平民街3
31 平民街3
夕方前、ギルバートとエリーが東の森から帰って来て、街の上空の人目につかない高度から一気に廃屋の入口前に降り立った。
もちろん、一応、通りに人が居ないのを確認して降りてきたのだが、ギルバートが入口の戸を開けようとしていると、後ろから声をかける者がいた。
「アンタら見ない顔だけど、例の魔法使いのお貴族様なのかい?」
ギルバートとエリーが振り向くと、そこにはふくよかな年配のご婦人が立っていた。
「……まあ、そうですね」
ギルバートは一瞬迷ったが、飛んでるのを見られている以上、隠しようがないので認めることにした。
「やっぱり!今朝から五十年ぶりに魔法使いが出たってんで、街中のうわさになってたんだよ」
どうやら、口の軽い下級貴族かその関係者あたりから、もう情報が漏れたらしい。覚悟していた事ではあるが、噂が広まるのは本当にあっという間だ、と思い知らされるスピードだった。
「そうなんですね」
「で、おばさんは何でここに?」
「あぁ、ここに居たのはまた別でさ、昼頃に悪ガキどもが小奇麗なカッコの若い男女を連れてきたってんで、誘拐でもやっちまったんじゃないかと、心配でね」
なるほど、それで廃屋の様子を伺っていたという事らしい。
「……それにしても、不思議なもんだねぇ、魔法ってのは……」
ギルバートは今、「集塵」の魔法石を獲るついでに狩ってきた鹿の死体を、魔法の腕で掴んで持ち上げている。
もちろん老婦人には魔法の腕は見えないので、内臓を処理された鹿の死体が、空中に浮いているのを見上げて目を丸くしている。
ちなみに鹿の内臓は、今度は時間的にも魔力的にも余裕があったので「念動」魔法の、魔法の腕の最大パワーで穴を掘って埋めてきた。
「あの、オレ達、別に誘拐されてきたわけじゃないので平気ですよ」
「えっ?あ、ああ、そうみたいだね」
「それよりおばさん、オレ達、いまから肉を焼いて夕食にしようかと思ってたんだけど、よかったら一緒にどうですか?」
老婦人はまだ鹿を見ていたが、ギルバートは街の噂がどんな感じか聞いてみたかったので、夕食に誘ってみることにした。
もちろん、先に念話でエリーの承諾を得たのは言うまでもない。
「えっ?ああ、いいのかい?」
「ええ。いっぱいあるのでご家族やお友達もどうです?」
「それはありがたいねぇ。だったら、アンタたち、うちにおいでよ。この辺じゃうちの庭が一番広いし、かまどもあるからね」
そんな風に話は決まり、ギルバートとエリーは老婦人のお宅へ連れて行ってもらった。
そこは老婦人が言った通り、平民街としてはなかなかの広い庭を持つ、結構大きな家だった。
「立派なお家ですね!」
エリーが家を褒めると、老婦人は何でもないというように笑った。
「うちの旦那は鍛冶屋なんだけど、元冒険者でね、その昔は結構稼ぎがよかったのさ」
そんな事を話しながら庭に案内されたギルバートは数枚の大皿と包丁を借りて鹿を解体していく。
解体済みの肉の部位がどんどん大皿に盛られていき、鹿肉を完全に取り切ったころ、ゾロゾロと大勢のご婦人達、その旦那らしい男達、子供達がやってきた。
中でもひときわ筋骨隆々な老人が元冒険者で現在鍛冶屋の旦那だろうか。
この家の老婦人が、大皿に山盛りになった鹿肉を小分けに切ってかまどで焼いていき、他のご婦人たちが持ち寄った煮物やスープや木の実や果実の入った鍋や籠をテーブルに並べていく。
「さぁ、じゃあ頂こうかね!」
そうして、宴会が始まった。集まった者達は、老婦人から聞いていたらしく、ギルバートが魔法使いであることを知っていた。
ギルバートは色々聞かれたが、どう言ったものかと考えて、やや口が重かった。
そのせいか、矛先はエリーに向かい、エリーが今日一日、見聞きしたことを色々しゃべっていた。
城に婚姻届けに行ったこと、家に戻ってきたら、父親が内定した婚約者の使いの貴族に襲われて、家を出てきたこと、森の奥でギルバートが魔獣と闘ったこと。街で少年たちの廃屋を借りたことなど。
「あれまぁ。兄妹かと思ったら若夫婦だったとはね!」
「たった一日で随分な大冒険だったわねぇ!」
「ねぇ!魔獣って強いの!?」
「ねぇお兄ちゃん、魔法見せてよ!」
「魔法使いなんて、何かの間違いだと思ったら、ホントにいたんだなぁ!」
早めの夕食を摂りながら、ギルバートはあれこれ話しかけられ、軽く魔法を見せる。
魔法はたちまち子供達に大人気となり、延々とリクエストに応え続ける羽目になった。
逆に彼らからも、街で流れている噂を聞いたが、こちらは大した情報は無かった。
殆どは、とんでもない魔法使いが城にやって来て、消えてしまったという話と、城勤めの何たらという男爵が乱心して、剣で人に斬りつけて投獄された、という話と、後はそれらの話に尾鰭のついた無差別変化版の噂の数々だった。
たっぷり食べ、街の人々との交流を楽しんで、ギルバートとエリーは廃屋に戻った。
鍛冶屋の老人と老婦人は泊っていけと言ってくれたが、遠慮した。
「はぁーっ!こんなに賑やかな食事は初めてだったわ!」
お腹いっぱいになってご満悦のエリーが、鞄に座って幸せそうに言う。
「料理も美味かったね」
「ね~♪ああ、けど、わたしもアレくらい作れるのよ?」
エリーがなぜか、おばさん達に対抗している。
「おぉ。すごいね!」
ギルバートはすぐさま本気で賞賛する。エリーの料理の腕前はギルバートの幸せにも直結するからだ。
「うちはお兄様がいるから、わたしは花嫁修業しかしてないしね。お母さまは平民の家に嫁いでも良いように、お料理もそれなりには出来るように、って家庭料理をいくつか習ったわ」
そして、今日一日の話から宴会の話などで、ひとしきり楽しく時間を過ごしていると日が暮れて、室内が暗くなってきたが、帰り際に老婦人がカンテラを貸してくれたので二人の周囲は明るいままだった。
「それじゃ、今日最後の魔法の練習を」
ギルバートとエリーは寝室に移動し、夕食前に東の森の小川で、小さな蟹から獲って来た魔法石を取り出した。
蟹は小さかったが持っていた魔法石は今までの魔法石とさほど変わらないサイズで、蟹の身体の三分の一ほどもあった。
「へぇ……こういうのもあるのね」
エリーのテンションがやや低いのは、「集塵」の魔法石が不透明で黒っぽい色をしていたからだろう。
「まあ、見ててよ」
ギルバートはケルに教わった通り、埃と汚れを集めるイメージで魔法を発動し、手をかざしながらベッドの上の空間を撫でるように動かしていく。
すると、たちまちベッドから薄皮をはぐように、黒っぽい色の薄いベールが引きはがされていった。
ギルバートが手のひらを上に向けると、鳥の巣の様にこんもりとまとまった黒っぽい何かが乗っている。
「成功かな?」
『一度で成功とは、相変わらずお見事だ、主殿』
「うわーっ!綺麗♪」
エリーがベッドの上に残されていたマットを見て声を上げる。
マットは新品とはいかないが、かなり綺麗な色に戻っていた。
ギルバートはさらに自分のコートに「集塵」の魔法を使って綺麗にしてから、枕としてマットの上に丸めて置くと、そこをエリーの寝床として勧めた。
そしてギルバート自身は隣のベッドを「集塵」の魔法で綺麗にしてから身体を横たえた。
「ギル、ありがとね♪」
「どういたしまして」
ギルバートは、そう言うと、軽く目を閉じる。
さすがに今日は疲れた。平然を装っていたが、戦闘と長距離移動の連続だったし、緊張の連続でもあった。
魔力を半分以上消費したのも、当然、生まれてから初めてのことだ。
エリーにしても、人生の重大な決断を強いられた一日だった。
二人はあっという間に眠りに落ちた。
『……しっかりと眠り、十分に疲れを癒すとよい、主殿、御内儀殿。……それにしても……』
ケルは、二人が寝入った後、誰にともなく呟いた。
『主殿の魔法適正、魔法石との相性は明らかに異常だ。通常、一つの魔法石と相性が合うだけでも確率は相当低いというのに、今日獲得した魔法石、三つ全てと相性抜群である確率など計算するまでもなくほぼ、ゼロに近い』
『それに加えて、魔力はたいして多くないというのに、魔法に使用する魔力効率が非常に優秀。某がやらせたとは言え、三つの魔法の同時使用など、いきなりで成功するモノではない。……主殿はまるで……魔法の申し子のようだ。そんな人間はかつて、一人しか知らぬ……まるで人間であった頃の某のようだ。だが、某がここに存在している以上、生まれ変わりなどと言う事はあり得んし、某には子孫もおらぬ。……本当に単なる偶然で、某と主殿が巡り逢うたというのか』
『……何とも不思議な縁だ』
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本日、2話目、ラストです。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「作戦会議」
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