ケルに聞く「魔法具」の話
46 ケルに聞く「魔法具」の話
廃屋敷は、平民街の裏路地の奥の高台にあった。小さめだがしっかりした造りで、未だに破損個所もない。
あまり治安が良いとは言えない、こんな場所に建てられたにしては立派な屋敷だった。
まず、ギルバートが寝室と台所を中心に、使用頻度が高そうな一帯を「集塵」の魔法で一気に綺麗にした。
「集塵」の魔法は出せる力が小さい分、消費魔力も少なく、作業は一気に行われた。
便所の便器の下の粘菌生物は、半チンピラの彼たちが使用していたおかげで死滅したりせずに健在だった。
屋敷内部は数日前に泊った時と同じく、物がなくガランとしていたが、とりあえず綺麗にはなったので、気持ちよく暮らすための最低限の住環境は整った。
ギルバートとエリーは、日が暮れて真っ暗になってしまった屋敷の寝室で、鍛冶屋の老婦人に借りたカンテラを灯しながら、買ってきた夕食を食べた。
「家も借りたし、台所道具を揃えて、そろそろわたしもご飯を作ろうかひら?」
エリーが買ってきた鳥脚の骨付き肉の焼き肉に噛みつきながら言った。
「エリーの手作りのご飯を食べられるのは嬉ひいけど、無理ひなくて良いよ?」
芋と野菜の串焼きを頬張りながら、ギルバートが答える。
「あら、無理じゃないわ。わたし、花嫁修業はしていたもの。料理だって覚えてるわ♪」
「じゃあ、冒険者稼業はオレの担当にするの?」
「ううん、冒険者もやるわよ、わたし」
そう言って首を横に振るエリーを見て、ギルバートは細い吊り目を可能な限り見開いた。
「それは、さすがに無理じゃない?大変過ぎるよ」
「確かに、慣れないうちは大変かもしれないわね」
エリーも素直に頷いた。
「じゃあさ、出来る部分はオレも手伝うよ」
「……ギルはお料理とかやったことあるの?」
「いや、ないけど」
「じゃあ、ギルはお片付け担当で」
エリーはにっこりと微笑んだが、その笑顔には若干の圧もあった。
「分かった。あと、料理して食べるのは可能な時だけにしよう。それでいい?」
「ええ、いいわ♪」
そんな感じで、料理についての話し合いは終了した。
『……某はあまり金に苦労した記憶がないので、今まで気にしたことは無かったのだが……そう言えば魔法具を作って売れば相当の礼金を得られたのではなかったか……』
夕食も終わり、今日の収入を確認していると、ケルが唐突にそんな話をし始めた。
ギルバートは「オレがよく金の遣り繰りの心配をしているせいか」と、何となく気が咎めたが、それはそれとして、礼金には興味があった。
エリーも興味深そうな顔で耳を澄ませている。
「……オレ達の家は貧乏だったから魔法具なんて一つも無かったんだよ。だから今まで一回も見たこともないんだけど……魔法具ってどういう物なんだ?」
ギルバートがケルの話に乗っかって、聞いてみるとケルが答えてくれる。
『王城でチラッと話は出ていたと思うが、魔法具というのは、ある魔法を一つの用途のために小規模で再現した専用道具、といったところだな、主殿。例を挙げれば、火の魔法を一定の力で一定の方向へ発動出来るようにした、携帯式の竈とかだな』
「それが有れば、何処でも料理が出来るってこと?」
ケルの解説にエリーが喰いついた。
『左様。まあ某は作った時に一度だけ、試しに使ったきりだが』
「えっ?ケルが作ったの?」
ケルの言葉にエリーが目を丸くしている。
「そう言えば、魔法具は殆どが大魔法使いの時代に作られたっていう話だけど……まさか?」
『うむ。当時も魔法使いは某一人だったのでな。まあ、実際には表に出ずに隠れている魔法使いもいたかも知れんが……ともかく、魔法具は全て某が作ったものだ』
ギルバートがケルにさらに問いかけると予想通りの答えが返ってきた。「殆ど」ではなく「全て」であり、「大魔法使いの時代に」というより「大魔法使い自身に」作られたと言うのが正解らしい。
うすうす感じ始めてはいたが、ケルはやはり相当凄い奴だったらしい。
大魔法使いと呼ばれるほどだから、凄いのは当然といえば当然なのだが、イマイチ実感出来ずにいたギルバートは、今までケルを便利な相談役として扱き使ってしまっていた事に若干の罪悪感を感じていた。
『いやいや、主殿、左様な気遣いは無用だ。現在の某はまさに主殿と御内儀殿の相談役が適任だと思っている。便利に使ってもらえているなら光栄だ』
「えー、何々?ケルと二人で話しないでよギル~」
「いや、今のは考えてただけなのに、ケルが返事したんだよ」
『はっはっはっ、失敬失敬。某にとっては思考も念話による問いかけも大差ないのでな。つい返答してしまう』
話の本筋とは関係ない事だったが、一応、ギルバートがエリーにも説明して会話の流れを共有する。
「なるほどそう言う事ね。ギルって何だかんだ言って真面目よね♪」
『まさに。某もしばしば感心させられているぞ、御内儀殿』
「いや、さらっと流してくれ」
ギルバートは妙に恥ずかしくなって、やや仏頂面になってしまった。それ以上、エリーとケルに突っ込まれないように話題をもとにもどしていく。
「……で、結局、魔法具ってどうやったら作れるの?」
『前にも言ったが、魔法は魔獣の使う技なのだ。本来、魔法石を持つよりほか、魔法を使う術はないのだが……五十年前、某が人間であったころ、特殊な魔法石を発見したのが切っ掛けだった。その魔法石に込められた魔法を某は「木魂」と名付けた』
「木魂というと山で声が返ってくる、あのこだま?」
エリーが良く分からないと言う顔で質問する。ギルバートもまだ良く分かっていない。
『左様。その木魂だ、御内儀殿。その魔法は「残像」や「残響」を操ったり残したりする魔法でな。地味ながら便利な魔法だったのだが、某はふと、応用することを思いついたのだ。例えば先ほどの例で挙げた携帯式の竈。あれは火の魔法が火を発現させる過程そのものを魔石に焼き付け、疑似魔法石を作り、後はそれを設置する筐体を用意し、疑似魔法石に魔力を注ぐための魔導線を設置して出来た魔法具だ』
ギルバートは必死に理解しようと頭を動かす。
「……つまり、その、「木魂」の魔法石があれば、疑似魔法石を作ることが出来る、と?」
『左様。今、現存している魔法具は以前、某が作ったものだが、既に機能を失ったものや破損したものも多数あろう。まともに使える物がどれほど残っている事か……』
「……だけど、「木魂」の魔法石があれば、今までになかった新しい魔法具を作ることもできる、と?」
『然り。そうなれば、生活のための金に困ることはないだろう』
ギルバートは俄然、魔法具に興味が湧いてきた。
一攫千金も魅力的だが、今までなかった、誰も見たこともない、便利で面白い魔法具を作ってみたくなったのだ。
それは、始めたばかりの冒険者より断然、面白そうだった。
「そ、それで、その魔法石はどういう魔獣が持ってるの!?」
ギルバートが勢い込んで聞くとケルが信じられない答えをよこす。
『希少な魔獣ゆえに、何処にいるかは不明なのだ。主殿』
「は?……つまり?」
『現状、どうにもならん』
「なぁああああああぁ!?」
ギルバートは愕然となった。期待させるだけさせておいて、何という仕打ちだ、と。
『あぁ、そうそう、五十年前に某が持っていた魔法石なら、きっとどこかの貴族家が隠し持っているだろう。それを探し出すという手もあるな』
それも不可能と同義だろう、とギルバートは思ったのであった。
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本日、1話目。2話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「ふて寝」
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