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花香と初音の物語  作者: 葉月麗雄
波乱編
4/22

花香 かずさ屋の陰謀を知り 初音の救出に動き出す

翌日、玉屋にかずさ屋からの贈り物が届けられた。


「かずさ屋さんから?」


「へい。何でもお近づきの印にって言ってましたが」


お里の後釜として遣手になったお清がかずさ屋の使いから受け取ったのは見た目も高級そうな和菓子であった。

お清はお里が自ら後継者として指名しただけあって、遊女たちから恐れられながらも慕われている姉御肌の人物であった。


朝霧と紅玉の妹分で格子まで上がり、時期太夫の評価も高い遊女であったが、霧右衛門の阿片事件でお里が楼主となったのがきっかけで遊女から運営側へと配置転換される事となったのだ。


「小見世がうちにお近づきの印って言われてもねえ。まあ、貰う物は貰っておきますかね」


お清が受け取った贈答品をお里に渡そうとした時、花香が待ったをかけた。


「お清さん、待ちなんし」


「花香太夫、何か?」


「お里さん、かずさ屋が差し入れして来たと聞きなんしたが、昨日の今日で怪しいでありんす」


花香の言葉にお里もすぐに気がつく。


「確かに妙だね。うちとかずさ屋は普段からそんなに交友関係があったわけじゃない。何か毒でも仕込んであるんじゃないかい」


「時期が時期だけに念を入れるに越した事はないでござりんす。お清、その贈答品は捨てておくんなんし」


「かしこまりました」


花香に指示された通りにお清は贈答品を見世のゴミ捨て場にそのまま投げ捨てた。

だが、捨てられた贈答品を禿かむろのおまつが見ていたのだ。


「何で食べずに捨てちゃうの? もったいない」


ゴミ捨て場に捨てられた贈答品の中を開けると、高級そうな羊羹であった。

羊羹など生まれてから一度も食べた事のないおまつは目を輝かせた。


「うわ、羊羹だ。捨てた物なら食べても怒られないよね」


おまつは羊羹をそのままかじって食べた。


「甘い! 美味しい。こんな美味しい物初めて食べた」


生まれて初めて食べる羊羹におまつは感動していたが、しばらくすると身体の異変に気がつく。


「うぐ。。」


猛烈な吐き気に襲われて、おまつは食べた物をすべて戻してしまった。

そしてお腹を抱えてその場にうずくまってしまう。

しばらくして、裏の掃除にやって来た人夫が倒れているおまつを発見する。


「おまつ、どうしたんだ?」


「苦しい。。」


苦しそうにお腹を抱えて冷や汗を流しているおまつの様子を見て異常を察した人夫はすぐに人を呼んだ。


「大変だ! おまつが倒れているぞ」


しばらくしてお里が手配した医師が急ぎ見世にやって来ておまつを診察する。


「先生、どうです?」


「これは食あたりですな。何か悪い物でも食べたんだと思いますが、心当たりはありますか?」


「食あたりだって?」


お里は診断を聞いて驚いた。

見世で食べさせている食事にそんな悪い物があるとは思えない。

それに見世の食事が原因なら他の禿たちも同じ食あたりになっているはず。

だが、妓夫たちに確認させたところおまつ以外の禿は何ともないとの事である。


「変だね。見世の食事じゃないとするとおまつは何を食べたんだい?」


お里が首を傾げているとお清がやって来てお里に耳打ちする。


「お里さん、気になる事が」


「何か気付いたのかい」


「裏のゴミ捨て場に捨てた例の贈答品ですが、開けられて中身が無くなっているんです」


「なんだって? まさかおまつが拾い食いしたんじゃないだろうね」


「その可能性はあります。箱の中にまだ少し羊羹が残っているので、これを医師に見てもらいましょう」


お清は残っていた羊羹を医師に確認してもらう。


「これは。。」


医師はひとつまみ口に入れてすぐに吐き出した。


「この羊羹にスイセンの毒が入れられてますな。おまつはこの毒にあたったのでしょう」


「スイセンの毒だって?」


「幸い、スイセンの毒は食べてすぐに強い吐き気に襲われるので、食べた物を全て戻したようなので命に別状はありません。念の為に厚朴こうぼくを配合させた粉薬〔漢方の胃薬〕を出しておきます」


「先生、ありがとうございます」


医師を見送ったあと、花香がお里に話しかける。


「こんな物を送りつけて来なんすとは、やはりかずさ屋には何か裏がありんすな」


「もし、あんたが気が付かずに見世の者に配って食べたてたら全員食あたりで商売上がったりだったよ。おまつは気の毒だったね」


「とりあえずおまつが無事で良うござんした。それにしても許せないのはかずさ屋でありんす」


「ああ。うちの見世に喧嘩を売るとは上等じゃないか。徹底的にかずさ屋の裏を暴いて二度と吉原で商売出来なくさせてやる」


お里の目が光り、花香も目が鋭くなっていく。

二人とも大事な見世の禿を危うく殺されかけた怒りではらわたが煮えくりかえるような気持ちであった。


「鬼退治をしなんすかね」


花香は見世の妓夫の中でも選りすぐりの者を集めてかずさ屋を見張らせた。


「何かわかった事があったら報告しなんし。お金が必要だったらいるだけ出しなんすから言っておくんなし」


花香の言葉に妓夫たちは「へい」と威勢のいい返事をして一斉にかずさ屋の調査に乗り出した。



それから数日後、かずさ屋でも事件が起きていた。

初音を可愛がってくれた千早太夫が瘡毒〔梅毒〕にかかってしまい、もはや客が取れるような状態ではなくなってしまった。

こうなると見世は金にならない遊女をいつまでも置いてはおかない。

建前の二朱の祝儀を手渡して年季がきた事にしてしまうのだ。


「千早姐さん!」


別れの挨拶に来た初音に千早は無理に元気な顔を作って話しかける。


「初音、あんたはこんな風になったらいかんせん。せっかく花香太夫に認められたんでありんしょう。この見世を出て玉屋で頑張りなんし。そして一日も早くいい人に落籍らくせき〔身請け〕されてここ(吉原)を出るんでありんすよ」


「姐さん、どうかお達者で」


初音は見世で唯一の味方であった千早を失う事となったのだ。

こうして千早は一本締めで大門から見た目こそ盛大にお祝いされているが、実質追い出される事となった。



さらに十日後、花香はかずさ屋を裏で調べていた妓夫たちに呼ばれてお里とともに京町一丁目にある裏茶屋にいた。

ここは桜や滝川ゆきが極秘の会談をおこなう時にも使用している玉屋御用達の見世である。


「何かわかったのかい?」


お里の問いに妓夫の長が代表して答える。


「へい。かずさ屋の禿がこの一、二年ほどの間に十人以上足抜けの罪で折檻で投げ込み寺行きになっているらしいんです」


それを聞いてお里と花香が驚きの表情を浮かべる。

投げ込み寺行きとは死なせてしまったという事である。


「二年の間に禿の足抜けが十人ってやけに多くないかい。大人の遊女なら客との逢引きや夜逃げがあるからまだしも、お客を取らない禿ばかりってのも変だね。いくら小見世だってそこまで酷いとは思えないけどねえ」


「それに折檻で殺してしまうまではやり過ぎでありんす」


「それなんです。あっしらもいくら何でも多いんじゃないかと詳しく調べるために見世の者に金を掴ませたんです。そこから得た情報ですと、見世から外に。


厳密に言えばこの吉原の外へ連れ出されたらしいんです。どこへ連れていかれたまでは見世の者たちはわからなかったんですが。。その後、その禿は遺体となって投げ込み寺行きというわけです」


「吉原から外へ?」


お里と花香は互いに見合った。


「自分たちで吉原の外へ連れ出して抜け人の罪を着せて折檻しているという事でありんすか。。ますます腑に落ちんでありんすな」


「これはあくまでもあっしの想像にすぎねえんですが、吉原に出入りしているのが見つかったら体裁が悪いような人間。例えば身分の高い大名の屋敷あたりに連れ込まれているんじゃねえんですかね。


その大名が大人の遊女よりも禿くらいの幼女が好みだとか。そこに適当な禿を選んで金で売って遊ばせる。用が済んだら口封じという事なのかもしれやせん」


「その推測が当たっているとしたら、悪質な人身売買になるね」


「そうなりんすと、初音が下品にされたのも見世で遊女にするつもりがなく、その大名屋敷に献上するためって事になりんすな。扱いが乱暴なのも用が済んだら始末するからでありんすか。初音が気の毒でありんす」


「もし身分の高い大名となると、残念ながらあっしらが調べられるのはここまででございやす」


「やはり桜花姐さんにお頼み申すしかありんせんな」


「あんたの考えってのはやっぱり桜姫だったのかい」


「あい。かずさ屋に何か裏があったとしても、わっちらが調べたり出来ることは限られてござりんす。そこから先はお上に任せるしかないと思うておりんした。


ただ、桜花姐さんが公方様の元から出て来られるかはわかりんせんが、姐さん自身が無理でも御庭番を動かしてもらえると思っておりんす」


桜は薩摩山くぐり衆との戦いを最後にもう戦いの場には出ないと吉宗に公言している。

ただ、直接出向いてこれなくても御庭番や大岡越前や南町奉行所に働きかけてくれるではあろうと花香は考えていた。


桜と玉屋は強い絆で結ばれていて、お互いに助け合うと決めた仲だったからである。

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