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 昼前、シャルロット・グレイヴァル女伯爵は城の広い庭に面した温室で、安楽椅子に揺られていた。

 

 嘗て女傑と謳われた面影は既になく、今は争いを好まない一人の老婦人として忠実な部下たちの仕事に最終的な決定を下すだけの生活を送っていた。

 

 その彼女のお気に入りが、この温室だった。

 

 冬でもそれなりに温かく保たれ、色とりどりの花や果実のなる木々が植えられ、職人たちによって一年中管理されている。

 

 シャルロットが、そんな花々を愛おしそうに眺めていると、静かな温室に微かな足音が響き始めた。

 

 足音は次第に大きくなり、やがて側近のセリオ・コートス子爵の姿が近づいて来て彼女に軽く頭を下げる。

 

 彼はシャルロットが女傑と呼ばれた若い頃から、ずっと行動を共にしている忠臣中の忠臣だった。

 

 ただの貴族の子弟であったセリオは功績あって子爵に叙されたが、領地は断り、シャルロットの側仕えであり続けた。

 

 そんな彼に対するシャルロットの信任は厚く、社交の場からほぼ遠ざかっているシャルロットの傍近くに、今も侍り続けることを許される数少ない人間でもあった。

 

 

「シャルロット様、先ほど、シャルロット様に面会したいとグレイマギウス伯爵からの要請がございました」 

  

「グレイマギウス……誰だいそれは?」


「例の魔法使い伯爵です。ギルバート・フォルダー・グレイマギウスと名乗っておられるようです」 

 

「ああ。フォルダー男爵のところの」


「は。嫡男でしたがそちらは籍を抜かれたようです」 

 

 フォルダー男爵の息子が魔法使いになった話はシャルロットも聞いていた。

 

 アローズ男爵のところの娘を巡って、モータル子爵と揉めている事も。

 

 朝聞いた話では、昨夜、伯爵の屋敷に暗殺者が送り込まれたとかで、実行犯は伯爵自身が捕縛して、今朝、城に引き渡しに来たという。

 

 近年、シャルロットが城に籠りがちになると、モータル子爵はやりたい放題になっていた。

 

 そのモータル子爵と真正面から揉めるとは。

 

 シャルロットは、向こう見ずな面白い子供だとは思ったが、同時に面倒な事をする厄介な子供だとも思った。

 

「それで、どんな用件だい?結局、モータル子爵との間に入って欲しいとでも泣きついてきたのかい?」 

 

「いえ、それが……」


 セリオが言うには、グレイマギウス伯爵は、モータル子爵とその側近を伴って来ていると言う。

 

「……どういうことだ?」


「モータル子爵の口から、ご領主様に仔細の説明と罪の告白をしたいとのことです。ひいては、子爵位の返上をお認めいただきたいと申しておりました」


 訳が分からぬとはこの事だ、とシャルロットは思った。

 

 爵位は国王陛下から賜るものだが、国王陛下の免職によらず、自ら返上することは不敬にあたるので、上位の貴族が一旦預かり、最終的に宰相が承認する習わしではあった。

 

 だが、モータル子爵が爵位を返上するなどあり得ない話だった。少なくともシャルロットの知るイゴール・モータルであるならば。 

 

「……よし、すぐに会おう」


「は。では、ご準備をお願いいたします」

  

 それから、シャルロットが公式の場に出るための装いを使用人たちが手早く整え始めた。 

 

 通常であれば、面会の要請を受けた当日に会うなど、貴族的にあり得ない話だったが、何事にも例外はあり、グレイヴァル領ではシャルロットの鶴の一声がそれにあたる。


 

 暫くしてシャルロットが謁見の間に到着すると、一人の少年の前に年嵩の男が二人、縄を打たれて跪いていた。争いの勝者がどちらであるか、一目瞭然だった。

 

 モータル子爵はなかなか言葉を発しなかったが、少年が一言ボソッと囁くと、何故か、突如として滝のような汗を流し始めた。

 

 モータル子爵は顔面蒼白になって、グレイマギウス伯爵夫妻に対する暗殺命令を出したことを認め、セリオが報告した通り、自ら爵位の返上を願い出た。

 

 シャルロットは仔細が片付くまで、モータル子爵を牢に入れておくよう命令し、即座に実行された。

 

 同じく、モータル子爵の側近の男も、モータル子爵と同様の告白をし、同じように牢に入れられた。

 

 

 

「……それで、其方がグレイマギウス伯爵だな?魔法使い伯爵の?」 

 

「はい、ご領主様。お初にお目にかかります。ギルバート・フォルダー・グレイマギウスと申します。上級貴族としての教育を全く受けておりませんので、作法についてはお目溢しを頂けると幸いです」


「ああ、よいよい。そう固くなるな。私は世捨て人も同然の身だ。作法など私も覚えてはおらん」


 シャルロットはそう言って呵々と笑った。


「そう言っていただけると有難いです。オレはほんの数日まえまで、平民同然の貧乏男爵家の嫡男でしたから」 

 

「それが、どうして魔法使いとなるに至ったか、とても興味深い。詳しく聞きたいが、……まずは魔法を見せてもらう訳にはいかんだろうか?」

 

「魔法使いと言っても大したことはできませんが……もちろん、ご領主様さえよければこの場でお見せします」


 セリオやその他の側近達、家臣達は止めたそうだったが、当のシャルロット本人がワクワクと目を輝かせているため、制止の声はかからなかった。

 

 ギルバートは「では」と、一言断りを入れると、なるべく急に動かないように、ゆっくりと浮き上がり、謁見の間を浮遊した。

 

「おお、これは……かつて大魔法使いが飛ぶのを見て以来だね……誰かを連れて飛ぶことはできないのかい?」


「数人でしたら、可能ですよ」


 ギルバートは元の位置に着地しながら言った。

 

「それは便利だね。どれ、ひとつ私を連れて今の様に飛んで見せてくれないか?」


「それは構いませんが……」


 ギルバートはシャルロットと周囲の側近たちを見た。セリオをはじめ、側近たちはほぼ全員反対の様子だったが、今度もはっきりと声に出して制止する者は居なかった。

 

 それならと言う事で、ギルバートは遠慮なくシャルロットに近づいた。

 

 シャルロットの側近たちが騒めくがシャルロットが制止すると表面上は大人しくなったので、ギルバートはシャルロットの手を取り、ゆっくりと浮遊した。

 

「おぉ~!これは凄い!私は今、飛んでいるよ!」

 

 シャルロットがとても喜んだのでしばらくの間、謁見の間を飛び続け、側近たちの様子をみて、ほどほどのところでギルバートはシャルロットを元の位置に送り届けた。


「いや、楽しませてもらった。今日から君と私とは共に空を飛んだ友人だ。これからはシャルロットと呼んでくれギルバート」


「光栄です、シャルロット様」


 ギルバートが頭を下げると、シャルロットの側近たちがそっと胸を撫でおろした。



 

 そんな感じで、領主シャルロット・グレイヴァルとの面会は終始和やかに進み、終了した。



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本日、1話目。2話更新予定です。

楽しんでもらえると嬉しいです。


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次回予定「その頃、お留守番のエリザベスは」

読んでくれて、ありがとうございました♪

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