(9) 身柄引き受け
感情の混乱に区切りをつけたユーリンは、予定通り衛士隊の詰め所に押しかけた。衛士隊の執務室で机に書類を広げていたマークは、ユーリンの来訪に驚きを示す。
「ユーリン……さん!? なぜ……? いや、どうやって?」
「やほ。門番の新入りさんと仲良くなりました、彼とは今日からマブダチです。……『事件の被告が出頭してきたぞ』という筋で、隊長さんの判断を仰ぐことにさせました! ……これって人手不足ですね」
「……平和な街ですので。あとで本官が指導しておきます」
「治安組織の予算が少ないのは素晴らしいことですよ。……で本題。ボクのエリアンくんを返してもらいに来ました。そろそろ用済みでしょ。もともと無関係なのに何を聴取すんのさ。女の子の好みでも聞くつもり?」
明るく朗らかに、まるで世の悪意を知らぬかのような天真爛漫な笑顔で、関羽とエリアンを連行したマークをユーリンは問いつめた。
マークは苦笑しつつも、穏和な態度でユーリンに答える。
「近況を伺っていましたよ。新しい大福の売れ行きとか、ソーニアさんのお身体のこととか、日ごろの生活ぶりなどを……ああ、あと、一応事件のことも聞きましたよ。本官の務めですので。ですがエリアンくんに恋愛の話はまだ早計であると、本官は考えます」
職務の義務の中で可能な限りの私的な誠実さ発揮したことがうかがえる口ぶりである。昨日、エリアンを連行した際にソーニアと交わした約束を守ったらしい。
「そういやマークさんは昔からエリアンくんと知り合いなんでしたよね」
「そうですね、本官が現職に就いたころからです。エリアンくんは産まれたばかりでしたが。……多くの人が援助を申し出ましたが、ソーニアさんが受け取ったのは、僅かばかりの手伝いだけ。ずっと気がかりでした」
「ふぅん。やっぱソーニアさんて街では名士なんですね。聖女の認める有資格者ですし」
「ご本人はそれを認めようとはなさらないでしょうね。目を患ってからも変わらず毅然としておられる。もう少し周囲を頼ってもよいと思うのですが、それを良しとはなさらないご性分でして、どうしても手が必要な時だけは、私にもお手伝いを許してくださりましたが」
「エリアンくんが良い子に育って良かったですね」
「良い子すぎるのが心配ですね。生活のためというのもあるのでしょうが……同じくらいの歳の子たちは、もっと気ままで奔放に遊び回っているものですから、それと比べると」
ユーリンも、マークと同じ懸念を抱いている。少年エリアンと視力を失した母ソーニアの2人暮らしである。聖女の祝福を授かった豊かな街に生まれながら、裕福な生活ではないのだろう。家計を支えるため聖女陽子の残したレシピ『大福』の売り子を務め、その境遇を嘆く姿をみせることもない。子供らしさを残したまま、利発な才気の片鱗をのぞかせつつも、相応の教育を授かる機会もなく日々を送っている。そんなエリアンの数少ない幸せがハーピィ族のウルリカと過ごすひと時であると思えば、ユーリンはその想い成就を応援する心情にもなる。たとえそれが閉ざされた未来に通じる袋小路であるとわかっていても。
「……ま、エリアンくんに女の子の話はまだ早いてことで。……どうします? エリアンくんと交代でボクを取り調べます? ふふん、お泊りの用意はしてきましたよ。じゃじゃーん、柑橘の燻製薫る茶の葉をたんまりソーニアさんからいただいてきました。お湯くらいはもらえますよね。……衛士隊のみなさんも飲みます?」
「それには及びません。つい先程、事件の被害者の方から、訴えを取り下げたいとの申告がありました。『不幸な誤解によるもの』とのことです」
「そうなんですか!? 驚きました、もっと長引くものと覚悟してましたが、意外な展開ですね ……じゃあボクがエリアンくんの身柄を引き取っても?」
「ユーリンさんのことは、エリアンくんから聞いております。保護者であるソーニアさんの代理の方として、お預けいたしますね」
「あら。意外とあっさり」
「本官が帰りもお連れしようかと思っていましたが、エリアンくんを連行するかのような構図は、はなはだ不本意なんです。職務中はどうしても衛士隊としての衣装を身につけねばなりませぬので。ユーリンさんにご足労いただけて助かりました」
「お勤めご苦労さまでしたね。あ、あと、ボクのツレはどんなもんです? 問題児なのは存じておりますので、何かご迷惑をおかけしていやしないかと」
「あー、その、ウンチョウさんなんですが……」
「……何をやらかしたのか、ボクが聞かずに済みそうですかね」
「直接ご覧いただきたく存じます。こちらです」
「聞かずに済ませたいんですが、正妻として拝見はしますね」
気まずげな様子のマークに案内されて、ユーリンは衛士隊詰め所の廊下を歩いた。中庭に通じる扉を開けた先に、訓練場らしき設備がある。そこに、関羽がいた。傲然と槍をかまえて仁王立ちの姿勢で、汗だくの若い男たちに叱責を飛ばしている。
「気合が足りぬわ! 左様な腰砕けで街の治安が担えるか! 民の安寧を守るがその方ら務めであろう。安寧に安住して日々の備えを疎かにするな。亡国へ道は官憲の乱れより始まるのである! 決死の戦場のつもりで槍を振れぃ! ……ええい、膝をつくな、それしきで弱音を吐くな、其処に直れ、起立せよ!」
若い男たちは関羽の指示にしたがって槍や剣を振っている。すっかり疲弊しきった様相であり、その稽古が長時間に及んでいることがわかった。
関羽はまるで将軍のような態度で、腕組みしてそれを監督している。
ユーリンはめまいを覚えた。昨晩から慌ただしく走り回って、身体も疲労している。そのまま眠りこけたい気持ちになったが、それをこらえて、マークにごく単純な疑問を投げつけた。
「……すみません。アレ何ですか?」
「『隊の綱紀を正す』だそうです」
マークは関羽の意図を解答したが、ユーリンに疑問は別のところにあった。
「……すみません。アレ容疑者ですよね」
「その手はずでした」
「連行したんですよね。なのにツレのツラがすっかり軍事顧問になって、衛士隊のみなさんを教練してるように見えるんですけど」
「お恥ずかしい限りです。ウンチョウさんをこちらにお連れした際、少々、気の緩んだ職務態度であるところをお見せしていまいまして。……ごく一部の最近入隊した者たちなのですが……それをご覧になったウンチョウさんがひどく立腹なさいまして……いえ、その場ではすぐに収まったのですが。その後の取り調べにおいても不手際が多く……とうとう今朝になってウンチョウさんが激怒なさいまして『不甲斐ない! 儂が鍛え直す』と叫び、勢いのまま、いつしかあのような事に。つい本官もウンチョウさんのまるで大将軍のような不思議な威厳に圧倒されてしまいまして、止めるに止められず……本当にお恥ずかしい限りです」
鍛えられているのは、衛士隊の新人たちであろう。身体つきに兵卒としての膨らみがとぼしく、顔つきも幼く未熟である。汗だくになって、ふらつく足どりで、疲労の極致に思考力を奪われたまま、関羽の指導に従って賢明に槍稽古に励んでいる。
たとえ今生で甘味道楽にふけっていても、関羽は戦国の世を駆け抜けた百戦錬磨の将である。流浪の身から荊州10万軍を統率する軍事総司令を担うに至った戦歴は、青年期の肉体に転生した今生においてもなお健在である。将器が全身からあふれ出ている。……普段は出していないが、出そうと思えば関羽はそれを出せる。そして今、関羽はそれを出していた。衛士隊の兵卒たちにそれを浴びせて無断統帥し、その心身を鍛えあげるために奮闘している。
(なにしてんのさ、バカ。……すごく、良い)
ユーリンは内心でうっとりと関羽に見惚れた。夕暮れの陽射しが、たくましく隆起する関羽の胸筋に濃い陰影を描いている。虚飾のない実の世界と向き合い続けた者だけが持つ鍛えられた肉体である。
(……あ。……やっぱ、良い。ウンチョー、すごく、良い)「……こちらこそ、お恥ずかしい限りです。あれは完全にスイッチ入ってますね……ああなると、正妻のボク以外の誰の言葉も聞かないんで、正妻のボクの責任で止めてきますね」
「そういうわけて、ウンチョウさんが今日帰れるかというのは――いえお帰りになっていただけるかというのは、本官だけでは決められず……なるべく早めに連れ帰っていただきたいところなのですが、一応お尋ねしておきます。……この街に永住するご予定は?」
「責任もって連れ帰りますから、なにとぞ、ご内密に」
アーウィン治安局市民街衛士隊入隊志願書を手に持ってヒラヒラと見せつけるマークに、ユーリンは頭を下げて謝罪した。
謝罪しながら、思った。
(コイツ……やっぱ信用できない)
関羽が分不相応に衛士隊の新入りたちを教練している場に進み、ユーリンは関羽に声をかけた。
「やほ。成果はあるかい?」
「腑抜けどもめ! これしきの稽古で身体が効かぬか! ……ん? おお、ユーリンではないか。このようなところで何をしておる?」
「ウンチョー……このようなところで何をしちゃってくれてるの?」
「ふむ? 見てとおり、将としての務めを果たしておるが……」
「立場てもんを考えろよ! キミ、ここには連行されてきたんだろ!?」
「……はて? 連行? ……おお、そうであったな、如何にもである。……ではその方ら、儂の罪を問うが良い。如何なる問いにも答えて進ぜよう」
嘔吐するものも中に残っていないという表情の衛士隊の新入りたちに、関羽はこともなげに言い放った。彼らからの返答はない。稽古を中断させたユーリンを、救世主のように見つめるのが精一杯であるらしかった。
ユーリンはやんちゃな関羽を回収にかかる。
「その件はもう終わったから、帰るよ。ていうか、いまここでキミは将じゃないでしょ」
「しかしこの者ら、鍛えてやらねば戦場では役に立たぬぞ。技巧以前の問題だ。性根に闘志が欠けておる。儂が導いてやらねばなるまいて」
「あー、うん……じれったく思うキミの気持ちは尊重するけどさ……アーウィンには必要ないんじゃない? 果樹を狙うゴブリンやらリザードマンを相手するのと、キミが見てきた戦国治世はだいぶ様相が多少異なるんじゃないかな。『過ぎたるは及ばざるがごとし!』 て知ってるよね。キミの国の言葉だよ」
「……まだ、過ぎてはおらぬが」
「過ぎてんだよ! 立場ァ! ……キミっ、さァ……『立場ァ!』。この街では部外者なんだよ、連行されてきたんだよ……立場てもんがあるんだよ」
「なるほど。一理ある。否、儂の不明であったな。この軟弱者らを統率すべきは、マーク殿の務めであるな」
関羽は向き直り、ユーリンの後方に控えていたマークに声をかけた。
「マークよ!」
「……!? ……はッ!」
マークは緊張して背筋を伸ばす。
「貴官にこの場を委ねる。己が配下としてふさわしい力量を備えさせるべく、指導に務めよ。儂の軍に弱卒なし。それをゆめ忘れるな」
「はっ。心得ました!」
マークは関羽に敬礼をした。してしまった。場の雰囲気に流されたのである。
ユーリンは関羽の腰をいつものように蹴りつけ、着席を促した。
「ウンチョー、そこ、正座」
「む? なんぞ、儂に落ち度が?」
「いいから、座れ。そこ。なるべく固そうなとこ」
「ぬぅ。……何事か?」
「なんでマークさんに命令してんのさ! マークさんも従わないでくださいよ! ウンチョーは上官じゃないですよ、雰囲気にながされないでください! ……ほら、帰るよ。ナルハヤで! ……みなさん、失礼しました。ボクらは善良な旅行者ですので、ご迷惑とかおかけすることありませんので! この街の法とかバッチリ遵守ですんで。さようなら」




