(10) 赤竜偃月刀
ヴェスプは憤懣をこらえながらも、指示を出した。
傍らで震えている手下たちに呼びかける。
「おい、弓だ。オマエら死ぬぞ。急げ」
我に返った手下たちが、大慌てで武装を探しに走り去る。ヴェスプと魔術師ガスパロの2人のみが残る格好となったが、このまま身を竦ませたまま硬直させているよりはマシであるとヴェスプは判断したのである。
若い男は、魔術師ガスパロの使役する水の精霊を前に、足を止めていた。何やら考え込んでいる様子である。
「うーむ」
「どうしたのかね? 勇ましさが立ち消えているぞ。闘いを止めるというなら、受諾しよう。私の関心は専らこの刃物にある。お前の知っていることを話してもらおう。命をとる気はない」
魔術師ガスパロが足元の暗緑色のナイフを指さしながら、勝ち誇ったように言った。
対する若い男は、そんなガスパロには興味を示さず、専ら目前の水の精霊に関心を向けている。しばらく水の精霊を観察し、言った。
「……そう、命の話だ。……これは……この水は、生きておるのか?」
「高等魔術を見るのは初めてかね? 精霊は生命としては計上されない……いや、できない。精霊体は、あくまでマナを核とした自然現象の操縦だ。生命の創造など、神々以外には不可能である」
「詰まるところ、生きてはいないのであるな? 流水が妖術にて容を成した格好か……であれば、遠慮はいらぬな。命を殺めるは食のためのみと己に課しておる故」
若い男は腰に下げていた剣を目にも留まらぬ速さで抜き放ち、その勢いのまま水の精霊を両断した。
粘性の液体が2つに分裂する。分かたれた液体は2つの流体となって床に降り、再びたくましく隆起し、若い男の行く手を遮る。
若い男が、唸り声をあげる。
「斯様に鈍重では戦いには不向きと思うたが、存外に工夫が利くものだな。誠にこの世界の戦は不可思議が多い」
「形状を保つ水ほど恐ろしいものはない。殴打も捕縛も思いのままだ。水を斬り刻む行為の不毛に気づいたのなら、もう休みたまえ。私はお前と友好的な会話を望んでいるのだ」
若い男は口の端をあげ、ガスパロの勧告を一笑に付した。手に持つ剣を、腰の鞘にゆったりと収納する。
「解釈の相違であるな。水は流形……定まった容を持たぬがゆえに強いのだ。これでは水の利点を損なうばかりよ」
そう言うやいなや、カッと目を見開き、若い男は両手を伸ばした。そして、左右それぞれの手で分裂した水の精霊をつかみ、己の腰を旋回させる。
「……なっ!?」
ガスパロの驚愕が声となって漏れるよりも早く、若い男は腕を大きく振り抜いて、つかみあげた水の精霊を放り投げた。広間の入り口をくぐって、2つの粘性の水塊が、姿を消す。ややあって、液体の飛び散る音が遠くに聴こえた。
「手掴み能う水なぞ、戦場の役には立たぬよ。儂、けっこう水攻めはイケてるほうなんじゃな」
「馬鹿な……」
魔術師ガスパロは呆然と立ちすくんだ。
顕現させた水の精霊の容積はおよそ200リットル。両断されたとしても、片手で持ち上げられる重量ではない。しかし事実として、水の精霊は彼方へ放り投げられ、急ぎ呼び戻すにも時間がかかる位置でその図体を散らしている。ガスパロは恐怖におののいた。
目前に迫りくる男の筋骨が、さらに隆起する。
「命はとらぬ。横着した分だけ、ちと痛い思いをしてもらう。歯を食い縛れい! ……舌を噛むと飯の味がわからなくなる……それは忍びない……」
その辛さに心底から同情するように、男は己の想像上の苦痛に顔を歪めた。
ガスパロは次なる精霊を呼び出そうと、慌てて体内のマナを練り上げる。しかし、如何なる種の精霊であればこの男に抗しえるのか―――逡巡が思考の靄となって、魔術の発動を妨げる。
その時、ヴェスプの手下たちが、弓矢を揃えて駆け戻ってきた。
「ヴェスプさん! 戻りました!」
「……よし。撃て」
狼狽するガスパロに冷ややかな目を向けながら、ヴェスプが指示する。
4人の男たちが矢を継がえて弓を引き絞った。狙いはガスパロに迫る若い男である。しかし、矢は放たれない。
ヴェスプが再度、手下に攻撃を促す。
「……おい、早く撃て」
「しかしガスパロさんが近くに……」
「かまわん、死なんだろ……それに、死んでもかまわん」
ヴェスプが覚悟を決めた冷徹な判断を下す。魔術師ガスパロを失えば、山賊王から下された霜妖魔家畜化計画の続行は頓挫する。しかしそれでもヴェスプは迫りくる脅威の排除を選んだ。真冬の夜のように足元を冷やす死の予感が、そうさせたのである。
魔術師ガスパロがヴェスプを睨んだ。
「……貴様」
「ケツくらいは自分で拭け……撃て!」
ガスパロは咄嗟に『大地魔法:石の皮膚』を発動し、ミジメな様相で床にうずくまった。
矢が放たれる。狙いは若い男である。同時にヴェスプが矢を追うように剣を構えて突進する。
しかし若い男は顔色ひとつ変えることなく、腰に下げた剣を鞘走らせて、飛来する矢を叩き落とした。そして、続くヴェスプの体当たりのような剣撃を容易く弾き、空いたヴェスプの腹を足の裏で蹴り上げる。よろけるヴェスプは膝を崩して背中から床に落ちた。
「羽毛のごとき矢……斯様な惰弱な攻撃が、儂に通用すると思うてか? 弱兵で儂を相手するならば、せめて千の数を揃えよ。幾ばくかの時間稼ぎにはなろうて」
それを大言壮語と思わせぬだけの風格が、確かにあった。
地に腰をついたまま、ヴェスプが呻くように漏らす。
「……バケモンが」
「射手を間近に見据え、目の流れも指の握りも見える矢なぞが当たるはずなかろう? ……老黄将軍なぞは儂から顔を背けたまま矢を継がえる間も見せず神速の矢で儂の髷を撃ち抜きおったからな。アレに比べれば、全く『へーきへーき』なのである。……まったくアレには肝を冷やしたわい」
男はそう言って、怯えたように頭を撫でた。
そして、ジロリと一同を睥睨する。
「儂もおぬしらも畢竟、大差ない。無益で愚かなる暴の道を歩む者。非力な民にとっての仇であり、社会の汚点である。……しかし、儂からすれば、おぬしらは越えてはならぬ溝の向こうにおる。隔てるのはその立ち位置のみよ。……筋の通らぬ暴を成す者を賊と呼び、あたら力無益に用いる事を徒と呼ぶ。故に儂はおぬしらを賊徒と見做し、故におぬしらに対しても筋を通そう……如何な相手にも筋を通すが儂の『すたいる』である故にな! ……名乗らせて頂こう」
男は高らかに、述べる。
「姓は関、名は羽、字は雲長。聖女陽子殿を信奉し、スイーツ食べ放題の世の創造を志す道楽者である。―――非暴力主義はいま一時廃止といたす。臨機応変は戦場の常である故に……故に……!」
その堂々たる名乗りを妨げる者は、その場には1人もいなかった。たとえその男が、己の振るう暴力に対して、不満げな顔をしていたとしても。
関羽は拘束された霜妖魔キタンに駆け寄り、手足を縛る縄を切った。小さな身体を、大切そうに抱え上げる。それを阻止しようと試みる者は、無論、ない。賊徒の頭領も手下も、超常の術理を操る魔術師もさえも、ただ力なくそれを見届けるばかりである。
関羽はキタンの息遣いを腕のうちに感じとり、安堵に肩をなでおろす。
「御身が無事でよかった。氷洞前にお姿がありませなんだ故に、よもや、と胸を暗くしましたが、まさか捕らわれておいでとは……」
「……キ……カキ……」
霜妖魔キタンは手足の自由を得たが、まだそれを動かせない。指先を痙攣させるようにするのが精一杯であった。関羽の胸に痛ましさがこみ上げる。
「早々に立ち去りましょうぞ。長居は無用です」
「……キ……カカキ……カクゴ……カカキ……」
キタンの舌はもつれ、言葉の音をなさない。しかし、その眼光には何かの意思が明確に宿っていた。何かを懸命に訴えようとしていると、関羽は感じた。
「む? ……されど御身の回復が優先です」
「……カ……か……キ……」
「……しばしのご猶予を。これしきの徒党ごときといえど、この世界の怪しげな妖術には油断はなりませぬ。まずは御身を安全な地までお連れせねば」
関羽は早々に石造りの建物を後にする。振り返って、その全容を眺めた。
山奥に似合わぬ宗教めいた荘厳な造りであるが、あえて不自由な地を活動の拠点として選択する敬虔な篤信家の習性については、関羽の前世の知識にもあった。不自由であるが故に己が道を歩む雑音を遠くにできるのであろう。そんな得心が、今生の関羽にはあった。
「さて。ここから如何にすべきか。ユーリンめを探さねばならぬが……」
ユーリンが山中に散らし遺した髪のマナを辿ってここまで辿り着いた関羽であるが、その当人たるユーリンの姿が見えない。途中で尋問した山賊連中によると、何やらの経緯の末に脱走を遂げたとのことであるが、行方は杳として知れないらしい。
「こちらから探し当てるは難儀よのぉ」
といいつつも、関羽は確信していた。ユーリンとの合流を焦る必要はない、と。
山賊たちはユーリンが森に逃げ込んだと思い込んで四方を捜索しているが、ユーリンをよく知る関羽は、それは無いと即座に見抜いた。
ユーリンは力には劣るが、その反面、観察眼や気配の察知、地勢を活用した応変の判断力には非常に長けている。ユーリンが本気で闇に潜んだ場合、関羽といえどもその検知は困難である。
己を熟知するユーリンが、暗夜における己の強みを活かさぬはずがない。山野の獣と争う危険を冒すことなく、間違いなくこの敷地内に潜伏している。
となると、関羽の起こした騒擾についても気づいたはずだ。それにも拘わらず、姿をいまだ見せない。それが意味するのは———
(ユーリンめ、何か企てておるな。ま、待っておればよかろう)
関羽が結論を出し、足を止める。
すると、関羽の腕のうちの霜妖魔キタンが、小柄な体躯から細く伸びる手足をばたつかせた。地に降り立つ意思である。関羽はゆっくりとキタンを地に下ろし、様子を見る。キタンは、長期間の暴力的な拘束で疲弊した脚で、ヨタヨタと歩く。たったいま脱出を遂げたばかりの、石造りの宗教施設に向けて、弱々しく進んだ。
「……キタン殿?」
「……カグゴ……コゴシタ……カタキ……」
キタンが懸命つないだ言葉の音を拾い上げ、関羽はその訴えるところを理解した。
「ほう。あの頭目の男めが『カルロ氏を手にかけた』つまり『仇』ということ……ですな」
「キケッ!」
「そういう事情でしたか」
関羽は考え込んだ。
(前世の儂であれば、ロセ殿の無念を晴らすために、即座に彼奴を斬りに行ったであろうが……)
関羽は、食以外の理由でこの世界から生命を奪うことを、極力避けている。
この世界を創るのは、あくまでこの世界を今、生きる人間たちであるべきだとして、その関わり方に一線を引く誓いを立てていた。民を害する悪賊相手といえども、あたらその命を奪わぬのは、それが理由である。運命と戦い、道を開き、正邪善悪の決着をつけ、その是非を世に問うことが許されているのは、この世界の住民のみ―――関羽はそう信じているのである。
(友を助けるまでは儂の都合、儂の価値観、つまりワガママ、『道楽』よ。しかし、賊や仇を討つは、儂には許されぬ。前世を全うした死人である儂には、な)
死人が、生きる人々の未来を変えてはならない。
死人とは、役目を終えたが故に死んだのである。
死人の意思が、まだ役目を持っている人々の意思を永久にくじいては、断じてならない。
たかが死人風情が自ら主体的に、今を生きる人々を変えることは、決して許されない。
それは時代の歩みに逆らう冒涜的な行為である。
生きる人々が死人を使うのは、よい。
死人から学び、死人を糧とし、死人を踏み台として積み上げ高みを目指すのが、人の営みであり、すなわち歴史である。
関羽は、使われる場合においてのみ、自らを許すことにしている。
死後この世界に転生した関羽の今生は、畢竟、ただの道楽である。
しかし、生者の糧となるのも、死人の役割である。生者の剣や鉈となって振るわれるのも、役目である。
関羽はユーリンの意思を選んだ。自らの意思によって 。これは、ただひとつの関羽の意思であり、死人たる関羽のいわば横着であった。
――――この大器を地に埋もれさせてはならない
関羽に今生を続ける理由を与えたユーリンを、死人である己の所有者と認め、そのユーリンの意思によってのみ、己がこの世界に関わることを許していた。
そのユーリンは、いま、この場にはいない。
それ故に、いま、この場の関羽は、ただの生きた死人であった。
死人が意思を持つことは永久に無く、この世界の歴史を変えてはならないのである。
「わかり申した」
関羽は、深く息を吸って、キタンの意思を受け止める。
「儂にできるのは、御身と彼奴の一騎打ちの場をつくること―――そこは儂の名にかけて約定いたす。……そして、御身が如何なる状況になろうとも、儂は手出しをいたしませぬ。……たとえ如何なる決着を迎えようともです」
「キケッ!」
もとより当然、という面持ちでキタンは応じた。
関羽とカルロの間には、カルロ氏の細君である老婆ロセに料理を師事する立場であるという緩やかな縁がある。しかし、霜妖魔キタンは、カルロの友である。キタンとしても、断じてこの一線を譲る気はなかった。
「無用のことでしたな。失礼を申しました、謝罪いたす。……彼奴に用向きを告げて引きずり出しましょうぞ」
そこへ、喧騒の波が、押し寄せてきた。
夜の黒を賑やかすように、松明があちこちで揺れている。
ユーリンの捜索のために四方に散っていた山賊たちが戻ってきたのである。
関羽は顔を暗くして、己の装備を検める。腰には佩剣。肩から皮紐で下げた氷箱。山歩きの小道具——それだけである。剣の柄を握りながら、思案する。
「ぬう。面倒な。蹴散らすは容易いが……大人しく殺されずに横たわってくれるやら……。ハンパな武装ではかえって加減が難しく……」
「やほー、ウンチョー、コッチ、コッチ」
関羽の独白じみた語りを、頭上からの声が遮った。月光が鈍重な闇夜を貫くように、鋭く遠くまで響く天凛の声音であった。
関羽か納得づくで顔を上げると、そこには影があった。石造りの宗教施設の屋根の上。満月の威容を陰らせる位置取りで、されど月明かりをわずかたりとも陰らせぬように、皓々たる鮮やかな銀髪が煌めいている。
「ユーリン。何故、あえて屋根に登った?」
「月が綺麗ですね、だからさ!」
ユーリンはご機嫌そのものといった調子で、エロヒム守護の教会跡地の屋根の上から、眼下の関羽に呼びかける。
「心配かけた? でもへーきへーき。キミ、ピンチの援軍には間に合っちゃうタイプの遅刻魔だろ? 信じてたよ。ボクはキミだけは永久に信じると決めてるんだ。……そんじゃ、着地、よろしく」
ユーリンは屋根から飛び降りた。無防備に手足を丸めて、背中から地面に落ちる姿勢である。宙空を舞うユーリンを、関羽は両手で受け止める。関羽の伸ばした腕の輪の中に、ユーリンは背中からすっぽりと収まった。予告落下型の強制的お姫様抱っこサレである。ユーリンの癖のひとつであった。
「んー……役得もーらいっ! ……不快なカスに絡まれてさんざだったけど、お釣りがきた気分だ」
「ユーリン、健勝であるな」
「とーぜん。コイツらはへーきへーき、ただのノイズさ。……霜妖魔の国では、何度か死にそうになったけどさ」
山賊王はともかく、ね―――とユーリンは内心で但し書きをつけた。
関羽は、腕の中にユーリンから確かな温もりのあることを認めると、安堵したように胸を撫で下ろした。
「初めは少し狼狽したが、撒かれた髪の気配を辿って迷わず辿り着けたわい。そして、よくぞ帰った。して、目的は遂げたか?」
関羽の腕から未練がましく降りながら、ユーリンは誇らしさを隠そうともせず、胸を張った。
「じょーでき。霜妖魔の女王陛下とお会いできた。……やっぱすごいね、一国の王て……刺激がビンビンで漏れそうだったよ。行ってよかったよ」
「ふむ。佳き旅路であったようだな。見ぬ間に男子として柄をひとつ挙げておるわい」
「ふふん! ……女王の貫禄だけでアレが凍えてモゲそうだったよ。無事を確かめるかい?」
「そういう下らぬ話は後にせよ。……ユーリンよ、また頼みたい」
「よっしゃ! これで『合意アリ』だね、下の話は後でしよう。まずは前の連中からだね。……でもコイツらなんかを相手に出すの? ウンチョーの柄が下がんないかな」
「キタン殿の道を拓く。カルロ氏の敵討ちである。儂からの手向けよ。豪壮に彩ってやりたい。……許されるだろうか?」
「!? ……やっぱ、そういうことか。なーる。わかった」(ヴェスプがカルロさん殺しの直接の下手人で、セルヒオは駆けつけてチビってただけ、か。そんでビビリ散らして罪悪感からボクたちを氷洞から遠ざけようとした、と。……よし、セルヒオは終身刑で勘弁してやろう。役務は考えておいてやったぞ、マジで死ぬなよ?)
ユーリンは背筋を伸ばして姿勢を整える。豊かな銀髪を見せつけるように。
手指を櫛にして、髪の流れを整える。少しでもそれが美しく見えるように。
そしてユーリンは、関羽に背を向ける。その口元の微笑が、関羽からは見えないように。
「いいよ。……ほら。挿れて、出しなよ。受け止めてあげる。……あ、注文つけるね。……今夜だけ、ちょっと乱暴めにしてほしい」
「妙な注文であるな」
「んーとね、不快な記憶を上書きしたい。貞操的な意味で」
「……事情はわからぬが、主旨はわかった。……では―――!」
関羽の両腕が伸びる、左右の手がユーリンの銀髪に沈んだ。たちまち眩い光が満ち、地上にあって夜空を照らす月光のような広がりを見せる。関羽の腕が光に埋もれた。
「……んっ……おっきぃ……」
異空間の扉となった毛髪に挿入された関羽の腕からその指先の動きを感じとり、ユーリンが微かに吐息を漏らす。
三国志にまつわる民間伝承に曰く、
―――関雲長は己の剛力に耐えられる名剣を求めて各地を探したものの、人の手に拠る鍛えではそれが叶わないことをついぞ悟った。そして自ら神仙泰山に寄って神仏に祈りを捧げた後、その岩肌を削りとり、これを二振りの剣の形に整え、以てそれを己の武具として携えた。その双剣は如何なる激しい戦いに於ても決して瑕を負うことなく、長兄劉玄徳はその双剣の美しく頑健であることを讃え、この銘として『万人敵』という号を贈った―――と。
神霊としてこの創造界に呼び出された関雲長は、この逸話に基づく権能を『次元魔法』として獲得していた。あたかも泰山の岩肌から削りとって己の武具としたように、己の所有する武具を次元を越えて手にできるのである。
ユーリンの豊かな銀髪が波打つ。内から発される光の圧力に膨らみ、風に薫る。その隙間から、太陽の灼熱を固めたような朱い柄が伸びた。関羽の左右の手がしかとそれを握りしめ、乱れるユーリンの銀髪をかき分けるように引き寄せる。柄は伸び、関羽の背丈よりも長くなったころ、黄金色の刀身が姿を現した。幅広の偃月形の鍛えである。
当代の名工ビーリ・バウルが鎚を振い、地上に残存する生ける神造兵器赤炎竜アケロンの息吹で鍛えあげた、この世界でただひとつの関羽のための武具―――赤竜偃月刀。
その輝かしい実体が、夜の闇を払うようにその姿を現した。関羽は勢いよく——少しいつもより荒々しい手つきで、それを光の中から抜き取る。ユーリンの銀髪が夏の夜空を飾る星屑のように散った。
関羽が赤竜偃月刀を軽々と構え、その握りを確かめる。
「ふむ。やはり手に馴染む」
「あたたた、やっぱ絡まるなぁ。……髪、洗っておけばよかった……」
髪の乱れを整えながら、ユーリンがぼやく。そして、わざとらしく不平顔で文句を言った。
「なんていうか、別にボクの髪でなくてもいいんでしょ? 他に何か手頃な媒介、ないの?」
「すまぬ、他では無理だ。やはり儂にとって神仙泰山の岩肌に比肩するほどに美しきものとなると、そなたの髪をおいて他には無いようだ」
「うふふふふん! ……だったら仕方ないね! そりゃあ仕方ないさ!」
幾度も2人の間で交わされたやりとりである。ユーリンはウキウキを隠して必ず嫌そうな態度をとりつつ、飽きもせず必ずこのセリフを関羽に言わせていた。
「さて。そんじゃ、ウンチョー。キタンさんに邪魔が入らないように、必要な分だけやっちゃってよ。極力、殺さないようにね。……キミが手にかけたとあっては、逆に連中の『誉れ』になる。それにこんなトコでムダな生怨背負うことない。……こんな連中に漂われて夜のまぐわいを覗き見されるなんて、ボクはゴメンだね」
「主の許しは得た。……加減はするが配慮はせぬ。望みはせぬが躊躇いもせぬ。各々方におかれては、己の天命を占うがよい。……舌を噛まぬことだ」
眼前に群れをなす数十の賊徒を見据え、関羽は不敵に笑った。