ただのお友達から、始めよう
犬のクソみたく道に転がり落ちていたキミと出会って、ボクの人生はこれでもだいぶマシになったんだ。本当に感謝してる。
「じゃ。ボク、今から死ぬね」
だから今さら迷わない。ボクはボクの握る剣を、ボクの胸にあてがった。ボクは、今から死ぬ。
ボクの全てを捧げた復讐は終わった。怨敵の死骸が足元にある。これ以上を望むことはない。
わかってる。これは全てキミの助力の賜物だ。ボク独りの力じゃ、到底この結末まで辿り着けなかった。絢爛たるこの成果はボクの力じゃない。だけどたしかにボクは怨敵を殺したんだ。だから満足して、死ぬ。もう生きる意味はない。
「シュイカウ塩湖、覚えてるよね。キミとの1度きりの2人旅。……もしもボクが違うほうに産まれてたら、もっと深いカンケイになれたかもね」
思い出があるだけで、こんな人生でも悪くなかったとすら思えてくる。
死ぬ。キミへの感謝を貫くように、ボクはボクがボクの胸に突き立てた剣を、ボクの胸に押しこんだ。
瞬間、指がしびれて、腕がわななく。
ボクの背丈よりも高い長柄の、ボクの腕よりも分厚い刃の、巨大な長刀――赤竜偃月刀が一閃し、ボクの握る剣を彼方に弾き飛ばした……らしい。目にもとまらぬ早業。……その大きな偃月刀をキミがいつ振るったのかさえ、ボクにはわからない。歴然たる力の差。これまでも、いまだって、何度も繰り返し痛感させられる。ボクには力がない。キミがボクを止めるのを、ボクは止めることができない。
「……強引にサレるのはキライじゃないけどさ、今はちょっと気分が違うかな。とめないでよ」
「死ぬな。ユーリンよ。まだ生きるのだ。積怨を晴らす――そこまでは良い。男子の道だ、あえて否定せぬ。されどその成就がそなたに死を選ばせる道理は無い」
キミの声には、いつだって確信がある。それがボクを、いつだって、惑わせる。……今だって、そう。
だけとボクには、『今、死なない理由』がないんだ。
やり遂げた。喪い尽くした。
ボクは足元の男の死骸を確認する。端麗な顔を苦悶に歪めて硬直し、胸からとめどなく鮮血を垂らしている。蹴りつけて、踏みにじる。動かない。確かに死んでいる。……おしい。コイツが苦痛にのたうち回る悲鳴を聞きたい。けれどそれは叶わない。だってボクが殺したから。
ボクはまるで大切なものとの別れを惜しむかのように、ボクの靴の裏に接吻する男をまじまじと見た。天与の魔術の才を、邪悪な理に捧げた罪人――ボクはコイツに奪われた。愛する人の墓穴をボクはボクの手で掘り返した。抱き上げた彼女の腐臭と、穴からこぼれ落ちる魔獣の胤たちの産声を、ボクが忘れることは永遠にない。
ボクの中にはいつだって、その夜の断末魔が鳴り響いていた。
こみ上げる怒りがボクを今日まで生かしてきた。
それがようやく聴こえなくなったんだ。曖昧な満足感に眠る赤子のように穏やかな気持ちだよ。
もはや心地よいとさえ思える悪夢の調べを奏でる憎悪が、どうしてだか他人事のようにすら感じられるんだ。まるでボク自身がどこかへ消失してしまったかのようだ。ひょっとしたら、実はボクはとうの昔に死んでいて、呪い恨んで憎み焦がれた狂気だけがこの世に漂っていたのかもしれない。
そこにあることを確かめるために、ボクは自分の身体を見た。よく言っても貧相でしかない細い骨、瘦せこけた野良犬よりも控えめな肉付き、白い指の先は血に染まっている。生きているのかさえ曖昧な幽鬼のような惨状でも、たしかにボクはまだここにいるらしい。けれどこんな様に望んで至ったボクが、ここで死なない理由なんてないじゃないか。
「ボクは、もう、要らないんだ。……ボクはボクが要らない。それでもボクはボクのものだ。だからボクが決める」
「なれど従者たる儂が主の誤りを正すは当然であろう」
……訂正。キミとバカやってるときだけは、この荒れ狂う胸の内もずいぶんと静かだった気がする。キミが食い意地張ってムチャしてるのを見るが、ボクは好きだったんだ。
帰り道を失った迷子のキミにつけこんだ、偉そうで生意気な仮初の主としてね。
「そうだったね。ボクの都合でキミを巻き込んだんだった……今まで『仮初の従者』役、本当にありがとう。行きずりの交尾よりもふしだらな出会いの夜に即契りの主従関係は、この瞬間をもって、解消! ……これでボクたちは他人同士だ」
ボクはボクの言葉に痛めつけれた。それでもあえてキミにこう言ったのは、キミがボクの提案を拒絶してくれるかもしれないと期待したからだと思う。
だからボクはキミが迷いなくうなずいたのを見て、冷たい剣がつきささったように感じた。火あぶりにされたい。
「ふむ。儂の役目は終わりか。……それに異存はない」
「……だよね。さようなら」
身勝手な喪失感。愚昧な女が自傷の予告を交渉のテーブルに乗せるような、破廉恥な自己保身。自分への嫌悪感が硬度を増して肩を重くする。潔く死ぬにはちょうどよい仕上がりかもしれない。
いよいよボクには何もなくなった。
何も残さず、何も遺せない。それがきっとボクの性質なんだろうね。
だからさみしくない。このさみしさもきっと幻だから。足元の怨敵の死骸だけが確かな現実だ。ボクにはそれで十分すぎる。やり遂げた実感がこみ上げる充実感の光となって、胸の中でとめどなく広がりゆく虚無の闇を渦潮のようにかき混ぜている。
「……然る故に他者として尋ねるが、そなたはようやく悲願を遂げたところであろう。何故自らの死を選ぶ?」
「そうだよ! 終わったんだ! ボクの人生は、もう、これで終わったんだ! ……終わりにしたいんだ」
「苦しみを受け止めかねて取り乱すのはよい、そなたはまだ未熟である。されど自棄はならぬ。そなたの死だけは儂が許さぬ」
どうしてボクなんかを、キミは惜しむんだい? 何でもできる力がキミにはあるくせに、キミはいつだってボクが貴重なもののように言葉を選ぶ。
「うるさいっ! 他人がゴチャゴチャ言うな!」
ボクは幼稚な叫び声をあげて、足元の死骸の胸に突き立てられている短刀を抜き取った。不吉な暗緑色の刀身が、憎らしい男の血で濡れている。不快だ、コイツの血がボクの身体に入るなんて……そうためらう気持ちをかなぐり捨てる。ボクのこれまでの生涯は、自分の死に方に注文をつけられるようなものじゃない。罪を積みあげて大勢巻き添えにして、ようやく仇を討ったんだ。きれいに死ねるなんて期待していない。
エーテルナイフに眠るマナを励起させた。周囲の光を吸い込んだように暗緑色の刀身が発光する。大地の女神の尖兵たるバジリスクのマナが呼び起こされ、滴るような毒牙の気配を帯びる。光の神の加護を授かった男でさえ今しがた殺しきった、神の兵器の残り香だ。ボクは握りしめたエーテルナイフをボクの腹部に向かって振り下ろす。
「ならぬ……それだけは、ならぬ」
ぴくりともボクの腕は動かない。エーテルナイフを握るボクの細い手首を、世界樹の枝ようにたくましいキミの手がつかみ、ボクの身体ごと軽々と吊り上げた。猟師に捕らえられた野兎のような姿勢のボクにできることは、黙ってキミの黒い眼をにらみつけることだけだ。
「……どうしてさ……どうして、ボクを……」
キミはいつだって、ボクに強制だけはしなかった。
いつだってキミは、ボクの意思を尊重してくれた。
なのに、この期に及んで、ボクの決着だけは力ずくで拒むんだね。
「ユーリンよ。まだ何も成してはおらぬであろう。そなたの生涯は、これより始まるのである」
……キミに名前を呼ばれると、まるで、ボクとは違う別のボクがいるかのような気分になる。
ボクとは違う別のボクが、キミの言葉を聞こうとする。
ボクは、ボクの名前が嫌いだ。
ユーリン――要らない。こんな名前なんて、要らない。
深海の屍人を率いた巫女の名を継ぐ、こんな忌まわしい響きの名前なんて、ボクは要らない。
なのに、キミが呼びかけるそのヒトの名前は、けっこう好きなんだ。
キミが好きなものは、ボクも好きになれそうな気がする。
ユーリン――ひょっとしたら、この名前自体は悪くないのかもしれない。
だけどボクは自分が嫌いだ。それだけは間違いない。
だけど、どうしてかな。キミが呼ぶその名前が、ボクのことだと想えると、ほんの少しだけ嬉しいんだ。
きっとキミがボクを見ていると、ボクにも実感できるからかな。
「始まらない。終着だよ。ココから始まる人生なんて、あってたまるか」
「……終着ではない」
キミの重々しい声は、いつもボクを安心させる。キミの話を聴く気にさせられるんだ。
ボクは地に足をつけることを許された。ボクの手には、いまだエーテルナイフが残されている。ボクは泣きたくなった。どうしてキミはボクなんかを信じてくれるんだろう。裏切りと騙し討ちを繰り返し、結局、ボクの仇よりも多くの人を不幸にしてしまった、ボクなんかを。
「決着をつけたのだ。……そなたのこれまでの全てを賭したこの男との大戦、そなたの勝ちだ。見事であった」
率直な賞賛。キミに褒められるとすごく誇らしい気持ちになってしまう。キミは男を奮い立たせるのがうまい。際限なく男に好かれる性質だよ。もっともキミは女にこそ好かれたいんだろうけどね、そっちの才能はからっきしだよ、諦めな。
「キミ、ボクのこと恨んでるでしょ。エレーヌさん殺したの、ボクだよ」
「悼みもしよう。悲しみは薄れぬ。嘆きはとめどない。されど恨まぬ。儂が悼み悲しみ嘆くのは、それを選んだそなたに対してだ」
「ボク、楽しみにしてたんだ。キミとエレーヌさんの将来……もしも子供が産まれたなら、ボクでも、その子を愛せたかなぁて。やたらちょっかい出してつきまとうオジサン役とか憧れる。ボクが全部台無しにしたんだけどさ」
キミが想いを寄せていたエレーヌさんを殺したのも、ボクだ。ボクの都合だけで殺した。怨敵が成した功績を微塵も残さず地上から葬りさる復讐の完遂のためにほ、どうしても取り除かなければならない楔だった。
エレーヌさんのことは、ボクも好きだった。キミの次くらいに。
それでもボクは殺した。ボクの復讐のためには、エレーヌさんも殺しておかなければならなかった。
ただそれだけの理由……ボクだけの都合で。この一事だけでボクは地獄の住人だ。
だから本気で思っているんだ。
だけどキミは絶対にしない。だから祈るしかない。
最後にただひとつだけワガママが許されるのなら、忌々しい光の神にだって祈ってもいい――ボクはキミに殺されたい。
「儂とエレーヌ殿は、どうあってもそうならぬ。もとより儂にその資格はない」
叶わない願いを妄想するボクに、キミがやたらあっけらかんとした口調で言うから、ボクの方が心配になった。
「そう? 歳の差とか気にするヒトじゃなかったでしょ。若いツバメに涎垂らすヒトでもなかったし。キミが真正面からいけばたぶんいけたよ」
「そういう理由ではないのだ。……そなたに告げて置かねばならぬことがある。儂はどうやら……死人であるらしい。そなたと出会ったあの日以来、疑念をその抱いておったが、ここにあってようやく確信に至った」
キミが唐突なのには慣れているけど、最後になって特大のが来た。
ボクはきっと、いつも通りのあきれた声を出せたと思う。
「ウンチョー……キミ、何を言い出すかと思えば」
どうみても生者じゃないか。
「うん、何度も嗅いだ体臭だ。キミが屍人なら、この男くさい匂いはなんだい? ……ボク、屍人には少しばかり縁があってね。間違えるはずがない。魔術で操縦された死体なはずがない。だいいち屍霊術は下位存在を利用可能な資源として変換するものだよ。キミを操れるほどの術者が地上に現存するとは思えない。なにより、キミのぬくもりはボクも知ってる」
「ふーむ。この世界の妖術の絡繰りのことはわからぬが、そうとしか言いようがないのだ。儂は死ぬ前、たしかに別の生涯があった。それが如何なる因果によるものなのか、今こうして生きてそなたと話しておる。それが事実なのだ」
わけのわからないことを言うキミを、ボクはきっと、わけのわからないことを聞く顔で眺めたことだろう。
「遠い異国……おそらくこの世界には無い国で、儂は将として大戦に挑み、敗れ、捕らえられて処刑された。荊州軍事総司令都督……それが儂の最後の肩書であった。姓は関、名は羽。字は雲長。末期において全てを喪失した、夢に敗れた愚かな男の名である」
「……キミの妄言が妄言でないという大胆な仮説を立てるとしてね。都督て総大将でしょ? 負けて死んだら愚かてことにはならなくない? 戦えばどっちかは負けるんだし。そもそもさ……キミなんでココにいるの?」
「わからぬ。神仏の加護か悪意か、あるいは戯れか。しかし儂はいま確かに若き日の身体を得て、こうしてそなたと会話しておる」
「若き日の身体を得て、て……え? じゃあ、ウンチョー、もしかして、けっこう歳いってるの? ジジくさい気は最初からしてたけどさ」
「前の生においては、齢60を数えた」
「うーん……のわりにはさ、幼くない? 精神的には夢精したての頃合いじゃない? ……あ。でも、良い。ムキムキの若者のくせに中身はジジイで、さらにそのジジイの中身はガキんちょて……すごく、良い。いいよ、それ。ボクにはご褒美。それでいこう。おもしろそうじゃん。……ていうかもっと早く言ってよ」
「すまぬ。そも生前の儂と今の儂は、別の世に立つ異なる存在であると解するより他ない。なれば儂はどうあっても故国には帰れぬのだろう。儂の帰路を探すそなたの重荷になると思うて、儂の胸に留めておいた」
「気遣いヘタクソか!? ボク、さんざキミの故郷の漢てトコを探してたのに」
「……儂の中で区切りがつかなんだ。儂はいま如何なる立場で此処におるのか、それをどう受け止めればよいのか、わからぬままである」
「たぶんキミ、ジャンル的には神霊だと思うよ。ウンチョーの前の世界のことは知らないけどさ、ココの世界じゃ僅かに伝承がある。神々が創造界にちょっかいかけるときにやらかす手口だ。ウンチョーの世界にも神がいるなら、ソイツの仕業かな。なんでココの世界に送り込んだのかは知らないけど」
「仔細を儂が知る術はないのだろう。だが儂の中では区切りがついた。儂は、儂だ。事情も因果もわからぬが、今こうして、ここにいる。生きておるのかもわからぬ身だが、せいぜい謳歌させてもらうとしよう。甘味道楽を堪能するのだ。……生前は忍耐と戦場に明け暮れるばかりだったからな、そのくらいは許されようて」
「ま。精神的な進歩と思っておきましょう。酒と鍛錬と軍略浸りの虚無の日々からは卒業じゃん? とりあえずは『おめでとう』さ」
「ふむ。……して、そなたはこれから、如何に?」
「……さーてね。とりあえず死ぬのもバカバカしくなっちゃったし……延期してもいいかな。コイツ、外面よくてシンパ多いから、いずれ誰かがボクを殺しに訪ねて来るだろ…勇んではるばる訪ねさせて手ぶらで帰らせるのも気の毒だ。この命、欲しいヤツのために残しておいてやる。……けど別にやりたいことなんて、もう、無いし……そこらの街で有り金ダブつかせたご婦人を何匹かみつけて、ヒモでもやってくらそうかな」
投げやりな浅ましい人生設計を述べながら、いつの間にか怨敵の存在をすっかり過去のものにさせれたことにボクは驚いた。
そして、何やら妙にキミの顔が輝き始めたのを見て、ボクはイヤな予感を抱く。
「なれば、儂の夢に付き合え。そして、それをそなたの『仮初の大望』とせよ」
「大仰なプロポーズだね。……返事はキミの返事しだいだ。……夢て? 」
「甘味食べ放題の世だ」
……なんて?
「世を満たすべきものがあるとすれば、それは甘味だ。さすればこの殺伐とした世界も幾分マシになり得よう。斬った張ったの戦いはうんざりである。……古の聖女陽子殿も、おそらくそれを企図しておられたに相違ない。その夢を、儂が継ぐ」
聖女ヨーコ。遥か過去、神代の世において伝説を成した女性。異界の大賢者、聖帝祝福者、豊穣の神の寵人……そしてスイーツ文化の創始者として人々に今なお親しまれ、神々を差し置いて崇拝の対象にもなっている謎の人物。
聖女ヨーコの名はボクには棘だ。どうやら聖女ヨーコの方がボクを嫌っているらしいからね。ボクも嫌い返すだけだ。
だけどキミは本当にスイーツに心を奪われているんだね。
何度だってしたことだけど、何度だって飽きずにあらまってあきれるよ。
そして、つながってしまった。おそらく知っているのはボクだけの、歴史に埋もれた秘密。
聖女ヨーコもキミと同じだったんだ。きっとキミの世界から来たんだ。そして、この世界の不条理な構造に絶望した。だからスイーツを広めた。
本当に危なっかしい。キミ、わかってるのかい? 辟易している斬った張ったの戦いどころじゃない、とんでもない大喧嘩に加担することになるんだよ? それと知ったらキミはむしろ奮い立つのかな。キミだってこの世界の神は嫌いだろう?
古の聖女ヨーコは、創造界の所有権を影響力の多寡で競う神々の争いに人の身でありながら参戦したんだ。
自身の信奉者を増やすことで相対的に神々の影響力を減じて、神の権能を衰弱させ、被造物たる地上生命を神々から切り離そうとしたんだ。
途方もなく壮大で、無謀な大戦略。いつ終わるとも知れない長い戦い。神々からの独立闘争――それがまだ続いていることが、晴れやかな希望に満ちたキミの顔からよくわかる。
……ま、そのことはボクがわかっていれば、いいか。どうせ実現しっこないし。
「いずれそなた自身の『真の大望』と見える日がくる。それまでは儂の夢を借りて生きよ」
「ボク自身の大望ね。そんな立派なモノは付いてないんだけど」
「必ず、来る。定めだ。……そなた、いずれ王になれ」
……なんて?
「自らの国を樹立し、そなたの想い描く世を創れ。儂の道楽もそこに加えよ。甘味を司る府を建て、国民に調理技術の研鑽を励行するのだ。さすれば新たなる甘味も綺羅星のごとく世に産まれ出でよう!」
「……酒宴のジョークなら喝采を浴びせるよ」
「ふっふっふ。本気である。これが儂の今生の夢であると定まった。武人関雲長、ついにとうとう吹っ切れたのである。甘味で世を満たすにはまず供給……数を要する。食材も厨師も、だ。そして甘味に資を投ずるためには民生の著しい向上が前提となる。なれば国があったほうがいい。しかし儂は主には向いておらん、それは前世で痛感しておる。よって、そなた、立て。……至極明快な道理であろうが?」
「そういうのはさ、明快じゃなくて短絡ていうんだよ。そもそもボクにそんな力があるわけないじゃん」
「力が足りぬなれば、補えばよかろう。儂もそのひとつとして挙げよ。今よりそなたは力を集めよ。それを束ねる万乗の才がそなたにはある。いずれ魏公や長兄にも比肩するに至ると、儂は認めた」
「何度か聞いたね、キミの祖国のスゴイ人たちのコト。ボクにそんな才はないよ。自分の復讐ひとつ独りじゃできない非力な小僧さ」
「補えるものと、補えぬものがある。力は補う術がある。されどそなたの才は、天より授けられるより他に身に備える術がないものだ。だが今はまだそれを活かす時ではない。天の時も地の利も、人の輪も足りぬ。それら天地人をそなたが備えた時、如何なる結末をこの世界にもたらすか、儂にもわからぬ。だがその才を眠らせたままそなたの生を終えさせるのは、儂の夢に反するのだ。……よいか? 義務でも義理でもなく、夢だ。儂のな」
荒唐無稽な法螺にボクの膝が曲がりそうだ。着席して紅茶を飲みたい。……卓越した吟遊詩人は聴衆を酔わせて夢心地に連れていくもんだけど、ボクを襲うこのクラクラ感は絶対に種類が違う。眩暈だよ。
「……ボクが何人殺したと思ってるのさ。どれだけ恨みを背負ってるか、キミも隣で見てきただろう?」
「殺めた命の数のみを測れば、そなたは儂の足元にも及ばぬよ。儂は生涯を戦場で過ごしたのだ」
「結局、キミがスイーツ三昧したいだけなんじゃん? 自分でやりなよキミならできるって。前の戦役の傷痕はアチコチに残ってる……まともな国家も、まともな統治も、ぜんぜん足りないのが今のこの世界だよ。キミならテキトウに隙間みつけて居座れるだろ」
「儂はすでに生の終着を迎えている。今を生きるものたちの命運を死人たる儂の意思で変えることはできぬ。意志を持つべきはそなたであり、そなたの背負うたものには、そなた自身がひとつずつ解きほぐして決着に至らねばならぬ」
「あー、もう! それってつまりさ、『ホントはキミがやりたいことを、ボクがやりたいことにしろ』てことじゃん!」
「ふーむ。平易な言に置き換えれば、そういう解釈もできる、か」
「そうだよ。あきれるほどのワガママの極みだよ! 狂える道化の王だってもっと脈絡あるワガママ言うよ、きっと」
「あいわかった。言い方を変えよう……『儂、そなたのワガママにこれまで付き合ったじゃん? 次は儂の番だよ。そなたが儂のワガママにひーこらする時がきたのだ』……だ。此れなれば否とは言えまい?」
「っ!? ……ず……」
ずるい。それを言われると、さんざキミを利用してきたボクの立場はとても弱い。
何より……嬉しい。
求めてくれるの? 血にまみれて、悪意に汚れきったボクなんかを。
ボクの相づちが曖昧だったのは、きっと照れくさいのを隠そうとしたんだと思う。
「……それで。おじいちゃんとしては、ボクにまず何をさせるつもりなんだい?」
「らしく、生きよ。まずはそこからだ。その暁には、『仮初の主』を改め、『真の主君』としてそなたを認めてもよい。その日の訪れを迎えるのが、儂の夢だ」
「……っ、あはははは! ……よりにもよって『らしく、生きよ』か。ガマンし通しの人生送って死んでから青春探し始めたこじらせジジイのキミに言われるなんてね。……知ってるだろうけど、ボク、かなりひねくれてるよ! 覚悟はいいよね、満足するまで寝かさないよ……! キミかボクかが、萎えるまでは」
ボクの生涯を捧げた復讐は終わった。死ぬつもりだったけど、死ぬのはやめた。
ボクが積みあげた罪は、いずれボクを背中から襲うだろう。その日をどうやって迎え入れるか、いまから楽しみだ。
それまでの間――キミが望むなら、ボクは付き合うよ。企てにしては無謀にすぎる、計画にしては杜撰にすぎる――キミの大胆不敵な夢の成就に。
だからこれだけは最初に言っておかないと。
ずっとキミに、本当は言いたかったことなんだ。
最後になって、やっと、言える。
「とりあえずさ。まずは『ただのお友達』から、始めよう! ……よろしくね、ウンチョー」




