ご領主様の城
48 ご領主様の城
ギルバートは怯える賊達を、一人ずつ「重力視」の魔法から解放し、代わりに「念動」の魔法の腕で拘束しなおした。
首から上が自由になった賊達は全力で首を縦に振る。誰も、一言も発しなかった。
賊達にとって殺しは日常茶飯事だ。目を見れば、声を聴けば、相手の強さも本気かどうかもおおよそ判断できる。
そして、今、目の前の子供は躊躇いなく、自分達を一瞬で捻り潰すと確信できた。
その瞬間、わずかばかりのプロ意識も忠誠心も吹き飛んだ。
賊達は通常の縄と、自分達にはどうしようもない魔法による二重の拘束と、迫る絶対確実な死の前に、自力による脱出を諦め、全員が屈服することを選んだ。生き残る道が有ることを心の底から喜んだ。
ギルバートは賊達に、ピクリとも動くな、暴れるな、言いつけを破れば引き千切って殺す、と厳重に約束すると寝室に戻った。
もちろん、賊達は指一本動かさなかった。
「エリー、朝になったらご領主様の城に行くけど、まだ大分時間がある。眠れるならもう一度眠っておいて」
エリーはやっと立ち直ってきたらしく、コクコクと頷いてベッドに横になった。
ギルバートはもう一度寝室から出て、ドアを閉める。
そして廊下で転がっている四人の賊達の傍に身体を横たえた。
……ケル、オレももう一度寝るから、その間、こいつらを「念動」魔法で押さえておくことは出来る?
『可能だ、主殿。任せるとよい』
……頼む
眠っている間、ケルに頼むとなると、ギルバートが賊の近くにいる必要があるが、エリーが寝ている寝室にはとてもこいつらを入れられないので、ギルバートが外で寝ることにしたのだった。
ともあれ、これで絶対逃がすことはない。
ギルバートはしばらくすると眠りに落ちた。
一方、賊達は縄で縛られた上に、さらに見えない何かに拘束され、ほんの僅かの身動きも出来ないまま転がされていた。
すぐそこに暗殺対象が無防備に眠っているというのに、まさに手も足も出ない。
魔法使いの子供が自分達を尋問しているときには首から上は動かせたが、今はそれすら動かない。
彼らは暗殺を請け負うような暗部の人間ではあったが、この状況で眠れるほど豪胆でもなかった為、彼らにとって長い長い夜を、眠れぬまま過ごすことになったのであった。
翌朝、ギルバートは早朝から目覚めた。
朝が弱いエリーも、あまりしっかり眠れなかったらしく、朝日が昇るとすぐに起きて、外出用の衣装に着替えて寝室から出てきた。
一応、結婚した後でこっそり実家の自室へ戻った時、持ち出してきたエリーの一張羅だが、平民の裕福な商家の娘でも着ている程度のものでしかなかった。
だが、エリーのお気に入りだと知っているギルバートはすぐにエリーを出迎えると褒めることにした。
「おはようエリー。今朝も綺麗だね。その服も良く似合ってる」
以前はそんな言葉を、自分なんかがとてもエリーには言えないと思っていたが、夫となった今、誰憚ることなくエリーへの気持ちを口にすることが出来る。
ギルバートは幸せを感じ、一瞬、現状を忘れて微笑んだ。
「お、おはよ。……ギルってば、朝からご機嫌ね?」
エリーは少し頬を染めながら、戸惑いを見せた。
「そう?まあ普通ではないかな?」
ギルバートは、賊達に視線を向けて苦笑した。
外出の準備を整えると、ギルバートは賊達を魔法の腕で屋敷の外に放り出し、エリーが出たのを確認して施錠した。
そしてギルバートはエリーと片手を繋ぎ、もう片方の手に賊達を束ねた縄を持つと、グレイヴァルの上空に飛び上がった。
賊達は縄で吊るされながら、声にならない悲鳴を上げていたが、暴れたりはしなかった。
ちなみに、「飛行」の魔法で飛行する時の魔力消費量は、はっきりとは分からないが、エリー一人を連れて飛んだ時を一とすると、エリーともう片方の手に魔獣を吊るして飛んだ時は二~三、エリーと賊四人を吊っている今は五~六程度だという感覚がある。
つまり、ほぼ重量に比例して魔力消費量が増えているのだろう。とは言え、ギルバートの総魔力量と比較すると、そう大した消費量ではないようだった。
そんな事を考えながら飛んでいると、あっという間に領主の城の上空に到達した。
だが、さすがに城内に直接降りると、問答無用で攻撃されそうなので、ギルバートは城の門前に降下し、賊を纏めた縄は雑に手放した。
賊達は「ギャッ」とか「グエッ」とか悲鳴を上げたが、それはどうでもいい事だ。
「何者だ!?」
早朝でも、即座に門衛から誰何があった。さすがに領主の抱える兵士はキビキビとした動きをしている。
「早朝から申し訳ない。昨夜、グレイマギウス伯爵とその妻が、屋敷に侵入した賊を捉えたので、ご領主様に彼らの証言を確認して頂いた後、引き渡したいとお伝え願いたい」
「は、伯爵だと!?そんな高位の貴族が、こんな時間にのこのこ二人でやってくるものか!」
「まあ待て。本当だったらどうするつもりだ?……それで、何か証立てるものはお持ちで?」
門番の一人は頭から相手にしてくれなかったが、もう一人が証を求めてきた。
ギルバートは王から授かった短剣を見せた。
「叙爵の折、国王陛下から賜った短剣だ。王家の紋章が入っているので証になると思う」
短剣の効果は絶大で、ギルバートとエリーは即座に謝罪され、たちまち門内に招き入れられた。
「し、少々、お待ちください!」
伯爵のはずがない、と吐き捨てた門衛が全力で城内に駆け込んでいく。
暫く待つと、門衛が城内から位の高そうな貴族を一人連れて戻ってきた。
「私はご領主様の側仕えを務めております、セリオと申します。伯爵閣下がこのような時間にどんな御用ですかな?」
セリオと名乗った貴族は怒りと警戒心を隠し切れない様子でギルバートを問いただす。
「早朝から押しかけて申し訳ない、セリオ殿。オレはギルバート・フォルダー・グレイマギウス。先日陛下から伯爵位を賜った。昨夜、床に就いた後、屋敷に賊が忍び込み、オレと妻を殺そうとしたので、捕縛して引き渡しに来た。それと、手間を取らせるが、尋問に同席して証人になってもらいたい」
ギルバートがまくし立てると、セリオは目を白黒させたが、かろうじて頷き同意をしめした。
ギルバートは四人の賊に一人ずつ、目的と雇い主を質問していった。
賊達は約束通り、素直に答えた。
曰く、目的はギルバートとエリーの暗殺。隊長の男は見せしめの目的と聞いている、と追加で供述した。
曰く、雇い主はモータル子爵。自分達は「黒犬」と呼ばれる暗殺部隊。四人共、これまでも子爵の命令で数々の仕事を熟した、と供述した。
賊達の供述を聞き、セリオはあんぐりと口を開いていた。
「失礼だが、セリオ殿のご身分は?」
「わ……私はセリオ・コートス子爵です」
「ではセリオ子爵が証人となり、賊を引き取って欲しい。ご領主様にもお伝え願いたい」
「う、承った」
「ありがとう。それでは、オレ達はこれで失礼する」
ギルバートはそう告げると、エリーの手を取って空へと飛び上がる。
地上では領主の城の門前でセリオ子爵と門衛たちが絶句していた。
屋敷に向って早朝の空を飛びながら、ギルバートがエリーに告げる。
「……これから、鍛冶屋のおばさんのところに連れて行くから、そこで待っててくれる?」
「ギルはどうするの?」
エリーはそう問いかけながら、ギルバートの顔を見て、思わず息をのんだ。
「話をつけてくる」
ギルバートの顔は既に、戦う人の顔になっていたのだった。
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本日、1話目。2話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「バスーラの城」
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