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花香と初音の物語  作者: 葉月麗雄
奮闘編

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14/22

初音 かつての姐と再会し変わり果てた姿に愕然とする

初音とひな鶴の一件が落着してから二ヶ月が過ぎた。

ひな鶴とも仲良しとなって、同い年の二人はすっかり打ち解けた様子だった。

初音は料亭にいる間、午前中は紗雪と三味線の稽古に出向いた。

三味線の稽古は料亭ではなく置屋でおこなう。


無論、芸者になるために三味線だけでなく舞踊、歌のほかにも茶道や礼儀作法も学ぶ。

遊女とはまた違う稽古であったが、初音はこっちの方が性に合うのか遊女の時よりもむしろ楽しく学んでいた。


芸者には「立方たちかた」と「地方ちかた」の二つの役割があり、舞踊を専門に担当するのを立方、三味線や太鼓、歌を専門にするのを地方という。

初音は立方も一応やってはみたが、舞踊に関してはお世辞にも上手いとは言えなかった。


なので紗雪から地方と振り分けされて三味線や歌を上達させるためにそちらに重点を置いて稽古をしている。

舞踊はあくまでも教科課程としてと割り切っていた。

実は舞踊に関してはひな鶴の方が上手いとわかったのは三味線勝負の後であった。


「ちぇ! 初音が舞踊が出来ないとわかってたら舞踊で勝負してたのにな」


「舞踊だったらわっちは勝負してないよ。そうなったら今頃は酌婦だ」


「それはそれで面白くない。やっぱり勝負して良かったとわっちは思ってる。今こうして仲良くやれてるんだもん」


ひな鶴が少し照れながらそう言うと初音も照れくさくなってきた。


「そんな事、表立って言わないで。なんか恥ずかしいやら照れくさいやらで身体がくすぐったくなる」


それを聞いてひな鶴は思い出したように冷やかしだす。


「そう言えば若紫ちゃんから初音は綺麗な女の人が好みだって聞いたよ」


図星を突くひと言を言われて初音は慌てて否定する。

たとえ本当の事でもここは否定しておかないとまずいと思ったからだ。


「若紫ちゃんの言う事を間に受けたらいかんよ」


「花香姐さんと紗雪姐さんが好みだとか」


「だから若紫ちゃんの言う事を本気にしないでって言うとるじゃん」


「私がどうかしたの?」


いきなり紗雪に声をかけられて飛び上がるほどびっくりする初音。

それを見たひな鶴はふざけ半分に紗雪に話しかける。


「実はね、初音が。。」


そこまで言った瞬間、初音がひな鶴の口を塞ぐ。


「ん。。んぐ。。」


「な、何でもないです。私たちも早く紗雪姐さんみたいに人気のある芸者になりたいなって話してたところだったんですよ」


〔ひな鶴、ここはお団子二本で手を打とう〕


〔桜餅もつけてくれなきゃ言いふらしちゃうぞ〕


〔わかった。桜餅もつけるよ〕


「私はそんなに人気のある芸者かしら? 食いっぱぐれないように精一杯やっているだけよ」


引くてあまたで予約するのですら大変な人気芸者なのに、そんな奢らないところも紗雪の魅力だなと初音は思った。


ふと初音は紗雪の後ろにいる女性に気がついた。

初めて見る人だなと思っていると紗雪が紹介してくれた。


「初音は音葉と会うのは初めてだったわね。私の義理の妹で音葉という芸名で一緒に仕事をしているのよ。子供が出来てしばらく休んでいたんだけど、育児のかたわら少しずつ復帰していく予定だからよろしくね」


「音葉です。初音ちゃんの事は姐さんから聞いているよ。可愛い子だね」


可愛いと言われて初音は恥ずかしくなって思わず下を向いて自己紹介をしてしまう。

可愛いと言われる事などあまりないので、慣れていないのもあって照れが出てしまうのだ。


実際のところ、初音はかずさ屋では騙されたとは言え、普通に吉原の見世に来ていれば上品に入るであろう容姿なのだ。

自分ではそんなつもりがないのだが、初音は普通に可愛い江戸の町娘である。


「あ、あの。初音と申します。よろしくお願いします」


音葉は元薩摩山くぐり衆の一人で凛音という役名で任務を遂行していたが、桜たちとの戦いが終わって如月と結婚してからは忍びから足を洗い芸者として紗雪と共に活動していた。


如月との間に男の子が生まれてしばらく仕事を休んでいたのだが、育児の合間に仕事に出られる時は出たいという事で久しぶりの復帰となった。


「私も芸者としてはまだまだ姐さんには及ばないから一緒に頑張ろうね」


「はい!」


その様子を見ていたひな鶴がじっと初音を見ている。


「何? 私の顔に何かついている?」


なんだろうと思いひな鶴に問いかけた初音にそっと耳打ちする。


〔初音は本当に綺麗な女の人好きなんだな。音葉さんは可愛い系だと思うけど、初音の好みなのかなって〕


「馬鹿言わんといて!」


突然初音が大声を上げたので紗雪と音葉が驚いてどうしたの? と声を掛けてくる。


「い、いや。。何でもないです。ひな鶴が突拍子もない事を言って来たから注意しただけなんで」


〔お団子二本に桜餅とくず餅もつけてもらうぞ〕


〔わ、わかったよ〕


弱みを握られたとは思わないが、思わぬ出費がかさむ初音であった。


⭐︎⭐︎⭐︎


そんなある日、置屋での三味線の稽古を終えて紗雪と二人で料亭に向かう途中で初音は突然遊女に声をかけられる。


「ちょいとお兄さん。私と遊んでいかない」


〔お兄さん? 私、女なんだけど。。〕


そう思い遊女の顔を見て驚いた。


「千早姐さん?」


初音が見たのはあの優しく綺麗だった千早ではなく、ボロボロの着物に皺だらけの顔となった変わり果てた姿の千早であった。


「お兄さん、私を買ってくれない」


「姐さん、私だよ。初音だよ」


だが、千早は初音が声をかけてもわからないようであった。

紗雪はこの様子をひと目見てすぐに気が付いた。

末期症状の瘡毒〔梅毒〕。この人はもう助からないと。

そして初音を手を引き、声をかける。


「やめなさい」


「紗雪姐さん、どうしてですか? 千早姐さんは私がお世話になった人なんです。助けてあげたいんです」


「世の中にはその温情が仇となる事もあるんです。厳しいようですが、彼女はもう助かりません。黙ってこの場を去るのが彼女にとって一番いいんです」


「そんな。。せめてそばにいて手を握ってあげるくらいは。。」


「それはあなたの自己満足です。その人にしてみたら変わり果てた自分の姿をかつての妹分に見られたくなかったでしょう。時に情けは相手のためにならない事もあるんですよ。私たちにはどうしてあげる事も出来ない。さあ、行きましょう」


何で? どうして情けをかけちゃいけないの?

初音はそう思った。


「紗雪姐さん、少しだけ待って下さい」


初音は半ば強引に紗雪の手を振りほどいて千早の元に行く。


「姐さん、これくらいしか出来ないけど、これで何か食べて下さい」


そう言って初音は自分の稼ぎの中から二朱金〔およそ一万二千円弱〕を千早に手渡した。

それを見た紗雪は「その優しさが仇にならなければいいけど」と初音に聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。



翌日、初音が三味線稽古に行く途中隅田川に女の遺体が上がったと騒ぎになっていた。


「何があったんですか?」


土左衛門どざえもんだよ。遊女らしい」


それを聞いて初音は嫌な予感がした。

急いで遺体が上がったという隅田川の河岸に行くと藁を被せられた遺体を役人が検分しているところであった。


「お役人様、通して下さい。もしかしたら知っている人かもしれません」


初音の言葉を聞いて役人は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、初音と一緒についていた玉屋の妓夫が事情を説明すると納得したようであった。

この妓夫は吉原から外に出ている期間、稽古や仕事に出向く遊女たちが足抜けしないように見張り役としてついている者たちである。


「どこかで見た顔と思ったら玉屋の半玉だったのか。よし、確認して知っていたら素性を教えてくれ」


役人から許可が降りて遺体に近づき、被されていた藁が外されると、それは紛れもなく千早であった。


「千早姐さん!」


初音は絶句した。

手には昨日初音が渡した二朱金が握られていた。


「知っているのか?」


役人の問いに初音がうつむいた状態で答える。


「はい。この人は元吉原の遊女でかずさ屋の太夫だった千早と言い、私の姐さんだった人です。瘡毒にかかって見世から出されてしまい、その後は行方がわからなくなっていました」


「そうか。ありがとうよ。かずさ屋といやあ先日お取り潰しになった見世だったな。小見世とは言え太夫にまで上り詰めた遊女がこんな末路とはな」


役人もやるせない表情を浮かべていた。

初音は千早に手を合わせると、妓夫に促されて稽古に向かう。

奉行所の役人の話では瘡毒で助からないと絶望して川に身を投げての自殺と言うことであった。


「姐さん、もしかして昨日会った時に私だって気がついていたんじゃ。。」


この時、初音はようやく紗雪がやめなさいと止めた理由がわかった。

会わなければ、声を掛けて余計なお世話をしなければこんな事になっていなかったかも知れない。

紗雪が言うようにあえて知らんぷりして通り過ぎていればと後悔したところでもうどうしようもない。


「昔の妹分に会いたくなかったのに会ってしまい、変わり果てた姿を見られたうえに情けをかけられた自分が許せなかったのか嫌になってしまったんだね。私が姐さんにとどめを刺してしまったのかもしれない。。紗雪姐さんの言っていた事がようやくわかった」


時には情けは相手の為ならず。

初音はこの後、これを戒めとした。

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