確かに殿下は呪われておりますが
例えば熱を出して三日程うなされたあとだとか、階段から落ちて頭をぶつけてだとか。
そうやって前世の記憶を思い出した、とかならまだしも、私が前世の記憶を思い出したのはそれとは少し違う展開だった。
普段は商人を家に呼びつけてお買い物をする母が、今回は新しくできたお菓子のお店にも行きたいから、という事で馬車に乗って出かけた先で。
どこかで見た気がするな……?
なんて思っていた矢先、同じようにお店を見上げるようにしていた私と同じくらいの年齢の女の子が。
「うっそでしょ、これって……ここって……私、ヒロインに転生してる、って……事!?」
大きく目を見開いてそんな事を言うものだから。
周囲は彼女の言葉が聞こえていなかったみたいだけど、私は比較的近くにいたのと、彼女に意識を向けていたから聞き取ってしまったのだろう。
そして、その言葉を聞いて私はもう一度お店の看板を見上げるようにして――
そして同じように前世の事を思い出したのだ。
ヒロイン転生をしたらしき少女の近くで、私は彼女のライバルになるかもしれないキャラだった、と把握したのである。
ゲームのタイトルは憶えていないけれど内容はなんとなく把握している。
聖女候補として選ばれた三人の少女。
その中の一人である『貴女』は聖女になるべく学び、時として恋に落ちる。
貴女が目指すは聖女か、それとも――
っていう、まぁありがちな乙女ゲームだ。
聖女は女神さまが選定するらしく、ある日印が現れる。
聖女に必要なもの、が正直ゲームをプレイしていてもよくわからなかったけど、まぁパラメータを上げていく感じのゲームだ。
攻略対象も、ただ会ってお話しすれば勝手に好感度が上がるものではなく、攻略する際、イベントを発生させるためにはある程度パラメータを上げていなければならない。
攻略対象者は聖女候補の教師役で、だがしかし攻略したい相手の授業だけを受け続けても攻略はできない。
ある程度のキャラと交流をしないといけないし、パラメータもきっちり上げていなければイベントは発生しないしで、そこそこ忙しいタイプのゲームだった。
あ、思い出してきたぞ、と私は母の後について移動する。今日は天気が良かったから、外側のテラス席でお茶とお菓子を楽しむ事にしたらしい。
ヒロインはどこか信じられないように店の周りをぐるっと移動して――何故だか私たちの席の近くで足を止めた。そして大きな木を見上げてなおも呟いている。
そしてその呟きに耳を傾ければ、とても困った事になった。
ヒロインは、前世でこのゲームをプレイしたわけではないらしい。
友人がプレイしていて、そんな友人の話からしかこのゲームの事は知らないようだった。
中途半端に聞きかじった知識と記憶。
わかんない部分があってもまぁ乙女ゲームなんて大体どれも一緒でしょ、という、とても甘くみた発言。
確か、クロフォードっていうキャラが一番かっこよかったのよね……なんていう、ちょっと看過できない発言。
あぁでも、ユリウスっていう王子様も捨てがたいわ、とかいうぶん殴られろと思うような発言。
クロフォードは私の婚約者ですけど!?
攻略対象だから攻略しようと思えばできるけど、そういう軽いノリで婚約者奪われそうになってる私は、今この場で彼女を始末するべきなのかしら……? と考えてしまったのだ。
王子にも婚約者がいるんだが。
いやでも、もしそんなことをして私が聖女候補になれなかったら、後々困るのは私だ。
聖女になるためのあれやこれやには、礼儀作法だとかも含まれている。うちは貴族だけど、身分的に大体真ん中くらいの可もなく不可もなく、みたいな立ち位置だ。
クロフォードとの婚約が破棄される事もなく、恙なく事が進むのならば、礼儀作法やらその他の勉強もやっておいて損はない。
何故って向こうの家の方が身分的に上だから。
我が家で学べる内容だけでは嫁ぐ際ちょっと足りない部分があるので。
嫁いだ後になって向こうで教わるにしても、聖女候補として学んだ内容があるのとないのとでは大きく違うのである。
ここで下手にヒロインに手を出して聖女としての資格なし、と女神さまに判断されるような事になって聖女候補になれないのは困る。
嫁入りする前に学べるならある程度学んでおいた方が後になって絶対楽できるし。
打算まみれでこんなんで聖女候補になれるのか? とは思うものの、なれなかったらその時はその時だ。
どのみちまだ原作が始まるまでに時間はある。
それに、ヒロインちゃんが何だか自分の知ってる情報を整理するかのようにぶつぶつ呟いてくれているものだから、思い切り筒抜けなので。ちなみに母は美味しいお菓子に意識が向いているので、ヒロインちゃんの独り言なんてまったく聞いていない。まぁあまり大きな声じゃないから、よっぽど意識して耳を澄ませている私以外誰も聞いちゃいないだろう。
そうしてヒロインちゃんの呟きを聞いて多分彼女はこのままいったとしても、クロフォードの攻略は失敗するんだろうな、とちょっと安心したのである。ついでに王子の攻略も。
――さて、そんなわけで数年後。
無事に私は聖女候補に選ばれた。
ゲームの内容通りに聖女候補の数は三名。候補になった人もゲームの通り。
ここで既に別の人が、なんて事になったらどうしようかと思ったけれど、とりあえずは何事もなく進んでくれるらしい。よかった。
原作補正だとかがあったとしても、原作をロクに知らないヒロインちゃんが他の乙女ゲームだとか、ウェブ小説にありがちな乙女ゲームを題材にした作品と同じノリでやらかしたのであれば、きっとどうにかなると思っている。
聖女候補は三名。
まずはヒロインでもあるマリィ。
彼女は平民出身で、それ故に初期パラメータは礼儀作法とか結構低いけれど、それ故に色んな攻略対象と関わらなければならないので乙女ゲーム的な意味では確かにヒロインなのだろう。
次に私。ミレーゼ。
伯爵家出身の令嬢。とはいえ、国内にある伯爵家全体で見れば割と下の方。限りなく子爵家寄りな伯爵家、と言うのは何か違うかもしれないけれど、まぁそんなところだ。ただそれなりに長い歴史を持つ家なので、貴族全体で見ると大体中間の立ち位置と言ってもいい。
礼儀作法だとか、ある程度のパラメータはあるけれど、しかし体力面が少し低いためヒロインが体力面を伸ばすための授業に参加すると高確率で遭遇するキャラでもある。
最後にリゼリア。
彼女は公爵家の令嬢で、パラメータも一番優れているので聖女として最有力とされている。
実際、攻略の展開では大体ヒロインのライバル的立ち位置になるのは彼女だ。
とはいえ、悪役令嬢みたいな感じではない。他人に厳しいけど自分にも厳しいタイプで、でも仲良くなるとちょっとずつ素を出してくれる可愛らしい人である。
聖女は別に結婚できないわけじゃないから、聖女になるためには恋を諦める、とかしなくても問題はない。
そもそも結婚できなかったら婚約者との婚約は解消していなければならない。とはいえゲームの聖女エンドは誰とも結婚しないっぽかったけど。
私の婚約者はクロフォード。侯爵家の次期跡取り。
リゼリアの婚約者はユリウス。この国の王子だ。
ちなみにクロフォードもユリウスも攻略対象である。
婚約者のいる相手を攻略する乙女ゲームって正直とっても気まずくならんか? と思うのだが、まぁ、ゲームだからね。現実にやったらドン引きだけど、ゲームの中ならご都合主義も発動して何かそれっぽい美談になるっていう……いや、今は現実だったわ。
中途半端な知識でヒロインやってるマリィは、色んな攻略対象と関わっていっている。
そこはゲーム的にも正解なのだけど、しかしこのままいけば待っているのはノーマルエンドかバッドエンドだぞ、大丈夫かしら?
ゲームのエンディングは大きく分けて五種類。
聖女になるトゥルーエンド。
攻略対象のうちの誰かと結ばれる恋愛エンド。
ある程度と関わったものの誰とも仲良くならず、聖女にも選ばれなかったノーマルエンド。
パラメータが足りないままのバッドエンド。
それから、聖女候補との友情エンド。
聖女になるためには、攻略対象者たちとそれなりに関わってある程度仲良くなる必要があるけれど、しかし恋愛イベントを発生させて恋仲になるような事になったらアウト。あくまでも友情という意味で親しくなりつつも、聖女候補たちとも同じように仲良くならなければならない。その上で、めっちゃパラメータも高くしないといけない。結構難しいエンドなのだ。
恋愛エンドは各攻略対象に必要なパラメータを上げて恋愛イベントを進めていけば見られる。
ただし選択肢の中にはフラグをボキッと折ってしまうものもあるので、それを知らずに先に進めてしまうともう恋愛イベントも起きないしそのままエンディングへ行くとなると、ノーマルエンドだったりする。
まぁ、全員の恋愛フラグ折ってお友達状態にした上で聖女候補とそこそこ仲良くなりつつ聖女エンド行けるっちゃいけるんだけど、セーブデータ分けてプレイするとなると、この状態だともう見られるイベントとエンディング限られてるからさ……
パラメータが足りないバッドエンドは一番簡単に見る事ができる。
何もしないで日数だけ経過させればいいだけなので。
セーブもしないでずーっと無駄に日数だけ進めていけばお手軽に見る事ができる。
まぁ、せっせと攻略しようとして失敗しまくってこのエンドにきちゃう人とかは、ちょっと落ち着いて他の乙女ゲームの知識を一度忘れた方がいいかもしれない。お目当ての攻略対象だけ追っかけて他の授業受けないとかでもここに来ちゃうからさ……
聖女候補との友情エンドも比較的簡単に見られるけど、そもそも乙女ゲームで男放置して女の子の方にくる、っていうのを初っ端からやらかす人はそういないので、このエンディングがある、というのに気づかないままっていう人もそこそこいたらしい。
まぁ、パラメータ上げも結構忙しいし、落ちこぼれ状態だと好感度もあまり上がらないからなるべく優秀な状態にしておきたいってなると、ただ会ってお話しするだけの女の子キャラとの時間は無駄に思える、って考える人が出るのも仕方がないとは思う。
でも社交って大事よ! 特にヒロインだって女の子なんだし将来的に聖女になって国の中枢で働くのなら同性に味方作っておくのってとっても大事よ! 後ろ盾とまではいかないけど、周囲に同性の存在がたくさんいるのにでも友人がいない、ってなるとそれだけで周囲の目ってちょっとシビアになるから……
ヒロインが平民出身なのを知られているなら、高位貴族と話が合わない、って思われてもまぁそこは仕方ないのかな、時間をかけてゆっくりと関わっていこう、って周囲は一応考えてくれるようだけど、高位身分の男性とだけは積極的にお喋りしてるとなるとそんな優しい目線でも見てもらえなくなるからね。
クロフォードとユリウス以外の攻略対象キャラに婚約者はいないけど、婚約者のいる男性に近づいて婚約者である令嬢とは関わらない、とか普通に周囲の目から見てもいいものじゃないからね。
聖女を目指すためには、男女関わらず皆と親しい関係性を作っておく必要があるのだ。
で、婚約者がいる二人の男性キャラの攻略はどうなのか、というと。
勿論向こうは婚約者がいるから、と最初はヒロインとの関わり方も距離感を間違えたりしないでちょっと一線引いてるまであるんだけど。
ヒロインのパラメータが高く、その状態で仲良くなってくると男性側がちょっと葛藤し始める。
自分には婚約者がいるから、ヒロインに向ける想いは封印しなくては……と。
で、ユリウスルートの場合は婚約者のリゼリアが当然出てくるわけで。
聖女になってもなれなくても、できる事ならマリィを妻に迎えたい、と言われたリゼリアはブチギレして喧嘩に発展するのである。
お互い今まではやんわりオブラートに包みまくった会話ばかりしていたから、本音で語り合う機会がなくてそのせいでちょっとすれ違ってるまであったところで、ようやくお互い本心を語る機会を得るわけだ。
ここでヒロインが二人の仲を壊す、を選択するとユリウスルートは終了する。
二人の仲を壊してユリウスを奪おうとすると、最初からそのつもりだったのか……という疑心が向けられ狡猾な女性に騙されるところだった、とユリウスが一気にヒロインの好感度を最低値まで下げる事になる。
こうなるとここからヒロインが聖女エンドを目指すのも不可能だ。
これより前のイベントでの選択肢でフラグを折ってるならまだしも、ここで折れた場合他のキャラを攻略する方向に乗り換えるのも難しくなっているし、友情エンドも絶望的。同じ候補として頑張りましょうね、って感じでミレーゼとリゼリアは仲が良いので。
リゼリアとの人間関係が拗れた後は、ミレーゼもマリィの事を良く思えなくなる、どころかぶっちゃけるとユリウスと関わりのあるキャラの好感度は大体下がる。
ここで二人の仲を取り持つ、を選ばないとユリウスルートはエンディングにいかないのだ。
取り持つ、を選んだ場合はその後の選択肢をいくつか乗り越える事で改めてユリウスとリゼリアはお互いの関係性を見直して、そうして最終的にユリウスはマリィを選ぶがその時にはリゼリアも穏便に婚約の解消に頷くのだ。
聖女目指してる人間が率先して婚約者の仲を引き裂くなよっていうある意味わかりやすい選択肢なんだけど、これに引っかかったプレイヤーはそれなりにいたらしい。
ではクロフォードルート、こちらはどうなるのか、というと。
彼も王子同様に攻略の際には結構な高パラメータを必要とする。
王子程ではないからまだ攻略のとっかかりがありそう、って思われてるけど、クロフォードは割と序盤に引っ掛け選択肢が存在しているので、そこを間違えると通常イベントは発生するが恋愛イベントは一切発生しない。何故って既に恋愛フラグが折れているから。
でも恋愛以外のイベントが発生してるから、最初は気付かなかったりするみたい。とんだトラップ野郎だよ。
前世でヒロインちゃんの友人が果たしてどこまでこのゲームの攻略を話して彼女に教えたかはわからない。
まぁ大体話の内容は話題にするとしても、攻略の中の引っ掛け選択肢は……言うかな、どうかな。
いやでも最初のうちは何度か引っかかって~みたいに言う事もあるかもしれない。
それを今、ヒロイン転生したマリィが憶えてるかどうかは知らんけど。
私は万が一を想定して、事前に絶対無いとは思うけど、私とリゼリア様以外の……もう一人選ばれた聖女候補の平民の方がもし、何かうっかり粗相をした時を想定して! とすっごく念を押すように前置いて、お二方にはとある仕掛けを施した。
それにはリゼリア様も一枚噛んでいる。
ゲームの中では攻略対象や聖女候補に贈り物をする事ができる。
それが相手の好みの品であれば好感度が上がり、そうでなければ下がる……まではいかない。ちょっと微妙な反応をされるだけで済むけれど、折角用意したアイテムを渡しても好感度が上がらないという無駄足を踏む。
ゲームではアイテムを用意するのだってそれなりに苦労するのだ。
まず所持金は授業を受けるだけでは貯まらない。私やリゼリア様は元々のお小遣いがあるけれど、平民出身のマリィは家族からの仕送り……というのも期待はできない。
聖女候補として王都で生活する間、衣食住に関してはある程度面倒を見てもらえるから仕送りは特に必要としないというのと、マリィの実家はそこまで太くないのもあって仕送りというものはなかった。
生活するだけなら困らないけど、やっぱり嗜好品とか欲しいよね、ってなるとどうするか。
親しくなった殿方が贈り物をくれる事もあるけれど、それを誰かに横流しするのは問題である。万一バレたら好感度が激減する。
ゲームでは贈り物以外で所持金を使う事はほぼなかったはずだけど、現実ではそうもいかない。
ご飯は食べられるけれど、お菓子に関してはあまり食べる機会がないのだ。少なくとも、マリィは。
私はリゼリア様とお互い授業が終わった後、時間に余裕があれば一緒にお茶をする事もあるし、その時にお菓子を食べる機会があるけれど、マリィは私たちと関わろうとしていないので彼女はいつもお菓子に飢えていた。
一緒にお茶するなら、お菓子だって色々食べられるのに。
中途半端な知識のせいで、私たち聖女候補はマリィの中では仲良くする必要のないライバルとか、邪魔な障害物とか、悪役令嬢とか。
そんな風に思っているのかもしれない。
マリィが所持金を増やすためには、ゲームだと街でバイトする必要があった。
教会で治癒術の修行と称して怪我人の手当てを手伝うだとかなら、危険はない。ただ、そこまでの稼ぎもない。
それ以外だと下町の食堂でバイトだとか、薬草の選定作業だとか、まぁそこそこ拘束時間のあるものを選べば稼ぎもそれなりになるにはなる。
敵を倒してその素材を……なんていうのは生憎このゲームには存在していない。
まぁ実際問題魔物とか滅多に出てこないからね。出る場所までいくだけで数日はかかるって話よ。
じゃあ聖女って何のためにいるのか、ってなるけど、豊穣の加護とか浄化の力とかどちらかといえば守りの力に該当するものなので、魔物が出てきたからといっても率先して倒しに行けとかそういうのはない。そういうのは騎士団や傭兵のお仕事である。
なので、マリィが一攫千金を狙って魔物退治に、とかそういう考えを実行しようとしたのなら、聖女候補としての修練から逃げ出したとみなされる可能性がとても高いのだ。
魔物が出るらしきところまで行くだけで数日王都から姿を消すのだから、逃げたと思われても仕方がない。
でも防御系統の力しかない聖女候補に攻撃バリバリして魔物を倒すなんて無理な話。
拘束時間の長めなバイトもやりすぎると聖女としてのパラメータが上がらず落ちこぼれてバッドエンドになるかもしれない。マリィがどこまで考えてるかはわからないけれど、効率のいいお金稼ぎの方法が他にある。
それが、お菓子作りだ。
聖女の加護が含まれたお菓子、というのはゲームでも存在した。
聖女候補の加護だとどれくらい効果があるかはわからないけれど、食べたら疲れが多少なりとも取れたとか、怪我の治りが早くなっただとか。気休めレベルだけど一応微量の効果はあるらしい。
そういったお菓子を作って教会で売れば、怪我の手当ての手伝いよりも稼げるのである。
ちなみにそのお菓子を売らずにプレゼントすることも可能だ。
その場合、お菓子の出来によって好感度が上がる。
最低限お菓子の材料を買うだけの所持金が集まったら、後はせっせとお菓子を作る、のが地道だけど一番効率が良かった。ゲームでは。
現実だと……どうなのかはわからない。
でもきっと、マリィはその方法を前世でお友達から聞いていたのだろう。
私は見た。
手作りのクッキーを他の攻略対象に渡すマリィを。
多分アレは練習だったのだろう。
作り慣れないお菓子を作っていきなり本命に渡しても好感度は上がらないし、ましてや下手な物を渡せば好感度が下がりかねない。だからまずは、適当な相手で実験したのだと思う。
それでも、効果はあったのか、そのお相手は最近マリィと親しく見えた。
でもマリィの本命はどうやらクロフォード……ではなくやはり王子に狙いを定めたようだった。
ただ、同時進行でクロフォードも狙ってるっぽく見えたのよね……
確認したら多分最初の方でフラグ折れてるっぽいからあまり私も気にしてないけど。
ゲームでは売る予定のないお菓子、つまり攻略したい相手に渡すために作るものには、おまじないをしていた。
おまじないって言っても作成画面で「美味しくな~れ美味しくなぁれっ☆」みたいな感じだったけど。
そうして美味しくできたやつは渡すと好感度が上昇するのである。
でもさ、素人のお菓子作りって、微妙じゃない?
仲間内である程度そこら辺わかってる同士でならいいけど、よりにもよって普段からいいモノ食べてる王子様やお坊ちゃんがさ、素人の作ったお菓子食べて「うっ、美味い……ッ!!」なんてこと、あるかしら?
相手に好意を持ってるなら、多少微妙でも一応それなりの反応をしてくれるとは思うけど、マリィとユリウス様やクロフォードの親密度的なものは、正直そこまで高くはない。むしろ初期値からほとんど動いていないといっても過言じゃない、というのが傍から見た私の感想だ。
マリィが料理がとっても上手、という情報は少なくとも今の今まで聞いた事がなかった。
前世で彼女が自炊していたタイプかもわからないけど、もし成人前の学生の頃とかに亡くなったなら、ご飯に関しては親が作ってた可能性が高いし、プロ級の腕を持ってる、とかはほぼない、と思っていいはずで。
それに、手作りお菓子を渡してそれなりに親密度を上げたはずの人はやっぱり練習台だったのか、マリィは彼と親密になった様子はない。彼の方はマリィと機会があれば話をしたり一緒に出掛けたりしたいような雰囲気だったけど、マリィのお目当ては彼ではないようなので、そうなると無駄な時間を費やしてはいられないといったところなのか、彼からの誘いは断っているようだった。
素直に彼と一緒になっていればいいのに。
――なんて思っていた数日後。
マリィはとうとうやらかしたようで。
可もなく不可もなく、みたいな微妙な仲のユリウス様とクロフォード様が一緒にいたところにやってきて、どうやら手作りお菓子を渡したらしい。
ちなみに私はその場にいなかった。でもリゼリア様はいた。
お菓子は二人にだけ渡してリゼリア様はガン無視ってところにどうしようもなさを感じる。
ユリウス様は何が入ってるかもわからない素人の手作り、という部分、それも大して仲のよくないマリィから、というのもあって内心からしてこれを私が口にするのか……? みたいになってたみたいだし、それはクロフォードも同じだったみたい。
まぁそうよね。わかる。
これマリィとの仲がもっと良くて、お菓子を作ったけど自分で食べてもいまいち改善点とかわからなくて、味見とかして感想くれると助かります! みたいに言われたなら、友を助けるみたいな気持ちで食べたとは思う。あとその場にいたリゼリア様にも声をかけていたならユリウス様ももっと快く引き受けてくれたと思う。
でもそうじゃなかったから。
内心とてもしぶしぶといった形でクッキーを口にしたユリウス様はというと――
「これは家畜の餌か何かか? 流石に人に渡すにはどうかと思う味しかしない」
と、これまたバッサリ切り捨てたのだ。
そしてクロフォードはというと。
「…………まっず」
とても小さな声でそう呟いたのだという。
リゼリア様は自分だけ蚊帳の外扱いされていた事にホントこの娘礼儀知らずというか、最低限挨拶くらいしたらどうなのかしら、とか思っていたみたいだけど、二人のこの反応を見て自分は蚊帳の外で良かった、と思ったらしい。後から聞いて思わず笑っちゃった。
二人の容赦ない低評価に、マリィは「そんなはずは……!」と狼狽えたようだけど、すぐに謝罪してその場から立ち去っていったらしい。
そうしてそんなやりとりは、その後何度か繰り返されたそう。
一度目がとても不味かったので二度目に、前回からもっと練習してマシになったと思うんです! と言われて、どうか助けると思って! なんて言われてしまえば断り切れなかったのだろう。一応聖女候補だし、無下にするのもな……という考えもあったのかもしれない。
だが二度目も三度目も、なんだったらその次も。
ユリウス様もクロフォードの感想も、最初の頃から一切変わらず、どころか最終的に、
「ゲロ不味い」
という、高位身分の貴族の令息の口から出たとは思えない言葉を叩きだしたのである。
「そうだね、回を増すごとに更にどうしようもなくなっていってる、ってところ、ある種の才能を感じるけど、正直もう付き合いたくないかな」
そしてユリウス様ももう次からは絶対食べたくない、という宣言。
むしろ五回も付き合ったところに寛大さを感じる。私だったら三度目の正直でブチ切れてる。
さて、そんな事があってから間もなく。
「――貴方が、貴方が王子様たちを呪っていたんでしょう!? 知ってるんだから!」
と、私に指を突きつけて、マリィはそう糾弾してきたのである。
その日は聖女候補たちの成績を発表するというか、教師たち――攻略対象者の皆さんも交えて聖女とするに最も相応しいのは誰か、とか、そういう話し合いをする日でもあった。
今回の話し合いで聖女が決定するというわけではない。
聖女に関しては女神様からの神託もあるので、現時点聖女候補たちは切磋琢磨しているだけに過ぎない。
聖女を決める日というのは決まっていて、その時に聖女に相応しいとされる相手が、神託によって選ばれるのだ。
ゲームだとそこに至る前にもうこいつ駄目だ、と判断されるラインにいた場合は聖女としての資格なし、みたいに終わる事もあるけれど、選定の日に聖女になれない場合だと、とてもあっさりしている。
「聖女は○○に決まったよ」
と、私かリゼリア様の名前が表示されてマリィが聖女に選ばれなかったという事実だけがさらっと記されて終わるのだ。肩透かしエンドとか言われる事もある。
今回の話し合いは、ゲームの中でも何度か存在する。
今現在のヒロインのパラメータと他の聖女候補のパラメータの見比べ、ついでにヒロインの人間関係に関する話題。仲のいい人たちが多ければ、マリィが聖女になる事に応援してくれたり、いい反応をしてくれるけれど、特に仲が良くも悪くもない場合は、まぁ今後の頑張り次第かな……みたいな反応だったり。
仲の良くない相手ばかりだと、もう悲惨である。
「やっぱり平民には向いていないんじゃないか? 学習とか……」
みたいな既に匙投げてる発言も出てくるのだ。
一度試しにバッドエンドで皆から嫌われた状態だとどんな感じかな、って思って見てみたけど、普通に心折れそうになったもんな……相手が二次元だからまだいいけど、これが現実だったら耐えられる自信はなかった。
話し合いをして、現時点で聖女に一番いいと思う相手を攻略対象者たちはそれぞれ女神像の前で宣誓するのだが。
まぁ話し合いは何度かあるので、意見が変わる事も普通にある。前回は彼女を選んだけれど、今回の評価を見ると前回よりも研鑽してきたこちらの方が……みたいに変わるのは、何も別におかしな話ではない。
そんな話し合いの中で、マリィが突然私に向けて言い放った呪いという言葉に。
他の攻略対象者たちも言葉を失って、一瞬で室内は静寂に満ちたのであった。
「私がクロフォード様やユリウス様と最近仲が良い事に嫉妬して、呪ったのよね、私知ってるんだから」
改めて言い直された言葉は、別にさっきとそう内容が変わったわけじゃない。
だが、改めて言われた言葉に、他の攻略対象たちは戸惑いを含みつつもマリィが指を突きつけている私――ミレーゼへ視線を向けた。
この展開に、やっぱりな、と思いつつも私はマリィへ視線を向けた。
聖女となるべく日々努力している存在が、よりにもよって呪いなんてものに手を出す――そう言われるととても聞こえは悪い。呪いっていうのがそもそも聖女って言葉のイメージと真逆だから。
これが祝福なら、まだ良かった。イメージ的に。
だがしかしマリィはしっかりハッキリと呪いだと断言したのである。
「知っている、というのであれば言ってもらいましょうか。貴方が、何を、知っているのか」
確かにゲームのストーリーで、クロフォードの恋愛イベントが進めばミレーゼは邪魔なマリィを排除しようとして呪いに手を出す。
婚約者と親しくされて、けれども仲良くしないで、とは言えない。
だってマリィは聖女候補で、クロフォードは聖女候補たちの手助けをする立場、教師として接しているのだから。それを関わるな、と言うのは彼に教えてもらうのをやめろ、と言っているも同然でいくらなんでもそこまでの権限は婚約者だからとて持ち合わせてはいない。ミレーゼやリゼリアがそれを言うのがまかり通ってしまうのならば、その逆でユリウスやクロフォードがリゼリア様や私に対して他の男に教わるなと言えてしまうわけで。
けれど、聖女はいないと困るもの。今はまだ今代の聖女がいるけれど、彼女は現在臥せっていて表に元気一杯出てくる事はできない。彼女の力がまだあるうちに、次の聖女を決めなければならないのだ。
それなのに私とリゼリア様とが聖女候補を降りてしまえば。
残されたマリィが聖女になる、という事になってしまうのだけれど。
その彼女が聖女になるには色々と足りていない、となった場合。
後々困るのはマリィではない。国である。国全体で困る事になるのだ。
聖女としての力が上手く機能しないと、聖女の力でおさえている災害が、だとか、何か色々と。
まぁ、とにかく。
そんなわけでいくら婚約者と親しい様子に見えていても、関わらないで、と言えないゲームのミレーゼはマリィを邪魔だと思ったし、嫉妬した結果邪魔なマリィを排除しようとして呪いをかけ――ようとしたのだが、その際せめてマリィとは親しくはない、とハッキリ言ってくれなかったクロフォードにも不信感を持ったのである。結果としてマリィは聖女候補としての、かすかな聖女の力なのか呪いが上手くかからずに、クロフォードが呪われる結果となってしまった。
そしてゲームではその呪いをマリィが解くのだ。
とはいえ、そこに至る時点でパラメータが足りないと失敗するけど。ついでにそこでクロフォードの恋愛フラグは折れる。それ以前にもいくつか恋愛ルートをバキバキに折ってしまう選択肢はあったけれど、ここが最後のフラグへし折り分岐点だ。
呪いをマリィが解けない場合は、結果としてクロフォードを呪ってしまったという事実を知ったミレーゼが涙ながらに呪いを解除し、そうしてクロフォードはギリギリで助かる。
泣いて謝るミレーゼに、クロフォードも自分の態度が悪かった事もあったから……とどこか気まずい思いをしながらも、一応元さや……というかまぁ、仲違いしていた状態が戻る。
呪いこそしたものの、それでも自力解除ができたならまだ聖女としての力はあると判断されて、ミレーゼは聖女候補の資格を剥奪される事はなかったけれど、しかし聖女にはならないしなれない、と本人が言うので次の聖女にはリゼリアが選ばれるのだ。
クロフォードの呪いを解除できなかった場合パラメータが足りないと判断されるので、マリィが聖女になる道はここで途絶える。正直ここにきて攻略失敗すると今までの時間無駄に費やした感半端なかったなぁ。
元々マリィはストーリーの全容を、しっかり把握していたわけではなかった。
前世のお友達の話から得た情報だけだ。
ユリウス様とクロフォードについては把握していたようだから、お友達もきっとこの二人のどちらか、もしくは両方を推していたんじゃないかしら。
それでざっくりストーリーの内容を話したものの、まぁ、自分でプレイした内容と、人伝に聞いた内容とじゃ結構違うから。
実況動画で見たならまだしも、友達との会話で完全にストーリーを把握できるかっていうと、その場のテンションもあるだろうし、大体その場合って話したい部分を話す感じで偏るから、正確な情報は案外得られてなかったりするわけで。
ミレーゼが呪いをかける、という部分は記憶にあったみたいだけど、それはマリィとクロフォードの仲が進展している場合に関してだ。
現状マリィはクロフォードともユリウス様とも仲睦まじいか、と言われるとそうでもないし、ましてやストーリーではあくまでも呪いをかけられるのはクロフォードだけ。ユリウス様にまで呪いをかけるなんてあり得るはずがないのだ。本来ならば。
けれどマリィはそんな事に気づかないまま、聞きかじった知識で最近二人と仲良くしていた私を妬んで、なんて言い出して、そうして嫉妬して呪ったんでしょう、なんて。
「妬むほど、仲がよろしかったのですか……?」
「いや、生憎と」
「そうだね。あくまでも聖女候補に対しては誰かを個人的に優遇するような真似はしていないよ」
私の問いに、クロフォードが淡々と、ユリウス様が若干困った様子でそう答えてくれた。
「確かにクロフォード様だけではなく、殿下も呪われておりますが」
思っていたよりも二人の態度が冷ややかだったことにマリィが次の行動に出るのが遅れた隙に、リゼリア様がそんな風に切り出した。
呪われている、という言葉にその場にいた他の攻略対象者たちも思わずざわつく。
「ですが、お互いに納得済みですの、その呪い」
「そうだね、それに呪いというよりは……祝福、とまではいかないけれど、守りのまじないというべきかな」
続けたリゼリア様の言葉に、ユリウス様もフォローに入る。
聖女候補は三人。
それぞれに得意不得意があって、その上で何でもこなせる良く言えば天才型、悪く言うなら器用貧乏なのがリゼリア様で。
マリィは努力を怠らず頑張り続けるのが得意。ゲームでは。思いの強さも人一倍、とかキャラ紹介にはあった気がする。
ゲームヒロインであるマリィは聖女候補に選ばれた時、だからこそ自分が聖女になって皆を幸せに導く事ができるのならば、と夢と期待に胸膨らませて聖女に相応しくなるよう頑張るのである。
聖女になっても結婚できるとはいえ、ゲームのマリィはあれもこれもと両立できる程器用なタイプではないからこそ、攻略対象とのイベントで恋愛が絡むようになってくると、彼と結ばれるか、それとも彼との想いを断ち切って聖女を目指すか、なんて揺れるシーンだって存在していた。
まぁ、この転生ヒロインのマリィはきっとそこまで考えてないだろうけど。
そして私、ミレーゼはというと。
リゼリア様よりも目立つわけでもなく、どちらかといえば控えめな方で。
大人しく内気、とまではいかないが、若干引っ込み思案に見られるかもしれない。
周囲をよく見ていて人の機微に気づきやすい、とかなんとか。あくまでもゲームのキャラ紹介だ。
実際ゲームで聖女候補と仲良くなろうとするなら、最初にミレーゼに声をかけた方がすんなりいく。最初にリゼリア様に声をかけちゃうと、同じ聖女候補とはいえ、貴女、そんなのんびりしている余裕あるの? なんて言われて最初の方はロクに会話もできないのだ。
別にリゼリア様がマリィを見下しているとかではなく、純粋にパラメータが低い事に対する心配もあっての事なのだけど。でも初見プレイヤーからするととっつきにくいって思って、これ以降聖女候補と関わりたくないな……みたいになる事もあったとか。
おもしれー女枠だと思ってリゼリア様に絡むプレイヤーもそれなりにいたみたいだけど。
ミレーゼは周囲をよく見ているからこそ、人間関係のちょっとした変化にも気づきやすくて、けれど思った事をズバッと言えない、なんてこともあってかそういうのを言わず心の中で思うだけ、というのが多々あったキャラだ。結果、祈りだとかそっち方面に関しての能力が伸びやすく、そのせいで呪いという力も扱えてしまったのだろう。
聖女の祈りには遠くとも、それに近い事はどの聖女候補もできていた。その近い事が、ではこの中で誰が一番できるのか、というとミレーゼだったのである。
ちなみにその次に祈りの力の伸びしろがあるのはマリィだ。だからこそゲームの中でお菓子を作る時の「美味しくなぁれっ☆」でもその力は使われていたのは間違いない。大体作ったお菓子を教会に売って、なんてこともできるのだから、力が何も込められてないという事の方が可能性としては低いくらいだ。
「えぇっと……一体何の呪い……じゃなくておまじないなのかな?」
攻略対象の一人である少年が戸惑ったように問いかけた。
このままでは埒が明かないとでも思ったのかもしれない。彼は聖女候補のいずれかと特別親密というわけでもなく、常に中立の位置を保っていた。他の、マリィ寄りとか私たち寄りの誰かが言えば話を誘導している、とか難癖をつけられたかもしれないけれど、毎回中立の立場にいた彼だったからか、この勢いでマリィの援護をしようと思っていた他の攻略対象者も今はまだ大人しい。
「魅了を防ぐおまじないです。
聖女の祈りとまではいかなくても、私たち聖女候補の力でも少しは効果を発揮するかもしれない。
悪意があって魅了しようとは思わなくても、でも、この人と仲良くなりたい、っていう想いは強くいきすぎたら魅了になるかもしれない。だから、もしそういった祈りがこもった物と接触した場合、その効果を無効にするおまじないです」
「それをする意味は?」
「聖女になるのなら、確かに多くの人たちとの人間関係は円満にしておくに越したことはありません。皆さまとの仲がギスギスしたまま聖女になったとして、皆さまそんな聖女の事は手助けしようって仕事なら仕方なく手を貸すかもしれないけど、それ以外ならそうは思わないでしょう?
でも、きちんと向き合って築き上げられた人間関係ならともかく、そういった魅了に近しい力を使っての関係は、今はまだ相手を好ましく思う程度で済むかもしれないけど、その力を何度も使われて蓄積されていったら……と考えたら」
「……魅了され続けて、いずれは洗脳されていてもおかしくはないね」
「はい。特にクロフォードは私の婚約者で、万一そんな風に魅了されたとなれば。
円満に婚約を解消となるならまだいいです。でも、一方的に破棄するだとか、そういう事になったなら。私とクロフォードだけじゃない。お互いの家の軋轢にもなってしまいます。
そういう意味ではユリウス様も。むしろ殿下の方がそうなった場合、今後の国の行く末にも関わるものなので、もしそういった力が使われた時の事を考えて、以前お話しさせてもらって、了承を得て、おまじないをかけました。
……ちょっと強すぎておまじないっていうより呪いみたいな感じになってしまいましたけれど」
「しかし、マリィが魅了の力を使ったとしてもだ。そこに悪意はないだろう」
マリィに手作りお菓子を何度か渡されてすっかり彼女にメロメロになってしまった攻略対象者の一人が言うけど、説得力~~~~! って叫ばなかった私偉いと思う。
実験台が何言ってんの、とかも言わなかった。空気読めて偉いと思うわ私。
「本来なら、この人と仲良くなりたいっていう想いは誰にでもあるから、そういう願いを込めるだけなら何も問題はなかったと思います」
「なら」
「ですが」
今までは少し、どこかオドオドした態度だった私が毅然とした態度で言葉を続けた事で、マリィを擁護しようとした彼は咄嗟に口を閉じた。
「彼女の師匠とも言えるべき相手は、魔女です」
「魔女!?」
「なんだって……!?」
「えっ、何よそれ」
攻略対象者たちがざわついて、ついでにマリィも全く予想していない事を言われたみたいに声を上げた。
「彼女は聖女の祈りの力を確かにお菓子に込めて作っていました。ですがそれだけなら、別に違法でもありません。
けど、彼女にその方法を教え、お菓子作りの手ほどきをした人物が魔女であるが故に。
知らず力を使いすぎて、想定以上の効果を発揮する事になっていたのなら。
いくら知らなかったといっても、周囲を魅了して回るような事になっていたのです。知らず殿下をその力で篭絡して国を揺るがす結果になっていたなら、知らなかった、では済まなくなってしまう」
「え、ちょっ、私知らない。何その魔女って。言いがかりやめて!?」
「でも、祈りの力を込めてお菓子を作るっていうのを教えたのは確かですよ」
「いや、確かにお菓子作るのにそういうの教わったけど。でも、それだって美味しくなぁれ美味しくなぁれ、っていうだけでそこまでの事!?」
「貴方がお菓子作りを教わった相手、王都でお菓子のお店を経営しているレディマカロン。
彼女は魔女ですから。勿論お店の商品に魔法をかけて、とかはしていませんが、でも。
実際に貴女は魅了の力を使ってしまった。それは事実です。
そうじゃなかったら、クロフォードもユリウス様も、貴女の作ったお菓子に拒絶反応を起こしたりはしなかったのですから」
懲りずに何度かチャレンジしてお菓子を渡していたマリィ。
毎回美味しくない……というような反応をされても、最初のうちはまだお菓子作りを始めたばかりだったし、そうでなくても普段から美味しい物を食べなれている二人だ。だから、材料が悪かったのかな、とかまだまだ熟練度的なものが上がってないのね、とか。
そういう理由がつけられた。
でもそろそろいいんじゃないか、腕も上がってきたという実感がある、となってもなお二人の反応は変わらなかった。二人以外の人たちはそうじゃないのに。
二人だけがずっと変わらずマリィのお菓子をマズイと思うような状態だったから、だからそこで聞きかじった程度のストーリーを思い出して、呪われていると思い込んだ。
「レディマカロンも恐らく悪気はなかったと思います。
聖女候補のうち平民出身で、残りの二人は貴族だからとっつきにくいと思ったのでしょう。だからせめて、会話のとっかかりになるようなお菓子作りを教えたのだと思うのです。
実際お菓子を作って渡したい相手は同じ聖女候補などではなく、教師として協力してくれている殿方でしたが」
ゲームのヒロインがお菓子作りを教わるのは、レディマカロンからだ。
彼女は別に聖女候補たちの邪魔をしてやろうなんてこれっぽっちも思ってなくて、誰が聖女になってもいいように、そんな気持ちでマリィにお菓子作りを教え込んだ。聖女になれなくても、最終的にお菓子作りの腕が上がればもしかしたら、聖女御付きの菓子職人に……なんて未来を思い描いたりもしたのだろう。
私やリゼリア様は聖女になってもならなくてもそこまで人生に変化はないが、マリィは違う。
聖女になれず家に帰るにしても、今まで学んだ事を活かそうにも貴族と平民の暮らしは大分異なるし、礼儀作法を身に付けたところでどこかの貴族の家でメイドとして働くにしても、元聖女候補というだけでなんとなく扱いにくいだろうから恐らくは大抵の家は断るんじゃないかしら。
そうなると、聖女候補として学んだ事の大半は実家に帰った時点でほぼ役立たずになりかねない。
きっとレディマカロンはそういった未来を憂えたのかもしれない。
お菓子職人にならなくても、最終的に聖女になれなかったらうちにおいで! とか言ってたし、もしかしたら最終的に職にあぶれる可能性が見えたのかも。それで、弟子にでもするつもりだったのかも。
ゲームでもこっちでもきっとレディマカロンは善意で行動した。
ただ、ゲームだとプレイヤーは好感度稼ぎの効率のいい手段として。こっちだとやっぱり同じように好感度を上げようとして。
レディマカロンが想定していたのとは少しだけ違う方向にその力を使われてしまっただけ。
実際普段の彼女はお店でお菓子を作っているだけの、特に危険性のない魔女だ。
ゲームでは明かされていなかったけど、しかしこちらではレディマカロンは。
先代聖女の友人であると言われている。
ゲームだとそもそも聖女候補が目指す聖女という存在は本当に出てこない。いるのかどうなのかさえも謎のままだ。
だがこちらでは私たちが候補に選ばれる本当に少し前に臥せってしまって。
それもあって、候補に僅かではあるが聖女としての力が宿ったのだ。
聖女が決まれば聖女候補が使えた簡単なおまじないレベルの魔法は使えなくなる。聖女としての力は聖女じゃないものには宿らないから。
聖女として以外の力は残るらしいのだけれど、残ったからといっても強大な力というわけでもない。
まぁ、ゲームでの私の力は呪いに反転していたから、最悪その力を悪用しないように、とか色んな対策は練られたかもしれない。展開次第ではあるけれど。
ゲームのヒロインがクロフォードにちょっかいをかけなければ、そもそも呪う必要もないのだし。
ともあれ、レディマカロンはもしかしたら、マリィにかつての聖女の面影を見たのかもしれないし、単純なおせっかいだったのかもしれないけれど、少なくともこんな展開を期待して彼女にお菓子に願いを込める方法を教えたわけではないのだろう。
試しに、と中立的立場だった彼にも同じおまじないをかけた上で、マリィが作ったお菓子を食べてもらったら。
「……うわマズ」
そんな表情ゲームのスチルにもなかったぞ、というくらい酷い顔をしてそっと皆に背中を向けて吐き出していた。
では、既にマリィのお菓子で好感度ぶち上げられた彼はというと。
最初はそうやってマリィを陥れようとしているのだろう、なんて言っていたけれどいざ私のおまじないを受けた事で。
吐いた。
そりゃもう盛大に吐いた。
胃の中の物ぶちまける勢いで吐いた。
そうしてしばらく悶絶していた後、憑き物が落ちたかのようにすっきりした表情をして、
「俺は……今まで何を……?」
となったので。
あっ、これはもう聖女っていうか魔女としての力の方に傾いてますわ、みたいに皆が納得しちゃった事で。
急遽マリィは聖女の資格なし、と判断されてしまったのである。
やらかしはやらかしだけど、マリィは単純に好きな相手を振り向かせようとしただけで、国家転覆を企むだとか、そういうところまで考えてはいないようだった。
なので結局レディマカロンに事情を説明して、マリィの扱いは彼女預かりとされた。
魅了されてやれ婚約破棄からの断罪だとか、そういう展開にならないようにと思っての事だったけれど。
まぁ、思っていたより事態はおおごとにならなかったってところは、良かったんじゃないかと思う。
ただ、マリィはちょっと納得いってなかったみたいで、
「えぇえ!? なんでえ!?」
と悲鳴みたいな声を上げていたけれど。
多分、レディマカロンがこれからは滾々と力の使い方とか教えてくれると思うので。
無意識にやらかしちゃいました、なんてことは今後はないと思われる。
そんなわけで最終的な聖女はリゼリア様に決まったし、ユリウス様との結婚式も盛大に行われたし、その後で私とクロフォードも結婚した。
そうして数年が経過して、子供も生まれてある程度育ってから。
私は娘を連れてレディマカロンが経営しているお菓子のお店に行ってみたのだ。
「おかあさま、これ美味しいね」
「そう、良かったわ」
レディマカロンが作るお菓子はいつだって好評で。
でも最近は、彼女の弟子でもある女性が作ったお菓子も人気だ。
魅了の力を含まない、本当にただ普通のお菓子。
けれどそれは。
マリィが作ったそれらのお菓子は、かつて攻略対象者が吐き出しマズイと言われていたものとは異なって、本当に美味しかった。
ただ、ちょっと気になったのは。
近くで呆然とこのお店を見上げて、
「あれ、この世界って……」
と呟いていた私の娘と同じくらいの年齢の少女がいた事だけれど。
まさか、この世界ループしてるって事はない……わよね?
ちょっと怖くなったから、そっとレディマカロンに通報した。
その後、レディマカロンのお店では小さな少女が働くようになったのだけれど。
……何事もないのなら、まぁ、良しとしましょう。えぇ。
別にループはしていない。
ちなみに作中の乙女ゲームは実在しませんが、実在している乙女ゲームをいくつか参考にしつつミックスされているので色々とお察し下さい。
次回短編予告
悪役令嬢に転生したから頑張ろうとしたけれど、ちょっと頑張りが斜め上にいっちゃって失敗した転生者の話。ざまぁとかは無いです多分。文字数は今回より少なめのその他ジャンル。