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バスーラの城

49 バスーラの城






 日が昇り、街門が開き、街が経済活動を開始して暫し。

 

 バスーラの城内でも使用人たちが日課の業務を次々と熟していた。衛士たちは深夜番と朝番が交代し、元気いっぱいだ。

 

 モータル子爵、イゴール・モータルは朝の謁見を取りやめて、執務室で書類仕事を熟しつつ報告を待っていた。

 

 数日前に放った子飼いの暗殺部隊「黒犬」共が、そろそろ報告を持ち帰っても良い頃なのだ。

 

 モータル子爵は彼らに魔法使いの暗殺を指示した。

 

 あの魔法使いは五十年ぶりに現れた稀有な存在である。モータル子爵としても出来れば懇意に、そうでなくともたっぷりと利用したいと思っていたのだが。

 

 ……まあ、私に弓引くとあらば、たとえご領主様であろうと、国王陛下であろうと排除するのみだ

 

 モータル子爵は、口角を上げて不遜に笑った。

 

 ……それにしても、シーモの馬鹿さ加減には呆れて物も言えぬ。やはり奴は早々に切り捨てるべきであったか?だが、今となっては……私も若くはない。今から生ませ、育てたとして間に合うだろうか?それともやはり養子で妥協すべきか…… 

  

 モータル子爵がそんな事を考えながら、書類仕事を処理していると、いきなり執務室の窓から大きな塊が飛び込んできた。

 

 

「……やぁ、どうも。それらしい窓を探すのに、思った以上に手間取ったよ」 

 

 

 良く分からない「大きな塊」と思っていた物が床の上に立ち上がると、それは一人の青年、あるいは少年という微妙な年頃の男だった。

 

 モータル子爵の執務机の左右に立っていた護衛の私兵が二人、一瞬の停滞のあと、熟練の動きで、即座に少年に飛び掛かったが、二人共、飛び掛かる動作の途中でピタッと停止した。

 

「うっ……グッ……!?」 

 

 そして二人はそのまま少し床から浮き上がり、足は下へ、腕は上か下へ、身体ごとピンと一直線に伸ばした状態で呻き声を漏らしていた。

 

 執務机の正面に立っていた側近の男が少年とモータル子爵の間に立ち塞がり、誰何する。

 

「貴様、何者だ!?」


 その声で、執務室の外に控えていた護衛の私兵が一人飛び込んできたが、空中で呻いていた私兵の内の一人が、突如、彼に向って急加速して飛んで行き、ぶち当たって、二人とも執務室の壁際にはじけ飛んで転がった。  

  

 その光景を目にした誰もが動かなかった。それなのに執務室の扉がひとりでにバタンッ!と音を立てて閉まる。

 

 

「オレはギルバート・フォルダー・グレイマギウス。先日、国王陛下から伯爵位を賜った者だ。そしてアンタが暗殺しようとした人間だ」 

 

 

 少年は、側近の男ではなく、モータル子爵を見て言った。

 

 目の前で繰り広げられている、魔法以外ではありえない光景を見て、モータル子爵も半ば察していたが、本人の口から聞くとやはり驚きを禁じ得なかった。

 

 モータル子爵の雇い入れている私兵達は、素行についての悪評はともかく、その実力は相当なものだ。何しろ相当な金をかけている。

 

 モータル子爵は密かに、同数同士で戦えば国軍すら凌ぐと思っていた。

 

 その私兵達が手も足も、出す暇もなく無様に転がり、あるいは空中で引き延ばされてピクピクと痙攣しているのだ。

 

 

 側近の男がモータル子爵を見て、無言で指示を求めているが、モータル子爵はそれに取り合う余裕もなく、頭を猛スピードで回転させる。

 

 そして、しらを切った上で、礼儀に悖る来訪をやんわり咎め、赦す事で度量を示し、追い返してから事実確認と今後の対策を練る、という方針を即座に決定した。

 

「……これはこれは、伯爵閣下。随分と変わったご来訪の作法ですな」 


 少年が何も言わないのでモータル子爵はさらに言った。

 

「……それに、私は誰かを暗殺しようとしたことなどありませんぞ。確たる証左もなくそう言ったご発言をなさるとは、さすがに伯爵閣下といえど不作法が過ぎましょう?」

 

 モータル子爵が諭すように話す間に、側近の男がじわりじわりと扉に近づいていく。

 

 だが、側近の男も突然、若干身体を反り返らせるようにして空中に浮き上がると、元居た執務机の前に戻された。

 

「証拠はある。オレと妻を襲った賊は四人。モータル子爵が飼われていた『黒犬』という暗殺部隊の者だった。彼らは全てモータル子爵の命令だったと証言し、今はご領主様に引き渡し済みだ」

 

 その、ギルバートの言葉で、微かに笑みを浮かべていたモータル子爵の表情が消える。

 

 想定していた以上にマズい状況らしい。まさか、任務に失敗した上に捕縛され、証言までさせられたとは。

 

 これまでの実績から、信頼しすぎたらしい。

 

「……暗殺などという凶行をしでかす輩共が何かを言ったとて、それが私と何の関係がありましょう?所詮、賊の申す事。おそらく、何処かで聞きかじった我が名を苦し紛れに口にしただけの事でしょう」 

 

 自分が命令した証拠など無いのだ。自分が雇っていた証拠も、この後で始末すればよい。ここは、押し通す。モータル子爵はそう考えた。

 

「……そう言う事を言うと思ったから直接、話をつけに来たんだよ」


 伯爵を名乗る少年がそう言うと、まだ執務室の隅に倒れていた私兵二人が浮き上がった。

 

 二人はモータル子爵の傍に飛んできて転がり、壁にぶつかって大きな音を立てた。


 更には、宙に浮いたままだったもう一人の私兵と側近の男も同じように浮き上がり、モータル子爵の傍に飛ばされてくる。

 

 そして最後にモータル子爵も浮き上がると、彼らと同じ様に身動きもとれぬまま飛ばされ、床に転がった。

 

「ぐはっ!?」  

  

 乱暴に床に転がされ、モータル子爵は一瞬、呼吸が出来なくなった。 

  

 執務室の壁際に転がされた五人は、突如、全身のあらゆる方向から圧力が加えられ、ギリギリと搾り上げられた。

 

「くっ!?」


「うぅ……!?」


「なっ!?」


「……ッ!?」


「グ……ウゥ!?」

 

 徐々に圧力と苦しみが増していく五人に、少年が近づいた。

 

「良いか、一回しか言わないからよく聞いてくれ」


 五人はだんだん呼吸すら苦しくなってきていた。

 

「……ご領主様の前で全ての罪を告白するなら、殺さずにご領主様に引き渡す。断るなら今、このまま圧し潰す」


 モータル子爵はギリギリと締め上げる圧力に必死に耐えながら、まさかそんな事を出来るはずがないと考えていた。

 

 だが、少年の目は紛れもなく本気だと言っていたし、何よりもはや苦痛は限界まで高まってきていた。

 

 ……ともかく今はなんとか此奴を懐柔し、隙を見て逃げなくてはならない 

  

「……口先だけでこの場をしのぎ、ご領主様の前で言い逃れをするのも無駄だ。オレは何時でも何処でも好きな所でアンタを始末出来る。魔法使いにとって城壁など何の防御にもならない」


 ……大丈夫、とにかく今さえ凌げば何とでもなる。こんなガキなど己の敵ではない


「何処に逃げようと必ず殺す……二言はない」 

 

 少年がそう言うと、ギリギリと締め上げていた圧力が無くなり、モータル子爵は慌てて息を吸い込んだ。

 

「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」 

 

 そんなモータル子爵を見下ろしながら少年が言った。

 

「返答は?」 


 適当に調子を合わせておこうと、モータル子爵は口を開き、それから言葉に詰まった。どんなに喋り出そうとしても言葉が出てこない。

 

 自分がこれから口にする言葉が全て偽りだと知っているからだ。そして自分の全細胞がその言葉を口にする事を全力で拒否していた。

 

 代わりに大量の脂汗が噴き出してくる。



 モータル子爵を見下ろす少年の目には、何の感情も浮かんでおらず、ただ、目の前の「物」を潰すか否か、それだけを思案しているように見えたからだ。

 

 嘘も誤魔化しも通じない。少しでも言葉を選び間違えたら文字通り「物理的」に、即座に潰されるだろう。

 

 モータル子爵はついにその「事実」を否定する事が出来なかった。




 ☆


 

 

 暫くして、使用人の一人が執務室の扉をノックした。だが、応えがないので使用人は入室せず立ち去った。

 

 


「失礼いたします」



 午後になり、不審に思った使用人頭が執務室の扉を開けて中に入ってみると、執務室の主であるモータル子爵はおろか、他の誰の姿もなかった。あるのは配置の乱れた執務机と豪華な椅子のみであった。



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本日、2話目、ラストです。

楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。


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次回予定「決着」

読んでくれて、ありがとうございました♪

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