第5章「鏡を受け継ぐ者」
村は、静かで、けどどこかざわざわしてた。
「次の神は誰や」
「神託が途絶えてまう」
「魏への使者はどうするんや」
──みんな、不安でいっぱいやのに、顔には出さへんようにしてた。
うちは神殿の隅っこで、ずっと座ってた。
目の前には、あの銅鏡。
卑弥呼さんが大事にしてた、あの鏡。
その表面に映るのは、泣きはらした、情けない顔のうち。
「……うちに、できるわけないやん……」
呟いたとき、背後から声がした。
「──あんたがこれ、持っとき」
振り向くと、卑弥呼さんの弟さん。
いつも無口で真面目なあの人が、銅鏡をそっと差し出してた。
「姉は言うてた。“この子に全部、任す”って」
「……無理です。うち、神ちゃうもん」
「知ってる。けど、“ならへん”とは、言うてへんやろ」
手のひらに乗せられた銅鏡は、ひんやりしてて、でも不思議とあったかかった。
うちは目を閉じて、鏡に問いかけた。
──うちなんかで、ほんまにええの?
……答えは、返ってこおへんかった。
でも、代わりに、あの人の声が確かに聞こえた気がした。
「次は、あんたの番や」
──そうか、
覚悟って、“自信があるから持てる”もんやないんやな。
誰かの思いを、たしかに受け取ったとき、
その重さごと抱えて、一歩踏み出すこと。
それが、覚悟なんや。
──そして、夜が明けた。
神前に立ったうちは、深く息を吸って言うた。
「うちは神ちゃう。でも、ここにおる。
あの人の代わりに、ここに立ってる」
村は静まり返ってた。
でも──
鏡が朝日に照らされて、きらりと光ったその瞬間、
一人、また一人と、膝をつき、頭を垂れた。
そのとき、はっきり分かったんや。
あの人は、“神やから”信じられてたんやない。
“信じよう”と思わせてくれる人やったんや。
──うちも、そうなりたい。
そう、強く、心に刻んだ朝やった。