隠れ家
91 隠れ家
「魔法で隠れ家を作る」それは魅惑的な響きだった。
エリザベスはまだ少し怒っていたが、それよりもワクワク感が勝ってきたので、怒りを維持するのを諦めた。
リンドヴァーンを出て暫くの間、ギルはリンドヴァーン西部の森林地帯の上空スレスレを低空飛行した。
そして森の中に小川を見つけて着陸すると、靴を脱ぎ、小川のごく浅いところに足を踏み入れた。
ギルは小川の中で、大きめの石を捲って蟹を発見すると、魔石の有無を確認し、魔石を持っていない蟹は小川へ放す。
それを繰り返し、どんどん蟹を捕まえ、その全ての蟹を小川へと放した。
そうやって、小川を少しずつ下流のほうへ移動しながら魔石持ちの蟹をさがし、見つからないと、今度は上流へと移動しながら捜索を続行した。
何十匹と蟹を捕え、放流したあと、ギルはついに魔石持ちの丸々太った大きな蟹を捕まえた。
当然、すぐに魔石を抜き取った。
「よし。これでオレも『集塵』の魔法が使えるよ」
ギルは嬉しそうにそう言うと、魔法石を獲った後の蟹をポイッと捨て、……たりはしなかった。
ギルは「念動」の魔法の腕を発動し、蟹を摘まみ上げると、「火」の魔法で焼き、足を千切って口に放り込んだ。ギルの口からパリパリと良い音が響く。
「美味い♪エリーも食べない?」
そしてエリザベスにも、焼いて千切った足を差し出してくる。もちろん、エリザベスは即座に受け取り、口に放り込んだ。
サクッとしてパリパリと音を立てる蟹の足は、薄味だったがとても美味しかった。
「塩があればもっと美味しかったね、これ」
エリザベスがそう言うと、即座にギルは頷いた。
「確かに。全部、逃がしちゃったけど、今度また獲りに来ようか。いくらでも獲れるから食べ放題だよ。小さい奴なら脚だけじゃなくて丸ごと食える筈」
食べ放題。それもまた魅惑の響きだ。エリザベスはウンウンと頷き、蟹の食べ放題を心に誓った。
その後、また空に舞い上がったエリザベス達は、グレイヴァル近くの東の森まで戻ってきた。
途中、寄り道したこともあり、既に日が傾き始めている。
「とりあえず、今日は場所の選定だけして、家に戻ろうか。それで明日、籠城用の物資も買い込んで、隠れ家を作ろう」
ギルがそう言うので、エリザベスは頷いた。正直、まだ納得は出来ないが、ギルはもう決めちゃってるので、これ以上反対しても、ただ押し問答の時間が延びるだけだ。
それにあまり強く反対すると、何かが壊れそうだった。エリザベスには、そんなリスクを抱えてまで反対する気は、既に無くなっていた。
暗くなりつつある森の上空で、多少開けた空間があり、川が流れており、好みの大きな木がある、そんな場所を見つけ、ギルバートが目印代わりに、五本~六本の小さな土の塔を設置した。
この塔で囲んでいるエリアを自分達の秘密の隠れ家とその庭と言う感じにしてしまいたいと話し合った。
さらにギルは、同じような隠れ家をいくつか、リンドヴァーンやリオーリアの近くにも作りたいと言った。
それは別荘みたいで、何とも贅沢に感じた。まるでお金持ちの上級貴族のような話だったからだ。
エリザベス達も名目上、上級貴族ではある。ただ、実態が伴わないので自分達が上級貴族だという自覚は全く無かった。
ともあれ、三人はある程度の見当をつけると、グレイヴァルの街門を通らず屋敷に飛んで戻った。
アンナおばさんに「ちょっとだけ帰ってきた」と告げに行くと、案の定、というか期待通り、夕ご飯に誘われたので御馳走になった。
ちなみに今日は鶏肉の柔らか煮込みとピリッと辛い鳥スープ、それに自家製パンだった。庭の竈で焼いたのだろうか。アンナおばさん家のご飯は常に手間がかかっていて超美味い。
その後、アンナおばさんに礼を言って屋敷に戻り、二人はさっさと就寝した。
いくら飛行できるとは言え、引きこもり気味だったエリザベスやギルにとっては、長距離移動というだけでも、精神的に相当疲れる旅程だったのだ。
翌朝、起きるとすぐにエリザベス達は隠れ家設営予定地に飛んだ。
ここの所、朝の鍛錬をさぼり気味らしいギルが不安を口にしていた。毎日キッチリやっていないと落ち着かないらしい。いかにもギルらしいなとエリザベスは思う。
ちなみにエリザベスはしっかり寝たせいか、今朝はすっきりと起きる事が出来た。
こういう所も、少しは成長してるのかもしれないと思うと、エリザベスは嬉しくなった。
隠れ家設営は軽い話し合いから始まった。
ギルとしては、昨日設置した小さい塔を全部繋ぐ感じで城壁で囲ってしまいたいらしい。
だが、それだとあまりにも目立つ、とエリザベスは反対した。ケルの意見もエリザベス寄りだった為、ひとまず城壁案は却下された。
それなら簡単だ、とばかりにギルが「土」の魔法で塔の形を作り、同時に「硬化」の魔法を浸透させてゆく。
昨日みた模型と違って実際に人が中に入れるサイズだが、ギルはとりあえず一階層だけをサッと成型して見せた。いつ見てもギルの魔法は凄いと思う。
塔は安全対策で、外側に装飾的な取っ掛かりは一切なかった。それゆえに外観はまるでスライムのようにツルンとしている。
正面入り口の扉は内開きで、外から見ると壁にピッタリ溶け込んで、何処が扉か分からないほどだった。
ところがその扉の内側は、単なる閂で施錠されているだけだった。ではどうやって外から開けるのか。
その仕組みだが、閂が天秤のようになっており、扉を固定しているのと反対側の端には、水の入る容器が固定してあった。
ギルが言うには、そこに水の魔法で水を注げば良いとのこと。ある程度注ぐと、水の重みで閂が開くようになっているらしい。
早速、試しにエリザベスは「水」の魔法を発動して、水を注いでみたが、結構難しくてなかなか上手くいかなかった。
おかげで塔の中は水浸しになったが、エリザベスはうまく出来るようになるまで注ぐ練習をした。
一度コツをつかんでしまえば、容器から水を溢すことは無くなった。
そして、水を注いで扉を押すと、全く音もたてず、スーッと内側に開いてゆく。扉や塔の外側の感触はまるで大理石の様にツルツルしていた。
ギルによれば、「硬化」の魔法は液体のようなイメージで扱うらしく、実際、土壁の上にうっすらと透明な何かが覆っているように見えた。
こうして、ギルは同様に、二階層、三階層を続けて成型したが、二階層、三階層には窓のような大きな穴がポッカリ開けてあった。そして見た目通り、後で窓を嵌める予定だと言う。
三階層目の天辺が森の木々の天辺と同じくらいの高さになるように調整して、間違っても城から目撃されないよう、予防措置も講じた。
三階層まで出来れば、次は家具や生活物資の搬入だが、その前に、チャチャッと三人で小型の魔獣を狩った。昨日のお礼に、アンナおばさんへ差し入れるためだ。
そうしているうちに、昼前になったので、エリザベス達はアンナおばさんに新鮮な魔獣肉を届け、期待通り、ついでに昼食をご馳走になったのであった。
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本日、2話目、ラストです。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「隠れ家2」
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