箱庭〜ミニチュアガーデン〜
行きたいライブがいっぱいある。
ナンバーガールが再結成したらしい。
君に教えてもらったギターの音。
彼らの新曲を聴いたら君はどんな感想を持つのか。
少しは同じことを思うのか。
フジファブリックの新しいアルバムは凄く良いらしい。
「しむしむが生きてる間にライブに行きたかった」
ことあるごとに君は言ったけれど、
しむしむが生きてた頃を超えるクオリティのアルバムなんだって。
君はそれを聴くのか。
動いてるしむしむを見たことがない君は、心を動かされるのか。
天野月子は活動を再開した。
ラジオから流れ出した「箱庭~ミニチュアガーデン~」。
君が歌ってくれたのを思い出す。
普段はふわふわした喋り方の君の声。
その音はまるで聴く人を切り刻む刃物のようで。
大きくなるたびに色々なものを失ったんだ。
そう呟いた君は、その中で何を育てたのか。
「だって箱庭じゃん、これ」
確か最初の頃、君はそう言っていた。
フランス文学を専攻している君の独特な言葉。
この部屋は小さな箱庭。狭いし汚いし空なんて欠片も見えない。
暑苦しい空の下で夏フェスが見たいよ。
そんなことばかり言っていた。
もしロッキンジャパンにナンバガが出る日が来たら、
その時こそ青空の下で会いたい。
そんな話をしていた。
「初めて姿を見たのは春の桜の下。
でもさ。そのとき、二人はまだ出会ってなかったでしょ?」
『嘘を吐いてこのまま騙していてね
髪を撫でる指の先から
もしあなたと始まることになっても
かまわないと今なら強く言えるの』
お互いに、見たいものだけを見ましょう。
そうやって始まったはずなのに。
後ろに色々なものが見えてしまう。
君が背負った、だけど後ろに押し込んだ様々な記憶。
それは刻印のように、深く君の中に息づいている。
力いっぱい抱きしめることは出来なかったのは、
君の56cmのウエストが折れそうだったから。でもそれ以上に。
拭っても抱きしめても消えない。
近づくほどによく見える。
君が隠したはずの傷口。
何でだろう、
君に近づくことと君から目を逸らすこと。
それはイコールだったような気がする。
「この場所は箱庭ですらないよ」
あるとき君は言った。
箱庭って、だって、騙される人がいて初めて成立するんだから。
美しいはずの箱庭の、外の世界のことばかりを考えていた。
騙される才能を持たなかった二人の間には、
恋も愛も労わりも暖かさも何も無かった。
その代わりに澱のように沈殿していく不必要な感情。
それを人は理解と呼ぶのか、
依存と呼ぶのか。
心臓の周辺にあって、だけど生きるには不必要な感情。
この人ならば分かってくれる。って。
何を。
理解したならば、君はもう君じゃない。
知れば知るほど離れがたくなるから皮膚だけを触っていたい。
「好きだよ」言い合って、それから二人で息が苦しくなるくらいに笑う。
違う。求めていたのはそんなんじゃない。
求めていたのは海。
この世界の、
何よりも暖かく、
フラットで、
無条件に心も身体も受け入れてくれる場所。
それは愛情から最も遠くて、だけどふたりが生きるには必要な場所。
「私はさ、あなたに何を見せればいいんだろうね」
多分お互いに、見せるべき物なんて持ってなくて。
だから目を合わせるたびに怖くなる。
次に目が合ったとき、まだ何か残っているのか。
『永遠とは何かを感じさせてね
頬を寄せて吐息を合わせて
もしあなたと始まることになっても
かまわないと今なら強く言えるの』
その時間が永遠に続きはしないなんて分かっていた。
だけど、あと少しだけなら続けても大丈夫。
なんて根拠の無い言い訳をしていた。
せめて箱庭に溺れれば良かったのかもしれない。
そうすれば、出口に怯えながら過ごすことなんて無かったはずなのだ。
「それが出来る人が良かったな。だって楽だもん。あなたと居るとなんか疲れる」
箱庭に出口は存在しない。
「だからどちらかを選ぶんだよ。
そこにずっと留まるのか、
箱庭を壊して、最初から全部無かったみたいにするのか。
どっちを選ぶの?
あぁ。青空が見たいなぁ」
歌詞引用: 天野月子「箱庭~ミニチュアガーデン~」