リンドヴァーン伯爵
83 リンドヴァーン伯爵
翌日、ギルバート達は早速、冒険者ギルド会館を訪い、グシックトを捕まえて話を聞いたが、やはり今のところ情報は品切れだった。
それならばと、リオーリア周辺のダンジョン情報を買おうとしたが、そちらも生憎と品切れ、と言うよりはもともとそんなに情報を持っていなかったようだ。
グシックトのメインの活動エリアはリンドヴァーン周辺らしく、たまに見分を広げるため、趣味と実益を兼ねて彼方此方の冒険者ギルドを回っているらしい。
いずれにせよ、グシックトからは新たな情報は得られなかった。
ギルバートは他のダンジョンシーカーなど知らないし、たとえ、他のダンジョンシーカーから情報を買うにしても、やはりリオール領のダンジョンの情報は、リオーリアのダンジョンシーカーに聞く方が良いだろう。
ならばという事で、早速、ギルバートはエリーとケルにその考えを伝え、宿を引き払うべく、冒険者会館を出た。
昨日までと違い、ギルバートの肩にはケルが留っているのだが、そんなケルには誰も見向きもしない。
それは、ケルが早速手に入れたばかりの「認識阻害」の魔法を使っているからだった。
「認識阻害」の魔法を使っている間、その魔法使いの事を誰も注目しなくなる。行合う人々の意識に上りにくくなる。記憶に残りづらくなる。
その一方でケルは、ギルバートとエリーには常時「念話」の魔法を繋いでいるので、認識阻害の効果は二人には及ばない。
実に便利な魔法だった。
ただし、この魔法石を持っていた霧の魔物を倒した時、ケルが魔力の動きで察知したように、腕の良い魔法使いや魔力に敏感な人には気づかれてしまう可能性もあった。
『待て、ギル。手紙の事を忘れているのではないか?』
勢い込んで宿に向っていたギルバートは、ケルのその声を聞いて、ハタと歩みを止めた。
「手紙……?あっ!?……そういやそれでリンドヴァーンに来たんだったか」
ギルバートの目的は魔法石集めだったので、すっかり忘れていたが、ケルはリンドヴァーン伯爵が持っている魔法石を見たいと言っていたのだった。
「そうだったな。じゃあさっさと謁見を申請しに行こう。……あー、さっさと申請だけでもしておくんだった。こんな大都市の伯爵だから、かなり待つことになるだろうな」
先ほどとは一転、ギルバートはガックリと項垂れ、とぼとぼと領主の城に向って歩き始めたが、その背中を叩きながらエリーが追随する。
「まあ、せっかくだから観光でもして待ったらいいじゃない」
「……それもそうか。お金もあるし、中央広場で見物してるだけでも楽しいかもね!?」
「そうそう!来た時は何か急いでたから、そんな暇無かったし♪」
そう。ギルバートがこの街に来た目的は、既に完遂しているのだ。あとはゆっくりしても良い。
「よし、じゃあ早速、城へ行くよ♪」
「はーい♪」
『了解だ』
三人は、早速、領主の城を訪ね、ギルバートが門衛に身分を示し、謁見の申請を出した。
それから、泊まっている宿に戻り、城から使いが来ることを伝え、中央広場に居ると言付けた。宿の女将は少し緊張した面持ちで頷いた。
ギルバート達は、中央広場まで歩いた。昼食のかわりにするため、途中で屋台をあちこち覗き、美味しそうな焼き菓子や、腸詰肉の串焼きなど、歩きながらでも食べられる物をあれこれ買い込んだ。
そして、広場の端っこで立ち止まると、買い込んだ食べ物を食べながら、行き交う人々を観察し、暫し会話に花を咲かせた。
「来た時も見たよね、アレ、あの人、獣人だねー」
「指は指さないようにね。……お。でもアレは来た時と違って犬っぽいよ?」
「ホントだ。よく見れば鼻とか口のあたりもちょっと違う?」
「あっ、エリー、あっち、ほらアレ……」
「うわーっ、綺麗ー!細ーっ!耳長ーっ!あれ、エルフじゃない?ね?」
「うん。色々いるねー」
「何でグレイヴァルでは見ないんだろうね?」
「ホントにね。別にグレイヴァルは排他的ってわけでもないと思うけどね」
「うーん。田舎過ぎて魅力がないとか?」
「……否定は出来ないな。まあ、あれかもね。いる事はいるけど、数がめちゃくちゃ少ないから、オレ達が会った事ないだけ、って感じかな?」
「なるほど、ありそうな理由だねー」
実際、ギルバートは狩り以外は引きこもり気味だったし、エリーも街に行くのはせいぜい、友達に会う時ぐらいだっただろう。
引き続き、人波を見物しながら、結構長い時間、エリーとおしゃべりを楽しんでいると、宿から女将の使いがやって来た。
女将の使いはきょろきょろと誰かを探しながら通りかかり、ギルバートを見ると、ホッとしたような顔で走り寄ってくる。
「良かった、お客さん、さっきお城から使いが来たよ」
「え、もう?」
ギルバートは、思わず目を丸くしてそう言った。
謁見を申請したのは今日の朝方だ。ギルバートは、これ程の大都市なら、と一週間くらいは待たされるのも覚悟していたのだ。
「何か、毎回巡りが良いね」
「ま、そうか。早いのは良い事だね」
いつもの如く、そう考えると、三人は女将の使いと一緒に宿に戻った。
宿では綺麗な馬車がギルバート達を待っていた。
ギルバート達が戻ってくると、身なりの良い男が軽く礼をする。
「ギルバート・フォルダー・グレイマギウス伯爵ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらにお乗りください」
伯爵と呼ばれたことで、周囲がざわざわとしている。出来ればそこも伏せておく配慮がほしかった、とギルバートは軽く嘆息した。
「えーと、妻と従魔も連れて行って良いですか?」
「もちろんでございます。さ、どうぞ皆さま」
駄目と言われたら、訪問を取りやめようと思ったが、にこやかに肯定され、その選択肢は塞がれてしまった。
「……そうですか、ではお邪魔しましょう」
ギルバートはあきらめ顔でそう言うと、エリーの手を引いて豪華な馬車に乗り込んだ。ケルは二人が乗ったあとでスイーッと飛び込んできた。
全員が馬車に乗り込むと、馬車は緩やかに、静かに発進し、ギルバート達を乗せて領主の城へと進んで行った。
やがて馬車が城に到着し、迎えに来た男の案内を受けながら城内を進んで行くと、豪奢な両開きの扉の前にたどり着く。
迎えの男が扉を叩き、ギルバート達を連れてきたことを告げると、扉の向こうから応えがあった。
「入れ」
野太く、威厳と迫力のある声が入室を促し、迎えの男が扉を開く。
「さ、グレイマギウス伯爵、どうぞ中へお進みください」
ギルバート達が扉をくぐると、いかにも執務室という室内。
大きな執務机の向こう側に、元荒くれ者が成り上がりました、とでも言うような、体格の良い偉丈夫が居て、ギルバートをまっすぐ見ていた。
「ようこそ、グレイマギウス伯爵。私がリンドヴァーンの領主、コルベルト・リンドヴァーン伯爵だ」
そう言って、挨拶したリンドヴァーン伯爵の鋭い双眸は、不躾なほどまっすぐにギルバートを値踏みしていたのだった。
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月~土曜日は毎日1話ずつ、日曜日に3話のペースで更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「魔法石」
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