お昼時
28 お昼時
「ギル~ッ!」
木の上で、エリーが呼んでいる。そうだった。早く降ろしてやらないと可哀想だ。
だがギルバートは一気に魔力が減ったせいで怠くなった身体に力が入らない。
よく見れば指が細かく震え、止めようとしても止まらない。
ギルバートは歯を食いしばり、萎える手足に活を入れ、もう一度「飛行」の魔法石に魔力を注入する。
幸い、飛行するだけなら、魔力の消耗はそれほど感じなかった。
ギルバートはすぐさまエリーの元まで飛び、木の枝から砂浜に降ろそうとした。
だが、ここで多少のひと悶着があった。ギルバートがエリーを木の枝から降ろすべく、エリーの手を取ろうとした時、問題が浮かび上がったのだ。
「えっ……!?く、くさっ……ギ、ギル、臭いわ!?」
「えっ?……うわっ!?」
ギルバートも、自分の手の臭いを嗅ぎ、顔をしかめた。
そして急遽、波打ち際まで飛んで、臭いが気にならなくなるまで手を洗い続けるという一幕となった。
☆
ギルが波打ち際から戻って来て、エリザベスを木の枝から砂浜に降ろしてくれる。もちろん、もう臭くない。
……あんなに頑張ったギルに、ひどい事、言っちゃったわ
咄嗟の事で、思わず口をついて出てしまった。だけど、もうちょっとソフトに言えた筈だ。
反省して、ちょっと大人しくなってしまっているエリザベスを砂浜に降ろすと、ギルは巨大亀の解体に向かった。その間、エリザベスは、初めて海を見て砂浜を歩いた。
水際には常に波が押し寄せては、退いていく。
その大元である、ひたすら大きい水たまりの彼方を見ても対岸さえ見えず、右を見ても左を見ても、水面と空とその境界線しか見えない。
エリザベスが海というものに圧倒されて、黙って海を眺めていると、ギルが巨大亀の解体から戻って来て自分の傍らに立った。
「海には海の魔獣がいるらしいし、エリーは水に近づかないでよ」
ギルがエリザベスを心配そうに見ながら注意する。
相変わらず、ギルは固いなぁと感じつつも、結婚したというだけで、何だかそれも悪くないと思えるのだから、我ながら勝手なものだ、とエリザベスは思った。
今も心配顔でエリザベスの顔を覗き込むギルを見ると、何だか妙に可愛く見えてくるのだ。
同い年だけど、けっこう長い間、弟のように思ってた時期もあったので、なおさらそう思えるのかもしれない。
「エリー、ほらこれ」
そう言って、ギルがエリザベスに深い赤色をした透明な魔法石を見せてくれる。
「うわぁ、これも綺麗ね……これは、どんな魔法なの?」
「これは「重力視」の魔法。目で見た相手にギュウギュウと圧力をかける魔法かな」
「圧力?」
「体重が重くなるというか、見えない力で地面に押し付けられるというか」
「へぇ~、なんか怖い魔法ね?」
エリザベスはイマイチよく分からなかったが、体重が重くなるのはある意味かなり怖いと思った。
「実際、物凄い力で押しつぶされそうになったし、かなり怖かったよ」
そういうギルは心なしか、少し顔が蒼白い気がする。
それにギルは何でもない感じで言うが、考えたらたった一人であんな巨大な魔獣を倒したのだ。とんでもなく凄い事だ。
……毎朝、剣を振っているのを見てはいたけど……ギルって本当に強かったんだわ
昔から強いのは知っていたけど、あくまで子供のケンカとかそういうレベルの話だった。
だが今は、どう見ても立派な戦う人って感じだ。
さっきまで可愛いと思っていたのに、エリザベスには急にギルがカッコよく見えてきた。
……きゃあ~っ!何なのもう、わたしったら!
エリザベスは顔を赤くしながら、小さく足をジタバタさせた。
まあ、新婚初日なんてこんなものかもしれない(謎視点)
ギルがそんなエリザベスを見ながら、軽く頭の上に疑問符を浮かべる。だが、特に突っ込むこともなく、別の事を言った。
「そろそろ昼だな。エリーは腹、減ってない?」
そうだった。自分たちは着の身着のまま家を出てきたので、食糧もお金も着替えも、今夜泊るところも無いのだ。
今の今までその事に気づかなかったなんて、自分は随分と浮かれていたのだとエリザベスは気づいた。
「……お腹は、そうでもないけど、これからどうしよう?」
もしかして、魔獣と闘ってる場合じゃなかったのでは?とエリザベスは今更ながら思い至った。
「あ、一応、考えてはあるよ。全然、大した考えじゃないけど。それに、魔獣肉がそんなに美味いなら、アレを売ったらそれなりに金になるんじゃないかな?」
そんな風に、全く焦った感じもなくギルが言うので、エリザベスはホッと胸を撫でおろした。
「そうね、そうかも。じゃあ、今から売りに行くのね?」
「うん、とりあえずグレイヴァルに戻ろうか」
そう言うと、ギルはエリザベスの手をとり、シールドバッシュ・モールの足を持って再び空へと飛び上がったのだった。
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本日、1話目。2話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「平民街」
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