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言伝

64 言伝






 翌朝、ギルバートは屋敷の前の細道で日課の朝稽古をしていた。

 

 剣を振る為、ギルバートは周囲の気配にはかなり気を付けている。今も誰かが坂下のほうから上がってくる事を察知し、一旦、動きを止めた。

 

「おはようギル。朝から精が出るね♪」 

 

「おはようございます、アンナさん」 


 脇道からひょっこり顔を覗かせたのは、いつもお世話になっている鍛冶屋の老婦人、おばさんだった。

 

 さすがにおばさんとの付き合いも半年以上になる。ギルバートとエリーは適当な所でおばさんに名前を聞いて、名前で呼ぶようになった。


「はぁ、今日は居てくれてよかったよ。ここの所、アンタたちはあちこち飛び回って、留守が多いからね」


「何かご用でしたか?」


 ギルバートは何だろう?と首を傾げる。特に知り合いもない自分達に、来客とは考えにくいし、何か問題でも起こったのだろうか、と。

 

 ところが、そんなギルバートの予想は見事にはずれてしまった。

 

「それが最近、アンタたちが出ている間に、よく人が訪ねてくるんだよ。それもこの街の者じゃなくて、他所者っぽい感じのがね」

 

 そういうと、おばさんは何通かの手紙のような紙束を差し出した。どれも高級そうな紙の分厚い封筒に封蝋が押してある。

 

 寄越した相手は貴族か豪商のようだが、当然、ギルバートには全く心当たりはなかった。

 

「手間を取らせて、すみません」


「良いんだよ。他所者がうろうろしてるから、ちょっと声をかけてみただけだからね」


 そう言うと、おばさんはギルバートに手紙を渡し、坂を下って戻って行った。


 ギルバートは朝稽古を中断すると、屋敷に戻り、床に座って封筒の裏表を確認する。だが記名のようなものは無かったので、そのまま封を切った。


 全ての封筒から、順次、手紙を取り出して読んでみると、内容は大体三通りだった。

 

 一つは魔法石を売って欲しいと言う内容。当然、そんな話は論外だが、売って欲しいと言う割には条件面について何も触れていない。記載されている送り主も当然、全く知らない名前ばかりだった。

 

 一つは魔法石を王家に献上すべき、という内容。もちろんこれも論外だが、この内容の手紙は送り主の記載さえなく、封蝋も押した後で削ってあった。完全に不審人物による嫌がらせとしか思えない。

 

 最後の一つは縁談だ。ギルバートが結婚しているという情報を持っていないのか、無視しているのかは分からないが、年が近い娘をどうか、という話だった。

 

 ギルバートが次々と、手紙を開封し、目を通して分類していくと、一通だけ分類に当てはまらない内容の手紙があった。

 

 その手紙には「家宝の魔法石があるから、一度見に来ないか?」と言うような内容が書いてあった。

 

 差出人は、リンドヴァーン伯爵、コルベルト・リンドヴァーンとなっていた。

 

 その名を見て、ギルバートは一瞬、目を丸くする。

 

 もちろん、ギルバートはリンドヴァーン伯爵と面識などないが、ギルバートも一応貴族なので、リンドヴァーン伯爵を知識として知っていた。

 

 グレイヴァルの遥か北東にあるリンドヴァーン領の、領都リンドヴァーンは貴族なら知らぬ者はないほど有名な大港湾都市であり、大城塞都市でもある。

 

 外国からの商品の多くはリンドヴァーンを通ってゼクストフィール王国中に流通するのだ。

 

 

 ギルバートは手紙の山を見て、顔をしかめる。

 

 手紙の多くは、差出人不明の物も含め、領地外からのものがほとんどのようだった。

 

 しかも、中にはリンドヴァーンのような大領地の伯爵から届いた手紙まである。

 

 自分は、魔法使いとして、いったいどれほどの貴族から目をつけられてしまったのだろうか。

 

 魔法使いとして登録する際の懸念が、今、現実のものとなってしまったらしい。

 

 売ってくれとか、王家に献上しろとか、縁談とか、何れも基本的にギルバートにとっては交渉の余地もない話だが、こんなものにいちいち返信しなくてはダメなのだろうか?

 

 そして大領地からの手紙など、嫌な予感しかしないのだが、断りの手紙を送るだけで大丈夫だろうか?

 

 ギルバートは完全に困惑してしまった。当然、貴族家当主として、自分が判断し、決断しなければならない事だと理解はしている。

 

 だが、正直、その手の教育を全く受けておらず、本人の気質的にも苦手分野であり、どうしたらよいか皆目見当もつかなかった。

 

 実家に頼るのでは、家を出てきた意味がない。巻き込めば、半年前の焼き直しになる。実家の両親にとって関わらないのが一番だ。

 

 それに、公的には既に実家とは縁が切れているので、頼るのはそもそも筋違いだった。

 

 

 ギルバートの脳が高負荷に耐えかねて一時停止を余儀なくされ、床に分類されたままの手紙と共に固まってしばらくしたころ、寝室からエリーとケルが起き出してきた。

 

 と言っても、ケルは眠らないのだが、頼んだわけでもないのに、ギルバートが何かしている時は、エリーの傍についていてくれるようになっていた。


 

 家の外から入って来てすぐの部屋の床で、呆然と固まっているギルバートを見て、エリーとケルは首を傾げた。

 

 だが、ケルが手紙を一瞥し、成る程と呟いた。

 

『来るべきものが来た、ということだな』


「ケル!これ、どうすれば良いと思う!?」


 ケルの声を聞いて、ギルバートが再始動する。

 

『当然、返答すべきだろう。キッチリと断っておかなければ、返事がないのは検討しているからで、交渉の意思があるからだ、とか、下手をすれば返事がないのは了承の証、などと主張する輩も出てくるかもしれない』 


 ケルの返答を聞いて、ギルバートは心底嫌そうな顔をした。


「……でも、オレは手紙に関する儀礼なんか、何も知らないんだよ……単に、お断りします、ではダメなんだろ?」

 

『別にダメではないと思うがな。まあギルが貴族としての体裁を整えたいと言うのであれば、専門家に聞くのがよかろう。貴族の事は貴族だ。無論、借りを作る事にはなるがな』 

 

「……ケルに教えてもらうんじゃダメなのか?」


『某はその手の事には全くの門外漢だ。それより、ギルには頼れる友達がおるだろう?彼の者に頼んでみると良い』 

 

「彼の者?……誰だっけ?」 

 

 ギルバートはさっぱり分からず、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。

 


『もちろん、シャルロット・グレイヴァル女伯爵、此処の領主の事だ』




 そう答えた鳥型魔獣は、呆れたような半眼でギルバートを見ていたのだった。



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本日、3話目、ラストです。明日からは毎日1話ずつ更新予定です。

楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。


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次回予定「ブリュンヒルデ」

読んでくれて、ありがとうございました♪

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