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花香と初音の物語  作者: 葉月麗雄
奮闘編

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13/22

初音 一流芸者並みの実力を披露し ひな鶴との勝負に決着をつける

「何でそんな馬鹿な勝負を引きうけたんだい」


案の定、お里に叱られた初音。


「相手の実力がどの程度かわかっているのかい? 何も知らずに受けて負けたらそのひな鶴って半玉が上座になるだけじゃない。吉原芸者が下という風に見られてしまうんだよ」


「お里さん、勝手な事してすみません。わっちが酌婦になるだけならともかく、この勝負から逃げたらひな鶴の事です。吉原芸者が深川芸者を恐れて逃げたくらいの流言を流すに決まっています。わっちのせいでそんな事になるなら堂々と勝負した方がいいと思ったんです」


初音の言い分を聞いてお里もしばらく考えていた。


「面白いではありんせんか」


話を聞いていた花香がにこりと笑いながらそう言う。


「紗雪さんから話を聞きなんした限りでは、そのひな鶴という子は初音と同じ年と言うことでありんした。相手が紗雪さんほどの上級芸者ならともかく、同い年で半玉同士なら初音は負けんせんよ。あんたの三味線と歌声は天性のものでありんす。自信を持ってやってきなんし」


「花香、いいのかい? 負けたら初音だけじゃなく吉原芸者全体が下に見られる事にもなりかねないよ」


「その時はわっちも責任を取りなんして、年季を二年延ばしなんす」


年季を延ばすというのは遊女にとっては地獄に居続けるという意味に近い。


「花香姐さん、そんな事しなくても。負けた時はわっちが一人で酌婦やればいいだけです」


「遊女と芸者に道は別れたとは言いなんしても、わっちは初音の姐でありんす。妹分に何かあれば姐も連帯責任を負うのが吉原の掟でありんすよ」


そう言って笑顔を見せる花香に初音はこの勝負絶対に負けられないと気持ちを引き締めるのだった。



夜の帳が下りて、玉屋の仮宅に客が集まって来た。

来る客たちにお里と花香は今夜の勝負の件を客たちに宣伝する。


「今夜はちょっとした趣向がありんすよ。よろしかったら紗雪の座敷をのぞいておくんなし」


花香の呼びかけに客たちも興味津々で表座敷と呼ばれる大部屋には入りきれないほどの人で溢れた

三味線の修理から戻った紗雪はことの次第を聞いてため息をつく。


「私の居ない間にひな鶴がご面倒お掛けしてすみません」


紗雪がお里に謝罪するが、お里は特に気にしている様子はなかった。


「あんたが謝る事じゃないさ。それよりこの勝負、どっちが勝っても後が面倒になりそうだね」


お里はそう言ったが、紗雪にはお互いが負けた時の心配をするような言い方にも聞こえた。

初音が負けたら彼女は玉屋の芸者だからこっちで何とかする。ひな鶴が負けた時にはそっちで何とかしてくれ。

そんな感じであった。


「ええ、わかっています」


紗雪はそう答えてもう一度ため息をつく。



座敷の隣部屋では準備をしていた初音とひな鶴が激しく火花を散らしている。


「逃げるなら今のうちだぞ」


「その言葉、そのままお返ししておくよ」


初音とひな鶴は互いに睨み合った。


「お集まりのお客様。本日は少し試行を変えまして吉原と深川の芸者の卵二人による演奏勝負を行います。二人の半玉が自慢の三味線を披露いたしますので、どちらが良かったかを後ほど皆さま方に投票して決めてもらおうと思います」


観客から一斉に拍手が巻き起こる。

隣部屋の襖が開かれて、初音とひな鶴がお客たちの前に姿をあらわし、お辞儀をする。


先に演奏するのはひな鶴。

三味線の演奏曲で歌はないが、力強い三味線の演奏に観衆からはほおっと声が出る。

半玉でこれだけの演奏が出来るとはさすがに深川の芸者だ。

そんな声もあがっていた。


「さすがにでかい口叩くだけな事はあるな」


初音もひな鶴の三味線の腕は素直に認めた。


「だけど、その程度じゃ玉屋では清搔すががきを任されるところまでいかないよ」


ひな鶴が演奏を終えると拍手が巻き起こった。

次は初音の番である。

初音が演奏したのは導入に歌が入り後半は難解な三味線の演奏となる曲で、半玉でこれを弾ける者はほとんどいないであろう。


本来なら紗雪レベルの一流芸者が弾く曲である。

初音は花香も驚かせる美声で歌い始める。

その歌声には観客たちも驚きの表情であった。


「やっぱり初音は三味線と歌に関しては抜きん出てるでござりんすな」


花香が言うように観客もその演奏に聴き入っていた。

演奏が終わると嵐のような拍手が巻き起こり、初音はやり切った緊張から解放されてほっとひと息ついた。


演奏後、見世の妓夫たちが小箱と割り箸を用意し、良かったと思う方の箱に割り箸を入れる投票形式にしたが、観客のほとんどが初音の演奏に入れていた。

初音の投票箱から大量に出て来た割り箸。

一方のひな鶴の箱からは十本にも満たない割り箸しか出てこなかった。

勝負は決した。


「わっちの勝ちだ」


初音がそう言うとひな鶴はわなわなと肩を震わせた。


「別にわっちが勝ったからあんたにどうこうしろとは言わない。今後は吉原芸者だの分別はしないでくれ」


初音がそれだけ言って部屋から出ていくとひな鶴はわっと泣き出した。


「何を泣いているの?」


「紗雪姐さん。。」


「あなたが勝手に初音に嫉妬して勝負を挑んで負けたんでしょう。初音にしてみたら受けたくもない勝負を受けさせられて、勝っても何もない。負けたら酌婦にされて吉原芸者が見下される。そんな理不尽な条件だったのですよ」


紗雪にそう言われてひな鶴は涙を袖で拭いた。


「悔しいけど吉原芸者の実力がわかりました。わっちはまだ未熟です。でももっと練習していつか必ず初音を負かせてみせます」


「そんなに勝負にこだわる必要はないでしょ。お互いに切磋琢磨すればいいのです。ひな鶴も同い年のいい好敵手が出来て良かったでしょう」


「好敵手?」


「うちの置屋ではひな鶴は一番年下。今まで同い年の半玉もいなかったから初音はいい友好敵手じゃない。なんで私のいない間にこんな事をしたの?」


紗雪に問い詰められてひな鶴は下を向いた。


「だって。。あの子うちの置屋でもないのに、吉原芸者っていうだけでいつも紗雪姐さんについているし。他の姐さんたちからもあの子はわっちらとは違うって言われて何であの子だけって思ったらつい。。」


「初音は吉原に売られて来てから今まで吉原の外に出た事がないの。自分がどう見られているとか吉原芸者と深川芸者の違いなんてわかるはずがないじゃない」


「よく考えたらそうでした。すまない事したと思います。。」


「今後、初音と仲良くしたいのならひな鶴が自分からきちんと謝りに行くこと。そうすれば初音はきっと許してくれるよ。今度会ったらちゃんと謝りなさい。いいわね」


「。。はい」



翌日、初音が三味線の稽古から戻って来ると、ひな鶴の姿が見えた。


〔何であいつがここに? まだ何かわっちに文句でもあるのかな〕


初音はひな鶴を無視して自分の部屋に戻ろうとしたが、ひな鶴はタタっと走って初音の前に出た。

初音は仕方なく立ち止まりひな鶴に話しかける。


「何? まだわっちに何か用があるの?」


初音がそう言うとひな鶴はその場で頭を下げて初音に謝罪した。


「この前はごめんなさい」


「へ?」


突然ひな鶴に謝られたのが予想外だった初音は思わず声が裏返った。


「わっちは吉原に行った事がないから吉原の芸者がどれだけ苦労しているか全然知らなかった。いい着物を着ていい物を食べてさぞ優雅な暮らしをしているんだと思っていた。でも初音の話を聞いてそうじゃないってわかった。わっちの思い込みと勘違いから受けたくもない勝負をさせてしまってごめんなさい」


「いや。。あの。。その。。もういいからさ、頭をあげなよ」


ひな鶴の謝罪に初音は困惑しながらそう言うのが精一杯であった。

昨日までの態度を一変させてこうまでしおらしく謝られると、どう言っていいのかわからなくなる。


「初音の三味線と歌は正直驚いた。同じ年で半玉同士なのにあれだけの演奏が出来るとは想像もしていなかった。それで。。その。。」


今度はひな鶴がもじもじし出した。


「よかったらわっちと友達になって下さい」


「へ?」


本日二度目の声の裏返り。

またもやひな鶴の口から予想外の言葉が出て、初音はあんぐり口を開けてしまう。


「ダメかな?」


昨日までの強気な姿勢はどこへやら。

こっちの返事を待っているひな鶴の弱々しい表情を見て初音はふっと笑みが溢れた。


「わかった。友達になろう。わっちもひな鶴の演奏の凄さには驚いていたんだ。ただし一つだけ条件がある。吉原芸者だの深川芸者だの言うのはなしだよ。お互い同じ道を歩く者同士で仲良く出来るのなら友達になろう」


「わかった。約束する」


初音とひな鶴は互いに握手した。

こうしてお互いを認め合った二人は友人となった。

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