(6) その根に、埋まるもの
果樹の街アーウィン。その中心地から外れた郊外の古びた家屋において、ユーリンはソーニアと向き合っていた。
関羽とエリアンがアーウィンの治安組織に――友好的にとはいえ捕縛されたあと、ユーリンはソーニアに促されるまま、エリアン宅に戻った。侘しく重々しい空気の居間の机で、すっかり冷めた茶を飲んでいる。
「ソーニアさんにお願いがあります。この状況下でボクからお願いをするのは、はばかられますが」
エリアンとの約束を守るためには、何としてもソーニアに聞き入れてもらわなければならないことがある。
「ユーリンさんが頑固なのは理解しています。それに、あまり負い目に思われる必要もありません。いずれこのような騒動にはなると思っていましたから」
「そのあたりの事情も伺えればうれしいのですが、お互いに伏せているカードが多すぎますね。無理もないことですが……今夜はこの家屋を留守にしていただきたい。ボクが留守番をつとめます」
「不思議なお願いですね。理由を聞いてもよろしいかしら」
「いまはまだ明かせません。今夜の顛末次第です」
深刻な憂慮で、顔を陰らせる。天性の運命観が荒事の訪れを告げていた。諦念はあっても、悲観はない。
ユーリンは自身の武力を信じていない。生来の矮躯という足枷がある。指の血豆を握りしめて剣の柄を滴らせても、恵まれた体格を産まれもった武人には絶対に及ばないのである。それでも見えている荒事にソーニアを巻き込むつもりはない。その釈明のような分別は、ユーリンの矜持であった。
ソーニアはユーリンの言葉を考えるような仕草を見せつつも、その内情に踏み込むことはせず、表面的な所感のみを述べる。
「物騒ですね。何かが起きると予想しておられるんですね」
「はい。隠すつもりはありませんが、そもそも今はお伝えできることがあまり無い。ウンチョーの身柄を街に預けているのを質ということにして、なにとぞ、信じるだけ信じてください」
「……お2人の旅立ちはいつ?」
「決められません。それに……エリアンくんの安全の担保に協力させていただきたい。その区切りがつくまでは、アーウィンにとどまるつもりです」
「あら」
と小さな驚きをこぼして、ソーニアは言葉を切った。その違和感をユーリンは見逃さない。
「息子はずいぶんと責任感あるお友達を得たのですね。それに息子はすぐに帰ってきますよ。ご懸念にはおよばないと思いますが」
「……やはり旅人はお嫌いですか」
「そのように聞こえましたか? 歓迎を怠ったつもりはありませんでしたが」
「エリアンくんのお父さんは、旅人でしたか? 無責任な旅人に、ずいぶんと想いがおありですよね」
不快を堪えて、ソーニアは黙った。しかしすぐに思考が切り替わる。なぜ今、そのようなことを言うのか――それを考察するソーニアの心の動線をユーリンは観察しながら、呼吸を図って、言った。他人を説得する際に重要なのは理屈と感情の両面であるが、ユーリンは知性で理屈を、天性の勘で感情を操縦する。
「失礼、言葉が過ぎました。非礼をお詫びします」
「ユーリンさんは恵まれた方ですね」
緊張からの弛緩には真実味がある。この瞬間をユーリンは待っていた。
「どうしてかよくそう言われるんですが、そう思ったことはありませんよ。……あー、もう、ええい! まいった、降参です、ボクの側から札を開けます! ……エリアンくんはハーピィ族と交流があります。例の果実……マンゴーを収穫しているのはハーピィ族です」
「……なんですって?」
ユーリンの告げるエリアンを取り巻く情勢に、さしものソーニアも驚愕を隠せない。その動揺を見逃さず、ユーリンはかぶせるように言葉を重ねる。
「あの歳で女の子に貢がせるなんて、なかなかできることじゃありませんよ。むろんそのハーピィ族とは現在は友好的な関係にありますが、もちろん今後を約束するものでは、むろん、ありません」
「っ! ……うちの、エリアンが!? ハーピィ族の連中に……?」
狙われている――その言葉は声にならなかった。
認識を統一するのに必要な情報は、共有した。しかし見解には相違がある。ユーリンはソーニアの危機感をさらに煽る。
「ハーピィ族『と』です。そこ、たいせつ。エリアンくんはそのハーピィ族と間違いなくおともだちなんですよ。感情が一線を越えるのは時間の問題と思いますが」
エリアンもハーピィ族のウルリカとの交際を望んでいる。感情のなまめかしさは異なるが、エリアンとウルリカの2人が、両想いであるのは確かであった。
しかしそれがソーニアの安堵につながるはずもない。ヒューマン族の男児をさらうハーピィ族の忌まわしき習癖は、ある程度の教養ある人々の間では周知のこととして知られている。
「そんなの、どうでも……よりもよって、ハーピィ族だなんて」
「エリアンくんのご友人ですよ。ハーピィ族『と』エリアンくんは友達なんです。でもまぁ、今夜のところは絶対に安心ですよ、衛士隊の皆様が保護していますからね。今後については、残念ながらボクの立場からは、何とも……」
「……全てお聞かせくださいますね」
「やった! 全てお話しくださるんですね! では、明日、時間を取りましょう。……今夜はどちらにお泊りですか?」
脅迫である。今夜は家を空けろ――という言外のユーリンの圧力を、ソーニアは正しく理解した。
「不必要に言外するようなことはなさらないでくださいますよね。特にエリアンには」
「いまお約束できるのは1つだけ。ボクはエリアンくんの味方です。エリアンくんの保護者であるという点で、ソーニアさんの味方でもあります。これだけ信じてください」
「……明日になればお話しくださるんですよね」
「話せば、話してくださるんですよね」
「いいでしょう。……では、宿をとって――」
「そこなんですが、先刻話題にあがった『蜜果の会』という組織を頼ることはできそうですか?」
「頼めば、頼ることはできるでしょうが……あれは福祉のための街の有志の互助組織です。私は――」
「お気持ちは承知しておりますし、尊敬の念が高まるばかりです。しかし実に都合がよいのです。ソーニアさんがここを不在にすることを、おおっぴらにしたいんです」
「おおっぴら? 私はそのような重要人物ではありませんし、蜜果の会もみだりに相談者のことを吹聴するようなことは……」
聡明である。しかし善良である――それが、ユーリンのソーニア評であった。邪悪を想定する知性を有しながら、どこかこの世界を信じて愛してしまっている。好ましい姿勢であることを認めても、それを価値あるものとは認めない。されどそれを侮蔑することもしない。邪悪な世界観に身を置くのは、邪悪な性分に生まれ落ちた者だけでよいのである。ユーリンは、善良の保護者たる自身の高慢な意識を表に出さぬため、あえて稚気をこめてソーニアに言った。
「あははは。それもそうかもしれませんが、それも込みで確かめたいんですよ! ……あ、ボクのことはくれぐれも内密にしてください。表向きは、明日からソーニアさんの身の回りのお手伝いにくるらしい、ということで。ま、明日にもエリアンくんは帰ってくると思うんですが、そこはソーニアさんの魅力に惹かれて窮地につけこもうと企む浅はかな男ということで、ひとつ」
ユーリンは自身の性質を把握している。敵が有能であればいくらでも対処化できるが、無能な敵には対処できない。――現段階で敵がどの程度有能であるか不明瞭である以上、自身が苦手とする方向性……敵を目一杯の無能であると見積もらざるを得なかったためである。ソーニアが家を留守にすることを、極力、喧伝しておきたかった。
ソーニアは首肯し、ユーリンの提言を受け入れた。
しかし最後に容赦のない一撃を加えたのは、ソーニアの悪戯心である。
「……ユーリンさんはきっとご容姿に優れておられるのですね。いまの私にはぼんやりとした輪郭しかわかりませんが、その方面に絶対の自信がおありのようで」
「ふざけ過ぎました。ボクの無礼でした」
「お気になさらず。そう言われるのは、たぶん、お嫌だろうと思いまして、言ってみただけです」
その夜――ユーリンは、ソーニアとエリアンの住まう古びた家屋に潜んでいた。エリアンは衛士隊に身柄を拘束され、ソーニアは街の有志が営む互助組織の下で夜を過ごしている。この家屋は今夜、無人であるはずであった。
しかしユーリンがいた。灯りをつけることもなく、居間に毛布を広げて横たわり、闇夜の中に身を埋めて気配を殺して夜更けを迎える。微睡むような時を過ごすのをユーリンは好まないが、不得手としたことはない。眠るように体を休めつつ、知覚を研ぎ澄まして訪問者を待った。
夜の闇が月明りにも飽いた頃合い、ひなびた郊外の路地の静寂を破る足音を捉えて、ユーリンは静かに覚醒する。身をくるんでいた毛布を音もなくたたみ、窓から外の様子を覗き見た。
(及第。今夜は不在にするとわざわざ告知してやったんだ。この機を逃されたら、ボク、すねるよ)
闇に慣れた眼を走らせて深夜の訪問客の姿をとらえる。訪問者は2人。深夜の郊外の路地を灯りを持つこともなく歩み寄ってくる。招かれざる客人としての振る舞いであった。
その様子を家屋の内から観察しながら、ユーリンは気持ちが沈むのを自覚した。この訪問者たちの素性は知れないが、少なくとも、今宵、この家屋が無人であることを知っている。
(あの足さばき。――最悪だ。『衛士隊』か『蜜果の会』のどちらかから情報が漏れてるっぽい。でも悲観する状況じゃないね)
少年と盲目の母親のみが住まう家である。強硬な手段を選ぶ機会はこれまでにも幾多もあったに違いない。しかしあえてこの家屋が留守である時を狙って訪れてきたということは、ひとつの事実を表している。非合法な手段を選ばざるを得ない程度には利害が対立していても、ソーニアとエリアンに対して害意がないということだ。
(どうやら相手さんは倫理の一線で揺らめいてるらしい。押し込み強盗し放題なのをこれまでさけてきたのは、相手さんも街に根ざした立場だからかな。……あとは相手さんの狙いだけど……)
衛士隊に連行される時、エリアンは何かをユーリンに伝えようとした。その内容はわからない。しかしエリアンの深層に住まう罪悪感の蠢動をユーリンは洞察してしまっていた。
事情はいまだわからない。
わからないときは、好きなものを選ぶ。
ユーリンはエリアンを好ましく感じていた。
強引なこじつけで関羽とエリアンの身柄を抑えた敵のやり方を嫌っていた。
だから、ユーリンはエリアンの危機感を快く自分のものとして受け取った。
エリアンの留守を狙って訪れた連中を妨害することはユーリンの本懐となった。
(隠れてコソコソなら任せてよ。……劣者の本分だ)
ユーリンは自分が恵まれていると考えたことはない。切望したものをひとつも獲得できない半生を送るうち、自らを劣りし者と認識していた。ユーリンの内に横たわる漆黒の劣等感が全身の感覚を鋭く研ぎ澄ます――訪問者が静かに玄関の扉を開く音に合わせて、ユーリンはさらに闇に身を沈めた。
2人の訪問者は家の中に侵入した。気配がないことを確かめた後、灯りを点け、小さな声で密談を始める。
「反応は?」
「変化はない。ピクリとも、だ」
「……本当にあるのか?」
「知らん。だが、あるものとして探すしかない」
ユーリンは離れた部屋の物陰から様子を伺い、優れた聴覚で侵入者たちの会話を的確に聞き取っていた。訪問者の姿かたちは確認できないが、焦る気持ちはない。無遠慮に家屋を闊歩する連中に静かな腹立ちを覚え、それを我慢するばかりである。
(何かをお探しですね。そりゃ人のいない家に押しかける理由なんて、特殊な性癖か健全な窃盗しかないよね。部屋を散らかさない程度の節度はあると信じるよ。今夜のところは相手さんの思惑の確認と、エリアンくんの秘密の何かを護れれば十分かな)
遠くに聞こえる侵入者の声にユーリンは耳をそばだてる。
「しらみつぶしか。キリがないぞ」
「近くにあれば計器が反応する。あわてるな」
「持ち歩いているのではないか?」
「所持品にそれらしいものはなかったらしい。あるとすれば家の中だ。さっさと目星をつけるぞ」
(……所持品、ねぇ。『衛士隊』に相手さんの手が入っているのは確定か。ホントに人気者だねぇ、エリアンくん。……いったい何を隠してるんだい? 少年の淡い恋心にオトナがこんなマジになるもんじゃないよ、秘密てのはウルリカさんとねんごろな関係にあることだけじゃなかったのかな……いや、どっちが先かの問題か。それともどれが先かの問題か……)
侵入者たちはまず玄関で問答をした後、慌ただしく別の部屋に移動した。先刻までユーリンが毛布にくるまっていた居間である。
その様子を隠れ潜んで伺いながら、ユーリンはある程度の事情を理解した。強引な名目でエリアンを拘束してまで押収しようと目論む何かが、この家屋に隠されている――そこまでは把握できた。
(さぁて、後はどうするかな。何かについてはエリアンくんから聞けばいいか。ともあれ相手さんがエリアンくんを傷つけることはなさそうだとわかったのが収穫だ。探してる何かとやらが発掘されるまで見守ることもなし、適当な細工で追い返そう。こっそり外に出て警邏の衛士隊のフリして声かけてみようかな。その反応次第でどれくらい衛士隊が相手さんに浸透されてるかがはっきりするし……)
そうユーリンが考えた時、侵入者たちがうろつく居間から音がした。ぱりん、と陶器の割れる音がした。
(あっ! あのカップ……うっわ、ボクのミスだ! ……片付けておけばよかった)
居間にはユーリンと関羽を客人として迎えた際に供された茶器がそのまま卓上に残してあった。侵入者が粗相をして、それを卓上から落としてしまったらしい。ユーリンは瞬時に理解した。
激しい後悔に沈むユーリンの耳に、侵入者たちの声が届いた。
「バカヤロウ、何やってやがる」
「ちっ、面倒くせぇ」
「……茶か? くせぇ臭いが服についちまった」
苛立ち紛れの声をともに、不快な砂利音が起こった。
(なっ!?)
聞き違えるはずがない。割れた陶器を踏み砕く音である。
ユーリンは瞬間的に沸騰した。思慮深いが激情にも身を任せる――ユーリンの極端な二面性の一端が噴出する。
(……許さない。絶対に許さない)
決して裕福ではないソーニア宅において、紛れもなく逸品と言える茶器である。いつ訪れるかもわからない客人のために用意され、大切に保管されてきた品であることがユーリンにはよくわかっていた。
(無傷で帰れると思うな……タマのひとつは覚悟しろ……目か股座かは選ばせてやる)
侵入者たちの顔面か股間のどちらかを粉砕する妄想をたくましくし、ユーリンは行動を始める。ユーリンは手頃な布で顔と髪を隠し、機会を探った。
筋力にも魔力にも恵まれずとも、それ以外の大抵のことには秀でるユーリンである。人の行動を予測し、その裏をかき、不意をつくことにかけては卓越した技能を有していた。
侵入者のひとりが部屋を移動した。無警戒に家の中を物色するその背後をとり、ユーリンは容赦のない一撃で無力化する。昏倒する男の身体を支えて床に横たえたのは、男の身を気遣ったためではなく、残る1人にあからさまな警戒心を抱かせないためである。それでも鈍い打撃音は夜の静寂を伝わり、残る侵入者の耳に届いた。
「……また何か落っことしたのか? ……ったく、 どんクセぇヤツだな」
侵入者たちは顔を覆面で隠していた。ユーリンは昏倒する男の覆面を手早くめくって、その素顔を眺めた。関心を惹かない顔ではあるが、ユーリンにとっては関心ある情報ではある。しかとその顔を記憶し、丁重に覆面を戻して再び気配を潜ませる。
応答がないことをさすがに不審に思ったらしく、残る1人の侵入者が駆け寄ってきた。昏倒する男に気づき、慌てる。
「……!? おい、しっかりしろ! どうした!? 何があ――……ぐっ!」
残る1人をユーリンは奇襲した。気絶させない程度に、けれども前後不覚になりそうな程度には負傷を与える。
ユーリンは布で顔と髪を隠したまま、侵入者と対峙する。侵入者は武器になりそうな装備をしていない。もう姿を隠す必要はなかった。腕力に優れずとも、負傷した非武装の男1人に劣るような鍛え方はしていない。ユーリンは剣を構えた。
「引っ越しのご挨拶なら、日中の訪問が無難ですよ。いかがわしい誤解をされる恐れがあります。あとなるべく顔は出したほうがいい、お互いに。ところでどちらさんです?」
「……ぐっ……おまえは!? 誰もいない、はずじゃ……」
「質問はボ――俺様がしてるんだ。アレは渡さない。アレは俺様のモノだ」
ユーリンはアレが何かも知らぬまま、適当に設定を創作して第三者の勢力を装った。侵入者たちの逆恨みがソーニアたちに向かうのを避ける意図であるが、設定が投げやりなのはユーリンの趣味である。
「ちっ、クソがっ……!」
侵入者の男は懐から短剣を取り出し、ユーリン目がけてふらつく足で突進する。ユーリンはうれしそうに言った。
「あ。正当防衛ゲット。ボク、被害しゃ」
ユーリンは、侵入者がにぎる短剣を叩き落し、剣の側面で侵入者の顔を殴りつけた。覆面をかぶったまま、侵入者は床に転がって、うめく。斬らなかったのは慈悲の心からではなく、家を血で汚したくなかったためである。
鼻先を殴打されてうちまわる侵入者を、ユーリンは睨みつけて言った。
「そんじゃ、お前、脱げ。下、脱いでケツ、出せ。 ……早く」
「……は? ま、まさか……?」
「いかがわしい誤解すんな。空き巣に入ったらこのボ……俺様に可愛がってもらえました、なんてそんなおいしい展開があるか。お前の股間に用があるんだよ。ひとつは残してやるから。……声、出すなよ、暴れると長引くぞ。天井のシミでも数えとけ」
ユーリンは指先を開き、何かをつぶすように拳を握りしめる。侵入者の顔から血の気が失せるのが、覆面に越しにもわかった。
「え……ウソ、だろ……やめ、やめて……くれ……」
「あ、そ。じゃ、やめた。手が汚れるし、気持ち悪い。何より喜ばれると困る。帰れ。ツレを連れて、帰れ。おとなしく従うなら無事にここから帰らせてやると俺様の仲間たちにも伝えておく、10人くらいたぶんいる、そこらへんに。……あ、ソレは置いてけ。マナ計器だろ、ソレ。壊したカップの代金――じゃなかった――俺様がもらっておく。好きなんだ、マナ計器、集めるの。アレを探すために俺様も持ってきてるけどな。……じゃ、おやすみ」
侵入者が無様に撤収するのを見届け、ユーリンはひとりごちた。
「さて。魔力計器、ね」
侵入者が律儀に残していったマナ計器を手に取り、ユーリンは庭に出る。
「いかにも魔導具には縁のなさそうなこのご家庭で、神秘測定か。吸血鬼の真祖の埋蔵金を探すにしても、もうちょっとロマンのある場所を選ぶだろ? いったいどういうことだい? ……エリアンくん? ……さてさて。状況的には、こういうことだよね」
一帯に広がる雑草すら生えない不毛の地。そこに植えられ、若々しい緑葉をしげらせる、腰ほどの高さの苗木がある。ユーリンは、手に持つマナ計器を苗木に近寄せた。計器の指針が、有意に揺れる。ユーリンはマナ計器を苗木の根元に置いた。計器の指針の振れ幅が大きくなり、目盛りの端――最大値を示す印字で留まり、動かなくなった。
「っ……!? ……うーん、ここで大胆かつ意外な仮説。計器の故障! 検証開始」
ユーリンはマナ計器を手にとって苗木から離れて、指針の揺れが収まったのを確認してから、自身の体内マナを全力で動かした。乏しい体内マナが魔力計器をつかむ指先に集まり、計器の指針がごく僅かに揺れ、極少量のマナの検知を示した。ユーリンのマナ量の評価としては妥当な反応である。
「 ……ダメか。計器は正常だね。となると、掘るしかないか」
貞淑を自認するユーリンである。
「どうせっ、掘るならっ、エリアンくんがっ! ……良かったんだけど! ……ボクには先約があるからね!」
下衆い冗談で緊張を紛らわしながら、ユーリンは苗木の根元の土を掘り返した。苗木の根を傷つけないよう、慎重に掘り進める。
周辺に人の気配はない。ユーリンは黙々と土を掘る。とある予感が、ユーリンの胸の鼓動を高める。高揚感を押しとどめ、ユーリンは手を動かした。やがて夜空の端に白ずみが混じり始めたころ、指先に硬い熱が触れた。硬質のソレを取り出し、ユーリンは手のひらにきらめく
「……これか。これなら納得だ。相手さんは確証がなかったから武力行使を控えていただけなんだね。確証あるならお釣りありまくりだもん、この家の死体2つじゃ安すぎる買い物だ」
ユーリンは何気ない調子で、けれども震える指先で、その硬質のソレをマナ計器の上に乗せた。たちまち、計器の指針が曲がる。やがて、指針の留め具が外れて、壊れた。ガラクタに成り下がったマナ計器を見て、ユーリンは吐き捨てる。
「……壊されちゃったカップ代は、ボクが身銭を切るしかないね」
ユーリンはソレをつまみ、畏敬を込めた眼差しで眺める。
禍々しくも慈愛に満ちた、
神々しくも威圧に溢れた、
膨大な魔力を放つ魔力結晶の欠片がそこにあった。
単なる魔力蓄積の容器にとどまる程度の、魔術師の研究所に転がるありふれた代物ではない。
魔力を自ら精製して放出するほどの、高純度の魔力結晶――天然自然の超希少資源である『無色の魔力結晶』を、神域の大魔道が染質したであろう品質。
国家規模の戦略資源である。
「……誰の?」
……決まっている。聖女だ。
スイーツ文化の創始者にして、豊穣の神アマサオンの寵人、古の大賢者、聖帝祝福者、幸福の稀人――。
「聖女陽子が染めた、自然魔力の、純結晶」
神代の遺産が、ユーリンの手のひらに転がっていた。




