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偶然と追跡

88 偶然と追跡






 それは、ほんの偶然、あるいは気まぐれだった。

 

 リンドヴァーン伯爵の城に残り、魔法石が宝物庫に戻されるのを確認したケルは、当初、宝物庫の鍵の最終的な保管場所まで確認する予定だったが、気を変えた。

 

 ……まあ、あの程度の宝物庫であれば、如何様にも出来る

 

 これで、いつでも取り戻しに来ることが出来る。そう考えたケルは、速やかに二人と合流するべく、城を飛び去った。「認識阻害」と「消音」の魔法を発動中だったので、当然、誰にも気づかれることは無かった。

 

 ギルもエリーも随分と参っていたし、すぐにでもグレイヴァルに帰りたがっているかもしれない。

 

 別に、ケルとしては先に帰っていてくれてもいいのだが、ギルが、エリーの安全の為、ケルとエリーを離したがらない。

 

 ……全く、世話の焼けることだ

 

 そう独り言ちつつも、ケルは鳥型魔獣の嘴の端を僅かに吊り上げる。

 

 過去にも一度だけ、ケルにも気の置けない仲間がいた。

 

 だがその仲間は、永遠にケルの元を去ってしまった。

 

 生きる意味すら見失いかけ、それでも今日まで生きてきて、今、またケルには気の置けない仲間ができた。やや幼さを残しているが、気の良い連中だ。

 

 ケルは子供の御守りにも似た、今の生活や忙しさが嫌いではなかった。

 

 無意識のうちに鼻歌で古い歌を歌いながら泊まっている宿に近づいたとき、脳内で声が鳴り響いた。

 

 

 ……ギル!助けてギル!

 

 ……ギルッ!いやっ!ギルーーーーーッ!

 

 

 ケルは一瞬で、気持ちを切り替え、まずは念話の繋がりを確かめた。二人ともちゃんと繋がっているが、ギルはどうやら眠っているようだ。そのせいでおそらく、ギルとエリーの間の念話は切れている。

 

 次にケルはエリーの魔力を探る。エリーは結構な速さで移動している。それも宿からどんどん離れて行く。

 

 状況的に、エリーが攫われたのは間違いなかった。ケルはすぐさまエリーの魔力を追った。

 

 やがてケルは、遠ざかるエリーの魔力と同じ速さで同じ方向に遠ざかって行く馬車を空から目視していた。

 

 あの馬車に乗せられているのは間違いないだろう。たいして特徴もないし、一度見失うとマズそうだ。

 

 見失っている間に馬車を捨て、別の馬車や馬、船に乗せ換えたりされると、再度探し出せる保証はない。ギルを連れに戻る時間的余裕はなさそうだった。

 

 エリーは心の中でずっとギルを呼び続けている。かなり追い詰められているようだ。まずはエリーを落ち着かせなくてはならない。

 

 

『エリー、聞こえるか、エリーよ』


 ……ケル?ケルなの!?助けてケル!

 

『無論そのつもりだ。落ち着けエリー。いまタイミングを計っている』


 ……わ、分かった。ま、待ってるわ!

 

『それでよい』



 恐慌状態になりかけていたエリーは、ようやく少し落ち着きを取り戻したようだ。 

 

 ……さて、いかにしようか 

 

 ……まあ、戦っても勝てるだろうが、エリーもいるのだ。無茶は出来ん

 

 

 ケルは依り代として、鳥型魔獣を気に入ってはいたが、戦うとなると肉体的にはそこまで強い訳ではなかった。

 

 無論、ケルとてそこらの無法者に後れを取る気はなかったが、相手は犯罪組織の実働部隊。どの程度の実力であるか未知数な上、正確な数も不明なのだ。

 

 その上、エリーを庇いながらとなると、やや心細いと言わざるを得なかった。

 

 

 ……ギルの様にエリーを連れたまま、速くは飛べんが

 

 ……まあ、なんとか飛ぶくらいは可能であろう

 

 ……敵の本拠地まで行かれては動きにくくなる

 

 ……ではそろそろやるか

 

 

 エリーを乗せている馬車は領都リンドヴァーンの街門を抜け、北の山岳地帯へ続く山間の街道に進路を取った。

 

 グレイヴァルやリオーリアへ行くなら西の森林地帯を抜ける街道だろう。北を目指しているのであれば、目的地は王都ということになる。

 

 シルバートゥースの連中が目指すのであれば、アドリアーノ公の版図であるリオーリアかとも思ったが、見当違いだったのか。それともシルバートゥースの仕業ではなかったという事か。

 

 ……一連の仕掛けの黒幕、敵の首魁はアドリアーノ公以外の貴族ということか?

 

 そんな事を考えながら、ケルは空から馬車に近づき、馬車の幌を「念動」の魔法の腕で引き裂いた。

 

 中には男が三人、全員帯剣している。御者席にさらに一人。

 

 そして馬車の荷台にちょうど人間が一人入るほどの麻袋が転がしてあった。おそらくあれがエリーだろう。

 

 男達は何が起きたのか分からず、走行中の荷台の上で、上空や周囲をきょろきょろと見まわしている。

 

 もちろん、ケルは「認識阻害」の魔法を発動中のため、まだ認識されていなかった。

 

 ただ、今は既に男達の視界には捕らえられている。次に敵対行動をとれば、さすがに気づかれるだろう。

 

 だが、エリーの視界が塞がれているのは都合が良い。

 

 ケルは、集中力を高めると、一気に馬車の頭上に近づき、三人の男達の内、二人の頭を「念動」の魔法の腕で掴んで、捻り潰した。

 

 突然、二人の男の首から上が無くなり、その身体が血を噴き、まき散らしながら倒れる。

 

 荷台に居た残り一人は限界まで目を丸くして、固まっていたが、次の瞬間には、やはり頭をつぶされて血をまき散らすことになった。

 

 

「な、なんだ!?どうした!?おいっ!返事しろっ!?……なっ?うわっ!?ち、血だっ!?うわあああああああぁっ!?」 

 

 

 車両後部で不審な物音がするのに、何が起きているか分からない御者席の男が恐慌状態に陥った。

 

 ケルはそのまま御者席の上空に近づくと、御者席の男の頭も捻り潰した。

 

 その瞬間、馬車が御者の制御下から離脱したが、馬は特に恐慌状態という訳ではなかったのでそのまま走り続けている。

 

 ケルは荷台に着地し、男の死体を四体とも、走る馬車の上から、「念動」の魔法の腕で投げ落とした。

 

 それから、ようやくエリーが入っているであろう、麻袋の口を開け、中で震えていたエリーを救い出した。

 

 エリーは声にならない叫び声をあげ、ケルの鳥型魔獣の身体にしがみついた。それはギルの役目なのだがな、と思いながら落ち着くまで好きなようにさせていた。

 

 だが、やがて指示を失った馬が走るのをやめたので、ケルはエリーに声をかけた。

 

『エリーよ。とりあえずギルが心配だ。戻るぞ。だが、そのまえに馬を解放してやりたい。ちょっと某を離してくれ』

 

 そう言われると、エリーは泣きながらも大人しく手を離し、ケルを解放した。

 

 ケルは急ぎ、馬を馬車から解き放つと、エリーの両腕を掴んで空に飛び上がった。

 

『エリーよ、居心地は悪かろうし、怖いかもしれんが、高さはなるべく抑えるから、我慢してくれ』

 

「も、もちろんよ!ギルが心配だわ!い、急ぎましょう!」

  

  

 震えながらもそう答えるエリーに、ケルは鳥型魔獣の嘴の端をわずかに持ち上げ、満足そうに目を細めた。

 

 

 

 その顔は、誰かが見ていれば、まるで親か祖父母の様だと思えるような、自然で優しい笑顔だった。



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本日、1話目。2話更新予定です。

楽しんでもらえると嬉しいです。


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次回予定「合流と救出」

読んでくれて、ありがとうございました♪

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