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フォートドラム要塞の達彦

 数日後、久美子は分娩室の前でうろうろと待っていた。

 元々切迫早産の気があり入院していた娘の三知子が産気づき、予定日よりかなり早い出産となったのだ。ただし陣痛が来てからの診断では胎児は低体重なだけで、元気そのものだという。母として安心した。

 さすがは大学病院で、当直医の他に待機中の産科の医師、研修医、その他何人もの医師によるチームが組まれ、娘の出産に尽力してくれている。


「そうなの。今まだ分娩室に移ったばかりで、これからまだまだかかるんじゃないかな。初産は時間がかかるから。あ、でも元々三知子は早産だろうって診断だから、案外すぐ生まれるかも。うん。じゃ焦らず気をつけておいでなさいね」


 娘・三知子の夫への電話を切り、ふう、と久美子はベンチに腰を下ろした。出張帰りで報告や事後処理に忙しい娘の夫も、何とか大急ぎで駆けつけている最中という。

 ベンチに座って、待ち受け画面をじっと見つめる。買い換えた新しいスマホの待ち受けは娘にもらった画像だ。病室で撮ったという。三知子と軍服の男がぎこちなくピースしている。


 あれから母の久美子は、戦死したという兄について、祖母の日記や当時の記録などを読んで調べた。

 レイテ湾の戦いで沈んだ戦艦武蔵に乗っていた兄・斉藤達彦は艦と共に沈んだのではなかった。彼は海に飛び込んで波間に漂うところを仲間とともに救出され、フィリピンの陸上部隊に編入されていた。日本の海軍が壊滅した後米軍が上陸し、酸鼻を極める戦闘が行われたが、装備、物量と人数と比べ物にならず、日本軍は敗退した。

 フォートドラムという海岸端の小さな最後の拠点に立てこもったまま降伏をしなかった『戦艦武蔵』の生き残りの乗組員部隊は、追い詰める米軍によって基地の周囲にくまなく仕掛けられた爆弾のスイッチが押され、基地ごと粉々に爆破された。基地の中には配管から引火性のガスも送り込んであったので、火柱は天高く上がり、立てこもった兵士全員が爆死・焼死した。

 一部武蔵の乗組員には台湾の高雄に転戦した者もおり、その人たちは無事終戦まで生きのびることができたというのに。 


 分娩室の中からは、三知子の陣痛に耐える息遣いと、励ます助産婦さんの声が聞こえる。もうすぐ孫が生まれるのだろうか。娘の夫もおっつけ到着するだろう。

 久美子が膝の上に載せたアイパットには、自分と電話で話す軍服姿の兄の動画が残っている。慌てながらも娘の三知子が写してくれたのだ。若く凛々しい兄の姿。声。そしてすっと一瞬で消える。そう。命は一瞬で消える。生まれるのにはこんなに時間と人の手の力が必用なのに。


「おかえりなさい、達ちゃん兄ちゃん。よく帰ってきてくれました……」


 久美子はしみじみと呟いた。

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