隠れ家2
92 隠れ家2
昼ご飯をご馳走になった後、更に隠れ家設営の作業は続いた。
ギルバートは街の木工工房兼家具屋でベッドや机、椅子などを買い、すぐに取りに来るから、しばらく庭に置かせておいてくれと工房主に頼み込んだ。
グレイヴァルではかなり有名になっているギルバートからのお願いとあってか、単に工房主の人柄ゆえか、それくらいなら、と快く了承してくれた。
正直、先日のごたごたに由来する悪評を、少しは気にしていたギルバートだったが、表面上はそういう気配は全く感じなかったため、ひとまずホッと胸を撫でおろした。
ギルバート達は街のあちこちでベッドに入れるマットや、トイレ用の粘菌生物、燃料、数日分の食糧、砂糖、塩、粉唐辛子などの調味料、着替え等々、様々な必要物資を買い集め、木工工房への道を急いだ。
ケルを肩にのせたまま、買い込んだ物資を全て、ギルバートとケルの「念動」の魔法の腕で持ち上げて運んだので、ギルバート達は注目の的だった。
さすがに見せびらかしが過ぎたかと思ったが、急いでいるという事で目を瞑った。
再び木工工房に戻ると、工房の人々も大いに驚いたが、その驚きはスルーして、買い込んだ物資を全てベッドに積み込んだ。
そして、ギルバートが「念動」の魔法の腕でベッドを抱え、同時に「飛行」の魔法でエリーを連れてグレイヴァルの上空へと舞い上がった。
後にしてきた地上では、大きな歓声が上がっているが、気にしないことにした。
その後、馬鹿正直に隠れ家にまっすぐ飛ばず、一度、西に向かい、グレイヴァルの外壁が見えなくなった辺りで方向転換し、隠れ家まで飛んだ。
隠れ家に戻ってくると、今度は買い込んだ家具や物資を塔の中に搬入していく。
今日、ここまでの全てを人力で行うと、どれほどかかるか分からない作業量だったが、魔法のおかげであっという間に搬入作業も終了した。
三階層の大穴から、みんなで中に入ってみると、中は円形ではあるが家具が入って普通の室内のようになっていた。
「……屋敷より先に、こっちの生活環境が整っちゃったねー」
エリーが冗談とも真剣ともとれる曖昧な調子でそんなことを言った。
「確かに。早いとこ、屋敷も整えたかったけどね……正直、あそこはもう、あのままでいいかなって思ってる」
「どうして?」
「だって、あの屋敷は色んな人に知られ過ぎてるから」
「ああ、まあねぇ」
エリーも納得顔で頷く。
しょっちゅう、知らない貴族から手紙がくるし、街の人でも知っている人はかなり多い。
「ただ、まあ完全にこっちで生活するには、わたしだけ飛べないっていうのが問題だけどね」
「まあ、ここはあくまで隠れ家だし、こっちを中心に生活するのは、いずれその問題が解決してからでいいんじゃないか?」
ちょっと気落ちした風なエリーに、ギルバートは軽く声をかけた。
エリーも苦笑しつつ、頷いた。
さらにギルバートはやれるだけやってみようという事で、まず三階層に竈を設置した。料理をするとき窓を開けるなら二階層より三階層のほうがまだ安全度が高いと思ったからだ。
元々三階層にはベッドを設置しており、竈や食糧置き場も設置したため三階層はかなり手狭になってしまった。
そして一階層の床を、トイレともう一か所を除いて「硬化」の魔法でツルンとまっ平らに固めた。
トイレ穴は「土」の魔法で掘り抜き、「硬化」の魔法で固めて粘菌生物を放した。ついでにギルバートが用を足しておいた。
次に、残しておいたもう一つの、固めなかった地面も「土」の魔法で掘り抜き、「硬化」の魔法で固めてゆく並行作業で地下通路を作ってゆく。
少し離れた場所に外開きの出口を作って、地下通路はとりあえずの完成とした。
いずれもっと充実させて距離を伸ばし、グレイヴァルの自分達の屋敷や、アンナおばさんの家までつなげられたら良いなと言ったら、エリーも目を輝かせて頷いた。
ただ、それを為すためには一度「硬化」の魔法で固めた物を加工可能な状態に戻せる反魔法が必要だった。おそらく名称的には「軟化」の魔法だろうか。
現状では「硬化」の魔法で固めると、それ以上、手を入れられなくなってしまうのだ。
エリーにそう説明していると、ケルが、その程度なら可能かもしれん、と言いだした。
ケルも、「硬化」の反魔法は知らないらしいが、なんでも「沼化」という魔法があるらしく、土限定だが、「硬化」の魔法の反魔法として応用できるかも、という。
ギルバートとエリーは、その魔法を早めに探して、家まで地下通路を繋げたいと夢想した。
最後に、二階層、三階層にぽっかり空いた大穴の処理だ。
ギルバートは二階層、三階層を生活空間として作ったので、そこには透明な窓を設置する予定だった。
まず「土」の魔法と、「硬化」の魔法の並行作業で開口部に外開きの扉の関節部を作って継ぎ足し、固める。
次に「水」の魔法と「硬化」の魔法で透明な扉と関節部に繋ぐ取っ手部分を作る。
エリーは、とてもそんな複雑な魔法操作は無理、とさじを投げたが、ギルバートがじゃあちょっと魔法石を貸してくれ、と言うと意外にも嫌がった。
そんなエリーは珍しいなと思いつつ、ギルバートはついでに自分の望みを叶える良い解決法を思いついた。
ギルバートはなるべく平静を装いつつ、エリーを自分の元に呼び寄せた。
「あー、エリー。魔法石を貸してもらわなくても大丈夫な案を思いついた。ちょっと大人しくしててくれる?」
一応、エリーの了承を得ると、ギルバートはエリーを抱き上げた。
「ギ、ギル?何を……?」
「う、うん。多分これで、十分魔力が届くと思うから……じ、ジッとしててくれる?」
「えっ、ええ、いいわ」
ギルバートはエリーを抱き上げたまま、エリーの首飾りに入れてある「水」の魔法石めざして魔力を循環させてゆく。
本当は正面から抱き合った方が簡単なのだが、それだとギルバートは集中力が持ちそうもなかったので、横抱きに抱いたのだ。いわゆるお姫様抱っこ状態だ。
見ればエリーの顔が赤く染まっている。さすがに露骨過ぎたらしい。そう感じると、ギルバートの顔も本人の知らぬ間に赤く染まってゆくのだった。
☆
ギルに抱かれながら、エリザベスはギルが魔法を使うため循環させている魔力をひしひしと感じていた。
おかげで何か照れくさいし、身体も顔も熱い。
見ればギルも顔を真っ赤にしている。
結婚後、ギルがエリザベスとの距離を、少しずつ縮めようとしているのは感じていた。
先日のケンカで、元の距離感に戻ったかとも思ったが、仲直りの後、接触は減ったものの、前よりももっと、ギルからの熱量を感じるようになっていた。
……そろそろ来るかなー?
何が、とは言わないが、エリザベスはそんな予感で更にドキドキしていった。
その後、エリザベスが気付かない間に、エリザベスを抱いたままのギルが、水を硬化させ、外開きの透明な両開き扉を完成させていた。
施錠の機構は単純な閂型だが、閂部分も掛け金部分も「硬化」の魔法で固めてあるので壊れる心配もなく、扉にも隙間は無いので、エリザベスは、とりあえず外から開けられる心配はしなくて良さそうだと思った。
現状、エリザベスとギルはそんな事より遥かに別のことが気になっており、ケルはそんな二人を見て、一時的に、どこかへ飛んで行ったとか行かなかったとか……。
ともあれ、一つ目の隠れ家は無事、完成したのであった。
************************************************
本日、1話目。2話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
************************************************
次回予定「出撃」
読んでくれて、ありがとうございました♪
もし続きを読んでも良いと思えたら、良かったらブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。




