モータル子爵
23 モータル子爵
モータル子爵は領都グレイヴァルにモータル家が所有する屋敷の執務室で、息子のシーモを諭していた。
「シーモ、何故連れてこられたか、分かっているだろうな?」
「……いえ」
シーモは、内心では散々毒づいたが、さすがにはっきり顔には出さなかった。
何故呼ばれたかなど、もちろん分かっている。
親父が押し付けてきた婚約者が、「すっとぼけたこと」をぬかしやがるので、ちょっと教育してやったら、何故か大怪我をしたとかで婚約破棄になった、その件だろう。
シーモは父親に捕まらないように手下共とあちこちで遊び歩いていたが、先ごろついに父親の私兵に捕縛され、領都グレイヴァルのモータル屋敷に連行されてきたのだった。
「貴様の仕出かした事の後始末に、少なくない示談金が必要だったのは理解しているのか?」
モータル子爵は冴え冴えとして冷え切った、氷のような視線で息子を睨めつけた。
「で、ですが、あれはあの女がふざけたことを抜かすので、ちょっと小突いただけで……怪我といっても大げさに言っているだけですよ。むしろ私が被害者のようなもので……」
「黙れ」
「え、は?……父上?」
「黙れと言っている!」
シーモは不承不承、口を閉ざしたが、誰も彼もがシーモが悪いと口をそろえて文句を言う事に嫌気がさしていた。
「……良いか、黙ってよく聞け。そしてその無能な頭にしっかりとたたき込め」
シーモは、自分が無能だというなら、無能な血筋のせいだと思ったが、もちろん言い返したりはしなかった。
「細かい事情はどうでも良い。貴様が娼婦を何匹嬲り殺そうと知ったことではない。だが、貴様のようなクズに私がわざわざ用意してやった婚約者を、貴様が無駄に潰したのはこれで二度目だ。次、同じことをやったら、貴様を磨り潰す。」
黙れと言われたので、シーモは返事をしなかった。
だが、モータル子爵は、何を考えているか分かっているぞ、と言わんばかりの表情で、息子を視界に捉えて離さない。
「……先達て、貴様が城で見かけたという女だが」
シーモは、何やら急に雲行きが変わったことを悟り、正面をむいて期待を滲ませる。
「……調べさせたところ、下級文官の娘で、都合の良い事にまだ婚約者もおらんと言うので、父親を呼んで話をつけておいた」
「あ、ありがとうございます!」
思わぬ父親の言葉に、顔を輝かせるシーモ。
いつだったか、城の廊下で好みの女を見かけたのだが、ちょうど父親の使いっぱしりで人と会っていた時だった。
しかも場所が場所だけに、相手の身分も定かではなく、さすがのシーモも慎重になった。
おかげで、シーモは女を見失ってしまった。あまり見ないタイプの良い女だったので惜しい事をしたと思っていた。
シーモはその事をレイングに相談し、それが父親の耳に入ったらしい。
だが、下級文官の娘だったのなら、遠慮する必要もなかったな、と思いシーモは笑う。
満面の笑みを見せる息子を呆れ果てたように睥睨すると、モータル子爵は締めの言葉を絞り出した。
「いいか、今度やったら……」
モータル子爵が息子に最後通告を言い渡そうとした時、一人の私兵が側仕えの男に耳打ちし、側仕えの男がモータル子爵に近づいて、小声でぼそぼそと報告した。
「何だとっ!?アローズの娘が!?……はぁ!?魔法使いだと!?……貴様、何を寝ぼけている!何っ!?何だとっ!?……待て待て待て!」
突然、慌てだしたモータル子爵が一瞬、チラリと自分へ視線をよこしたをみて、シーモは、自分に関係あることで、何かマズい事が起きていると予感した。
「貴様では話にならん。レイングを呼べ。……レイングはどうした!?」
「それが、先ほどレイング男爵が、アローズ家の屋敷で剣を抜いて暴れたとかで、殺人未遂の容疑で捕縛され、城に突き出されたらしく……」
モータル子爵も側仕えの男も、しばらく絶句して声もなかった。
「……ではヴァントを呼べ」
「かしこまりました。只今、使いを出します」
そう言って、側仕えは足早に執務室を出て行った。
「あぁ、ヴァントと言えば、父上が飼っている……確か領主の補佐官の部下の部下、でしたっけ?」
モータル子爵は、呑気らしい顔をしている息子を無視した。
いったい「この私が誰のせいで苦労していると思っているのか?」と言いたいが、言っても無駄なのは分かっている。
「もうよい、貴様は下がれ……良いか、まだ話は終わっておらん。部屋で大人しくしておれ!」
シーモが肩をすくめて、執務室を出て行くのを見ながら、モータル子爵は思考の海に沈んで行った。
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本日、2話目です。
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次回予定「新婚フライト」
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