王都へ
36 王都へ
ギルバートはエリーの手を引いて、小走りに街門を目指していた。
思いっきり短剣を振ったので、右肩が酷く痛い。
下手をしたら傷が開いたかもしれない。だがそんな事を言っている時ではない。
やがて周囲から向けられる、恐怖や不信の視線は無くなり、二人は今は普通に目抜き通りを移動していたが、ギルバートは衛兵が呼ばれて街門が閉ざされる前に通り抜けたかった。
魔法を使えば簡単だが、魔法使いがバスーラで揉めたという情報を残してしまう。
このまま街門を抜けられれば、残るのは単に「男が斬られた」という情報だけだ。
いずれは知られるとしても、今はその方が良い、とギルバートは判断した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
傍らで走るエリーの息が苦し気に弾んでいる。
「ごめん、エリー。少し休もうか?」
ギルバートがエリーを気遣うが、エリーの足は止まらなかった。
「大丈夫!わたしだって、ギルと一緒に、散々、森歩き、した、じゃないっ?」
「了解、無理はするなよ?」
息は荒いが、ギルバートに頷くエリーの目は活力に満ちている。
ギルバートは大丈夫と判断し、そのままエリーの手を引いて、街門へ向かって走り続けた。
二人は街門手前で、一度止まり、息を整えた後、何食わぬ顔で街門を通り抜ける。
まだ検問が敷かれている様子もなく、ギルバートとエリーは普通に歩いてバスーラの街を出た。
二人はしばらくの間、バスーラを出発した人波に紛れて無言で歩いたが、街道の分岐点で、山越えの直進路を選んだ。
そしてそのまま少し進むと、途端に人影が無くなった。
「……ふぅーーーーーっ!」
ギルバートとエリーはどちらからともなく大きく溜めた息を吐きだした。
「……なに、あの人……急に……び、びっくりしたぁ……ふ、震えが今頃……」
エリーは少し安心したせいか、体の震えが止まらないようだった。
自分を抱きしめるようにしながら、必死に震えを止めようとしている。
ギルバートは少し迷ったが、意を決してエリーを抱きしめた。
「……オレのせいで、ごめん。でも、大人しくあいつ等の言う通りになるとか、無理だった……」
ギルバートは、戦う選択をしてしまったことをさすがに後悔していた。
素直に逃げるべきだったかもしれない。魔法を使えばそれは簡単な事だった。
ただ、魔法使いであるという事を出来れば知られないように、という行動指針のせいで逃げる決断が出来なかった。
チンピラの二~三人、エリーの安全さえ確保すれば問題なく制圧できるという驕りもあった。
まさか街中で剣を抜いて殺しに来るとは思いもしなかった。
抜かれた瞬間には戦闘モードに切り替えることが出来たが、時すでに遅し。
要するにギルバートの考えが甘かったのだ。
……レイング男爵に襲われた時から進歩がない
……それにここの所、エリーに野蛮な所ばかり見られている。せっかく優しい、って思ってくれていたのに
ギルバートはエリーに愛想を尽かされたらと思うと気が気ではなかった。
落ち込むギルバートの背中にエリーの手が回され、力がこもる。
「……はぁー……ギルに抱きしめられると……ホッとする……」
エリーが本当にホッと息を抜くように言うので、ギルバートの注意が後悔の念からエリーに逸れた。
「……オ、オレも……」
そう言いつつ、ギルバートは全く落ち着かなかったのだが。
その後しばらく、エリーが完全に落ち着くまで抱き合ったままで、二人はぽつぽつと言葉を交わしあった。
☆
「じゃあ、山越え、行きますか!」
「うん。暗くなる前に越えたいね!」
ギルに抱きしめられて落ち着きとやる気を補充したエリザベスは、すっかり元気を取り戻して山頂へ視線を向けた。
「山越えは、多分そんなにかからないと思うよ」
「そうなの?」
『飛行魔法で直線的に進むので、朝のうちには越えると思うぞ、御内儀殿』
この、天を衝くような山をそんなに簡単に越えてゆけるなんて、とエリザベスは改めて驚きを隠せない。
魔法使いと言うのは本当に凄い存在だ。凄いとしか言いようがない。
その凄い魔法使いが、自分の幼馴染で姉弟のような友達で、今や夫なのだ。
生きている間に王都へ行く機会があるとは想像もしていなかった。全く、ギル様様である。
ギルに手を握られ、数瞬後、体が浮き上がり、あっという間に空へと舞い上がる。
見る間に街道が小さくなっていく。そして遥か上方にあった山頂と同じ高さまで飛び上がり、さらに上空へと飛び越えていく。
天空から見下ろす山岳地帯はまるで箱庭のように芸術的で、思わず手に取りたくなるほど美しい。
しばらくすると、ケルの言葉通り、山頂を越えた。
反対側の斜面を見下ろしながらギルとエリザベスはあっという間に山岳地帯を抜け、王都に向けて街道のはるか上空を飛び続けた。
そして、昼前には視界の端に王都が見えてくる。
上空からちょっと見ただけでも、グレイヴァル領の領都グレイヴァルより遥かに広そうだった。さすがに王の都と呼ばれるだけのことはある。
「お昼ご飯は王都で食べられるかな?」
「手前で降りて、歩くからちょっと遅くなるかも?」
そんな話をしながらギルとエリザベスは順調に空の旅を続け、人目を避けて着地すると徒歩の旅に切り替えた。
エリザベスは歩きながら、ようやく先ほどの事件を落ち着いて思い返していた。
……ギルは自分が悪いって言ったけど
……正直、何が悪かったのかしら?
……わたしを守ってくれたし
……暴漢に毅然と立ち向かったし
……自分から攻撃したりはしなかったし
……しかもヤルときはヤルって感じがもう……ギルってばカッコよすぎ♪
エリザベスがギルに手を引かれながら、身体をくねくねしていると、さすがにギルに「歩きにくい」と注意されてしまった。
「エリー、疲れたならちょっと休もうか?」
「だ、大丈夫!全然、平気っ!」
エリザベスは顔を真っ赤にすると、逆にギルの手を引く勢いで歩き出す。
ギルが手を引かれながらエリザベスに並び、心配気な顔でのぞき込んでくる。
「いやエリー、無理しなくていいよ?」
「だいじょぉーーーぶっ!」
「そ、そう?」
結局そのままエリザベスは、困惑気味のギルを引き連れて、王都ゼクストフィールの門をくぐったのだった。
☆
「……それで、いったいどうしてそんな事になったのだ?」
まるで嵐の前の静けさの如く、モータル子爵イゴール・モータルは若干、蒼白になった無表情な顔のまま、静かな声で問いただした。
「そ、それが、シーモ様が自分の婚約者が男と歩いているのを見たと言われて……」
モータル子爵は、そこまで聞いて頭を抱えた。
部屋に居ろと言ったのに、言いつけを守らず街をふらついていた挙句、慎重に扱いたかった問題を土足で踏み散らかしたらしい。
「……それで?」
「は、それで、シーモ様が婚約者の女と男を連れて行くと言われるんで、オレ達が捕らえようとしたら、いきなり殴り倒されました」
シーモの手下だという安っぽいチンピラの一人が悔しそうに顔を歪ませている。
……本当に悔しいのはこの私だというのに、だ
モータル子爵は不愉快のあまり眉間に皺を刻んだ。
「……それで?」
「そ、それで、シーモ様が男に剣で斬りつけたんですが、逆に手首ごと……」
……本当に何と言う事をしてくれたのか
モータル子爵は、フォルダー子爵のところの小僧をどうするにせよ、情勢を見て、魔法使いとしての実力を調べてから、動くつもりだった。
取り合えずは婚約者を譲り、穏便に婚約解消してやる。まともな人間であれば、多少の感謝なり後ろめたさなり感じるはずだ。
そうなれば譲歩を引き出すことは容易いし、事によれば魔法使いの小僧をやんわり取り込むことも考えられたのだ。
それが全て、水の泡だ。完全に敵対してしまった。そして我がモータル家の名誉の問題になってしまっている。
理由はどうあれ、息子の婚約者を奪われた上、息子の片腕まで切り飛ばされて黙っていては、子爵家の活動の全てに重大な悪影響を及ぼしてしまう。
要するに舐められるのだ。今後、モータル子爵を恐れる者など誰も居なくなるだろう。傘下の者達への抑えが利かなくなり、敵は勢いづく。
こうなった以上、あれこれ手を回したり、法や権力に訴える時間をかけている暇もない。時が経つごとに損害は増してゆくのに、回収できるものは何もないに等しい。彼奴には速やかに消えてもらわなくてはならない。
「……分かった。報告ご苦労だった。下がって良い」
モータル子爵はチンピラを下がらせると、即座に側近に命じた。
「息子に集るゴミを二つ、至急、処分するように」
「……よろしいので?シーモ様がまたお荒れになるかと」
「かまわん。私はアレを甘やかしすぎた。既に遅すぎるかもしれんが……可能な限り叩きなおすつもりだ」
「かしこまりました。では早急に」
「それと、黒犬の連中を呼べ」
「はっ。只今」
側近が執務室から出ていき、モータル子爵は一人残された。
「この上は、敵として育ち切る前に、速やかに禍根を断つしかあるまい」
モータル子爵は冷酷な眼差しで虚空を睨む。
「モータル家と事を構えるとどうなるか、貴様の身を以て世に知らしめるがよい」
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本日、1話目。2話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「王都へ2」
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