第6章「そして、歴史になる」
──それから、時は流れた。
村は少しずつ落ち着きを取り戻して、
うちは、みんなから「新しい卑弥呼」と呼ばれるようになった。
最初は、なんかこそばゆかった。
自分が「神様」なんて、まだピンと来ん。
でも、鏡の前に立って、神託を語るたびに思い出すんや。
あの人の背中。
お団子片手に「今日も神せなあかんのか」ってぼやいてた、
でも、いざとなったら誰よりも凛としてた、あの姿。
──怖さよりも、つながりを感じるようになってきた。
ある日、魏への使者を送る準備が始まった。
弟さんが、うちに聞いた。
「今回の贈り物、どうする?」
うちは、ちょっと笑って答えた。
「芋。あと、うちが書いた手紙、添えて」
弟さん、ぽかんとしてから笑った。
「よう分からんけど……面白いな」
“うちの言葉”で伝えるって、たぶんこういうことなんやろな。
あの人はずっと、自分の言葉で“信じてもらえる何か”を届けてた。
──そして、また何年か経った。
ある朝、祭祀を終えてふと鏡をのぞいた。
そこに映ってたのは、少し大人びた自分の顔。
「……うち、ちょっとはマシになったやろか」
誰も答えてはくれへんけど、
鏡は、やさしく光ってた。
──時代は、現代。
博物館の展示室。
一枚の銅鏡の前で、一人の女子高生が足を止めた。
展示の解説には、こう書かれていた。
> 「神託と外交を担った“新卑弥呼”の出現により、
> 倭国の統一が加速した」
鏡の表面には、今もかすかに模様が残っている。
その模様をじっと見つめた少女は、ふっと笑った。
そして、誰もいない展示室に、小さな声が響いた。
『うちは、ただのおもろい女の子やった。
……でも、それでええんや。』
【完】