(4) 生態
ユーリンと関羽は、エリアン少年を連れて森を出て街への道をたどった。エリアンとハーピィ族のウルリカの密会を覗き見した負い目はあったが、当のウルリカがそれを強く求めたためである。
「エリアンはヒューマン族の群れに帰るんだ。あんたたちと、いっしょにだ」
ウルリカはそう言い残して、空に舞い戻った。去り際のウルリカの眼差しに潜むさみしげな色合いに、ユーリンは気づかぬフリをした。
遠くに街を眺めながら、ユーリンはエリアンに切り出した。
「失礼とは思いますが……これは答えたくなくても、答えてもらうね。……エリアンくんは、ウルリカさんのことをどのくらい知っているの?」
ウルリカと交わした誓いに関わらず、ユーリンはエリアンの味方である。それであるがために、エリアンが知っていることを知っておかなくてはならない――ハーピィ族に対する警戒心がユーリンを焦らせた。それがユーリンの天分たるカリスマ性を顕著にひきだして、エリアンの未成熟な精神を容赦なく捕縛し、偽証の逃げ道を暗黙のうちにふさいだ。
エリアンは身を固くし、迷うように目線を胸元の籠に落とした。ウルリカから預かった籠を大切そうにかかえている。日差しを濃縮してその身に宿したかのような艶のあるマンゴーの実がぎっしりと詰まっていた。エリアンは言葉に困りながらも、答える。
「ウルリカのこと? ……ともだちだよ。空をとべるし、おれをたすけてくれたことがある。そのとき、ウルリカはケガをしたんだ。おれのせいで……」
「それが馴れ初め ……2人の出会いかな。ウルリカさんのことは、エリアンくんのご両親は知ってるの?」
「……言ってない。ウルリカが『だれにもいっちゃダメ』だって」
「そっか。2人だけの秘密なんだね。……エリアンくんは、ハーピィ族のこと、前から知ってた?」
「こわいから、みつけたらすぐににげろって、昔、お母さんが……でもウルリカはこわくないよ。きびしいけど、ずっとやさしいんだ。きっと、いつまでも」
「そうだね。ウルリカさんはそうあろうとしてるもんね。ボクも信じるよ。ウルリカさんの、意思は。だから、ウルリカさんのことは『ナイショ』にしておこうね」
ユーリンは微笑みを作って、エリアンにみせた。空色の瞳がその美貌を際立たせ、天の啓示のような威厳がある。エリアンは否応なしに、うなずかされた。
ユーリンとエリアンの2人の会話を聞いていた関羽が、独り言をもらした。
「奇天烈な造形は幾度も目にしてきたが、此度はさすがに目を見張った。……飛空する翼を有するとは。……うらやましいのぉ」
「おや? 空に憧れるお年頃かい? オジイちゃん」
「如何に歳月を重ねようとも……いや、重ねたからこそ、己が生涯叶わぬことに憧憬を抱くが人情よ」
「ヒューマン族が空を飛ぶだけなら術はあるけどね。ボクらにはムリだ。溢れんばかりの大気のマナを生まれ持った大魔道でないと。飛竜とマブダチになる未来像のがまだ現実味がある」
「どうあれ術があるというのは救いであるな。何気なしに歩む道中すら意義あるものに感ぜられる」
しみじみと関羽がありがたみを噛みしめるように言うと、ユーリンは陰険な目つきになった。
「……そう? かえって足が重くならない? 生まれつきソレできるヤツもいるんだよ? 希望があるのはツラいでしょ」
「天分が異なるは世の道理。嘆く理由にはなり得ぬ」
「強く生まれたヒトは言うことが違うね。神に選んでもらうかもらえないかでだいぶ決まるクソな仕様じゃないか」
関羽は嘆息した。関羽も生前において神仏を頼りにすることはなく、今生の世界の神々に対しては好意的な評価をしたことがない。しかしそれと比べても、ユーリンの神嫌いは徹底している。
「そなたが神仏との和解を急ぐ必要はあるまい。されど齢を重ねて意固地になることだけは避けよ。いつか受け入れられる日が訪れる。その折に過去の己に縛られるようなことがあってはならぬ」
「……歳相応に苦言めいたことも言えるんだね。気が向いたら気をつけるよ、オジイちゃん」
「ただの願いだ。そなたは聞き入れずともよい」
ユーリンと関羽の口論未満の意見交換を聞いていたエリアンが、不安そうに2人を見比べた。
「……ケンカ、してるの?」
「ち、違うよ! これはピロートークて言って、愛し合う2人が蜜事の照れ隠しに使う香辛料みたいな――」
独自の定義と解釈に基づき不正確な説明を始めるユーリンの口元を、関羽は大きな手で覆ってふさいだ。
「否。争いではない。見解が異なることを確認しているだけである」
「でも、おこってるようにみえた」
「……己の言に熱を込めれば、そこに情がこもる必定。しかしそれは不仲ではない。……エリアンよ、おぬしはまだ若い。故に情と実をわける術を知らぬ。だがいずれわかる日が訪れる。案ずる必要はない」
関羽は腰をかがめ、大きく黒い眼をエリアンに寄せて、説いた。それはエリアンの信頼を勝ち得て、その不安を鎮めるのに十分なものであった。
エリアンは足を羽のように軽くして、踊るように走る。ユーリンと関羽は並んで歩き、その小さな背中を見た。
「ウンチョー、惚れたの? どこまで本気?」
「……そなた、先刻のエリアンとの会話において、何を言わずに済ませた?」
「うふふふん! やっぱりわかってくれた! そうでなくちゃ。正妻の面目躍如てやつさ。やっぱ実質夫婦といっても過言では――」
「ウルリカ殿のことを周囲には内密にする、とそなたは言ったが、アレに偽心を混ぜおったな。本心は別であろう? 説明を求めても良いのであろうな」
ユーリンは、前方を無邪気に先行するエリアンの姿をみて、声が届かぬ距離であることを確認する。
観念したようにユーリンは切り出した。
「ボクの性悪な見解を述べる前に聞かせてよ。ウンチョーはウルリカさんのこと、どう感じた?」
「信頼に値する」
「理由は?」
「あの気風は歴戦の武人のものだ。血風を身にまとい砂塵に眠る歳月を過ごさねばあの貫禄には至るまい。実の世界のみに生きた証だ。彼女の言なれば、盟約にも等しき信をおいてよかろう」
「うん、ウルリカさんの意思は信じてもよいと思う。だけどさ……個の意思で将来が約束されるなら、世界はもっとマシな色をしてるはずなんだ」
「意思を覆す要因があると?」
「本能。種族としての」
「……ハーピィ族には危険が伴うのか。確かに戦闘においては天空の利は絶大であろうが」
あくまで武人としての力学からハーピィ族を評価する関羽をみて、ユーリンはためらいつつ、やがて意を決して口を開いた。そして、一気に吐き出すように要点を述べた。
「ハーピィ族は繁殖のためにヒューマン族を必要とする。生殖能力を備える直前の、ヒューマン族の男児を」
しばしの沈黙。関羽は、ユーリンの言の意味をすぐには咀嚼できず、目を開いたまま硬直した。言ったユーリンも不快な顔を隠せない。しかし嫌なことは一度に済ませる心理が働き、ユーリンは背景の事情を付け足して説明する。
「ハーピィ族は雌しか産まれない、そう定められている。だから種を種族の外に求める。そこにロマンティックな要素はないよ。適齢期の子をさらって、腹部から食べて臓器ごと種を体内に取り入れるんだ。それで折よく結ばれたら、その雌は生涯にわたってその種の宿った子を毎年産み続ける。子孫繁栄、バンザイ。わぁい」
自分の口からこぼれる言葉に耐えきれず、空転する皮肉を頼りとしてユーリンは言葉を吐き出した。
「ほんと! いい趣味だと思うよ、神てのは。この構図はある意味で美しいとさえ言える! ……他種族を食べるくらいはよくある話じゃん? だけどこの場合はただ食べられておしまいじゃない、獲物の子孫まで遺してくれるんだからね! ボクらにただ美味しくいただかれてるだけのニワトリさんたちの立場がないね。わぁい、ありがとう」
「……ウルリカ殿がエリアンを食らう恐れがある、と。先刻の様子から見てその懸念はなさそうと思えるが」
「それはね、そうだね。エリアンくんに害意――この場合は性愛か? ま、そういう感情があるなら、とうの昔にコトは済んでる。とっくに拐われて白骨死体になってるよ。いまなってないならそういうことにはならない、という見方もできる。けど問題は『いつまで我慢できるか』だとボクは思ってる。ウルリカさんの意思は信じてるけどね。だけどハーピィ族なんだ……その本能は揺るぎないだろう。エリアンくんの成長という刻限もあるし。……けど逆に成長しちゃえば安全なんだけどさ、それは種をもらうのを諦めることと同じだからね。ハーピィ族は情が深い。ただひとりの種を、生涯にわたって産み続けるくらいにね」
「そなたの懸念のあり様は理解した。心は変わる。今の安全は将来の安寧を保証せぬ。油断はできぬな」
「ボクとしてはたっぷりめに油断したいんだけどね! ……ウンチョーとしてはエリアンくんが可愛いから、心配?」
「エリアン坊の評価次第でなく、世の原則の話である。心の強さは、あくまで個人に依存するものだ。心に支えられたものは、強靭ではあるが、存外に脆い。特に外的な要因に対しては」
「キミの人生訓の是非はさておき、ともあれ、ボクとしてはエリアンくんの親御さんは状況を知る権利があると思ってるんだ。だからナイショにはするべきじゃない。これはエリアンくんの味方をするというウルリカさんとの誓いとは矛盾しない。あくまでエリアンくんの安全のためだからね」
「詭弁ではあるが筋は通っておるな。ただの旅人たる儂らが抱えるには重いようだ」
無邪気に足を弾ませるエリアンを眺め、関羽は嘆息した。エリアンの将来性を心底から評価してはいるものの、所詮、それは無責任な外野としての立場からのものである。スイーツ巡りの旅路を続ける関羽とユーリンは、エリアンの守護者たりえない。エリアンの安全を企図するならば、エリアンの親族を起点とした地域社会による保護を求めるべきである。
先を行くエリアンの足が止まった。首を横にして身体のみは正面を向けつつ、目線だけで後ろの関羽とユーリンを見ている。
何事か、と関羽が駆け寄ると、エリアンは抱える籠を関羽に手渡し、「かくして!」とささやいた。理由も聞かず関羽は籠を受け取り、外套をかけてマンゴーを覆い、後ろ手に背に籠をまわして隠した。
アーウィンの街へと至る道の先、すれ違う一向がいた。先頭を歩く男の服装は豪奢であり、相応の財のあること示していた。護衛らしい従者を連れて、街を背に果樹の立ち並ぶ郊外に歩いてくる。
「こんにちは! サガモアさん」
エリアンが機先を制するようにその男に呼びかける裏で、関羽は大きな背中の厚みでマンゴーの入った籠を隠した。エリアンの抱える詳細な事情はわからないが、このマンゴー入りの籠をこの男に知られることを避けたい意図がうかがえる。
先頭を歩くサガモアと呼びかけられた男が、不快げな面持ちを隠そうともせずに応えた。
「エリアンか。こんなところで何をしている? 法に触れる行いでもあればたちどころに官憲につきだすぞ」
「森でキノコをさがしてました。……けどぜんぜんみつからなくって」
「当たり前だろう、この乾いた季節にあるはずがない。愚かなことをしていないで、さっさと街に帰れ。ここはお前のようなものがうろついてよい場所ではない」
「はい! かえります! おじゃましてすみませんでした!」
「……それと、聖域には近寄っていないだろうな」
「……もちろんです」
「ふん。ならばよいが」
サガモアは疑り深げな目でエリアンをジロジロとにらみつけた。露骨な敵意が見て取れる。
その態度が関羽の癇に障った。外見から推し量るに、サガモアの年齢はエリアンとは親子ほども離れている。いかなる事情があっても棘のある感情を向けてよい立場ではない。関羽は義憤の蠢動を覚えたが、自身がこの街における部外者である慎みが抑止力となって、ただサガモアの態度を咎める視線を送るのみにとどまった。その想いがサガモアにも届いたとみえて、サガモアは険のある目を関羽に転じた。
「……そっちの男は? 見慣れない顔だが、お前の知り合いか? 真っ当な素性のものとは思えんが、お前には似つかわしいくらいか」
咄嗟にサガモアを叱責しかけた関羽であるが、傍らのエリアンが堪忍のために身を固くしている気配を感じ取り、己をいさめた。年端もゆかない少年がいかなる事情によるものか、サガモアなる中年男の暴言に忍従の姿勢を保っている。関羽がそれを一方的に破壊することは男子の道に反する。関羽はサガモアに一礼して、無難に自らの素性を明かした。
「儂はスイーツ巡礼の旅のものです。アーウィンには見事な果樹園があると聞き及び、見聞を広げるために辺りを散策していたところ、偶然こちらのエリアン坊と知己を得て、街の事情などをお教えいただいていた。これより街に帰るところです」
装束は粗末な旅装であっても関羽は歴戦の武人である。怒気を押しとどめて保つ礼儀作法には迫力がこもる。サガモアはわずかに気圧されたが、護衛らしき従者が歩みでるのを手で制して、客人を迎えるような威厳をつくった。
「スイーツ巡礼か。けっこうな身分だな。このアーウィンは聖女様の恩寵あって果実の収穫に恵まれている。豊穣の祝福の謦咳に触れるのを望むのは、至極真っ当なことだ。もっともあまり私の果樹園を騒がせてほしくはないのだがね……待て……何か隠し持っているのか?」
尊大な態度のまま、関羽の後ろでの姿勢の不自然さを見とがめた。指で従者に指図し、関羽の身体を調べるように命令する。従者が関羽に近寄り、エリアンの焦りが関羽に伝わる。
その時、ことさらに能天気な、けれども場の緊張を絹地を断つように切り裂く声が届いた。
「ウンチョー! みてみて! あれあれ!」
無尽蔵に人を惹きつける声音が空を響かせるように鳴りわたる。サガモアとその従者の注意がその声の主に向けられた。
遅れて追いついたユーリンが天の一角を指し示しながら無邪気そうに呼びかけていた。月明りのような銀髪を風に広げて陽光にきらめかせ、一同の視線を集めている。
関羽は気がついた。ユーリンは自身の毛髪を――どういうわけか――大切にしているが、あえて他人の注目を集めるような仕草は好まない。髪を人目にさらすことに限っては貞淑なのである。そのユーリンがあえて髪を野放図にさらしてでも自身の美貌を際立たせる工夫をこらしている。
とっさに関羽は預かっていたマンゴー入りの籠をエリアンに返した。サガモアと従者はユーリンに注目していて、それに気がつかない。
籠を受け取ったエリアンは関羽の意図を明敏に理解し、素早く辺りを見渡すと、小柄な体躯を活かしてサガモアの視野を巧みに避ける導線で付近の岩陰に籠を隠して、戻ってきた。関羽の背中には、籠を覆わせていた外套のみが残っていた。
それを見届けたユーリンが、惹きつけていたサガモアたちの注目を手放した。
「あの雲、ウンチョーのお手製スポンジケーキそっくりじゃない? スッカスカで端っこがポロポロ崩れてるところとか!」
ユーリンの発言がくだらない内容であることにあきれて、サガモアたちは関羽に視線を戻した。関羽は後ろ手にかかえている旅汚れた外套をみせて、説明する。
「先日の雨の濡れが残っておりましたので、風をあてて臭いを洗おうかとずっと抱えていた次第で」
「……もういい、行け」
サガモアは関羽への興味を失い、果樹園の方向に立ち去っていった。その姿が遠くなるにつれて、エリアンを包んでいた緊張がほどけていくのを関羽は肌身で感じ取った。
「よくできました。ヒトの視線て案外ポンコツだからね。単純な手品がよく効くもんさ。大道芸の奇術師が半裸の雌を連れ歩くのと原理はいっしょ」
いいこいいこ、とユーリンが関羽の頭を撫でようと背を伸ばし手が届かぬのに腹を立てて関羽の膝を折らせようと試みるのを引きはがしながら、関羽はエリアンを賞賛した。
「よくぞ堪えた。サガモアとかいったか。……おぬしの事情はわからぬが、儂、アヤツが嫌いである」
「おかあさんがいってたんだ。『嫌いなひとには礼儀ただしくしなさい』て」
関羽は大声で笑い、その正しさを認めた。
「御母堂はヨーコノートの有資格者であるそうだな。儂も聖女陽子殿から、許しを得ている身である。是非に一度お目通りを願いたいものだ」
「オジサン……ヨーコさまの? ……にあわないね」
エリアンの率直な見解が関羽を打ち据えた。
ユーリンは大声で笑い、その正しさを認めた。
「よくぞ言ってくれました! ほんと似合わないんだけど、たしかにウンチョーは有資格者なのさ。聖女陽子の威信がさがるから、みんなには内緒にしてね」
古の聖女陽子が残したスイーツのレシピ集『陽子Note』には、聖女陽子の大魔法が施されており、聖女に認められた人物のみがそれを読解してスイーツを作ることが許されている。このヨーコノートの有資格者は希少な存在であった。
「エリアンくんのお母さまは『大福』の継承者てことかな。エリアンくんもそうだて街で聞いたんだけど、ほんとう?」
「うん。おれもつくれるんだ。おかあさんがつくったほうがキレイだから、売りものはぜんぶおかあさんがつくってるんだけど。……けどさ『大福』にマンゴーをあわせたのは、おれの『くふう』なんだ!」
誇らしげに胸をはるエリアンをみて、ユーリンは首肯し、関羽は絶賛した。
「素晴らしき着想である。マンゴーはそれ単品で堪能しても美味であろうこと疑いないが、『大福』という仕上がりを得てひときわ輝く味わいとなっておる。……フユッソ村のロセ殿もカッサータにカシューナッツを合わせる独自の工夫を凝らしておられた。伝承者の工夫の余地があることがスイーツの奥深さを支えている。ううむ。儂も独自の工夫を考案してみたいものよなぁ。陣形だの兵装だのの工夫よりもよほど意義深いわい」
「マンゴー大福のほうが、たかいねだんで売れるからね。ウルリカにはすごくたすけてもらってる。……おれ、なにもウルリカに返せてないんだ」
悔しそうにエリアンがうつむくのを、関羽は頬をかきながら見守った。ウルリカの一方的な献身を受けるエリアンは男子としてそれを恥じている様子であるが、
ハーピィ族の習性について知った関羽からすれば、献身しているウルリカの側がより多くの幸福を実感していると推測できる。エリアンはヒューマン族としてはまだ年少といってよい年頃であるが、ハーピィ族の生態を鑑みれば、真剣な情愛の対象となりえる。この非対称性が悲劇の苗床とならぬことを、関羽としては切に願うしかなかった。
「……ときにエリアンよ。ひとつ相談がある。不都合あれば断ってよい」
関羽は話題を転じ、エリアンが抱える籠の中のマンゴーを指した。
「そのマンゴー、果実としてそのまま食してみたいのであるが、ひとつ譲ってはもらえぬだろうか。無論、相応の対価は支払おう」
「……コレはダメ」
エリアンは迷いつつ、静かに首を横に振った。関羽はそれで満足した。道楽の実現を試みた――その時点で関羽の目的は半ば達成しているのである。執着による秩序の乱れは、関羽としても望むところではなかった。
「やはり商いに障るか。希少な果実故やむを得ぬな」
「ううん、俺の『きょうじ』! マンゴーはとってからしばらくたったころが、いちばんおいしいんだ。だからとったばかりのコレはだせない」
エリアンは籠を大切そうに抱きしめながら、なるべくなるたけ誇らしげに宣言した。
「オジサンたち、いまからおれんちにきてよ。食べごろのが1つのこってる。それを開くね」
関羽は驚喜し、晴天のもと、足取り軽やかにアーウィンの街に向かう。
その脇を軽装の早馬が追い抜いて駆けていくのを、ユーリンは空色の瞳でみつめた。




