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71 黒
エリザベスが屋敷に戻り、扉を開けると、中はいつも通り、艶っつやで埃一つ無い状態だった。
未だ家具が殆どないため、綺麗な分、今日のような気分の時は、余計に寒々しく見える。
エリザベスは、「いい加減、必要な家具を入れないとなー」などと考えていた。
怒りとか憤りとか、そういう感情はアンナおばさんと話しているうちに無くなった。問題はギルとの話をどうするか。
今後の為にも、ギルから前向きな約束を取り付けたいエリザベスだった。
部屋と廊下を通り抜け、奥の寝室へ歩いていくと、寝室の扉は開いていた。
廊下から寝室の中を覗いてみると、ギルがベッドに腰かけてガックリと項垂れていた。
「ギル?」
「……うん」
「話しは後で、って言ったよね?だから、話しましょう」
「……うん」
だが、エリザベスは、話しましょうとは言ったものの、何を、どこから、どう話せば良いかも分からず、黙ったまま、ギルと向かい合うように隣のベッドに腰かけた。
☆
ギルバートは、ドキドキしていた。
寝室に入ってきたエリーは、隣のベッドに腰かけた。位置としてはギルバートの真正面になる。
ベッドとベッドの距離が近いので、自分の膝と膝の間に、エリーの膝がある。それほど近い距離にエリーが居る。
だが、今感じているドキドキは、色っぽいドキドキではない。エリーが何を言うかが分からず、恐怖すら感じているがゆえのドキドキだった。
ギルバートは自分や、特にエリーに近づくものには何であれ、常に警戒している。
今回も、ケルから連絡をもらい、エリーに近づいている者が、モータル子爵のような危険な貴族の手先である可能性を考えていた。
だが、ギルバートが現場に急行して目にしたのは、メチャクチャ美形な男達とエリーが(とその友達が)楽しそうに話をしている姿だった。
中でも一番美形の男がエリーの背中に手を回している。
それを見た瞬間、ギルバートはあっけなくキレた。我を忘れてしまった。
よりにもよって自分は、エリーの目の前で、下らない嫉妬が原因で逆上し、魔法まで使って暴れてしまったのだ。
しかもその嫉妬の原因は、本当に下らない、自分の容姿コンプレックスだ。
突然、あんな目にあったエリーが(とその友達が)どんなに怒っても当然だった。
ギルバートは、エリーが自分に愛想を尽かした可能性を考えると、恐ろしくて顔を上げることが出来なかった。
「……ギル、わたし、怒ってるわ」
ギルバートはエリーのその声を聞いて、一瞬、ビクッと身体を震わせた。
やはり、これで終わりという事だろうか。自分が詰まらない嫉妬を我慢できなかったせいで。
そう思うと、ギルバートはただ、自分が情けなくて、消えてしまいたくなった。
「……だけど、ギルの気持ちを考えたら、わたしも少し、悪かったと思っているわ」
ギルバートはまたビクッと震えた。
それは、もしかして、許してもらえると言う、事だろうか。
「……ギルがブリュンヒルデ様達に囲まれているのを見た時は、わたしも嫌な気持ちになったもの」
ギルバートは思わず、ハッとして顔を上げた。そして、怒っている表情のエリーと目が合った。
「……もちろん『わたしは』、ちゃんと我慢したけどね!」
「ごめん、エリー、オレ……」
ギルバートがもう一度、ちゃんと謝ろうと話し始めた時、ケルからの念話が届いた。
『……ギル、エリー、例のイシュティとその友人という男二人は「黒」で間違いなさそうだ』
☆
その少し前。
ギルがエリーを連れて屋敷に飛んで行ったあと、ケルは念のため、エリーの二人の友達を見ていた。
今、二人に何かあれば、ギルとエリーの間に、深刻な確執を生じさせる原因になるかもしれない。十中八九、杞憂に終わるだろうが、問題がなければそれで良い。
ケルが見守る中、クリスとモニカはしばらくショックで立ち竦んでいたが、やがて手を取り合ってその場を去って行った。
上空から見れば、二人を尾行するような者は見当たらない。
ケルは二人から目を離し、今度はイシュティとやらと、その友人という二人を注視した。
その場に崩れ落ちたままの姿で動かない男達に、周囲の人間が気の毒がって声をかけている。
これはギルの悪評が立ちそうだ、とケル思ったが、それについては、さすがにどうすることも出来なかった。
……せめて、この者達が悪漢であれば、話は違うのだがな
そんな事を思いながら、ケルはイシュティ他二人を目視し続ける。
暫くすると、ギルに与えられた恐怖から回復したのか、三人は立ち上がり、周囲の人間に礼を言うとその場を後にした。
……ふむ。残念ながら、礼儀正しい普通の若者のようだ
これは、やはりギルの分が悪い。そう思いながら、ケルは一応、三人を目で追い続けた。
三人は、自分達で言っていた通り、目抜き通りから脇道に入ってすぐの店に入って行った。
さすがにギル寄りの立場であっても、どうしようもないようだ。発言にも齟齬はなかった。彼らには悪い事をしたようだ。
仮令、エリー達女の子を口説く目的があったにせよ、やはり彼らは普通の若者達であるようだ。
ケルはそう判断し、最後に念のため、店の向かいの建物に留まり、「念話」で中の様子を探った。
それは「念話」の裏技だ。「念話」の魔法を繋ぐだけ繋いで、そのまま繋いだ相手に話しかけなければ、魔力の動きに余程、敏感な者でなければ気づかれない。
そして、「念話」の魔法で繋がっていれば、その相手の発する表層的な思考、つまりこれから話そうとしている内容程度であれば読み取れるのだ。
ケルは店に入る前、三人に念話の魔法を繋いでいる。そして、今、中の三人の会話を聞いていた。
「はい、そうです。上手く友達の二人を釣って、標的も釣り上げたところだったんですが……」
「はい、突然飛んできて。……ええ、俺は突然、布でぐるぐる巻きにされたみたいに動けなくなりました」
「俺もです。ギュウギュウ締め上げられて、ほとんど息も出来ませんでした」
「お、俺は上から押さえつけられたみたいに地面に圧し潰されて……」
危うく聞き逃すところだったが、イシュティはエリーの事を「標的」と言った。そして、三人以外の誰かにギルの事を報告している。
つまり今回の事は、何れかの集団、あるいは組織による計画的な敵対行動だという事だ。
新たな敵の出現に、軽くため息を吐いたが、同時にケルは、これでギルの罪が少しは軽くなりそうだ、と考えていた。
……さて、ではギルとエリーに伝えるとするか。にしても、次から次から湧いて出おって、この手の輩はキリがない
……まだ少年少女で、しかも新婚なのだ。もう少しゆっくりと待っておれば、いずれギルの方から、方々へ接触するだろうに
そんな事を思って憤りながら、ケルは屋敷方向の魔力を探り、ギルとエリーにも念話の魔法を接続するのであった。
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本日、1話目。3話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「急襲」
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