第4章「別れの予感と芋のぬくもり」
その日、卑弥呼さんが咳してるのを見た。
最初は軽く「風邪かいな?」って思ったけど、なんやろ、胸の奥で絡むような、重たくて嫌な音がした。
「大丈夫ですか?」って聞いたら、
「そらまあ、神様も歳はとるわな」って、いつもの調子で笑うんやけど……目が笑ってへんかった。
それが余計に怖かった。
その夜──
火の見櫓からカーン、カーンって緊急の音が鳴った。
「西のムラが、また争いを始めた!」
村中がざわつく中、卑弥呼さんは静かに立ち上がった。
「……行ってくるわ」
「うちも行きます!」って叫んだけど、
「ミユはここにおって。まだ、あんたの役目は先にある」
そう言って背を向けたその人は、小さいようで、大きな背中やった。
──翌朝になっても、帰ってこおへん。
不安が膨らんで、胸の奥がきゅうってなる。
ほんで、その予感は……当たってしもうた。
土煙をあげて走ってきた使者が、地面にひれ伏して叫んだ。
「卑弥呼様が……倒れられました!」
頭の中が真っ白になった。
気づいたら、うちは走ってた。山越えて、谷を抜けて、息も切れ切れで儀式場へ向かった。
──そこにいたのは、目を閉じて横たわる卑弥呼さん。
いつもはあったかかった手が、もう冷たくなってた。
「……なんで、こんな急に……」
村中が泣いた。うちは泣かんように必死やった。
でも、夜になって一人になって、残された芋の皮を見つけて、あかんかった。
涙が、ぽろっとこぼれた。
だって、あの人、最後まで言ってたんや。
「ミユ、あれ焼きすぎたら焦げるで」って。
──そんなん言い残して、いなくなるなんて、ずるいわ。
でもな、その時、確かに聞こえた。
あの人の声が、耳じゃなくて、心に響いたんや。
「──次は、あんたの番や」