(11) ユーリンの提案
成果は過程の産物であるべきだが、それが矮小な個人の浅ましい願いでしかないことをユーリンは理解していた。血の滲むような鍛錬の末にようやくマナの流れを知覚できるようになる者もいれば、生来の天賦の才だけであらかじめそこに至って産まれてくる者もいる。
「エリアンくん、魔術の勉強、したことないんだよね?」
「……? そりゃ、ないよ。……そんなお金、ないし」
「そういうことも、ある、か」
ユーリンはエリアンの頭をなでて、ことさらに愛情を表すような仕草をした。ユーリンの矜持が、燃えさかる嫉妬の炎を封じ込めた。
(……ボクは……エリアンくんを、好きに……なろう。ならなきゃ、いけない)
善良の模倣に努めれば、いつか善良になれる――神を憎むユーリンにとって、それが唯一の信仰であった。
「エリアンくんの理由はわかった。次にボクの考えを言うね」
ユーリンは自分に課した役割を果たすために、平静を装って息を吸って口から声を出した。エリアンの真剣な視線を身に浴びながら、やはりエリアンを好ましいと思いながら、それでも羨望の熱は容赦なくユーリンをくすぶり続けた。
昨晩、ソーニア宅に侵入者のあったことと、その後の推移をユーリンは関羽とエリアンに説明する。
関羽は額によせる皺を時折深くし、胸元で組む腕を交互に上下を入れ替えながら黙ってユーリンの説明を聞いた。
エリアンはずっと硬直していた。身近に迫る不気味な危機に対する恐怖心と、自分が聖域に足を踏み入れたことがそれを招いた後ろめたさが混じりあい、固い身体の内側に慌ただしく駆け回る感情追い立てられるように疲れた表情を浮かべている。
ひととおりユーリンの説明を聞き終えた関羽が、深みのある声で言った。
「そなたの見立てはよくわかった。エリアン坊が危機に瀕しておるとのそなたの見解に、儂も首肯する。……この鉱石から漂う異様な気配が真に聖女殿の遺した当地への祝福の正体とすれば、流血の惨事を招くは必定であろう。その行く末にソーニア殿やエリアン坊が関与するところでなし。さりとて、エリアン坊は部外に身を置くことすら免れられぬか」
「そゆこと。エリアンくんの安全を保つには、コレの存在そのものを隠し通すしかない。だけど、エリアンくんが聖地から生還した可能性を疑って、すでに調べ始めている敵さんが、どこかにいる。正体不明の敵さんを騙して身の潔白を信じさせるのは難しいだろうね。敵さんからすれば信じる義理はないし、一線を越えてないだけで、いつでも一線を越えてもよい」
ソーニアとエリアンの身柄を抑えさえすれば、陰惨かつ非合法の手管を用いてエリアンに真実を自白させるのは難しくないだろう。関羽も同じ見通しであったらしい。
「なぜまだ無事であるのか。その敵とやらの意図は何処にあるのか」
エリアンが――という主格を省いた関羽のはばかりある問いかけに、ユーリンは答える。
「単純だよ。『したくない』か『する相手がわからない』のどちらかだ」
「……そなたの思うところを説明せい。ただし儂にもわかるようにだ」
「前者は、エリアンくんが聖域から生還して魔力結晶を持ち帰ったことをすでに知っている。だけど危害を加えてまでそれを強奪する気はないパターン。だけど可能性は低いものとする。敵さんの善性を期待するなんて愚策だ。人の心は容易く変わる」
「然り!人の心は容易く変わる……うっ……うう……儂もなぁ、それであったのだよなぁ……糜芳め……何故孫呉に降った……あの愚か者めが……いや、そのように捉える儂が元凶と言えなくも……しかし、それにしても……」
関羽が前世の末期を思い出し、悶々とした嗚咽を漏らして四つん這いになった。本拠を守備を委ねた部下の離反によって退路を断たれ敗死した記憶が蘇ったのである。
そんな関羽の情けない姿を目の当たりにして、エリアンは驚き、ユーリンは喜んだ。
「ウンチョウオジサン!?」
「やった! チャーンス!」
ユーリンは当然のように関羽の背中に腰を下ろしてご満悦になる。稀代の豪傑たる関羽を尻に敷くというユーリン好みのシチュエーションが、ユーリンの口舌をいっそう滑らかにした。
「後者は単純だよ、だけどボクの推測を含む論になる。……敵さんは聖域への侵入者が魔力結晶の欠片を持ち帰ったことまでは察知している……けれど誰がそれを成し遂げたのかは把握できていないパターン。疑わしい候補者がほかにも大勢いて、その中の誰が該当者なのか必死に調べている最中。全員をさらって尋問するのは無理なくらいに候補者の数が多いという状況。候補者のひとりであるエリアンくんの所持品を検める好機をつくれそうだったから、強引な人違いにこじつけてエリアンくんの身柄を抑えた。そして家捜しする大チャンスまで降ってきたからノコノコ出向いて空き巣ごっこまでした……こんなシナリオが蓋然性は高そうじゃん?」
「……後者の説であることを期待したい……が、それも……喜ばしくはないな」
這いつくばる関羽の声が弱々しいのは、上に乗るユーリンの重量が負担なのではなく、己の心の惨めな記憶と向き合っているためである。露骨に気落ちしながらも、関羽はちゃんとユーリンの話を聞いて、理解していた。
「官憲に入り込んでおるということか」
「うん……どこかにいるね。雑なやり方なのが気になるけど」
「旅人である儂らがすぐに街から出ていく見通しであったのだろう。儂らが去ればそなたとエリアン坊を取り違えた原因は有耶無耶で済む公算が高い」
「そっか。そういうことか……確かにほとんどの旅人はこんな面倒ごとに巻き込まれたら、さっさと街から出ていくだろうからね。……探せば出てくる証拠があると思うかい?」
「否。雑であることは、工夫がないことの裏返しだ。誰にでもできる安直な細工を用いておろう」
「同感。ボクは衛士隊の全員がクロのつもりでいる」
ユーリンは関羽に座ったまま、部屋の天井を見上げた。関羽はユーリンを背中に乗せたまま、床をみている。
「心構えとしてはそれでよかろう。惜しむらくはそなたが敵方と遭遇してしまったことか」
「……うん……ごめんね。昨夜はそこまで読み切れなかった。情報が足りなかったんだ。ボクと敵さんが接触しちゃったことで、エリアンくんへの疑い指数が敵さんの中では跳ね上がってるだろう」
「やむを得ぬとはいえ、失態であろうな」
「でも釈明するとね、たぶん敵さんからすると、エリアンくんはもともと一級の容疑者なんだよ。なにせソーニアさんの代から続いてるからね」
ユーリンは手慰みに関羽の肩と尻を揉みながら、悔しげにうなずいた。
「すまぬ。論の運びが見えぬ。間を補え」
「つまりね、エリアンくんに疑いを向けるためには、聖域への侵入者が少年である可能性を認める必要がある。でなきゃエリアンくんは容疑者にはならない。だけどウンチョーの騒動からエリアンくん拘束までの早さをみると、エリアンくんはもとから強い疑いをもたれていたとみるべきだ。でもエリアンくんに疑いを向ける根拠はそもそも何か? ……ウンチョー、想い人からセクハラされたら照れて嫌がりつつ受け入れるのがマナーだよ、無反応はモラハラね、わかってる?」
「そなたの嗜好は理解しておる故に、だ。……して根拠とは?」
「……おそらく、聖域への侵入者について、体型とか体格くらいしか敵さんには情報がないんだろうね。で、該当しそうな街の少年……あるいは少女をずらりと並べてみるとする。……さて、その中でもっとも聖域に侵入しそうなのは、だーれだ?」
「合点がいったわい。エリアン坊はもとから聖域に縁がある身か。ソーニア殿の過去、父御のこと……」
「そそ。他にも何人かいるかもだけどさ、エリアンくんは容疑者から外さないでしょ。そう考えると、敵さんが強引な手段をとっていない……どことなく消極的な理由もついでに説明できるかな。……半信半疑なんだよ、少年少女が聖域から生還したことについて。……とまぁ、ボクの当て推量はこんなとこだね。ハズレてても許してよ」
「ううむ。裏付ける証はなくとも、ひととおりの筋は通るな」
「ふふん。少しは展望が開けたかな」
得意げに解説しつつも、ユーリンは自らの仮説の欠陥を自覚していた。
聖域への侵入者が少年である可能性を提示できる程度に侵入者の正確な背丈や体格を目撃できる状況で、エリアンの風貌について記憶を喪失するだろうか。
目撃者の印象に残らなかったにしてはエリアンの容貌は端麗にすぎ、その後の捜索で行き当たらないにしては、陽子Noteの希少な有資格者であるエリアンの知名度は街の少年たちの中では高すぎる。
(あるはずのない聖域への侵入者……それに予期せず遭遇したとして、その状況でエリアンくんのこの顔、忘れる?)
ユーリンは関羽イスの座り心地を堪能しながら、エリアンの顔を眺めた。淡く優しげな口元とは対照的な勝ち気な眼差しが、母ソーニアから継いだ整った目鼻立ちを飾っている。緊張と恐怖に青ざめた肌色が瞳の裏に微かに覗く憂いの色をよく際立たせていて、陽光に象られた大理石の影絵のような印象を作っていた。総じて柔和な印象の中にけぶるような悲哀を漂わせた、際立つ美しさがエリアンにはあった。
(あるいは記憶を頼りに街中で少年を探したとして、エリアンくんを素通りする? ……ボクならいろいろソッチのけてもエリアンくんとお近づきになろうとするけどなぁ。秘密をニギニギして強引に迫るのも背徳感極上でたまらないね)
思索の材料は出尽くしている。これ以上、考えても新しい見解は構築できそうにない。ユーリンは思索を打ち切り、現実的な重要課題に話を変えた。
ユーリンは関羽の腰から降りてエリアンの横に並んで立ち、関羽に尋ねる。
「ねぇ、ウンチョー、正直に答えて。……ボクとエリアンくん、どっちが好み?」
「すまぬ。論が見えぬ。間を補え」
関羽が四つん這いの姿勢のまま真剣に聞き返し、ユーリンは一方的に不機嫌を示す。
そこへ、黙ってユーリンの話を聞いていたエリアンが、ぼそり、とつぶやいた。
「おれ、全部、話すよ。街の人に……」
ユーリンはこみ上げる喜びに口の端を上げた。
関羽は立ちあがり、エリアンの宣言を真正面から受け止める。
エリアンの顔には恐怖の色が浮かんでいる。しかしそれは自身の身を案じてのものではない。それが関羽とユーリンには、よくわかった。
「だって、おれの友だちまで、その……疑われてるんだろ? 危ない目にあうかもしれないんだろ!? おれが、聖域にいったこと、隠してるせいで……」
「然り」「それは否めない」
「じゃあ、ダメだ。聖域に入ったのは、おれだ。おれが勝手に入ったんだ。おれがおれの父さん探して、おれが街のルールを破ったんだ。ぜんぶおれのせいなんだから、ちゃんとおれが――」
ユーリンはエリアンを抱きしめて、続きの言葉を封じた。
「……んー。たまらないね。本当にボク好みだ。……嗜好が変わったら、いつでもボクに声をかけてね。新しい建設的な道を示せると思う」
「そなた、無辜のエリアン坊を何処に誘っておるか!」
「だいじょーぶ。人の心は容易く変わる! いや、変えてみせよう!」
意気軒昂にふしだらな展望を広げるユーリンを押しのけて、関羽はエリアンと向き合った。覚悟を固めつつあるエリアンに対して、関羽が厳かに告げる。
「エリアン坊よ。ことを公にする意味は理解しておろうな。坊は間違いなく危険の渦中に巻き込まれることになる。正体定かならぬ連中の敵意を浴びながら、聖域の謎の究明について貢献の義務を街から迫られる……」
「わかってる。ユーリン……ユーリンさんの話、おれ、理解したよ。……おれがやるべきことだと思う。母さん、ずっと街の収穫のこと、心配してた。でも……目のことがあるから、あんまりできることなくて……悔しそうだった……おれが役に立てるなら、おれ、やるよ。もういっかい、聖域にいく……街のみんなをアレまで、案内する……」
「エリアンよ。おぬしはまだ若い。故に見えておらぬこともある。儂の役目としてそれを告げておかねばなるまい……おぬしが提供する情報は、この街の根幹を揺さぶる公算が大である。多くの人を巻き込むことになるだろう。街をあげて聖域に探索しようという気運が高まる。その結果が芳しいものとは限らぬ」
関羽の声が低くなるにつれて、迫力と威圧感が増した。戦場で敵味方の血煙を浴び、その生死の算術を指揮し続けた男のみが放つ、吹きすさぶ木枯らしのように空疎な悲しみの予知であった。
「おぬしが死地に人を送る旗手となるのだ。否応なしに、だ。無論、それは罪ではない。だがおぬしの証言によって誘われ命を落とす者が出た時、果たしてそれに耐えられるか? もしも帰らぬ者が出た場合、おぬしの名とともにそれは語られることになる。それでも己を責め苛まずに、あり続けられるか? ……例えば遺族がこう嘆くのを儂は否定できぬ。『エリアンという子が聖域になんて行かなければ……生きて帰ってこなければ、こんなことにはならなかったのに』と。恨みと共におぬしの名は記憶される……それに耐える覚悟はあるか?」
関羽の語る悲観的な予測がエリアンを打ちのめした。うなだれ、愕然として、威勢を失う。
「……ユーリン、さん」
「うん?」
「……もう、わかんないよ。おれ、どうしたらいいか」
「だよね。……エリアンくんがイヤなことは何だい?」
「みんなが、危ないこと。……おれ、街のみんな、好きなんだ。友だちも、衛士隊のひとたちも、市場のみんなも、お客さんも……みんな、おれに良くしてくれる。でも、おれ、何もできない。なのにみんなを危ないことに巻き込んでる……おれが隠れてれば友だちが、おれが話せば街の誰かが……おれの、せいで……教えて……どうすればいいかな……」
エリアンがまだ涙をこぼしていないのは、男子としての矜持である。
だから、エリアンが次の一言に込めた想いを、ユーリンは余さず受け取った。
「……助けて」
「任されましょう!」
ユーリンの澄み渡るような空色の瞳に、鮮やかな秋の実りのような輝きが宿った。
「……うふふふ。実は、すでにエリアンくんは半分まで正解してるのさ……それじゃあ突破口をこじ開けよう! ゲームのルールをボクが変える、ボク好みに合わせてね!」
エリアンの身の安全を確保することと、ユーリンが魔力結晶然るべき将来に押収すること――これら相反する目的を両立させるのは困難である。しかし、両立させないのであれば方策はある。
何が正解かわからない時は、好きなものを選ぶ。
道楽家を自称する関羽から授かったこの単純な原則を、ユーリンは自身の規範として大切にしていた。
「つまりは、だ……エリアンくんが聖域から帰還しちゃったから、事態がひたすらややこしいことになってるんだ。その前提をひっくり返そう! ……ボクとウンチョーが、聖域を踏破したことにする! 魔力結晶の欠片を証拠として、アーウィンの街のお偉いさんに見せびらかそう! ……かまわないよね、ウンチョー? ボクたちは偽りの英雄になり下がろう。いまさら汚名とか虚名とかにはビビらないよね」
「その手があったかッ! 効果は覿面であろう、少なくとも街の少年たちに向けられた疑いは霧散する。……しかし騙し通せるものであるのか?」
「虚偽であるとバレてもいいのさ。バレるころにはボクらは逃げおおせているし、別にそれでもエリアンくんたちの身の安全を確保するという目的は達成できるじゃん? 『隠してるのを隠し続ける』のが敵さんの狙いとすれば、エリアンくんが知ってる以上のことにアーウィンの街がたどりつけばいい! そうすればエリアンくんの口を封じる意味はなくなる。それに真実はボクらの手にすでにある。なにせ現物があるからね。これは紛い物じゃないよ。これがある限り聖域の秘密は隠匿不可能さ。そして隠匿が不可能になれば、敵さんの狙いも否応なしに変更を迫られるだろう。ずばり『敵の嫌がることを徹底する』作戦。生還者がコソコソせざるをえないから、敵さんもコソコソしてるんだよ。……敵がもたもたしてるなら大変けっこう、逆にこちらからすべてを表沙汰にする。ただしボクらに都合のよい真実だけを、ね。『聖域の秘密を明かす者が出た、その成果物もココにある! さぁどうする?』と偽りの真実の盾で殴ればいいのさ。盾の本当の持ち主が誰かなんて問題にさせないよ。……大事なのは匙加減。ウンチョーの作るスイーツといっしょでね、分量を間違えると台無しの破滅の荒野さ。……このアーウィンの街の上層部において周知となるよう、それでいて街の外部には漏れない程度に、ボクとウンチョーの偽りの冒険譚を広めよう。お偉いさんを騙す作業はボクに任せてよ。魔力結晶の欠片がある限り、どうとでもできる」
「よい案に思える。……されど、儂らが聖域の案内を迫られた折には、如何に対処する?」
「もちろん引き請ける! それで実際にもう一度生還する。街が手配する探検隊のみなさまをおもりしながらね。……ボクらは晴れてホンモノになるわけさ。なにも後ろめたいことがないて、ステキじゃない?」
「甘く見過ぎではないか。過去に幾度も失敗を重ねておるのだろう」
「エリアンくんという情報源があるし、キミという極上の武力もある。そもそもね、だいじなことを忘れてないかい?」
ユーリンは聖域を巡る一連の騒動における最大の謎に言及する。
「……ウルリカさんは聖域に出入りしてるんだよ? エリアンくんにマンゴー貢ぐためだけに。……なにかあるんだよ。ヒューマン族の熟練の冒険者を帰らぬ者にするくせに、エリアンくんの生還は許し、あげくハーピィ族のウルリカさんに至っては気ままに出入りしてマンゴーをお土産がわりに収穫できる……魔術的な何かのカラクリがある。神代から続く、聖女にまつわる何かの因果が。……ま、魔術が相手なら任せてよ! ……ボクの力じゃないけどさ、扱うことはできるからさ」
ユーリンは自身の胸元を指さした。大地の女神キルモフの涙と称される希少鉱物エーテル鉱を、名工ビーリ・バウルが鍛えたユーリンの愛刀――エーテルナイフ。魔力を吸収する特異な性質を有しており、所有者たるユーリンはそれを引き出して自身のものとして利用できる。エーテルナイフが記憶している魔力のひとつグラン帝国の大魔道コウン・ハクソクの『超魔:解呪』の魔力は、あらゆる魔術構成を無力化する神代の秘奥である。神代の聖女陽子にまつわる魔術に対しても有効である公算が大きい。
一度聖域から生還しているエリアンの経験、聖域に出入りを繰り返しているウルリカの協力、天下無双の関羽の武練、ユーリンが所有する神代の魔術を再現するエーテルナイフ――これらの要素を組み合わせ、聖域の謎を白日の下にする。これがエリアンの安全を確保する最も確実な方法であるとユーリンは考えていた。
そしてユーリンは最後に肝心な話を始めた。これがユーリンが本当の意図であった。
「むろん、ボク個人としても欲はある。いまから個人的な交渉をエリアンくんに申し入れたい! ……聖域に残る魔力結晶本体の優先権をボクに認めてほしい。対価として、見えている災いをボクとウンチョーが引き受けるよ。少なくとも危険の渦中はこの街の少年たちを追わなくなる。敵さんからしたら鼻の下伸ばしてエリアンくんのケツ追っかけてられる状況じゃなくなるからね! ……どうだろうか。もちろんエリアンくんには拒絶する権利と資格があって、それの行使は誰に対しても恥じるものじゃない」
ユーリンの提案に、エリアンは不思議そうな顔をする。
「う、うん。いいよ。…でも、べつに、聖女さまのアレは、おれのものってわけじゃ」
「第一発見者としてのエリアンくんに、ナイナイに認めてもらえるだけでボクはいいんだ。……そうだな……『第一発見者としての立場を、方便でなく、正式に譲る』……これでどうだろう? それだけでボクには十分すぎる。その正統性だけで、ボクは戦える。正しさのなかで戦えるようになるんだ」
ユーリン自身が半信半疑であるものの、ユーリンは建国という大望を抱いている。その実現に向けて、先鞭をつけておきたい。
エリアンの身の安全を最優先に確保する。しかし、ユーリン自身の大望の礎を得ることも諦めない。
聖女陽子の魔力結晶に対する――少なくともユーリンにとっては――正当な権利を獲得できる。
それはユーリンにとって、大きな歩みであった。




