。初キスはレモンの味だと祖母に教わったからだ。
「ああ。あの臭いは凄まじかったな……」
スノウは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。これではキスに誘う雰囲気ではないじゃない。
壁ドンだ! 壁ドンをすれば、そういう雰囲気に持ち込める筈!
昔、少女漫画で読んだ壁ドン。壁際に追い詰めてドーンってするんだったっけ? あれ? 女が男にやるんだよね?
「スノウ、ちょっとこっちに来て」
私はスノウを壁際に呼んだ。スノウは首をかしげながら私のところに来た。今から、ドキドキさせてあげるわよ。
「ここに立って」
スノウは壁際に立った。
「こうか?」
ドーーン!
私はスノウに壁ドンした。スノウが驚いた目で見ている。
「どう、ドキドキしてきた?」
「なにこれ?」
スノウは困惑しているだけで、全然ドキドキしていないみたい。
「あれ? おかしいな? 壁ドンされるとドキドキするんじゃなかったの?」
ドーーン!
スノウが私の顔の横で壁ドンしてきた。顔が近い。ドキドキしてきた……。もう目を開けてられない……。
ちゅっ。
スノウの唇が触れて離れた。
「今日はレモンの味だな」
――――――――!!
はあ、一生の思い出にしよう。
***
朝起きると準備をしてスノウと一緒に宿を出た。
「スノウ、新しい街に行くの楽しみだね!」
「ああ、何でもたこ焼きって食べ物があるらしいぞ」
「たこ焼き!?」
私はたこ焼きが大好きだ。たこ焼きなら100個は余裕で食べられちゃう。どうせなら100個は以上食べたいな。異世界のたこ焼き、楽しみだ!
私は、スキップしながら馬車に乗った。目指すは隣町だ。
乗合馬車に乗るとすでに人が乗っていた。
乗り合い馬車だもんね。スノウとふたりきりは無理か。
ちょっとカッコいいかも。やっぱり、異世界はカッコいい人が多いな。面食いにとっての天国かな?
「かわいいこやな。君も隣町へ行くん?俺、隣町出身なんや。良かったら案内するわ」
あ、なんか話しかけられちゃった。
ナンパってやつかな? スノウもいるし、ちょっと気まずいな……。
「じゃあ、案内してもらってもいいですか? 連れも一緒に」
私はスノウがいることをアピールした。焼けた肌の赤墨色の髪と瞳を持つ男性もかっこいいけれど、私には愛する彼氏がいるからね。
「じゃあ、お連れさんも一緒でええから案内さしてや。君みたいなかわいい子と一緒に歩けるなんて嬉しいわ」
「かわいいなんてお上手ですね〜。お兄さんもかっこいいですよ〜」
「陽菜……」
あれ? スノウ、なんでそんなに怒っているの? 顔が般若みたいになっているよ? なんかあったのかな?
「スノウ、この人が案内してくれるって」
「陽菜が行きたいなら俺は反対しないよ……」
スノウ、なんでそんなに不機嫌そうなんだろう?
「お連れさん疲れてるみたいやし、君と俺のふたりだけで行こうや」
いや、スノウ抜きで行くわけないじゃん。この人、何を言っているの?
「陽菜、ちゃんと言ってあげなきゃ駄目じゃないか……」
そうだよね。連れなんていい方じゃ誤解されても仕方ないか。
「もし、俺とデートしてくれたら全部を奢るで。女の人に払ってもらうなんて悪いからね」
「え、いいんですか!?」
「はあ!?」
やばい! ついただ飯に釣られそうになっちゃった。
「いや、無理です。彼氏といるんで遠慮しておきます」
馬車は隣町に着いた。
***
「これ、俺の連絡先。気が向いたら連絡してきてね。ほなな。かわいい子」
男性はメモを渡してきた。メモには男性個人情報が書かれていた。
はあ〜。彼氏がいるって言ったのにな〜。
目の前で捨てるのも感じが悪いよね。あとで捨てておけばいいか……。とりあえず、ポケットに入れておこう。
「スノウ、行こうか」
私はスノウに手を差し出した。しかし、スノウは繋いでこない。
スノウ……?
「そんなにあの男がいいなら、あの男と行動すればいいだろう」
そう言うと、さきに馬車を降りてスノウはどこかに行ってしまった。