初音 吉原五年目の正月は新たな誓いと楽しい日々
再び吉原に戻った初音と玉屋一行は一七二九年の年明けを迎えた。
大晦日は翌日が元旦のためにすべての客が見世じまいになると帰路につく。
引け四つ〔午前零時〕に大門が閉められると各見世の妓夫たちは一斉に門松を準備してしめ縄を飾り付ける。
見世によっては寒い中、格子窓を洗って綺麗にして新年を迎えるところもあったようだ。
遊郭の元旦は遊女や見世の者全員が大広間に揃って雑煮を食べる。
普段は自分の部屋で食事をとる太夫たちも元旦だけは大広間に揃って食べるのだ。
玉屋にも楼主お里を上座に花香を始めとする遊女たちが一同に集まっていた。
壮麗な雰囲気に初音も心が踊る。
何しろ去年の今頃は火事の騒ぎで深川に引っ越しがあってまともにお正月を過ごせなかったため、初音にとってはこれが玉屋に来て初めて迎えるお正月と言って良かった。
この正月の料理にも太夫、格子と新造、禿では格差があった。
太夫は常に一番良いものを食べ、禿は質素であった。
玉屋と言えどもこれは徹底していた。
上にいけば良いものを食べられるという事を見せるためである。
ただ、お祝いのお赤飯とこのお正月のお雑煮だけは全員同じ物が出された。
差があるのはそれ以外の料理である。
ちなみにお祝いのお赤飯は色々とあるが、禿が初めての行水〔月経〕を迎えた時にも出される。
見世全体でお祝いのお赤飯と料理が振る舞われるが、そのお金はすべて禿を世話している姐が出すことになる。
姐の遊女は当然ながら自身の借金として加算されるので極力出費をしたくない。
そこで「楼主や遣手婆に知らせずわっちにこっそり教えなんし」とあらかじめそれが近い年齢の禿たちに言っておき、言う通りにした禿に褒美のお小遣いを手渡すという遊女もいた。
それを知らずに楼主や遣手婆に言ってしまい、大々的にお祝いとなって姐から恨めしい顔で睨まれる禿も居たとか。
あるいは他の禿たちにうっかり話してしまい、そこから楼主にバレてというパターンもある。
それは禿たちはみんな茶碗半分だけの食事で常にお腹を空かせているためだ。
お赤飯と料理が食べられる行水が来たとなったら当然黙っているはずがなく、「◯ちゃん行水が来たって!」と見世中に広めてお祝いのお赤飯をたらふく食べて満足する。
一方でバラされた禿はやはり姐から睨まれる。
そんな裏話もあったとか。
話はそれたが、初音は食事については新造と同じ物が出された。
半玉はまだお客を取れないという点では新造と同じという理由からだ。
「初音、お前さんの三味線と歌の実力は紗雪も認めている。今年は半玉から一人前になって一人でお客さんの前で披露出来るようになるのが目標だね」
お里にそう言われるまでもなく、初音もそのつもりであった。
これまでは紗雪や先輩芸者に付いて演奏していたが、一人で客前に出てこそ芸者としての第一歩が始まると思っている。
「はい」
「うちでは内芸者は実質的には初音が初めてだからね。格付けをどうしようか考えているところだよ。とりあえずは一人前になったら散茶と同等の位置付け〔格子の一つ下。遊女の中ではちょうど真ん中に位置するランク〕にするつもりで、それ以降はあんたの稼ぎ次第だよ」
「頑張ります!」
京では元々太夫は芸者の最高位を意味する言葉であった。
次第に遊女も太夫を名乗るようになって、今では遊女の最高位を示すようになったのだが、芸者の最高位が太夫というのも変わりはない。
「初音、あんたは遊女じゃなく芸者で太夫を目指しなんせ」
花香にもそう言われて初音は今年中には一人前になるんだと決意を新たにした。
初音は吉原に売られて来て今年で五年目だが、かずさ屋で色々とあって廓言葉がほとんど使えない。
使えないと言うより教わる事も使う事もなくここまで来てしまったのである。
しかし芸者なら廓語も使う事はないだろうと、お里も花香もそのまま普通に話をさせている。
この辺は玉屋の自由な気風であった。
おかげで初音は廓語を話せなくても他の禿や新造たちに何の気遣いもなく普通に話が出来ている。
雑煮を食べ終わるとお昼からの挨拶周りのために支度を始める。
楼主であるお里が遊女の格に応じて着物を用意し、見世の太夫、格子たちはそれぞれ自分の新造、禿を従えて日頃お世話になっている茶屋に新年の挨拶に行くのだ。
初音は花香と若紫〔元おしの〕、紅梅〔元おうめ」と共に挨拶周りをおこなった。
三人とも玉屋の次期太夫、芸者候補という事で至るところで声をかけられた。
「なんだかわっちらも有名になりんしたな」
若紫がそう言って少し自慢するような仕草をすると花香からたしなめられる。
「若紫も紅梅もまだまだでありんす。太夫はなるよりなってからの方が大変なんでありんすからね。気を引き締めなんし」
「あい。姐さん」
しまったというような表情をする若紫を見て笑う初音と紅梅。
思えばこんなのどかで楽しい正月を過ごしたのは吉原に来てから初めてであった。
玉屋に来てからもう一年になる。
遊女から芸者に変わり火事による深川での仮宅営業でひな鶴との出会い。
かずさ屋にいた三年よりもこの一年の方が初音にとって何倍もの濃い内容の日々であった。
玉屋は正月三が日は休みだ。
「他の見世が二日から仕事始めなのにうちだけ休業なのは最初は従業員も戸惑ったでありんすよ」
若紫と紅梅に教えられて初音もそうだろうなと思った。
もっともこの一月二日は他の見世も「仕舞日」と言ってお客さんからお金だけもらって見世は事実上休みという都合のいい日であった。
ただ、遊女たちは喜んでいたそうだ。
初音もそうだが、正月だからといって帰る場所もない遊女たちでも酷使した身体を休める日があるのは嬉しいものだ。
とは言っても花香を始めほとんどの遊女はこの休日期間をおゆかりさんへ手紙を書く時間に当てていたが。
正月気分でかるたや双六で遊んでいるのは禿たちであった。
吉原の遊郭は一月二日から七日までを大紋日として、紋日のさらに倍の料金としていた。
そんな中で玉屋だけは四日の営業開始から通常料金で営業していたので、この四日から七日までは絶えず客が訪れて見世はてんてこ舞いの忙しさである。
初音もこの三日間はいったい何人のお客さんの前で三味線を弾き、歌を披露したか覚えていられないほど多くの客を相手にした。
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花香の一日はお客を大門まで見送る後朝の別れで始まる。
「毎回の事でありんすが、この朝の別れは寂しいものでありんすな」
花香がいかにも寂しげな表情を見せてそう言うと、客もそれに反応する。
「また会いに来るよ。寂しいのはお互い様。少しの辛抱だ」
決まりきった形式的なやり取りではあるが、こんな言葉の一つ返せないようなぬし〔お客〕は遊女から嫌われる。
朝霧もそうであったが、花香も本当に惚れた人以外に容易に身体を許す事はなかった。
のらりくらりと夜中のうちに数人の客の間を出入りして結局は何もせず終わる事の方が多かったのだ。
それでもお職になれるのは美貌と人当たりの良さに頭の良さもある。
さらに花香の場合、それを売りにしていたのもあった。
容易に床入り出来ない美人太夫。
そんな花香の気をどうやって引くかも客たちは熱中した。
この一晩で何人もの客を相手にする廻しは玉屋ではお里の楼主就任以降は原則禁止となっていた。
元々、廻しは鼓楼が金儲けのために一人の遊女に一晩で何人もの客を相手にさせるのが目的だったからだ。
お里がこれを禁止したのはそんな事をやっていては身体が持たないし、玉屋はそこまでしなくても利益は十分に出ていたからだ。
ただし、花香や遊女たちがこれを利用して好きな男以外と床をしない時に限っては容認されていた。
厳密に言えば花香が最初にこれをやってそのまま認められたのだ。
朝霧は身請けしてくれた大旦那がいたが、花香は贔屓客こそ多かったが、身請けという話まではいかなかった。
それは花香が身請けよりも年季を終えて自由になり、自分の好きな人を結ばれる事を夢見ていたからでもあった。
そんなのは遊女としては甘い子供じみた考えである事くらいわかっている。
だけど、自分はすでに帰る場所もない根無し草。
せめて生涯の伴侶だけは自分の選んだ人でありたいと思うのは遊女の身分では贅沢なのだろうか。
花香の実家は貧しい農家であった。
父親はこのままでは一家五人飢え死にだと困り果てていたところに一人の女衒がやって来たのだ。
元々顔立ちが良かったのに加えて花香は頭も良かった。
玉屋に来てから読み書きに算術、和歌などを貪欲に吸収していき、卓越した話術は姐である朝霧と紅玉の二人から伝授された。
「振り返ってみなんすと、わっちがこの吉原に来て十年。ここまで長いような短いような。あっという間に過ぎていった気がしなんすな」
花香はふと自分が田舎の農村から吉原に来た時のことを思い出していた。




