2話
「助けてくれてありがとうね」
「今度から半袖で外なんかに出るなよ。次は死ぬぞ」
スノウはそう言うと、キッチンに向かって歩いて行った。キッチンからいい匂いがしてくる。
シチューの匂い?
ぐぎゅるるる。お腹鳴っちゃった。あーー。恥ずかしい。晩ご飯食べる前に転移したから、何も食べていないんだよね。
「飯が出来たから食おう」
スノウ、私の分まで用意してくれたの?
さっき、喧嘩みたいなことをしてしまったのに……。優しいんだか、優しくないんだか、よくわからないや。
椅子まで引いて、手招きしちゃってさ。そんなことしたら、女の子は勘違いしちゃうよ。
「スノウ、ありがとう……」
シチュー美味しそうだな。でも、パンやサラダはないんだ。ああ。ママのデカ盛りシチューライスが懐かしい。
「その、不満そうな顔はどうした」
あ……。スノウに気づかれちゃった。でも、言っておいた方がいいよね。今後のためにも。
「シチューだけなのかなって……」
「はあ? 飯前にマドレーヌを食べただろう? おまえ、どんだけ食うんだよ」
まあ、普通は引くよね。でも、私だってなりたくて大食いになったわけではないし。そんなキツイ言い方しなくても良くない?
「異世界で暮らしていたら、餓死しちゃうかも……」
この食事量だったら餓死する。だって、普通の食事したら低血糖で動けなくなったもん。雪山でそうなったら死ぬよね。
「うっせえな。早く食えよ!」
はいはい。こちらの意見は聞く気がないってことですね。とりあえず、いただこう。ぱくっ。美味しすぎるううう。はあ。1杯しかないから、せめて味わって食べよう。
「スノウごちそうさま。美味しかったよ!」
感謝はちゃんと伝えなきゃね。
ぐぎゅるるる。はあ〜。やっぱり足りない……。この生活、いつまで持つかな。普通の体質になったりしないかな。異世界ベリーハードなんだけれど。
「は〜、仕方ねえな。皿を貸せ。よそってやるよ」
「いいの!?」
スノウ、優しい。1杯だけだったら、明日には冷たくなっていたかもしれないから、本当に助かった〜。何杯食べても美味しいな。あれ? 私がこんなに食べちゃって大丈夫なの?
空になったらよそってくれたから、つい食べすぎちゃった。
「スノウ……。スノウの分まで食べてごめんね……」
「気にすんな。次からは豚を飼っている気分で飯を作るから安心しな」
ちょっと、16歳の少女をつかまえて『豚』はないんじゃないの!? 私、BMIは常に痩せ型なんですけれど! 面食いだから付き合ってなかっただけで、男性にも告白されたことあるし!
「酷すぎるよ! うわ〜ん!」
もういい。こんな家、出ていってやるんだから。明日、冷たくなった私を見て後悔すればいいのよ。
私が家のドアに手をかけたら、スノウに止められた。
「ごめん。言い過ぎた……」
面の良さに免じて許してあげるわ。
***
「陽菜、お湯が沸いたから湯浴みしてこいよ。一応拭いたけれど、まだ汚れているところもあるだろう」
拭いた?
何を言っているの? この男は?
私はスノウを思い切り睨んでやった。
「いや、体は見ないように拭いたから! 勘違いすんなよ」
勘違いじゃないじゃん。がっつり触ってんじゃん。最低最悪。なに? 着替えさせるときに拭いたってこと? 制服のまま、毛布に包めば良かっただけじゃん。あーー。イライラする。
「スノウのスケベ!」
脱衣場に行くとタオルはあったけれど、着替えの服がなかった。
なんで制服とブラジャーがないの!?
「スノウ、私の制服とブラジャーを知らない?」
「ああ。洗って干しといたぞ」
はあ? 勝手にブラジャーを洗って干した?
デリカシーなさすぎでしょう。
「スノウのエッチスケベ変態! なに人のブラジャーに触ってんのよ!」
暖炉の前でコーヒーなんて飲んで! その近くに私のブラジャーが干してあるじゃない。
「おまえ、お礼を言えよな!」
お礼なんて言うわけないじゃん! 余計なお世話よ!
もういいや。怒るのも疲れてきた。IQが違うと会話にならないって言うし、きっとスノウはバカすぎるんだわ。さっさと湯あみして寝よう。
私は湯浴みをした。
はあーー。寒すぎる。体を清めるだけなのに、なんでこんな苦行を課せられなきゃいけないのよ。私のあとに入ったスノウなんて、唇が真っ青じゃない。家が恋しい……。
「ああ、寒い。今日はもう寝るか」
スノウ、暖炉の前でコートを着て壁にもたれ掛かっているけれど、まさかそこで寝る気じゃないわよね。流石に家主を追い出してベッドを占拠するほど、厚顔無恥ではないんですけれど。
「スノウがベッドで寝なよ」
「おまえがこんなところで寝たら死ぬぞ」
「それはスノウも同じでしょう。じゃあ、一緒に寝ようよ」
なんで顔を赤らめるのよ。そういう意味じゃないわよ!
ここで何か言ってスノウが冷たくなったら最悪だし、我慢するか……。
「気まずいだろうし、お互い背中合わせで寝よう」
「ああ。わかった」
私達はお互いを意識しないように、背中合わせで寝た。
***
朝起きたらスノウの胸の中にいた。
え!? 背中合わせで寝たはずじゃ!?
スノウのシャツ濡れてる。絶対、私の涎だよね。まあ、バレないか。スノウが起きてくる前に起きちゃおう。
スノウが起きる前で良かった。スノウが先に起きていたら、何をされるか分かったもんじゃないよね。人のブラジャーを勝手に洗うくらいだし。
でも、やっぱり顔がいいなぁ〜。
私はスノウの顔を見た。相変わらずの美形である。これで、変態でなければ最高だったのにな〜。
ぱちっ。
やばい。スノウが起きちゃったよ。
見ていたのバレちゃった〜! 恥ずかしい〜。
「陽菜、起きていたのか。なんだこれは! きたねえな」
私の付けた涎を見てスノウが発狂していた。
「ふん! スノウだってこっち向いてたんだから、お互いさまじゃん」
両方が向かないと対面にはならないよね。
「まあいいや。朝メシ作るから待ってろよ」
あ、話を逸らして逃げたな。
今日もスノウが作ってくれるんだ。なんだろう、楽しみ。
我慢できずに見に行ったら、パンと目玉焼きにベーコンまであった。パン1つだけだったらどうしようと思っていたから、嬉しい。私のことを考えてくれたのかな。
「今日はおまえの生活用品を買いに行くから、留守番を頼むな」
「スノウありがとう! 服はかわいいのでお願いね」
コートが無かったら外にも出られないから助かるわ。どんなものを買ってくるんだろう。楽しみだな。自分で選べないのが残念だけれど、まあ、スノウの服はセンス悪くないし大丈夫だよね。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
お見送りのために、少しだけ外に出てみよう。わかっていたけれど、外は寒いや。街はここから歩いて1時間のところにあるってスノウは言っていたな。大変そうだ。もう、あんなにちっちゃくなっちゃった。
スノウに怪我がありませんように。
寒いからもう中に入ろう。
***
何をしようかな?
掃除したけれど、狭い家だからすぐに奇麗になちゃった。料理をするにしても、スノウが帰るまでは調理する食材すらないしな〜。
そういえば、異世界に鞄も持ってきたんだっけ。何が入っていたっけ? 確認してみよう。
教科書、筆箱、ノートは、まあ入っているよね。あ、画材セットとスケッチブックが入っていたわ。
絵でも描いて時間を潰すか。スノウ、変態だけれど、顔だけは良いからモデルにしよう。
スケッチブック。おろしたてで良かった。絵描くの好きだからすぐに描き終わっちゃうんだよね。
雪の高原に立つスノウの絵でも描こうかな。見たことないけれど、想像で描けちゃう。ペンが止まらないわ〜。好きなものを描くのって楽しい。
まだ時間もあるし、色付けしちゃおう。スノウの髪の色って白花色だよね。瞳は深緋色だった筈。
我ながら、今回もいい出来だな。
コンクールでは何度も入賞しているけれど、お金をもらっているプロには叶わないや。人に自分の絵を買ってもらえるって、どんな気分なんだろう。きっと、天にも昇る気持ちになるんだろうな。
「陽菜〜。ただいま〜」
あ、スノウが帰ってきた。お茶を入れてあげよう。きっと全身が氷のようだよね。外、すごく寒かったし。
「お帰り。早かったね」
「そうか? 家を出てから4時間は経っているぞ」
スノウはお茶を飲みながら言った。4時間も経ってたんだ。絵を描くと時間を忘れてしまうわ。
「陽菜のもの、たくさん買ってきたぞ。見てみな」
すごい大荷物。これ、全部私に買ってくれたんだ。洋服はズボンか。良かった。スカートだったら死んじゃう。コート、靴に歯ブラシセットまである。昨日は歯間ブラシだけだったから嬉しいな。コップはお花柄だ。スノウが選んでくれたのかな。かわいい。
あれ? 下着はないのかな。流石に買うのは恥ずかしいよね。
ん? スノウ、袋に手を突っ込んだまま固まってどうしたんだろう。なんか黒い布を取り出した。
え!? 下着!? なにそのセクシーなデザイン。まさか……、スノウが選んだんじゃないでしょうね。セクハラで訴えてやる。
「最低なんだけれど! 何そのデザイン!」
「違う! 誤解するなよ! 店主に任せたら、これを勧められたんだ」
それでも、断れば良かったじゃん。結局、下心があったってことでしょう?
「次に街へ行ったときに新しいものを買ってよね」
絶対買わせる。薄い黄色の下着を買わせてやる。
「ああ! 次は、1週間後に街へ行く予定だ」
仕方ないか。この男に1人で行かせた罰だと思って甘んじよう。早くタンスにしまっちゃおう。変な妄想されたくないからね!
「陽菜、これはどうしたんだ?」
やばい! 絵をしまうのを忘れていた!
スノウをモデルに描いてたなんて言ったら、絶対に調子に乗るじゃん。恥ずかしいな。ああ、最悪だ……。
「暇だったから描いていたんだ。あんまり見られると恥ずかしいな……」
スノウ口悪いし、絶対に貶めてくるよね。『下手』なんて言われたら、筆折るよ。私はメンタルがお豆腐なんだから。
「なんて美しい絵なんだ」
えええ。泣いているの? 私の絵を見て褒めてくれる人は沢山いたけれど、感動して泣いてくれた人は初めてだな。どうしよう……。すごく嬉しい。
「ありがとう」
スノウは泣き顔も美しいな。
「こんなに絵が上手いなら、画家になれそうだな!」
『画家』
私の最終目標だ。藝大を受けるために勉強しているけれど、狭き門だよね。
もし、この世界で画家を目指せるとしたら素晴らしいことだ。絵でご飯が食べられたら、きっと幸せなんだろうな。スノウに聞いてみちゃおうかな。
「スノウは、私の絵が売れると思うの?」
「売れると思うぞ! こんな素晴らしい絵は、今までどこでも見たことがない」
私の絵、異世界でも評価されるかもしれない。夢を追うだけだったらタダだよね。ちょっと、この世界でも頑張ってみようかな。
美味しいご飯を食べるために。